しばらくはみんな黙ったまま湯船に浸かっていたが、色黒のおっさんが俺に興味を持ったのか話しかけてきた。
「珍しい形の剣を使っているんだな、あんた 」
ここでは最初に武器についての話を振るのが鉄板なんだろうか? 刀について尋ねてくる。話に乗ることにしよう。ここの魔境についての話を聞いておきたい。
「カタナというんだ 」
そう言いつつ手に取って途中まで鞘から抜いて刀身を見せてみる。
「へぇ、ずいぶんと馴れている。若いのに使い込んでいるようだな 」
「手に取ってみるか? 」
カチッと鞘に戻すと柄の部分を向けて差し出してみる。するとおっさんはそれを断って自分の剣を見せてきた。
「いや、他人の武器を握るとこいつの機嫌が悪くなるからな 」
おっさんの剣はショートソードより長くて幅広な形状をしている両刃の剣で片手でも両手でもいけるいわゆるバスタードソードというやつに見える。かなり質のいい魔鉄を使っているようだ。
目を凝らすとなんとなく魔力の経路が見えてくる。通りやすそうに細かい管が並んでいるようなそんな感じだ。そうとう使い込まれている印象を受ける。
「妙なこだわりがあるんだな… だがそう言うのは嫌いじゃない 」
お互いに得物を縁に置き直す。すると再びおっさんから話が振られる。
「俺の名前はマルセル、狩人名はマルスだ。あんたは? 」
「俺はレインだ。狩人名は同じ。流れの狩人をやっている 」
「なるほどな… どうりで 」
マルスは俺の言葉にいろいろ納得したようだ。次に隣のおっさんに話しかける。
「あんたの名前も聞いていいか? 」
どうやら二人は知り合いというわけでもなかったらしい。自己紹介もまだということはここに来てそこまで時間は立っていないのだろう。
「我の名はヴィフトルムだ 」
我…か… 少し古風で尊大な感じがする。貴族なのか?
「あんたも流れの狩人なのか? ずいぶんと強いみたいだが… 」
「いや、狩人ではないな 」
「そうか… なら騎士か? 」
「騎士でもない 」
「ほう? なら何をやっているんだ? 狩人でも騎士でもなしにその強さってのは他が思い当たらないんだが… 」
俺もそれは気になるな… 騎士かと思っていたんだが…
「そうだな… 旅の武芸者といったところだ 」
ん? どっかで聞いたことがあるセリフだな…
「なんだそれは? 」
マルスは納得出来ていないようだ。冗談を言われていると受け止めたのかも知れない。ヴィフトルムもそう受け取ったのか続ける。
「旅の人間というのは本当のところだな。ここには観光目的で来たのだ。美味い飯と温泉。それだけだ 」
「ははっ、それはいいご身分だな。うらやましい限りだ 」
「いい身分というのは当たりだ。我はこう見えても国では偉い立場でね…お忍びで来ているのだ。余りおおっぴらにしてくれるなよ? 」
「へぇ、貴族とかそういう感じか…大変そうではあるな。ここでは羽目を外して楽しんでくれ…風俗街もあるしなっ! 」
そう言ってマルスはガハハと豪快に笑う。ここで俺にそう言った話を振ってこないのは配慮だろうか?
