何か言わないと…なんて思っていたらニルスから話を続けてくる。
「べつに気にしなくていいよ。家が混浴場をやってんのはそー言うもんだって納得してる。親が忙しいことも慣れてるよ 」
逆に気を使われてしまったようだ。見た目よりも大人びている。子供が大人びることが決していいことだとは思わないけれど少し助けられた。
「ペコがいるし、俺は俺で仕事があるからいいんだ 」
「仕事か… それは魔物使いとしての仕事だな。どういう仕事をしているんだ? 」
「森から山菜とかきのこを採ってきて旅館や食い物屋に売ってる。ペコのおかげで生えている場所がわかるから沢山取れる
魔物に遭遇することもないし、見つかっても直ぐに逃げられるから安全だよ 」
大した自信だ。だが腑に落ちない点もある。
「確かにペコの力は優れているんだろう。俺も狩人だしジュジュがいる。魔物には人間には無い力があると知っている。しかし、それだけでは説明がつかないな。まだ、話していないことがあるんだろう 」
「へぇ、良くわかったね。でも、話すのはあそこに着いてからにするよ。その方が説明しやすいから 」
「ああ、それでいい。その仕事で依頼料を溜めたんだな…いくらで依頼するつもりだったんだ? 」
「気になるの? でも払わないよ 」
「べつに払わせる気はないさ、仲間だからな。聞きたいのは狩人を動かせる十分な金額だったかどうかだ 」
「……三十万エスクだよ 」
思ったより多かったな。しかし、まったく足りてない。
「それでは足りないな。そいつが上級上位の魔物だと仮定して、捜索費用も加えると数千万はかかるだろう 」
「そんなにっ! 」
「命がけの仕事だからな。個人で払えるような金額じゃない。普通は税金から出るものだ。場合によっては騎士団が
「そっか…どの道無理だったのか 」
「そう気落ちすることもないさ…こうして俺達が倒しに来ているんだからな。後は見つけて狩る、それだけだ 」
「うん、そうだね 」
「それにしてもその歳で良くそこまで溜めたな。使ってしまいたくならなかったのか? 欲しいものもあっただろう? 」
俺の疑問に、ニルスは答えづらそうに黙った。紅茶の入ったカップの中をじっと見つめると、決心がついたのか、一口飲んでから語り始める。
「…この街を出ようと思っているんだ 」
ちょっと穏やかじゃない感じもする。だが、早とちりは良くない。もっとしっかり聞いてみよう。
「出るってのは将来的にってことだろう? 」
「うん、今すぐってわけじゃないよ。大人になったらもっと広い世界を見て回りたいんだ 」
「なるほどな。その為の資金をこつこつと貯めていたというわけか…そんな金を全部使おうとしていたんだな。何でそこまでしようと思ったんだ? 」
「な、何でって言われても… 」
「信じてもらえなかった…そこで止めても良かったんじゃないのか? ニルスがそこまでする程の理由はないだろう。ソイツが街まで来るとは限らない。騎士団も狩人もいる。 ほっといても何とかなるだろう 」
「そうだけど… 」
しばらく黙ったあと、紅茶をぐいっと飲み干した。地面に視線を落とし、やがて、自分自身に確認するようにゆっくりと話し始める。
「アイツを見た時、本当に恐かったんだ。普通の魔物じゃなかった。頭が二つあるとかどうとかじゃなくて…上手く言えないけど、とにかく普通じゃなかった
もし、アイツが街に来たら絶対にとんでもないことになる。騎士団だって勝てるかわからないよ。街がめちゃくちゃにされちゃう。たくさん人が死んじゃうんだ
そう思ったら何かしないとって… 」
「そうか……ニルスは偉いな。なかなか出来ることじゃない 」
「そうかな? 生まれた街だからね。父さんも母さんもいるし、ペコも…自分だって住んでいるんだ。当然だよ 」
家族仲は悪くなさそうだな。心配する必要もなかったか…
「それでもだ 」
ニルスの話を聞いて、俺の中にソイツは実在するという確信めいたものが生まれつつあった。
早いところ不安を取り除いてやりたいところだな…
休憩も終わり、再び目的地への行軍が開始される。しばらく行くと、目的の場所に到着したようでニルスは弾むように声を上げた。
「着いたよっ、ここら辺でアイツを見かけたんだ 」
景色としては、岩が少なくなって普通の森のような感じになっている場所だった。こんな場所で相手に見つかったなら逃げられそうにないが、見つからずにやり過ごしたということなのか?
