(別視点)
お気に入りの柔らかい氷菓子を食べながら喫茶店の開放席に座り道を行く人々を眺めていた。
ここは観光都市だからか明るい顔をした人間が多い。おそらく観光を楽しんでいる客が多数を占めているからだろう。旅行先では開放的な気分になるものだ。
そんな明るい表情が、一瞬の内に恐怖と絶望に塗り替えられることを想像して思わず顔がにやけてしまう。氷菓の甘さですでに形作られていた笑顔がさらに、パッと花が咲いたような満面の笑みに変わる。
それを見ていた他の客達も思わずうっとりとした笑顔になってしまう。エストルの内面を知ることになれば恐怖で青ざめることになっただろうが。
エストルにとって惜しむらくはここにいる者達の内、何割かは祭りが始まる前にここを去ることになると言うことだ。今すぐにでも始めてしまいたくなる。
だが焦る必要はないと自分を抑える。もうじきこの国の祝日が来る。もっと沢山の人間がこの街にやって来て賑わいを見せるだろう。その時こそが祭りを開催する絶好の機会となる。
祝日ことを知ったのはここ数日の事だったが、偶然にしては出来過ぎた機会になったと内心でほくそ笑む。
頭に思い浮かべ想像を膨らませながら人の流れを見ているとその中にどこかしら覚えのある魔力を感じる。
(やっぱりここに来たね )
そちらに目線をやると想像通りの人物が歩いていた。黒髪の狩人だ。名前は知らないし興味もない。だが、よく知っている。殺そうとして殺せなかった人間ならばこそ、その存在に注意しなければならない。
ここにいるのは偶然ではないだろう。何事もなくすれ違うだけだったが、自分のことも把握している可能性すらある。
表面上は平静に見えるが今は何を考えているのだろうと考える。
計画を阻止してやるという決意か?
直接こちらに狙いを定める殺意か?
男は何事もなく前を通り過ぎていく。その態度をエストルは宣戦布告として受け取った。
(ここがお前の墓場だよ )
背中を見送りながら敵意を燃やしていく。
思い返してみればこうして接触するのは三回目になる。
一度目偶然、
二度目必然、
三度目は運命だ。
四度目はなんなのか知らないがあの男と会うのはこれが最後になるだろう。オリバーがここに作り出したものはアッシェバーンに用意したものとは比較にならないぐらいに強力だ。自分が手を下すまでもない。
心残りがあるとするならばその死に様を直接見ることはないという事だ。本来の目的はなるべく多くの人間が死ぬところに立ち会うことであって、狩人個人の事はどうでもいい。
エストルの中では仕留め損なった相手ではあるが、そこまで固執するほどの存在ではないという位置づけで定まりつつあった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
(別視点)
大学でやるべき事をすべて終えると、オリバーは自分の車に乗ってフルカヴントに向かって走らせる。
高速道路に入り検問所で止まると身分証を見せてあっさりと通過した。
制限速度のない道を飛ばせるだけ飛ばして突き進む。無理に急いでいるように見えなくもないがオリバーにとっては普通のことだ。
計画が始まってからアッシェバーンとフルカヴントを往復するのが日常になった。特に高速道路が出来て車が販売されるようになってからは、その回数は飛躍的に増えた。
ここ四十年ほどで三千往復はしているはずだ。
そんな慣れている道を運転しながら、計画について考えを巡らせていく。次の祝日は暦の関係で長めの連休となる。その
それまであと数日ほどではあるがもう既に完成している。実行はいつでも可能だ。その時を地下深くに築いた拠点で待っていればいい。
―焦るようなことは何一つない…
そう思いたかったが懸念はある。例の狩人の存在だ。オリバーの予感は計画の実行前に必ず邪魔をしてくると告げている。その為の対抗措置は執らなければならない。
しかし、エストルの部下達は可能な限り証拠を隠滅し拠点から消えている。オリバー一人でそれを行う必要がある。
(どうするべきか… )
使える駒は用意してある。あの狩人でも正面から戦うならばアレに勝てるとは思えない。しかし、不確定要素があった。
拠点に組み込んだ
事前にきっちりとした策を立てたならば、それが破られたとき、想定外の事態になるとたちまち脆くなるものだ。
考えた末に、結局は自分自身がその場その場で判断して対応していくしかないと結論づけた。あの狩人は必ず自分の想定を超えてくると考えてのことだ。事前に用意すれば大丈夫などと考えることは油断に繋がる。
相手を高く評価してのことだった。
高速から降りて川沿いの道を進んでいき街に着くと契約している駐車場に車を駐める。
日はとうに落ちていて当たりはすっかり暗くなっていた。
車から降りると夜の闇の中を暗視強化と魔力感覚を頼りに歩いていく。駐車場は街の外れにある。そこからだいぶ歩いて川沿いを進み街の中心部に辿り着くと今度は北に向かって進む。
やがて一軒の、何の変哲もない民家に辿り着く。だが、オリバーの持ち家ではない。駐車場はオリバーの名義で借りているが、この家はエストルの部下の名義で所有しているものだ。もっともその名義は偽りのものだろうが。
特に
扉には鍵穴は存在しているが鍵はかかっていない。魔術に熟達している者ならば普通の鍵であれば簡単に開けることができてしまう。やましいことがある以上、他人を家に入れるわけにはいかない。
