最高速度で真っ直ぐな道を走っているとしばらくして大きなトンネルが見えてくる。
北オルバン―南エルテシア大トンネルだ。反対側と同じように雄大な山脈を貫いて作られた恐ろしく長いトンネルであり全長は十二キロメートルにも及ぶ。
トンネルに入ったあともひたすらに真っ直ぐな道が続き永遠に抜け出せないのではないかと言う感覚に囚われる。しかし、最高時速二百キロに迫るスピードで走行していれば長いトンネルでも抜けるまでの時間は五分もかからない。
光を放つ出口が見えてくると心なしかホッとしてくるものだ。その光に向かって突っ込んでいく。
光を抜けると目の前には広大な平地が広がっていた。森林になっているところが多いが遠くの方には開墾された農地と集落が見える。
視界の開放感が凄まじい。それと同時によくもまあこんなトンネルを作ることが出来たものだと人間の挑戦精神に感服する。
エルテシア王国に入ってからも延々と高速道路を進んでいき、目的地の近くにある出入り口に到着すると高速から降りて一般道に入った。
高速に慣れてしまうと普通の速度が遅く感じるものでじれったくもあるが、出し過ぎないようにして景色を楽しみながら走らせる事を心がける。
予定より順調に進んで来ているので慌てる必要はない。
北に向かって更に一時間程走って行くと景色は徐々に市街地の様相を現してくる。民家が多くなってきていた。どうやら目的の街に辿り着いたようだ。
街の中心に入っていくといつものようにホテルを探して泊まる場所を確保した。しかし、まだ部屋には入れない。なので、街をぶらつくことにする。
歩いていると街のそこかしこに白い煙が上がっている様子が見える。湯気だ。この街はアッシェバーンの警官が言っていたように温泉が有名なのだ。
街の名前も熱い泉を意味する。人口規模は十万人を少し超えるぐらいだ。
もともとは草木も生えないような谷間の荒れ地だったが、温泉が湧き出ているのを発見してそこに湯治場を作った。そこを少しずつ発展させていく事で長い年月をかけてここまで大きくなったという。
温泉の影響で草木が生えなかったのだが、それによって魔物がいない土地でもあったので開拓は意外にもスムーズに行われていったらしい。
旧文明の名残として温泉を楽しむ文化を復活させたかったのだろう。帝国の後押しもあって観光地としての発展も見せていった。人が集まる事によって一大消費地になり周辺の農地も開かれていく。
順調な発展を遂げたように見えるこの街だが問題があるとすれば魔境が結構近くに存在しているということだった。
開拓当初は魔物が寄りつかない場所だったが発展して人が増えていくにつれて徐々に魔物がやってくる様になる。直ぐ北側に魔境が広がっているのだ。
それに対抗するために騎士団や狩猟ギルドが開設されることになりその規模は町の発展と共に大きくなっていった。だが、魔境の開墾はおろか表層の拡大も出来ていない。地形が開拓に向いていないことが原因だ。
北側は急な斜面になっている場所が多く、おまけに大きな岩が飛び出ていることが多い。道が整備しにくいこともあり狩人達も思うように狩った獲物を運べないし騎士団も大規模な行軍がしにくい。
結果として街からそれなりに近い場所に深層が広がっているという。危険な場所と言ったのはそれが理由だ。
もっとも街中に強力な魔物が現れることはほぼないそうだ。少なくともここ百年は記録がないと役所の職員も言っている。街の規模に比べて上級狩人が多いと誇らしげに話してもいたな…。
街や人々の様子を見ながら歩き、情報を反芻していると空腹を感じてくる。
ホテルに到着したのは正午前、午前十時を少し過ぎたぐらいだったのでそろそろ昼飯を食べる場所を探してもいい頃合いだ。
よく知らない場所であるので大通りに面した店の中から嗅覚を頼りに探していく。こういった店は観光価格なんだろうけど外れる可能性は低いはず。
ちょっとお高そうな店の近くに来た時、いいにおいがしたのでそこに決めて中に入る。店員に従魔も一緒にいいか聞いたら、いいと言うのでそのまま席に案内してもらう。
席についてメニューを渡される。その時にはじめてここに来たことを伝えてオススメのメニューなんかを聞いてみた。まだ忙しくなる時間帯ではなかったので遠慮なく尋ねると店員さんはいろいろ教えてくれた。
なんでも、ここの伝統的な料理は温泉から吹きだしてくる蒸気を利用した蒸し料理と、温泉水と温泉の湯熱を利用する煮込み料理の二種類に大きく分けられるという。