身を隠せる木はあるのだが視界はそこまで悪くない。魔力感覚も嗅覚も合わせれば子供なんて直ぐに見つけられそうなものだ。
「よく見つからずに済んだな 」
「ペコのおかげさっ 着いてきてよっ 」
「ああ… 」
案内されるままに移動する。すると何の変哲もない場所に来る。景色の変わらないただの森だ。
「ここだよ 」
ニルスは地面を指差すが、落ち葉や雑草で覆われた地面があるだけだった。何か周囲との違いがあるわけでもない。
視覚ではわからないか…
ならば魔力を通してみるかと思ったら、それより先にニルスが動き出す。
「ペコッ お願い 」
ニルスに頼まれると、ペコは背中から降りて地面に魔力を通していく。変化は直ぐに表れた。
音もなく地面が蓋のように持ち上がる。中には穴があった。大きさはそれなりに大きい。頑張れば俺でも通れそうなぐらいだ。
「これがペコたちの使う穴だよ 」
「たち… と言うことは、ペコ以外のハンビィもここを使うってことか? 」
「そうそう、良くわかったね。ここの穴を作ったのはペコじゃなくて他の仔だけど…ここ以外にもたくさんあるんだ 」
ニルスは穴について、つまるところ、ハンビィの生態について
俺の推測を交えて話を要約するとこう言う感じになる。
この魔境の地下には、ハンビィ達が長い年月をかけて作り上げてきた地下道が広大に走っているという。それはハンビィ達が掘っていった穴を繋げていくことで作られる。
一つの家族で一つの穴を使うわけでもなく、すべてのハンビィで共有していくものだそうだ。つまり、ハンビィは社会性を持っている。
穴をインフラとして、社会全体で共有しながら拡張を行う。場所によっては、何十年にもわたって交代制で岩に穴を開けていく一大事業のような工事もあったらしい。
いつ頃から始まったのか正確にはわからないが、何百年もかけてこの魔境に地下道のネットワークを作り上げ、自在に魔境を移動しながら生活しているということらしい。
その出入り口は、今見ているもののように、土に蓋をしたものや、岩の隙間に擬装したもの、木をくり抜いて
使える魔術に個体差があるのか、独自のこだわりがあるのか、作る入り口の場所や設計は、作成者によって傾向があるという。
入り口職人とか穴掘り職人とか、役割分担もありそうだな…
敵に見つかった入り口は、そこから続く穴まで塞ぎ、別の場所に移設したりする。そうでなくても、定期的に場所を変更している穴もあると言う。用心深いことだ。それが出来るのも役割を分担しているからなんだろう。
人が住む町の中にも出入り口は作られていて、街にいるやつらはそこから安全に出入りして人が作った温泉を利用し、人から野菜をもらっているそうだ。
のほほんと温泉に浸かっている姿からは想像つかないが、この魔境の地下に巨大な帝国を作り上げているのがハンビィの一族ということだ。
ニルスはペコの案内で地下通路を通り、魔境での採取に勤しんでいるという。ペコがついていれば確かに安全に採取ができそうだ。
絶対とは言えないが、狩人や騎士団が活動している範囲であれば危険な魔物も適度に間引かれている。ニルスなりに安全には配慮しているんだろう。
もっとも、この場所はやや外れの場所に位置している。危険を冒す時もあるようだ。少し釘を刺して置いた方がいいのかも知れない。
「ここらへんはそれなりに危険なようだな。俺から言うべきことでもないかも知れないが、これが終わったならもうここには来ない方がいい。アイツと遭遇したのもそれが原因だろう 」
少しきつめに魔力を込めて言う。ニルスがそれをどう受け取ったのかわからないが、とりあえず納得してくれたようで同意は示してくる。
