円筒形の中は仄暗い赤い光で満たされていた。
危機的状況を
次は何だ…何が起こる?
これから起こることに備えて狭い室内を見回す。しかし、特に変化はない。
…ん?
部屋に変化はなかった。だが、いつの間にやら、俺の体が仄かに光っていた。
そう認識した瞬間、音もなく床が開いて落下していく。
一瞬、魔術で抵抗するかと思ったが、とりあえず最後まで任せてみることにした。
落下中は理力によって動きが制御されているようだ。肉体に伝わる作用を感じるが、こちらを保護しているようにも感じられた。痛みは感じない。
少し自由落下をした後、横方向に力を感じ軌道が変化する。
経路はパイプ状になっていた。帯が円形に繋がったような赤い光が、パイプの形状を浮かび上がらせ、次々と前から後ろに流れて行く。
コースは複雑な形状になっているようだ。右に行ったり左に行ったり…方向感覚が狂わされて、訳が分からない状況だった。だが、上下運動もしているらしい。途中でループになっている場所もあった。
軌道に沿って動いている間も体は理力によってぐんぐんと加速していく。高速で動きながらも体は壁に接触することなく常にパイプの中心を保っている。安全性への配慮はバッチリのようだ。
二分ほど経つと徐々に肉体の速度が落ちていく。後ろに流れていく光の輪のスピードも緩やかになっていき垂直移動に変化する。最後はふわりと床の上に降り立った。
降りた場所は最初に入った円筒と同じような部屋だった。ただし中の色は落ち着くような青色をしている。
これは… アトラクションだな…
無事に終わったところをみるに、これは古代人が作り上げたエンタメ施設であるように思う。
遊園地の遊具に乗ったあとの、降り立った直後の体にずしりとくるような感覚もなく、体への負担は少ない。俺の肉体が丈夫であるとか関係無しに、そういう設計になっているのだろう。
体感的には時速三百キロメートルぐらい出ていたように感じた。だが、それは流れている光によってそう感じていただけで、実際は百キロぐらいだったのかも知れない。それも安全設計のうちなんだろう。
扉が開くと外に出る。
周囲を見回して様子を確認すると、俺が出てきたところは天井まで伸びる円柱になっていた。上から落下してきたのだと実感させてくれる。
他に同様の円柱はなくそこまで広くないフロアの中心に俺が出てきた柱が一本あるだけになっている。
ここが一番の底に当たる場所なんだろうか?
いろいろな軌道を描いてここまで来たからどのぐらい落ちてきたか判らないが、雰囲気的には遺跡の一番下辺りな気がする。
ここを出れば、何やらいかがわしい設備とかにご対面しそう…そんな風に感じた。
果たしてどうなんだろうな?
部屋には扉が一カ所しかなく、そこから出るしかない。そして、その先から何やらただならぬ魔力を感じる。はっきりした敵意を含んでいる魔力だ。
扉の前に立つと音もなく自動的に開き、その先の光景を見せてくる。遺跡に入ってくる時にも通ったようなコンクリート製のやや広めの通路だった。
通路の先には金属製の扉が見える。
敵意はその奥から投げかけられている。扉の先に何かが待ち構えているのは確実だった。
誰かの意図でここに運ばれてきたような気がしている。
気にいらないな…
しかし、乗るしかない。どの道、害になりそうなものはすべて排除する予定だ。
扉の方に進んでいくと、直ぐに辿り着く。そんなに長い通路ではない。
俺は金属扉の取っ手を掴むと、押し開いていった。
#
レインが遺跡部から出て施設内に侵入していく。
オリバーにはその先の行動を知る術がなかった。制御室から映像で確認出来る範囲は遺跡の内部に限られる。
正確に言えば制御室、ひいては遺跡部から出て、自分自身で作り上げた混凝土部分に触れれば生命体の位置を探ることが出来る。しかし、まだ従魔の動向が決定されていない。
動きを見ておく必要があった。
この状況から、こちらの意表を突いて効果的に動くことは難しいと考えている。経路は塞いであるので、動きに制限がかかっている状態だ。
だが、もう一体の従魔と魔物使いがいる。機転を利かせて、なにかしらの布石を打ってくる可能性も捨て切れなかった。
扉を開けて誘いをかけてみる。
繋がる場所はレインが移動した先と別に設定してある。そして、その先にも強力な実験体を用意していた。入りさえすれば確実に葬り去る自信があった。
(入るなら入れ… )
レインの時と同じように、少々焦れながら動向を注視する。
#
「あっ、開いた… 」
扉が開いたのを見て、ニルスは思わず声に出してしまう。
がらんどうの内部をさらけ出す様をみていると、中に入れと言われているようだった。入りたいような入りたくないような、そんな揺れ動く気持ちに
レインはここにいれば安全だと言っていた。それは確かにそうなんだろう。しかし、自分達の安全のためにジュジュという強大な戦力を、ここに留めておくことに罪悪感を覚える。
ニルスのそんな気持ちを知ってか知らずか、ジュジュは柔らかい首を回して自分の背中に乗る少年を見つめていた。
