(別視点)
オリバーは拠点の最奥でこれまでのことを思い返していた。
大学の教授として活動しながら空いた時間でアッシェバーンの地下に施設を作っていく。それと並行する形で、フルカヴントへ移動し同様に施工していく。
その為に修得した混凝土魔術と鉄魔術であったが、今では一番得意な魔術になっている。それ程に長い歳月をこの計画に捧げてきた。
長い期間をかけて少しずつ進めていく計画であるが、三重生活はオリバーを持ってしても困難であった。時間が圧倒的に足りなかったのだ。
そこでオリバーは眠ることをやめた。肉体の回復を自身の膨大な魔力に任せ、一日…二十四時間をすべて活動に
昼間は主に大学教員としての職務に充て、夜から早朝にかけて拠点の拡張や闇の研究に充てる。休日は夜のうちに移動して、フルカヴントでの建築や研究に充てることが多かった。
エストルの部下達は優秀だった。任せられることも多かったが、研究自体はもちろんのこと、それ以外にもオリバーがやらねばならなかったことも多かった。大規模な計画を人知れず行うには、オリバー個人の才能に依存する部分も多い。
温泉地での計画は特に軌道に乗るまでが大変だった。魔境に至るまでの地下道の建設においては地下水が大きな問題になった。地下水…つまり温泉水なのだが、工事においても地下道の維持管理においても不利に働く。
下手に扱うと周辺で営業している浴場に影響が出てしまう。そうなると調査が入って計画が露見してしまう。温泉脈に対して影響を与えないよう慎重に工事をする必要があった。
混凝土壁の施工においても温泉水は影響を与えた。オリバーの魔術を邪魔するだけでなく劣化を早めもする。
施工についてはエストルの部下が使う水魔術と合わせて可能にしてやったが、劣化防止に関しては研究が必要になった。最終的に温泉成分を吸収して強化される混凝土を開発して条件を満たした。
それからは順調に工事を進めていき地下道を延ばしていけた。そして、予期しなかった幸運に出くわす。
施設が完成したならば研究に集中することが出来る。
完成以降は大学、アッシェバーンの拠点、そしてここフルカヴントの拠点と、三カ所で研究に明け暮れる生活となった。
それも、この計画が終了すれば完全に終わりを遂げる。普通の大学教授としての生活に戻ることになるのだ。
思い返せば非常に楽しく充実した日々だった。この生活が終わることに一抹の淋しさがある。それをふり払うために、後のことを考えていく。
まず思い浮かんだのは、久しぶりに寝てみようということだ。実のところアッシェバーンでの計画が最終段階に入ったところで寝るだけの時間は出来ていた。しかし、その時は寝ようという発想に至らなかった。
あまりにも長い時間…少なくとも五十年は寝ていなかったので、眠ると言うことが頭から抜け落ちていた。寝ないことが当たり前になり過ぎていたのだ。
終わったら久方ぶりの睡眠を取ることはオリバーの中で決定する。
他にもやりたいことはないかと考えを巡らせていく。そんな時、オリバーの魔力感覚に何かが引っかかった。
(誰かが侵入してきたな… 想定はしていたが… )
オリバーの手によって施工された混凝土はオリバーの魔力を容易に通す。そのため、拠点全体に魔力を通すことで、ある程度は状況を把握することが出来た。
最低限の魔力しか流していないが、床を誰かが踏んだならそれを検知することは出来る。
(これは… 二人? あの狩人ではないのか… )
街に設けた入り口から二人の人物が入ってきたことを察知した。しかし、それは想定とは異なる。てっきりあの狩人が来たものと思ったのだが、反応を細かく
(まさかアッシェバーンの警察か? ここの衛士ということはないだろう…帝国に関係した組織の可能性もあるが… )
考えたところで答えなどわかりようもない。誰が来ようと殺してしまえばいいと結論づける。おびき寄せてから逃げ道を塞ぎ、確実に殺す算段を練っていく。
行動を把握しながら待っていると、その正体不明の二人は地下通路を通り、拠点の内部に侵入する。
それを確認するとオリバーは行動を開始した。
まずは隠し通路を使って移動し、混凝土術を使用して通路を圧縮して塞ごうと考えていた。
そんな矢先、新たな侵入者の存在を検知する。
(こっ、この反応は… )
人と魔物の侵入を確認した。今度こそレインだろう。しかし、それは想定していたはずだったのだが、意外な結果でもあった。
何故か、もう一人いる。人が二人と魔物が一匹の集団、しかも、魔境側に設けてある実験体用の通路に現れた。さらに、現れたのは魔境でもかなり深いところにある場所だ。地中に埋まっているはずの通路の途中にいきなり現れたことでオリバーに困惑が生まれる。
(おそらくはあの狩人で間違いないだろう。しかし、もう一人は誰だ? 仲間がいたのか? 単独で活動しているように思えたが… )
考えたところでどうしようもないが考え出すと止まらなくなる。あの男の仲間であるならば相当な実力者であることは間違いないだろう。より警戒するべき状況になってしまった。
急遽、先の二人への対処は変更して、実験体を送り込むだけにする。念のため、その中に完成度の高いものを一体加えておく。それで対処出来ると考えた。
思考を新たな侵入者達に戻すと対処方法を考えていく。
(あれらを複数同時にぶつけることが出来れば勝率は上がる…しかし、無理があるな… )
オリバーがここで生み出した実験体と呼ばれる存在の中でも、特に完成度が高い成功例とされるもの達がいる。
いかに凄腕の狩人だとしても、一体を相手取るだけで手一杯になるような代物だ。自負心の分を差し引いてもこちらの勝利は揺るぎないようにも思える。最も完成度が高い