「うん、わかったよ。俺だってあんなのを何度もはゴメンだよ 」
喉元過ぎればなんとやら… とも言うけどな。
まあ、命が懸かっていると自覚出来たなら忘れることもないか…
「それで…ここからソイツを覗き見ていたんだな? それから何処に行ったんだ? 」
「すぐに見えなくなったけど気配は奥の方に向かっていったんだ。それもすぐに消えちゃったけどあっちの方角だよ 」
「奥か… 」
危険なのは双頭の狼だけじゃない。他の魔物も当然いるだろう。ジュジュと連携しても、ニルスを守りながらだとキツくなるかも知れないが何とかするしかない。
とりあえずは拠点を作ることにする。荷物を下ろしテントを張っていく。久しぶりな気がするが、魔石が覚えているのかササッと手際よく設営出来た。
場所はペコが指定した穴の近くだ。ニルス達だけは直ぐに避難出来るようにしている。
魔鉄製のワイヤーで結界を張って大型の魔物が入りにくくしておくが、ここら辺の魔物なら気休め程度にしかならないだろう。帰ってきた時にテントが壊されていない事を祈ろう。
食料はまとめて木の上に隠しておいた。枝葉の影に隠れているので、視認出来るって事はないだろう。
探索の用意が出来ると、拠点から魔境の奥に向けて出発する。またニルス達が先行して進む形だ。
今度はペコもニルスの背中から降りて地面の上を歩いている。どうやら地面を通して公範囲に探りを入れているらしい。においも嗅いでヤツの痕跡を探そうというのか?
「ヤツに会ったのはいつ頃なんだ? 」
「前の休みだからまだ一週間経ってないぐらい 」
そのぐらい経っているなら、痕跡を残していたとしても消えているだろう。手がかりがない状態と言っていい。
これは長引きそうだな…
オオカミ系の魔物ならば、縄張りの中でにおいや音を立ててやれば向こうからやってくる可能性もあるが、ニルス達がいる状態ではやりたくない。他にもいろいろやって来てしまう可能性もある。やるならニルスを家に帰してからだ。
俺とジュジュは周囲の警戒に集中して、痕跡探しはペコに任せることにする。今はまだ専門家に任せた方がいい。こちらはまだ場所に慣れてもいない。
そうして、二時間ほどうろうろと移動していた時だった。ペコの動きに変化が見られる。
「キューッ キューッ 」
小さく鳴きながらグルグルと回りつつ、地面をお手々でタシタシと叩いている。どんなリアクションなんだろうな? 俺には良くわからない。
「地面の下に何かあるって言ってるよ 」
「地面の下? 関係なさそうだが… 」
オオカミが地面に穴掘って暮らしているとも思えないんだけど…
「うん… でもなんか必死なんだよね。怒ってるみたい 」
怒っている…か… ハンビィ的には地下にこだわりがあるのかも知れない。
変なものが埋まっているのが許せないとか…
「こうなったらここから動かないかも…とにかく調べてみようよ。気になるし 」
「まあ、何もなかったとしても別に困るわけでもないしな…俺が魔術で掘ってみよう 」
少々、呆れた感じで言ってしまったが、その実、俺は少し興奮していた。
この土地にはちょっとしたウワサがある。それはフルカヴントが旧文明の時から温泉街だったというウワサだ。
旧文明の残骸を帝国が回収し、その後、当時の技術を用いて新しく今の街を一から作り上げていったという。三、四百年ぐらい前の話だそうで、はっきりしたことはわからないがなんとなく信憑性は感じている。
未調査の魔境の地下だ。その事に関係した遺跡が埋まっている可能性はあるように思う。
これは… 見つけてしまったか…
大発見の予感に胸がわくわくしてきた。