ジュジュの周囲にある水が凹んでいくと前方に波が現れてこちらへ押し寄せてくる。
受けて立とう…
―走波
俺も波を作り出して走らせる。だが、ただの遊びだ。ジュジュと同じぐらいの威力に合わせている。
波同士が接触するとそこで押し合いが始まった。地の利を得ている分、ジュジュの方が上回っている。徐々に二つの波が俺に迫ってきた。
手を伸ばせば届くような距離まで来た時、ジュジュへちょっとした技を見せることにする。
波を制御して二つに分かつ。分かれながら力を誘導していくと、相手の波も二つに分断されて俺の左右を波が抜けていく。
すると、間髪入れずにその波の間からジュジュが飛び出してきた。
読んでいたか…
接触するその瞬間、突如としてジュジュの体は空中でくるりと向きを変える。そして、俺に背中から抱きかかえられた。お姫様抱っこをされるような形だ。
水触手を作り出して絡め取り、一瞬で向きを変えた。大した瞬発力だ。
抱き止めたあと、ポーンと空中に放り投げてやると、ジュジュは体を捻り姿勢を整える。猫の身のこなしで見事に川の中に着地した。
今度は俺が上流側にいる形だ。再び俺の方から仕掛ける。
―滑水走
軽く跳ぶと川面に両足を着けて浮かび、川の流速も加えて一直線にジュジュに向け滑っていく。ジュジュは横に跳んで躱した。
躱されたあと、反転して今度は上流側に滑っていく。逃げる俺の背中をハンターが追う。追いかけっこの始まりだ。
始めはただ追い回すだけだったジュジュだったが、途中から水弾による攻撃を加えてくる。
平面移動では躱しきれない。体を捻ったり伏せたり、飛んだり跳ねたりの立体軌道も加えて避ける。
しかし、しばらく続けていくと、それでも躱しきれなくなってくる。俺の動きに馴れてきたらしい。
そろそろ新機軸を加えるか…
―操水蒸散術式、
水蒸気を操って視覚を幻惑してやる。虚像で位置を誤魔化したり映像を分裂させたりして本体に狙いを定めさせない。
流石のジュジュもこれには苦戦を強いられる。あてずっぽうで水弾を放つが、ことごとく外れていった。
とうとう、俺がやめるまで攻略できずに終わる。やめた理由は面倒になったからだ。かなり高度な魔力制御を要求される技だった。長時間の維持は疲れる。
替わりに別の魔術を披露していく。
―
一帯に濃密な霧を発生させて視界を妨げてやった。これなら、においも感じさせないように出来る。視覚だけでなく嗅覚での位置の特定も困難にしてやる。
濃霧の中のかくれんぼだ。果たしてどう出てくるだろう?
ジュジュは川の中に魔力域を広げ、こちらの位置を特定しようとする。最初にそれをやるのはいい判断だ。
しかし、捉えられるすんでの所で、岩の上に位置を変えてやる。俺は自分の魔力域でジュジュの位置も行動も把握していた。どんな行動を取るのか手に取るようにわかる。
次に、水弾を手当たり次第にばら撒き始めた。範囲攻撃は確かに悪くない。しかし、俺はトカゲのような動きで岩陰に隠れて水弾をやり過ごす。直線的な攻撃では障害物があれば死角が生まれる。
そのことはジュジュも承知だったのだろう。直ぐに切り替えると、今度は水触手を生み出してきた。確かにこれならば岩の後ろまで攻撃が出来る。
数本の触手を自在に操って探りを入れてきた。触手は広範囲にわたって
だいぶ操作は上手くなっているが、それなりに難しい部類の魔術だ。俺を捉えるには数が足りてない。動きももう少し工夫が必要だ。
なかなか俺を捕まえられないことに業を煮やしたのか、ジュジュは水触手を解除する。そして、ダッと走り出すと霧のフィールドから外に出てしまった。移動したのは上流側だ。
何をする気だろう?