聞いた話から察するに蒸し料理は中華料理の点心に似ている感じのようだ。なんとなく昼飯に良さそうな気がしたので蒸し料理をいくつか注文してみる。
提供するスタイルは
蒸し器の中の料理から湯気がふわっと上がる。それと同時にいいにおいも上がってくる。
冷めないうちに食べないとな…
取り皿にトングで少しずつ取っていきジュジュの分を目の前に置いてやると直ぐに食べ始める。俺も自分の分を取ると直ぐさまフォークで刺して口に入れる。
最初に食べたのは蒸し野菜だ。適当な大きさに切りそろえた数種類の野菜を大きめの葉野菜で包み込んで蒸したもので中にソースも入っている。
カボチャのねっとりした食感とクワイのようなシャクシャクした食感に、更にざくざくした歯ごたえの野菜が加わる。
味はカボチャの甘さにソースのクリーミーな酸味と塩味が加わってバランスがいい。
次に食べるのは豚の角煮みたいな料理だった。皮まで付いていてゼラチンのようなねっとりした食感が味わえる。肉の部分は噛むとほぐれるようにやわらかい。
噛みしめると味のついた肉汁がジュワッと溢れてきてゼラチン質と交わってスープのようになる。味付けはスパイスのきいた甘辛いような味で、中華のような感じもあるが中東のような雰囲気も感じた。
角煮を食べきると次は肉まんみたいな見た目の料理に手を着ける。これが一番気になっていた。
かぶりついてみると思いのほか皮が薄かった。餃子の皮のような感じもあるが、もちっとした食感もある薄いパンといった表現の方があっている。
生地に包まれた中身は挽肉をそぼろ状にして細かく刻んだ野菜と混ぜたものだ。野菜はタマネギとなすとパプリカみたいなやつだ。味付けはスパイスと香草がしっかり効いていてパンチがありつつもサッパリした後味になっている。
最後の一品は蒸した魚だ。葉っぱと一緒に蒸してあるためか清涼な香りがする。魚は温泉の熱を利用してここで養殖している川魚らしい。鮎みたいな見た目をしている。
別容器でタレのようなものが付いてきている。ソースではなくてタレだ。
黒っぽいような茶色っぽいような色味で醤油のような香りがほんのりとする。スプーンで掬ってみると少しとろみがある。中には細かく刻まれた野菜が入っているようだ。
皿に移したあとタレをかけて身をほぐしながら食べていく。内臓は抜かれているようだ。タレは意外にも薄味で魚の味や香りを損なうことなくコクとうまみを足しているような感じだ。
こんな料理もあるんだな…
味付けの幅広さに感心する。ジュジュも気に入ったようで丸ごと一匹頭から口に入れてバリバリとかみ砕いて飲み下している。もう一匹おかわりを所望しているので最後の一尾を皿に盛ってやる。
ちょっと足りないようなので追加でいくつか頼んでこの日の昼食を終えた。
その後、腹ごなしに再び街をぶらついてみる。建築様式は洋風なのに街の作りはどこか日本の温泉街を思わせる。奇妙な感覚を味わいつつも異国情緒を楽しんでいく。
ホテルの部屋に入れる時間になるとホテルに戻って部屋に入る。
窓からはそこかしこから湯煙の上がる街並みと黒々とした異様を放つ魔境の森が見えた。
なかなかに壮観な眺めだ。森に向かってせり上がっていくような地形によって立体感が出ていることに加えて横の広がりもある。
さて…温泉に行くとするか
ジュジュには留守番を頼んで一人だけで温泉に向かっていく。従魔と一緒に温泉に入れる公衆浴場はないそうなので連れて行けない。ジュジュも湯に入るのはそこまで好きじゃないみたいなのでちょうど良い。
向かう先は一番魔境の近くにある温泉だ。坂道を登っていって辿り着くと目的の浴場に辿り着く。
入り口の重厚な両開きの扉は熱気や湿気を逃がすためか開放されたままになっている。そこを潜って建屋の中に入ると直ぐに受付がある。
受付に組合員証を提示すると確認を受けて金銭を支払うことなく中に通される。
魔境の近くにある温泉は狩人に対して割り引きを行っているのだ。八ツ星ともなればタダで入ることも出来る。ギルドと提携していてそこからも運営資金が出ているという話だ。
男用の脱衣場に入っていく。ここは混浴ではない。普通の風呂屋はすべて男女別になっている。ゆっくりお湯に浸かることが目的の俺としてはその方がありがたい。
男女の出会いの場所として混浴出来る浴場はあるそうだが、そういった施設は街の東側に集まっているという。いわゆる歓楽街というか風俗街と言うべきか、未成年お断りの区画がこの街にはある。流石、観光都市と言ったところだろうか?