それに気付くと自然にジュジュとの意思疎通が始まる。
「どうしたの? 」
《・・・・・・》
「えぇっ… 入りたいの!? 」
ニルスの問いかけに、ジュジュはコクコクと頷いて肯定する。
ニルスとジュジュの間に簡易的な絡帯が結ばれていた。ある程度、意思の疎通が出来るようになる。簡単に出来ることでもないのだが、互いの優れた才能がそれを可能にしていた。
ジュジュの態度を受けてもう一度中を覗いてみる。だが、いざ入る選択肢が目の前に迫ると、入りたくないという感情が先に来てしまった。
「ダメだよ… レインも言ってたじゃないか 」
《・・・》
主の名前を出されてはジュジュも引き下がるを得ない。しかし、それも
ゆっくりと開け放たれた扉に近づいていく。
「だっ、だめだよ! 」
ニルスがジュジュの背中を軽くパシパシと叩きながら静止の声を上げる。それが功を奏したというわけでもないだろうが、境界線の手前で足を止めた。
だが、これで終わりでもないだろう。足は止めつつも首を突っ込んでふんふんとにおいを嗅いでいる。いなくなった主を探しているかのようだ。
においを嗅ぎながら小さな部屋の中を見回している。その間にも尻尾がぶんぶんと振られていた。それは背中に乗るニルスからは見えないが、音と衝撃は伝わってくる。明らかに不機嫌を表していた。
(……どうしよう )
このままでは自分たちを置いて行ってしまうのではないかという不安が首をもたげてきた。今すぐにというわけでもないだろうが、時間の問題のようにも思える。
不安からジュジュの柔らかな毛をぎゅっと握ってしまう。
ジュジュもニルスの不安を感じ、少し落ち着きを取り戻す。だが、先に進んでみたいという好奇心を完全に止めるようなものではなかった。
ジュジュも主と同様に
ニルスの背中から降りてジュジュの背中の上に立つと、ジュジュの頭の上に移動する。
「キュ~ッ! 」
器用に指を一本だけ突き出すと、人間のように前方を指差し、勇ましく一鳴きする。前進しろと言っているかのようだ。
《ペコッ! だめだよっ! 》
実際そう言っていたようで、ニルスはそれを止める。だが、ペコは振り返ってニルスの前に行き説得を試みた。
「キュッ、キュッ、キュキュッ…… 」
身振り手振りを交えて必死の訴えかけを行っているようだ。その顔はニルスを睨み付けているようにも見える。
今の状況が余程気に入らないのだろうか? 怒りが混じっているようだ。
地下を荒らしている何者かの存在が許せないこともある。しかし、ニルスの心の奥底にある迷いを察知し、鼓舞しているということもあるのだろう。
ニルスは徐々に感化され始める。もともと自分が言い出したことだった。レインにすべてを任せてしまっていいのかという思いが生まれる。
たぶん、レインは何事もなく解決してしまうのだろう。自分はそのことをここに戻ってきたレインの口から聞くだけでいい。すべてが上手くいく。
それで果たしていいのだろうか?
自分の存在意義について納得出来るとは思えなかった。少なくとも何が起こっているのか自分の目で見ないことには、真に納得を得ることはないだろう。
この場から動くことで危険を抱え込むことになるだろう。だが、我を通すからには、その責任を受け入れなければならない。その責任とは、死んだとしても大人しくそれを受け入れる事を含む。
究極の覚悟を決めなければならないということだ。
「よしっ… 行こうっ! 」
長い沈黙のあとニルスは力強く気炎を吐き出す。
それを受けてジュジュの垂れ下がっていた尻尾がピンと立つ。
ペコは定位置に戻る。
三にんは前進し、発射口の中に入っていった。
#
ようやく例の従魔が動き出した。発射口の中に入っていく。
(よしっ! )
再び心の内で歓喜の声を上げると、早速、扉を閉めて巨大遊具を作動させる。
本当のところ、これを利用して殺してやりたいところだったが、強固な安全装置が何重にも仕掛けられているために殺傷する目的で作動させることは出来なかった。
もし、安全装置を外す事が出来たなら、これを利用していた自分たちが危ういことになっていた可能性もある。なので、試みることすらしていなかった。
遺跡内部に実験体を送り込んで戦闘をさせようものなら、何が起きるかわからないためにこちらからは手の出しようもない。
歯痒い思いをしていたが、ここに来てようやく次の舞台に行ける。
既にレインは実験体十六号と交戦しているはずだ。実験体の中でも最高戦力を持つ個体であり、将軍級を軽く上回る力を持つ。よもや負けるなどとは
しかし、まだ決着はついていないだろうと思っている。簡単に倒せると思うほどレインのことを低くみていない。むしろ、過大と言えるほどに警戒していた。
倒す瞬間を自分でも感知していたいと考え、急いで制御室をあとにする。
向かう先はほど近い場所にある休憩室だ。エストルの部下達がいた頃には人が多く集まる場所であった。
いくつも置かれている長椅子の一つを適当に選んで座ると、床に魔力を流していき感覚を研ぎ澄ませていった。