俺の笑い声を聞いてケルベロスがこちらを振り向く。視線が交差した。
相変わらず、感情を読み取れない瞳だが、何を考えているんだろうな?
俺がまだ生きていることに驚きはないようだ。動揺は見られない。ただ、少しフリーズした。それから、徐々に敵意が大きくなっていく。
機械的な反応のようにも感じるな…
だがやる気があるならいい…こちらも上がってきた。
制限を解除することにしよう
折れた“守継”を亜空間にしまう。残された二本の鞘も、空になった背負い水槽も、小物を入れているポーチも、すべて亜空間にしまって身軽になる。
とりあえず亜空間殺法は解禁だ…
今まで育て上げてきた魔水を、亜空間から大量に呼び出していく。その量は一トンを超える。
―拡張領域、自在操水術式、如水心拠
俺の意志に従って大量の魔水がうねる。その動きがコンクリートを震わせる程だ。
そして、更に…
―操雷電化術式、雷神装
これで準備は整った。
真っ正面から物量と技術でもってぶつかっていく。そんな戦いを思い描く。
#
ケルベロスが空術を発動させようとした瞬間、レインを包み込む水塊が弾かれたように前進した。
両者は正面からぶち当たる。
質量ではまだケルベロスの方が上だった。魔力においても同様だ。しかし、自在に形を変化させて力を余すことなく使える水塊は相手の巨体を押し切って壁に背中から激突させた。
接触している間も電撃により身体機能が乱される。
回復術を使用して抵抗するが、その分、魔力を攻撃に回すことが出来ない。そして、回復仕切れない部分もある。
体の動きが鈍くなって。それを見逃すレインではなかった。
水の形を変化させて伸ばしていく。あらゆる方向から雷電水撃を喰らわせていった。
ケルベロスが反撃を試みようにも、その動きを察知されて、魔力を集中させようとする場所に攻撃を当てられ散らされていく。体勢も整えさせない。
今までの憂さ晴らしをするかのように、一方的にタコ殴りにしていった。
大量の魔術媒体を得た今、出力で遜色なく渡り合える水準にまで達している。
その分、魔力の消耗は激しくなるはずだが、それを技術で抑えていた。水の形を変化させるだけなら消耗自体はあまりない。そして、魔力防御の隙を作り出してそこを効果的に攻めることで消費量に対する損傷量の比率を稼いでいる。
ルセト・ミルとの戦い以来、考えていた。
水術の効果を百パーセント引き出すには人間の肉体は邪魔だと。
完全に大量の魔水に包まれた今なら、限りなく水に近づくことが出来る。理想的な動きが出来ていることに気分がいい。夢中になって攻撃を続けていく。
攻撃の合間を突くように、ケルベロスが再び衝撃波を放とうと二つの口を開いた。一方的にやられつつも反撃の糸口を探っていたのだ。
そうはさせまいと、顎下へ掬い上げるように水撃を喰らわせて開いた顎を無理矢理閉じさせる。
反撃を防ぐことは出来た。だが、ケルベロスも膨大な魔力と体格を利用し、攻撃に耐えながらも打開策を試みている。
戦いの行方は、どう転ぶか判らないままだ。
優位に攻撃を続けながらも、レインは突破力と貫通力が足りないと感じていた。
そこで一つの決心をする。
(あれを使うか… )
―コアブースト…
コアから魔力を引き出していき、全身に少しずつ行き渡らせていく。
―…五十パーセント
目標の出力に達すると、そこで止めて状態を維持する。
留目を刺すまでの手順を決定し、実行段階に移す。
まずは、攻撃の手を止めて後ろに下がった。そして、頭上を取るように上に跳んだ。
落下してくる水塊をみてケルベロスは好機だと考える。攻撃の手が止まり、距離が出来た。
体内から可燃性の液体を気化させ、口から放出していく。攻撃を食らいながらも、肉体の機能として精製が維持されていた。十二分に貯えは回復している。
気化燃料に引火をさせ、そこに大量の空気を混ぜて送り出すことで攻撃は完成する。そのためにまずは火を付ける。口内から火炎が広がって外に漏れ出す。そこから空術で燃焼を広げる…はずだった。
空気を送り込むことが出来ない。燃焼が途中で終わってしまう。
(これが対抗術式というものだ… )
この瞬間のために空術を使わないでいた。
思惑を外されて硬直しているケルベロスの片方の頭に水塊を放ち、纏わり付かせる。その上に右手をついて乗った。そして、容赦ない破壊をもたらす魔術を実行していく。
膨大な魔力を含んだ大量の水が急激に渦巻いた。劇的な圧力変化が現象を引き起こす。