それ程の戦闘力を秘めていると、魔術の天才であるオリバーをして認めさせている。
しかし、不確定要素もある。新しく増えた敵がどのような能力を持っているかわからない。
完全な勝利を掴み取るには複数体を同時に当てることが望ましいが、戦闘状態に入ればオリバーの制御下から離れてしまう。最悪、侵入者を放置して味方同士で戦闘を始める可能性がある。
(ここは分断を狙うのが得策か… )
だが、それは相手の出方次第だった。こちらの思い通りに動いてくれると考えるのは甘さだ。戦いを避けられて直接こちらに来ることすらあるのだ。
仮に失敗した時の事も考えておく。
オリバーは別の部屋に移動していった。移動した先はとても広い空間だ。明かりは点けられていないが、オリバーが入ってくる時に開け放しにした扉から光が入り、うっすらと部屋の様子を浮かび上がらせる。
そこにはなにやら巨大なものが存在していた。
オリバーの目にはそれがはっきり見えているのだろう。仰ぎ見るようにして見上げると呟く。
「美しい… 」
それはオリバーが実験体で得た知見を最大限活用して作り上げた完成品だった。この計画の根幹をなしているものだ。
これが動き出せば勝てるものなどこの世に存在しないと自負している。侵入者の目的が何であれこれを無視することは出来ない。必ずこれを止めようとするはずだ。
そして、為す術なく死んでいく。
自分のことが知られたとしてもこれが目撃者も証拠もすべて消し去るだろう。その後、自分は元の生活に戻るのだ。
完成体を見上げるオリバーの表情は晴れやかだった。
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光に向かって暗い中を進んでいくと徐々に明るさは増していき、その先の様子が朧気ながらに見えてくる。
どうやら外に出ることはなさそうだな…
人工的な光源がある様に感じる。何かの施設に向かっているらしい。そして、設備は生きているということだ。
放棄されたとかではないようだ。やはり今もここは使われている。当然、何者かがいる。まともな人間ではないだろう。
警戒を一段上げて気配を探りながら慎重に進んでいく。特に生き物ははいないようだが罠とかがあるかも知れない。まあ、魔力を含んでいない罠とかじゃあ俺はおろかニルスでも脅威にならないだろうけど、唐辛子玉とかあったら厄介だしな。
落とし穴とかで場所を移動させられるのも好ましくない。ニルス達と分断されたら安全を保証出来なくなる。
ニルスを見ると魔境の森の中に居た時とは打って変わって緊張でこわばった表情をしている。相当にビビっているようだ。
ペコもジュジュの背中の上でそわそわと落ち着かない感じに周辺を見回したりにおいを嗅いだりしている。さっきまでの先頭を進んでいたときとは大違いだ。
土のある環境ならばハンビィ達のネットワークに接続出来ていると言うことなのかも知れない。コンクリートで囲まれた環境だとそのネットワークが使えないから途端に弱気になってしまったと言うことか?
ニルスがペコの影響を受けてしまっているのか、お互いに影響し合っているのかわからないが、ふたりとも同じような状況だ。
あんまりいい兆候ではないな…
何かあった時にどう行動するのかわからない危うさがある。ちょっと不安を取り除いておきたい。
「ニルス… 」
「えっ! なっ、何かあったのっ!? 」
俺のちょっとした問いかけに過剰に反応してくる。
やはりビビっているな…
「ジュジュから離れないように背中に乗っていてくれ。この先何があるかわからん 」
「おっ、俺なら大丈夫だ…はぐれたりなんてしないよ 」
大丈夫じゃない人間はそう言うんだ…でも、大丈夫な人間も大丈夫って言うだろうな…
結局は根拠が必要ってことだな。エビデンス、大事。
エビデンス…
Q.プリプリした食感の水棲甲殻類をなんと言うか? 下っ端口調で答えよ
A.海老でやんす
……下らないことを考えてしまったな
「どうかしたの? 」
黙っている俺に不安になったのかニルスが不安そうに上目遣いで聞いてきた。
なんでもない、なんでもないんだ…
「えっ、うわっ… 」
内心を誤魔化すように素早く後ろに回って両脇から抱え上げるとジュジュの背中にニルスを乗せる。
「いいのに… 」
「乗っておいた方がいい… 嫌な予感がする 」
遠慮するなって…恥ずかしがるような年齢でもないだろう…
俺は恥ずかしかったよ…
馬とか駱駝とか乗るイメージのある動物なら良かったんだろうか? いや、乗っている体勢の問題か…
俺の真剣な物言いに、ニルスはそれ以上抵抗することはなかった。何はともあれ、ジュジュに乗ってくれたので良しとしよう。ペコがニルスの背中に張り付くいつもの位置に来ると少しは落ち着いたようだ。
そのまま進んでいくと光がどんどん強くなる。やがて通路からドーム状の部屋にやってきた。
通路はコンクリート打ちっぱなしのデザインだったが、ここはつるつるした大理石のような硬い石で出来ているようだった。
壁や天井は金色のきらびやかな装飾が施されていた。艶と透明感のある青とか赤で彩りが添えられている。華やかな空間に演出されているが、どこか落ち着いたまとまりもあった。
とてもいかがわしいことのために作られたようには見えない。どことなく人を歓迎するかのような雰囲気だった。
そして、この明るさに関してだが、照明器具は一切見えないのに隅々まで自然な感じに照らされていて、まるで昼間に外に出ているようにも感じる。
俺はこの感じに覚えがあった。
これは…… 遺跡だな…