普通ではない鍵…魔導具である魔力感知式の鍵であれば扉からの侵入を防ぐことができるが普通の民家にそのような鍵を設置するのはかえって怪しまれる。
そこでオリバーは鉄術を使用して扉と枠を接合する方法を選択した。これならば外見は普通の鍵を設置しているように見える。空き巣などがやって来ても開けることは不可能だ。窓も同様の対策を行っている。
立地的に普通の犯罪者などがやってくる場所ではないのだが、性格上徹底しなければ気が済まない。
手から取っ手を介して魔力を流し込むと扉と枠の接合を解く。すると扉はオリバーのするがままに、音もなく滑らかに開いていった。
中に入ると念のために家中をくまなく調べて侵入者の痕跡がないか確認する。清掃も整理整頓も行き届いていて何かあれば気付けるようにしてある。
家の中には日用品に家具、家電なども万遍なく揃えて生活感が出るように演出してある。冷蔵庫の中にもある程度食材が入っていて、ここで誰かが普通の暮らしをしているように見せているのだ。
いつもであれば台所で調理を行って夕食とするのだがここでの生活はあと数日で終わる。今更、擬装に
一階の北側にある寝室に行くと足の裏から魔力を流していく。すると音もなく木製の床材がめくれ上がっていきその下から鉄製の扉が顔を覗かせる。
取っ手を持ち上げると中には階段があった。そこを途中まで降りると振り返り、めくれ上がった床材を元に戻す。そして、階段を更に下りながら扉を閉めるとオリバーは自らが作り上げた拠点に帰還することとなった。
オリバーのいなくなった民家の中は微かに人がいた気配を残して静まりかえっていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~
(別視点)
アッシェバーンの警察署ではリエラとダンが捜査の進捗について話し合っていた。
「やっぱりたいしたことは掴めていないわね 」
「そうだな… 腕が良くて気の長い工作員が暗躍していたらしい 」
例の地下道と繋がっていた農業施設は複数あったがどれも開設は百年以上前になる。その間に所有者は何度も変わっているが、いずれも偽名を使っているようで実体が掴めていない。
普通に農場として営業している間に、そこから少しずつ、百年近くかけてゆっくりと設備を拡張していったのだろう。誰にも気付かれることなく。
農作業の従事者達もその多くは工作員だったようで何人もの人間がその姿を眩ませている。
いずれの人物も、かなり昔からアッシェバーンで暮らしている形跡があり、完全に街での暮らしに溶け込んでいたようだ。怪しいところはまったくと言っていいほど見せていない。
残りの作業員達は単に雇われただけの普通のアッシェバーン市民だった。何も知らされていないし自分たちの足元にあんな施設があるなどと疑いもしていなかった。警察から教えられて、そのことに目を丸くして驚いていたという。
彼らが生産した食料の一部が魔物の餌となっていたようだ。少しずつ少しずつ横流ししていたので彼らも市の農業政策担当者もそれに気付くことはなかった。
本当に長い年月をかけて目立たないようにゆっくりと計画を進めていたらしい。証拠は追えていないが農業関係者だけでなく街のいろいろな場所に工作員が入り込んでいた可能性がある。
北門を稼働させる電装系について魔物が操作方法や構造を理解していた事から、過去に門番や修理業者に紛れていたことも示唆されていた。
運送業を工作員が経営していた痕跡もある。
これと言った証拠が無く捜査はなかなかに難航しているが、それでもわかってくる物事もある。
「物資の輸送と搬入に関してだが少し気になる情報があるな 」
農場に建築資材を運んでいる形跡を掴んで丹念に洗っていった結果、その物資の流れがわかって来ていた。
「なにかしら? 」
「アッシェバーンに入れる前に必ず立ち寄っている場所があるな。複数の経路を使い分けているようだがどれも同じ場所を挟んでいる 」
「どこなの? 」
「フルカヴントだな。名前の通り温泉が有名な観光都市だ。ここからそこまで離れていないな 」
「へぇ、良くわかったわね 」
「警察や役所が取引記録を丹念に洗っていった結果だ。この短時間に良くやってくれたよ 」
地下に広がっていた大がかりな通路網を建築するには相当な量の資材が必要になる。長年に分けて少しずつ用意したとしても取引記録は蓄積されるものだ。そこから関係する情報を抽出していけば情報が網のような関係性を浮かび上がらせてくる。
取引していた建材業者に取引記録を良く覚えている職員がいたことも功を奏していた。
「私とあなたでそこへ捜査にいきましょう。大人数だと目立ちすぎるわ。ここでの捜査もまだまだ必要でしょうし 」
「そうだな。それなら早く行くとしよう 」
二人はアッシェバーン警察の制服から目立たない私服に着替えると戦闘用の装備一式が入った鞄を手に取る。
警察の駐車場にある車に荷物を放り投げるように積み込むとリエラの運転でフルカヴントへ向かう。その車は外見は一般的な車だったが帝国から支給されている最新式の水動車だった。
リエラもダンも水術はほとんど修得していないが車自体が魔導具になっていて簡単な魔術で動かすことが出来るようになっている。魔力炉も備えていて運転者が魔力を消費する必要がない。
ほとんど疲労なく現地に到着すると直ぐに捜査を開始していった。