「そうさせてもらおう 」
生真面目な顔でそう答えるヴィフトルムの様子からだと意味が通じているのか良くわからないな…
だが場の雰囲気は悪くない。いい感じに暖まっている感じがする。俺の方からもマルスにいろいろと聞いてみよう。
「マルスはここの狩り場について詳しそうだな。少し聞いていいか? 」
「いいぜ、一応ギルドの役職にも就いているからな。大抵のことには答えられると思うぞ 」
「そうか、それは良かった 」
マルスに狩り場についてのルールとか魔物の情報とか街についての事とかを尋ねていく。
こちらがよく知らないとわかっているからか懇切丁寧に説明をしてくれる。意外にもヴィフトルムも興味を引かれたようで、こちらの話に加わって相槌や疑問を差し挟んできていた。
和やかな時間が過ぎていき話すこともなくなると、各々がじっくりと静かに湯を楽しむ時間が流れる。
暖かさに包まれながらぼぅっと周囲を見ていると湯煙の隙間から魔境の黒々とした森が見えた。
この湯気も魔境から魔物がこちらにやってくることを防いでいるのかも知れないと考えついた。魔力感覚があっても視覚に頼る部分も大きい。こちらがよく見えない状態で不用意に突入してくることはあまりないように思える。
魔物も人間を恐れたりするんだろうな…
ましてやその湯気の中に強い気配がいくつもあれば慎重にならざるを得ない。ギルドが入浴料を割り引いて狩人をここに集めることにそう言った狙いもあるのかも知れない。
「俺は先に上がらせてもらうぜ 」
いろいろ考察しているとマルスが湯から上がり場をあとにする。いつの間にかまあまあ時間が立っていたようだ。まあ、マルスはいつでもここに来れるからちょっと立ち寄った感覚なんだろうけど…。
俺はどうしようか? もう少し入っておくか…
体の芯まで温まってきたのでもう十分と言えば十分だがこの体はのぼせると言うことを知らない。いくらでも入っていられる。だが、このまま同じように浸かっているだけでは新鮮味がない。飽きが来る。
そこで回復術を使うことにする。回復術で温泉に入る前の状態に戻してやる。少し汗をかいていたが皮膚から浸入した水分を内部に取り込んで補う。これでまた温泉を一から味わえる。
もう一回温まったら出ることにしよう…
そう決めてゆっくりしていると不意にヴィフトルムと話してみようという気になった。とりあえずの話題として最初の当たりに話していたことに触れてみる。
「なあ、少し聞いていいか? 」
「かまわぬよ。なんだろうか? 」
「武芸者と言っていたな。強いヤツと戦いたいと言うことか? 」
「…そうだな。戦いは我の生きがいでもあるな 」
「しかし、狩人でも騎士でもない。戦いたいのは人間となのか? 」
「まさしくその通り 」
「ならここで戦いたいと思う人間はいたのか? 例えばマルスとか… 」
「あやつとは別に戦いたいと思わんな 」
意外だな。十分に強いだろうに…
「だったら俺なんかはどうなんだ? 」
「……御主とも戦う気にはならぬな 」
へぇ、俺もヴィフトルムのお眼鏡には適わなかったらしい。
「それは、俺が弱いって言う意味か? 」
「いや、十分に強い。姿勢の問題だな 」
「姿勢? 」
「そうだ。我が戦うべき相手は戦いに己のすべてを懸ける者どもだ。命すらもな…レイン、御主もマルスも本懐は別に有ろう……それでは満たされぬ 」
まあ、確かにな…
「命か… 決着は死か? 」
「いかにも。命が尽きるその瞬間、そこでなければ生の実感は得られぬ 」
淡々とした物言いに凄味を感じ、背筋に冷たいものが走る。魔力が膨れ上がるような変化はない。むしろ鎮まりかえっていくようだ。そこに本気を感じる。
人狩り…おそらくそういった仕事を主としているのだろう。
この予想は
「しかし、随分ここに詳しいんだな。普通の観光客はこんな所に来ないだろう。あんたはここに来て長いのか? 」
「ここに来たのは今回が初めてだがもう何日も過ごしている。マルスの言うように羽目を外して楽しんでいるところだ 」
「そうなのか… まだまだ楽むつもりなんだろう? あとどれぐらいいるんだ 」
「もっと楽しみたいところだがな…今日中に別の場所に行こうかと思っている 」
「これからか!? 随分と急だな… 」
もうじき日が暮れてくるだろう。もう空は赤くなってきている。これからどこかに行こうにも夜中になってしまう。まあ、この男なら夜通し移動するのも苦にはならないだろうけど…。
「残念ではあるが… 我にとってあまり都合の良くない者達がやってきている。会うわけにはいかんのでな 」
会いたくない? 国の人間か? そう言えばお忍びだと言っていたが…
「では、我はこれで上がるとしよう 」
「ああ、それじゃあな。俺はもう少し入っている 」
ヴィフトルムを見送ると肩まで浸かる。そんな俺の後ろから呟きが聞こえてきた。
「ここも騒がしくなるな…残念だ 」
どういう意味だと聞こうとして振り返るがそのまま去って行く。低く落ち着いた声のトーンからやたらと耳に残って気になった。
まあ、なんでもない一言のようにも思える。人が来るとか言っていたその関係だろう。たいして深い意味はなさそうだ。
再び体が芯から温まってくると俺も湯から上がる。体についた水滴を落とすスペースがあるのでそこに移動して軽く清発をかけた。半乾きぐらいに抑えるとあとは自然に乾燥するに任せて風呂場から脱衣場に移動する。
服を身につけている時、ふとコーヒー牛乳が飲みたくなった。体はそんなに乾いていないはずなんだが条件反射ってやつだろうか?
