そろそろマズいことになってきているか…
ちょっとストレスが溜まってきているような感じだ。ご機嫌斜めな様子。爆発する感じではないが、ふとしたタイミングで遊ぼうとせっついてくる。
遊べる場所があんまりないんだよな。公園とかあまり広くないし観光客が多い。
《・・・・・・・》
とうとう来てしまったか…
遊びを通り越して狩りに行こうと催促されてしまった。だが、ここで狩りをするのは少々難しかった。
ここの魔境は表層が狭くて中層と深層が割と近くにあるらしい。アクセスがしやすいので上級狩人が何人もここに在籍していて、それぞれが深層に自分の狩り場を決めているそうだ。
深層でそれなら中層は言わずもがな。ここら辺の魔境はほとんど棲み分けがなされていてよそ者が入り込むような隙間はないようだ。
マルスの話をまとめるとそんな感じだ。
誰も行かないような深層の奥までいけば問題はないのだが、そこまで行く途中で他人の狩り場を避けて通らなければならないし結構時間がかかる。慣れない狩り場だと考えると最低でも一狩り終えるまで一週間ぐらいはかかるだろう。
ぶっちゃけると面倒くさい。
今までがある意味幸運だったと言うことだな。異変に遭遇したり依頼が舞い込んできたりと、行く先々でなにかしらあったので少なくとも飽きることはなかった。
まあ、トラブルがありすぎるのも考え物だが…
そのせいで何か起こらないと物足りなくなってきている部分があった。今回ばかりはそんなこともないだろうけれど。
一応、ギルドで何か依頼がないか聞いてみることにしよう。
《とりあえず明日なんとかしてみるから 》
《・・・・・・》
ジュジュはそれで一応納得したようだ。しかたないって感じだったけど…
その日は大人しく寝ることにした。
◇
翌日、早朝から狩猟ギルドに向かう。特に依頼とかなくても魔境にはいくつもりだった。今日は様子見で日帰りの予定だが明日からは本格的に狩りを行う。
ここ数日で見慣れた街並みを見ながら進んでいくと街のちょっとした変化が気に掛かった。
こんな早い時間でも人が多いな…
見たところ観光客が多いようだ。朝風呂を楽しもうと早くから活動しているということだろうな。朝から開いている温泉もあるし二十四時間営業をしている温泉もある。
思えば昨日の夕方あたりから人の数は増えていたようにも思う。今日は何かがあるのかも知れない。
人の間を縫って進んでいきギルドのある街の北側に入ると人波はパタリと途絶えた。目的の建物に到着して中に入っても人はあまりいない。
狩人達も普段は魔境に居て、ここに来ることはないんだろう。通常営業をしているならこれと言った依頼もトラブルもないことがうかがえる。
そりゃあ都合良くもいかないか…
受付に行くと組合員証を提示して話を聞いてみる。そして、案の定これといった情報はなかった。
何事もなくて良かったという思いと、期待外れで残念だという思いが同居する。これから本格的に魔境に入らないといけない苦労をすると思うと、やや残念よりにもなるのだが…。
とりあえずは地図を出してもらう。狩り場の位置関係に、ここに出る魔物の種類や分布なんかを聞いて頭に叩き込んでおくことにする。
職員から情報を聞きつつ質問しつつしている時だった。ギルドに誰かが入ってくる。
普段なら気にも留めないはずだったがこの場に似つかわしくない気配だったので会話を止めてそちらを見てしまう。
入ってきたのは少年だった。感じられる魔力はあまり大きくなく、どことなく未熟な印象を受ける。見た目通りの少年であるようだ。リオンやあの少年とは異なる。
年齢は十数才ぐらいに見える。中学生になるかならないかと言ったところだろう。
つり目がちで大きな瞳は勝ち気そうな印象を与える。それと相まって、帽子をかぶりオーバーオールを着た恰好は活発そうに見えた。
だが、一番の特徴は背中に張り付いたネズミ系の魔物だ。大きさは四、五十センチメートルほどでネズミの魔物としては大きめでずんぐりとした体型をしている。
ここら辺ではよく見るやつだ。
大人しい気質のようで人を攻撃することはないと言う。いくつかの温泉では人間と一緒にお湯に浸かっていた。川沿いにある自然に湯が沸き出しているところでは群れをなして温泉に入っている姿が見られ愛嬌を振りまいている。
この温泉のマスコット的な立ち位置らしい。最初に見た時は温泉に入るニホンザルみたいだと思ったものだ。
森の中から温泉に入りに街へやって来ているそうだが狩人達も狩ることはしないらしい。人間が育てた野菜を好んで食すようで、地元民が調理場で出たくず野菜を与えたり観光客が販売されている野菜を買って与えていたりする。奈良の鹿みたいな立ち位置もあるようだ。
正式な名称か知らないがハンビィと呼ばれている。
少年の背中にしがみついているハンビィは首輪をしていてそこに魔物使いギルドの紋章が刻まれたプレートが付いていた。この少年は魔物使いであるようだ。
俺とジュジュに視線をチラリと向けると直ぐに目を逸らして通り過ぎていく。若干緊張しているようで表情は硬い。俺のいる隣の受付に行くと職員を呼び出していた。
何の用だろうな?