脱衣場には先客が何人もいて大部分が狩人のようだ。筋肉ムキムキでガタイのいい男ばかりだ。魔力も大きい。ここの温泉が狩人に安く提供しているのは魔物が来た時のためなるべく狩人を置いておきたいという思惑もあるのだろう。
服を脱いで全裸になると鞘に収めたままの“絶雷”を掴んで浴場に入っていく。タオルは持っていかない。ここでは全裸で股間を隠さないスタイルが一般的のようだ。つくづく混浴じゃなくて良かった。絶対落ち着かない。
入って最初に見えるのは体を清めるためのスペースだ。いくつもの蛇口が並んでいる。清発で清めることはしないらしい。温泉に来たのだから湯で清めるべきと言うことなんだろうか? この辺りは旧文明の影響もありそう。
刀を立てかけて蛇口の前の椅子に腰掛けると、洗面器にお湯を出して体にかけていく。それが終わると建屋の外にある露天風呂へと進む。
そこは
これだけ湯気が立っているのは温泉の温度が異常に高いからだ。源泉から直接引いてきて冷ますことなく入れているという。こちらの世界の人でも普通の人は熱すぎて入れないだろう。魔力格の高い熟練の狩人だからこそ平然と入っていられる。
ここの露天風呂は円形で人が四人ぐらいでいっぱいになる小さな風呂がいくつも設置されていた。そのどれか空いているところへ入ることになるのだが、視界が効かないので視覚では探せない。
魔力感覚で気配を辿りつつ空いている場所を探すが、結構埋まっているようだった。四人と三人の島が多い。三人なら詰めれば入れる気がするがどうにも知り合い同士らしくなんとなく入りづらい。
そういった島を避けて移動していくと、程なくして二人だけの島があったのでそこに決める。
「すまないが相席いいだろうか? 」
「おう、いいぜ 」
「我もかまわぬよ 」
近づいて声をかけると快い返事が返ってくる。俺のために場所を少し変えてスペースを空けてくれたのでそこに入っていった。腰掛ける前に刀を浴槽の縁において肩まで浸かる。
二メートルもないような距離まで来れば多少は視界が通るので、他の二人の容姿なんかは確認出来た。
二人とも強いな…
一人は頭を丸刈りにした色黒のごついおっさんだった。顔は少し丸い感じがする。魔力は高い。上級狩人のようだ。傍らに置いている剣も質が良さそうだ。
革製の鞘に収まっていても魔鉄の魔力を感じる。鞘に使っている革からも魔力を感じる。上級の魔物から取った皮を使用しているに違いない。おそらく自分で狩り取ったものだろう。
いつ魔物が襲いかかってきてもいいように武器を持ち込むのが通例だが生半可な武器だと温泉成分で傷んでしまう。
ここの水質はかなり濃い成分を有しているようだし魔力の含有量も高い。
その為、ここの温泉に武器を持ち込んで入ってくることは狩人とか武に携わる人間にとって、ある種のステータスとなっている。だからこそここに来てみた。決して入浴料をケチったわけではない。
まあ、小銭をジャラジャラと払わなくていいのは楽ではあるが…
武器を持って入るのがステータスではあるのだが、もうひとりの男は何も持ってきていないようだ。何も持ってきてはいないのだが、決して金がないとかの理由ではないだろう。
魔力の感じからすると色黒のおっさんよりも強そうだ。只者じゃない。素手でも倒せるという自信から来ているのかも知れない。
髪の色は割と平凡な感じのブラウンではあるが何処かしら変異は起こっているんだろう。顔は輪郭が角張っていてゴツい。それに合わせるように体格もゴツくて身長もかなり高い。隣のおっさんも背は高いんだろうがそれを上回っていた。
何者なんだろうな?