しかし、ここには売店のようなものはない。完全に入浴だけを目的とした施設のようだ。
紙パック入りの手に納まるサイズがなんだか懐かしく感じる。昔は瓶に入っていて紙製の蓋で閉じられていたと言うが、写真でも見たことがなかったな…。
こちらであればそれの再現は可能だ。ギートと牛乳に砂糖もある。瓶は魔術で作れるし洗浄・殺菌も魔術で容易だ。探せばあるのかも知れないな。なかったら自分で作ってみるのもいい。
施設を出ると夕暮れの街並みが一望出来た。山の上から見下ろすようなアングルだ。南側に広がる住宅地や別荘地までかなりの範囲が視界に納まる。
この街では一般的に魔境から遠い南側ほど地価が高い。魔境から適度に離れていて、かつ温泉を引いてきて温度がちょうど良くなるような距離が最高の立地とされる。
北から南に向かって格差の勾配があるような感じだ。社会とはそう言うものと言えばそう言うものなんだろう。
その一方で別の価値観も存在している。
狩人達にとって街の最北で源泉を直接浴びることがステータスであるように、武力に生きるものたちにとってはより北側に住むことが格の高さを表す。
単純に魔境に近い方が職場へのアクセスがし易いということもあるんだろうけど、上級狩人は最北に住みたがる。数が少ないから地価を高騰させるまではいかないようだが、南から北に向かう格差の勾配も存在している。
強者が強者として一番危険な場所を住居に選択するというのはある種の美徳でもあるし魔境側に対する防波堤として機能する実利的な価値がある。
そのおかげであまり裕福でないもの達もある程度安全が担保された状態で地価の安い北側に住むことができる。
東や西やらでもまた違った価値観があるのだろうけど、そういったものが絡み合ってバランスを取りつつ、この街は存在していると言う事なんだろうな。
観光地と言えども、普通に人が暮らしている場所だ。街そのものにも、よそ行きの顔とは別の顔があると言ったところか…。
だだ観光しに来ただけではそう言ったことに気が向かなかった。仕事をしながらの旅だからこそだな。
知的好奇心を刺激されつつ川沿いの大通りを歩く。カフェなんかが見られるためついつい入りたくなるが、留守番をしているジュジュを思うと早く帰ってやらないといけない。
我慢だ…
一心にホテルに向かって歩を進めていると、通り過ぎようとしているオープンカフェの席に見知った顔を見つける。見知ったと言っても親しくはない。金髪碧眼のあの少年だ。
まさかこんな所で会うことになるとは思わなかった。
大学教授であるならば、アッシェバーンの事件により大学が休校になったから、その休みを利用してここに来ていることが考えられる。
距離的にはフルカヴントとアッシェバーンはそこまで離れていないし車があれば五時間ぐらいで来れるはずだ。ちょっとした旅行にはちょうど良い。
強ちこの推理は間違っていないのではないかと思う。
話しかけて見ようかという気持ちがむくむくと持ち上がってきたが、美味そうにソフトクリームを食べている姿を見ると邪魔しちゃ悪いと言う気がしてくる。
お互いに気が付いてはいるんだろうけど、ここは気が付かなかったことにして通り過ぎよう。
店の前を素通りして足早に去る。大人の対応ってやつだ。大通りから路地にそれてホテルがある区画に入っていく。
それにしてもあの少年はソフトクリームが好きなんだろうな。前にも食べていた。見た目の通りに子供っぽいところがあるのかも知れない。
そして、オープンカフェで過ごすひとときが好きってことも言えそうだ。最初に出会った時も先ほども、道行く人達をしっかりと観察していた。
俺も人通りを眺めるのは嫌いじゃない。何を考えるでもなくただぼうっと人が流れていく様を眺めていると無心になれて、自分が世界に溶け込んでいくような感覚を味わえる。あの少年も同じような気持ちでいるのかも知れない。
案外気が合うのかもな…
ホテルに戻ってくるとジュジュが待つ自室へまっすぐ向かった。