そう疑問に思いつつも俺には関係ないことだ。中断していた職員からの情報収集を再開する。
しばらくは普通に職員と遣り取りをしていたのだが突然隣の受付から大きな声が上がった。
「なんでだよっ! このままじゃ大変なことになるんだぞっ! 」
少年が職員に食ってかかるように声を荒げる。切迫した感じがにじみ出ているのもそうだが大変な事って何だろうな? 少し気になる。
俺も俺の相手をしている職員も話を中断して耳を立てる。
「何度来られようとそのような依頼は受け付けられません 」
何度? 何度か来ているのか…
「金なら払うって言ってるだろ? 」
小中学生が言って良いセリフじゃないな。世も末だ…
「その程度の報酬でここの狩人が動くことはないでしょう。それ以前に依頼としての正当性に欠けます。何度も言いますが受け付けられません 」
職員の物言いは丁寧だが若干、呆れと苛立ちがにじみ出ている。依頼者でなければ、魔物使いの立場がなければ門前払いされていたかも知れないな…。
「あんたじゃ話にならないな…もっと上の人呼んでくれる? 」
ちょっと待て、少年。それは踏み込みすぎだ。
完全にクレーマーになってるよ…
「ちょっといいか? 」
口を挟むことにした。なんだか気になることもあるしな。
話、聞こか?って雰囲気を出しつつちょっかいをかける。
「……なんだよ? 」
いきなり横から話しかけられて面食らったようだ。警戒したような態度を見せつつ俺に反応を返してくる。
どうどう、落ち着いて~
「さっき、このままだと大変なことになるって言ってたな? どういうことか聞かせてもらっていいか? 」
「…それはいいけどよ……あんた誰なんだよ? 」
あんた呼ばわりか…
少々子供にしては当たりがキツいがまあいいだろう。口を挟んだのはこちらだし名乗ってもいない。推定不審者だ。
「俺はレイン、流れの狩人だ。八ツ星の評価を得ている 」
「やっ、八ツ星!? 」
俺が八ツ星のところを強調して言うと少年はちゃんとそこに驚いてくれる。
よかった…、星の意味を知っててくれて…
何それって言われたらどうしようかと思った。権威を自分の口から説明することほどダサいことはない。
「ホントかよっ? 嘘ついてるんじゃないよな… 」
……なるほど、確かに
証拠は何も示していない。そこに気付くとは賢いな。慎重なのは良いことだ。君のような子供は嫌いじゃないよ。素直な子供もいいけどね。
しかし、どうするか?
組合員証を見せれば一発だがそれもダサくないか? 子供相手にこれ見よがしに権威をちらつかせているようで… それを言ったら初手からミスっているか…
「レインさんは間違いなく八ツ星を持つ上級狩猟者ですよ。それはギルドが保証します 」
「そうなのか…だったら俺の依頼をあんたが引き受けてくれよ 」
少年は納得したようだ。職員が助け船を出してくれたおかげだな。少々性急だがこの流れは悪くない。やはり権威。権威で解決することは多い。
「その前に名前を聞かせてくれ、俺は名乗ったぞ 」
「あっ…ああ…そうだった、ゴメン…俺はニルスって言うんだ。一応、魔物使いだ。まだ、見習いだけどな 」
少年…ニルスは自分の非礼に気がつくと素直に謝ってくる。根は悪くないのだろう。少々焦っているだけだ。
……口が悪いのはもとからかもしれないが
「そうか…ニルス、依頼を受ける前にその内容について話してくれ。依頼を受けるかどうかはそれから決める 」
「! 受けてくれるんじゃないのかよっ!? 」
「まだ、受けるとも受けないとも言っていない。とにかく話してくれ。人を動かしたいならちゃんと話すんだ。でなければ後々面倒なことになる 」
話すの大事っ! 俺は詳しいんだ…
「わかった。話すよ 」
「そうだ、それでいい 」
ニルスの同意を得るとギルドから個室を借りてそこに移動する。二人だけの方が話しやすいと思ったからだ。人目を避けるほか、ちゃんと話を最後まで聞くという態度を示す意味合いもある。
そこに移動すると少しためらったのち、ニルスはぽつぽつと話し始めた。
「……魔境の中でとんでもない化け物を見たんだ 」
「ちょっと待ってくれ 」
「なんだよ? 」
いきなり遮られて少し不満のようだ。すまないがその場で確認すべきこともある。
「魔境に入っているのか? その歳で? いや、何歳なんだ? 」
そう言えば聞いてなかったな。
「俺は十二だ。これでも魔物使いだからな、こいつのおかげで安全なんだよ。詳しくは言わないけどな 」
ニルスは隣にちょこんと腰掛けるハンビィを指さして言う。確かに従魔の力があれば何とかなるか…年齢に関しては今はいいだろう。深くは追及すまい。
「理解した。続けてくれ 」
「俺が魔境で見たのはとんでもなく大きな…オオカミみたいな魔物だったんだ。見た場所は街からそこまで離れていない、といっても深層だったとおもう 」
「大きいと言ってもな…どのぐらいの大きさか具体的に言えるか? 」
「そっ、それは……とにかく大きいヤツだよ 」
「ここでは上級狩人が何人もいる。騎士団だってな。ただデカいだけのオオカミに遅れを取ることはない。言っちゃあなんだがニルスが危険視する程度なら心配することはないだろう 」
「信じてくれよっ、ホントに危険なヤツなんだ 」
「……まだ俺に話していないことがあるだろう? 」
「……… 」
当たりだったようだ。俺の指摘に目を逸らして黙りこくる。やがて決心したのか恐る恐ると言った感じだが再び口を開いた。
「わっ、笑わないで聞いてくれるか? 」
「ああ、それは約束する 」
「……そっ、そいつの頭なんだけどな……二つあったんだ 」