確かに煙霧界から出れば俺にはジュジュの細かな動きはわからなくなる。しかし、それで攻略したことにはならない。外に出たところで俺を捕まえることは出来ないはずだが果たして…。
様子を見守っているとジュジュの魔力が膨れ上がっていった。
何かデカいのを仕掛けてくる気だな…
……!
ジュジュを気にしていて俺は変化に気づくのが遅れた。いつの間にか川の水位が低下していたのだ。干上がって川底が露出していく。
まさか!
どうやら川の水をせき止めているようだ。
上流側に移動したのはこのためか…
どんな攻撃が来るのか確信した時には、もう巨大な波が眼前に迫ってきていた。躱す算段はあるがここは素直に喰らっておくことにしよう。
魔力を込めて体で波を裂いてやり過ごすと、霧は押し流されてすっかりなくなっていた。岩にしがみついている姿が丸見えだ。
俺を見つけて嬉しかったのか尻尾をピンと立てて駆け寄ってくる。その勢いのまま飛びついてくるので受け止めつつ後ろに倒れた。
川の中に背中から落ちるが、水術で水に弾力を与えて衝撃を受け止める。水の上へ仰向けに寝そべった。水の冷たさと弾力が心地いい。
ジュジュがのし掛かったまま顔を舐めてきた。俺を獲物に見立てているんだろうか? 遠慮なく舐めてくるのでざらざらした舌がちょっと痛い。魔力を少しだけ上げて防御すると気の済むまでしたいままにさせておく。
ジュジュの魔力を確認すると結構減っているようだった。少し息も荒い。満足してくれたと確信する。
息を整えてホテルに戻ると、途中、防護壁のところで騎士に呼び止められた。何だろうと思っていたら凄かったですねと言われる。
少々、やり過ぎただろうか?
◇
夜が明ける前にホテルを出る。
チェックアウトは済ませておいた。何日もかかってしまうかも知れないのでホテルは引き払い、トライクも別の駐車場に駐め直してある。
例のヤツを発見するまでは帰らないつもりだが、実在しないことを考えると、どこで区切るかが悩みどころだ。
ニルスにとってのタイムリミットは連休が終わるまでとなる。そうなった時、ニルス達だけ帰すか、それとも一緒に戻るかも決めないといけない。
まあ、そうなった時に決めればいいか…
早めに決着がつくならそれに越したことはないが、事の次第はペコと時の運しだいだ。事前にいろいろ考えておくのは悪くない。しかし、考えすぎるのは無駄だろう。
考えるのはやめて集合場所に来ると、既にニルス達は来ていた。予定の時間よりだいぶ早い。早起きは得意なようだ。それだけ気合いが入っているのかも知れない。
俺達を発見するとこちらに走り寄ってきた。その背中には以前のようにペコが張り付いている。どうやらそこが定位置らしい。
「随分と早いな 」
「家の手伝いでいつも朝は早いんだ 」
「予定より早いが行くとしよう。早ければ早いほど探す時間が取れる 」
「そうだね… 」
ニルスが先行して進んでいく。詳しいルートまでは聞いていない。最初から最後までニルスの案内だ。
それにより、今は川沿いの大通りに沿って進んでいる。このまま行けば、昨日も来たあの防護壁のところにいくだろう。
「騎士団のところにぶつかるがそこを通るのか? 」
「いつもは横に避けるんだけど…レインと一緒だったら俺も通れるかな? 」
「俺だけだろうな…ニルスは流石に止められるだろう 」
どこの騎士団もそこら辺は厳しいだろうな。小学生を魔境に行かせるとは思えない。
「まあ、そうだよね。俺はいつもの道を通るから、レインは真っ直ぐ進んでいってよ。外に出て合流しよう 」
そう言うと道を逸れて林の中に入っていった。北側にしか壁は設置されていないから通ることは出来るのだが、大丈夫なんだろうか?
