(別視点)
警察署の一室ではリエラとダンが向かい合って話をしていた。傍らにはギートがなみなみと注がれたカップが置かれている。休憩がてら状況を整理しようという時分であるらしい。
「敵の使っていた地下通路が発見されたらしいわね 」
「ああ、下水道に繋がっていたヤツだな。今回は壁を破壊して繋げたみたいだが… 」
「今までは魔術で戻していたようね。それで発見出来なかった…痕跡すら見つからなかったから相当手練れの魔術師が関与してるということでしょう 」
「地下通路の先には農業区画にある建屋に繋がっていた。そこの所有者や作業員が敵組織の人間なんだろうけどな… 」
「もうとっくに行方を眩ませているわね。すべて偽名でしょうし…
「それはここの警察に任せるしかないわな。俺達じゃ人手が足りない。何かがわかるまではやれることは少ないだろうな 」
「用意周到な連中よね… 農業者に擬装しながら収穫した作物の一部を魔物の餌にしていたんでしょう… 少しずつね。相当以前から計画を進めていたに違いないわ 」
「だろうな。何にせよ事が起きちまった以上、報告書がまとまれば俺達は本国に帰還することになる 」
ダンの言葉にリエラは黙り込むとカップからギートを啜《すす》る。ダンも口を潤すためにカップに口をつける。お互いに黙ったまま芳ばしい香りと深い苦みを味わう。
やがて沈黙を破るようにリエラが独り言のように呟く。
「例の光… 何だったのかしらね… 」
「光… 空から降ってきたって言う… 」
「ええ、何だと思う? 」
「本国が開発していた理力兵器…ってところだろうなぁ 」
「それが普通よね… でも私達に何も知らせずに持ち込む? 」
「別におかしくはないだろう、俺達にすべてを伝える必要はない 」
「そうだけど… 何か引っかかるのよね… 」
「……… 」
それっきり二人は黙々とギートに口をつける。飲み終えるとそれぞれ仕事に戻っていった。
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(別視点)
研究室で一人黙々と論文を読んでいたオリバーは突然見知った気配が室内に現れたことに驚きつつも疑問の方が勝ったのか首を捻る。
(次に会うのは隣国という話だったと思うが… )
エストルと交わした遣り取りを思い出しながら今ここにやって来た理由を考えてみるが思い当たることはなかった。だが、唐突な行動をするのはエストルらしくもあると思い直すと声をかけることにする。
「エストル郷、何か問題でもありましたか? 」
読んでいた論文から顔を上げて部屋の隅に立つエストルに声をかける。エストルは相変わらずひょうひょうとしているように見えた。
「問題かい? 問題と言えば問題だね 」
素直に問題があると言うエストルに不穏なものを感じるがこのときはまだ深刻なものではないと考えていた。この怪人の実力は計り知れない。対処出来ないような問題が起こるとは思えなかった。
「どのような問題ですか? 」
「始末するはずだったあの黒髪の狩人だけど生き残っちゃったよ。想像より強かったみたいだね 」
それを聞いてオリバーに動揺が走る。表に現すことはなんとか耐えることが出来たが頭の中では必死にどうすればいいかを考える。
(あいつがまだ生きているのか… )
警察がいくら調べたところで自分とと繋がるような情報も証拠も出てくることはないだろう。エストルの部下達がそのような失策を犯しているとは考えにくい。
しかし、あの男は得体が知れない。突然ふらっと現れてすべてを見透かすように行動している。あの狩人なら自分が関与していることを突き止めてくると予想していた。
いや、もうすでに核心に至っているのかも知れない。今にも研究室の扉を蹴破って自分を殺しに来るという幻影を感じた。
追い詰められた獲物の気分に囚われて悪態をつきそうになる自分を必死に抑えると、エストルに余裕の態度で話しかける。
「それは仕方ありませんね。次で仕留めることにいたしましょう。私としましても自信作ですから……あれは… 」
「そうだねぇ。ここよりもずっと大きな花火になる。特等席で見てもらうとしようかな 」
お互いに次の計画のことを考え始めたのか無言の時間が流れる。静寂を破ったのはエストルの方からだった。
「それじゃあ僕はそろそろ行くとするよ。先にあっちで待っているね。その前にこの街をもう少し見ておくことにするけど 」
「ええ… 私も直ぐに行くとしましょう。道路の封鎖までは行っていないでしょうから 」
エストルが去るとオリバーは他に誰もいない一室で抑制していた感情をやや解放して不気味な黒い狩人について再び考えを巡らせていく。
エストルにも言った通りあの男は次の計画の場所、フルカヴントに必ずやってくるだろう。来ないなら来ないでかまわないが、来ないと考えるのは楽観が過ぎる。
エストルでも殺せなかった事は意外だったが、エストルの物言いや態度を鑑みるに直接本人が殺しにかかったわけではないと考えている。もし、そうでないならば自分の自信作でも殺しきれるか予測がつかなかったところだ。
あれならば十分の殺せると見積もっておく。万が一殺せなかったとしても、まだ、とっておきの隠し球がある。計画の目玉でもあるがそれならばこそエストルの言う特等席で見せることに
なんにせよ殺せる算段はついた。あとは作り上げた拠点へ自分が無事に行けるかどうかだ。
冷静に考えると、あの男は街中で殺しにかかるほど迂闊ではないと思える。現状そこまで危険ではないと判断していいだろう。魔力の感じと物腰から、どことなく普通の人間のような印象を受けたことが思い出される。