表層程度とはいえ魔境だ。小学生だけで入っていくことに危うさを覚える。普段から深い場所に入っていることは事前に聞いていても、実際に目の前で見ると感じるものがあるな。
ペコがついているからいいか…
俺達だけ道を進んでいき、昨日と同じように門を通過する。そのまま進んでいくと舗装されている道が終わり、
更に進んでいくと、道は川沿いから離れる。そして、山道といった風の荒れた道が目の前に広がった。
そこら辺でニルスが横から出てくる。本当にいつものことのようで、平然とした態度で俺たちに声をかけた。
「おまたせ 」
「…いや、特には待っていない 」
再びニルスの後に着いていく。前を歩く後ろ姿は土で汚れていた。どこをどうやって進んできたのか疑問が湧いてくるが今はいいだろう。
道とも言えないような道は次第にいくつもの大きな岩が地面から飛び出てくるような様相を見せてくる。
温泉地だけあって過去に地下のマグマが吹きだして固まった名残だろうか?
「狩人達の狩り場を避けるような道を通っているんだったか… 」
「そうだよ。この道は魔物も通らないからね。狩人も通るだけにしか使わないんだ 」
自信ありげに答えるニルスから頼もしさを感じる。本当にここの魔境に詳しいようだ。もしニルスの案内がなかったらどうなっていただろうか? いざこざを起こしていたかも知れない。いろいろ助けられることになりそうだ。
だが一方で、やはりこの少年は独りでもなんとかしようと行動を起こしていたのだろうという確信が深まる。
独りにさせなくて良かった…
俺とニルスは妙なバランスの上に成り立っている共利関係にあるのだろうか?
目的が一致しているから問題なく機能しているが、何かを切っ掛けにバランスが崩れる可能性もある。
調整する必要もあるか…
色々考えながらニルスのあとを黙々と歩いていき、目的の場所を目指していく。その場所というのはニルス達が例の魔物…双頭の魔物を目撃したという場所だ。
だいぶ歩いて深層にまで到達する。
景色は相変わらず岩がちの山林と言った感じだ。歩きやすいところでもないが、ニルスの動きは悪くない。深層のプレッシャーに多少は疲労の色を見せるが、年齢や魔力のことを考えると驚くほどに耐えていた。
馴れというものもあるのかも知れないが、背中に張り付いているペコの影響が大きいように思う。
従魔と一部の感覚を共有し、ニルス自身も広い範囲を認識出来ているということか…それならば深層にも耐えられるだろう。ペコが大きく動揺しない限りニルスも落ち着いた精神状態でいられる。
「もうすぐ着くと思うよ。三分の二ぐらいまでは来たかな? 」
「少し休憩を挟むとしよう。そこに着いてから直ぐに探索を始めるつもりだ。今のうちに調整しておきたい 」
ここはまだ上級狩人達の狩り場に隣接しているような場所だった。なんとなく人の気配を感じる。危険な魔物がうようよいるって事はない。
比較的安全な場所で休憩を取っておきたかった。聞いておきたいこともあるしな…魔境の中だからこそ話せることもあるだろう。
荷物を背中から下ろすと保存食を取りだしてニルスに渡してやる。
「これはニルスの分だ。ペコも食べるようだったら分けて食べてくれ 」
「ありがとう。ペコの分は俺が持ってきてるよ 」
そう言うと、ニルスは鞄から袋を取り出した。その中から野菜スティックをつまみ出してペコに渡す。ペコはそれを器用に両手で掴むとぽりぽりかじり始める。
なかなかに愛らしいな…
俺も負けじと干し肉を引き裂いてジュジュに与えた。
そんな穏やかな時間が流れると、話をしやすい雰囲気になってくる。ダメ押しで紅茶を二人分
「ありがと… 」
「飲みながらでいいんだが少し話せるか? 」
「いいよ。何? 」
「ニルスの親御さんは何をしている人なんだ? 家の手伝いがどうとか言っていたよな? 」
子供がこれほど自由に魔境へ出ていることをどう思っているのか気になる。そもそもこの事を知っているんだろうか? まあ、ニルスに聞いても仕方がないが…。
しかし、探りぐらいは入れておこう。
「うちの家は混浴場をやってんだ…二人とも忙しくて俺にかまってる時間はないんだよ 」
……しまったな
思いのほかセンシティブな話題だった。混浴場ってところもそうだが、あんまり親にかまわれていないところも…