しかし、そう見せかけていただけとも言える。あれがもし内面と全く異なる仮面だったならば相当な狂気をはらんだ人物と言うことになる。日常生活を送れているのが不思議なほどに。
流石にそこまでイカれた人間ではないだろうが油断は禁物だ。なるべく早くアッシェバーンを出なければならない。
(明日にでも向かうか… )
あの狩人を逆に追い詰めて従魔もろとも始末するところを思い浮かべる。
オリバーは研究に関係ない独り言は言わない性分であったが、このときは鬱憤が溜まっていたのか思ったことを口に出して言う。
「今まで狩られる側に廻ったことなどないのでしょう? 私がその恐怖を教えて差し上げますよ。教育者としてね… 」
想像の中の狩人に対して言い放つ。それは次に相対した時のための予行演習にも見えた。
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オリバーの元を離れてからエストルはアッシェバーンの街中を散歩している。今は南側、混乱があった地域にいる。目的は自分自身が計画した殺戮のあとを確かめるためだ。
通りを練り歩き、未だに拭えないでいる血の跡を確認していく。確実に人々が流した血がそこかしこにあるのだろう。しかし、目に付く赤い痕の多くは魔物から流れたものだ。
道行く人々の表情を観察する。悲嘆に暮れた顔、恐怖に濡れた顔、そういった表情を期待していたが思いのほか人々の表情には力が感じられた。
エストルの想定にはなかったことだ。
(問題はあの光だね… まさかアイツが来ているとは思わなかったよ… )
当時、エストルは自分と繋がった目を北門周辺と南側にいくつも放っており逐一その映像を確認することが出来ていた。視点は人々の死に様を見るために下の方を見ていてどのように光を放ったのかは確認出来ていない。
だが、あんなことが出来る人物には一人しか心当たりがない。
アレがなければ魔物達はもっと多くの人間達を殺せただろう。こちらに悟らせずにこんな田舎まで当該の人物が来ているというのは完全に想定外だった。
あの狩人を始末出来なかったことも誤算だった。アルゴルと初めて対峙した者が上手く渡り合うのは困難だ。確実に殺せると思っていた。しかし、生き残った。
そして、更にはアルゴルの魔石が放つ信号が途絶えた。そうするには石を破壊しなければならない。普通の人間には無理だ。あの狩人がどれほど強かったとしても。
(あの場にアイツがいたって事だね。そして、あの男と繋がりがあるってことだ … )
そう考えるとすべての辻褄が合うような気がする。将軍級をあの男に倒されたのも偶然ではなかったと結論づけた。
計画を邪魔されたことは業腹だが、あの者をここまで引っ張り出したことには溜飲が下がった。さぞや慌てたことだろう。
死人は二百人を下回るぐらいと見積もっている。想定よりは少なかったが被害を出せたなら痛み分けと思えなくもない。
(アイツの顔を見れなかったのが残念だね… )
心残りがありつつも次の計画に向けて直ぐに気持ちを切り替えると人気のない細い路地に向けて歩いていく。
そのまま暗がりの中に消えていった。
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昼食をレストランで取ると新聞を買ってホテルに戻る。窓際にある椅子に腰掛けるとそれに目を通していく。
当然、一面の見出しは昨日起こった事件のことだ。まだ調査中で情報は伏せられているところもある。詳しいことは書かれていなかったが死者数は百五十二人だそうだ。
この数字は多いのか少ないのか?
死者の多くは警察官と書いてある。殉職…己の職務を全うした名誉の戦死と言えなくもないが、果たして死んだ者は何を思っていたのか? 残された者は何を思うんだろうな?
まあ、俺の考えることでもないんだろう。犠牲者を減らすことは出来た。今はそれでいい。
理力兵装を使って魔物を殲滅していったことは良かったと思う。あのままだと数で押されていただろう。魔物に場を占領されていたら次に始まるのは傷ついて倒れている生存者を始末しにかかったはずだ。そうなる前に対処出来た。十分だろう。
その後にあのデカいヤツに何もさせなかったことは良かった。
介入するタイミングが神がかっていたな…
何かに導かれたかのようにちょうどいい距離で発見出来た。もう少し違った風になっていればあそこまで上手く決まらなかっただろう。
もしアイツが暴れていたら何人もの犠牲が出ただろうし、あそこら辺一帯が破壊されていたはずだ。これもまた十分な結果を出せた。
欲を言えばもう少し死者を減らせたらと思ってしまうが、それは欲張りすぎというか自惚れのようなものだな…。
気持ちの整理がつくと新聞を亜空間に放り込み、いつものトレーニングを開始する。それを行いながら今後の予定を立てていった。明日はホテルを引き払っていよいよ次の国を目指していく。
翌日は日が昇ると直ぐにホテルを出発する。高速道路に入りアッシェバーンの外壁の上を通過するというタイミングで検問に止められる。
「身分証の提示をお願いします 」
「了解した 」
身分証を提示すると警官はそれを確認しつつ質問をしてくる。
「どちらに行かれるんですか? 」
「エルテシア王国のフルカヴントに向かう 」
「いいところじゃないですか。温泉が目的で? 」
「それもあるが危険な場所でもあるからな。仕事には事欠かないだろう 」
「なるほど、確かに打って付けですね。ありがとうございました。お返しします 」
身分証が返却される。それを受け取ると懐に仕舞い込み再びトライクを加速させていった。