低圧部では蒸発が起こり気泡が生じる。次の瞬間には、気泡が高圧にさらされ、瞬間的に消滅させられる。衝撃波と高熱があらゆる物質の構成を崩壊させて削り取っていく。キャビテーション現象だ。
さらには雷術によりプラズマを発生させ威力を増大させる。
―
破壊の渦の中心にあった頭部が砕けた。渦巻く水と交わり赤く溶けていく。
だが、まだ死んでいない。即座にもう一方の首へ攻撃に移る。
亜空間から漆黒に染まる幅広の長刀を取り出すと、回転する水の勢いを利用し、首を目がけ斬撃を振り下ろす。
勢いのついた黒い刃はあっさりと首を断ち切った。首が床を転がると体の方も倒れる。
首を二つとも失い、二度と動きだすことはなかった。
#
ケルベロスの死を確認する。完全に沈黙した。
終わったか…
手に持っていた黒刀を亜空間にしまう。
これは黒竜から得た刃翼を素材にして作成した。
銘を“
魔力の影響なのか普通の材質ではないようだった。想像よりも硬くてしなやかな、良い刀ができた。
まあ、普段使い出来るような
それは良いとして、早くこの施設を探索しないとな…
装備を亜空間から引き出して付け直す。
“絶雷”拾い上げて鞘に納め、“守継”の折れた刀身を回収して修復、鞘に戻す。
体の状態はそこまで悪くない。回復しきってはいないが、移動している間に直すことは出来るだろう。
魔力残量は心許ないがこれ以上強力な魔物は流石にいないだろう。省エネモードでも十分に相手が出来ると判断して先に進む。
とは言えパッと見て、この部屋に進むべき通路は見当たらない。構造的にはここが行き止まりになっている。
しかし、空気の流れに違和感がある。どうにもコイツが切り裂いたコンクリートの隙間から外に空気が流れているようだ。
そこの壁に近づいてガンッと殴りつけてみる。先が空洞になっているらしい。
どうやら、通路を塞いで隠しているようだ。侵入者の行動を制限するために、あらかじめ塞いでおいたと言うことだな。
塞いだのはごく最近のことだろう。通路を塞いでしまったら不便だからな。なるべく塞ぎたくはなかったはず。
塞ぐ理由は侵入者対策だろうが、俺達が入ってくることを予見していたなんてことはありえない。なのに何故、塞ぐことにしたのか?
もう使わなくても良くなったからという理由が浮かんだ。ここで行われている何かが最終段階を迎えているという事なんだろうか?
それで、誰かが入ってきた時を想定して、念のために罠を張っておこうといった考えなのかも知れない。
あるいは、この国のしかるべき捜査機関の介入を想定しているのか…。
可能性の話ではあるが、あまり良くない予感がする。ケルベロスの存在は事態の大きさを示唆しているように思う。
そして、この施設を作り上げたのは、相当に腕のいい魔術師に違いない。
複数人の可能性もあるがコンクリートから伝わる魔力の感じからすると一人の可能性が高い。
多くても二、三人か…
そいつらに注意して進むとしよう…
―ドゴッ
魔力を込めた蹴りで壁を破壊して通路を開き進入していく。通路は明かりで照らされていて何もしなくてもよく見える。
何も無い、広めの通路が真っ直ぐ伸びているだけだった。
奥に扉が見えたが人の気配はない。変な魔物もいないようで、人以外の気配もない。静かなものだ。
俺はその静寂の中を進んでいった。
#
発射口に入っていったジュジュ達一行であったが、制作者の意図通り、無事に終着点へと到着していた。
ジュジュは遊び感覚で楽しんでいた。主以上の好奇心と危険への嗅覚によって、直ぐにこれは遊びだと理解して身を任せていられたのだ。
対照的に、ニルスとペコは放心したようにうつろな目で黙りこくっている。ここで自分は死ぬのだという諦めを感じながら、高速の飛行を味わっていた。制作者はそこまで意図していなかっただろう。
ジュジュは辺りを見回しながら、クンクンとにおいを嗅ぐ。主はここに来ていないと直ぐに悟った。どうやら、別の場所に送られたらしいと言うことまで理解したが、むしろ、この状況に闘志が
ここに来た時から魔物の気配を感じていた。かなり強い魔物だ。自分の力を試してみたいという欲求が生まれる。
どういうわけか、相手はこちらに入って来ないようなので、ここにニルス達を置いていけば気兼ねなく戦える。
その為にも、まずは背中の上で
とりあえず、揺さぶってみることにした。体をくねくねと左右に振ってみると、振り落とされることを危惧したのか、ニルスは正気を取り戻してジュジュに抗議する。
「ちょっ、ちょっと!? どうしたのさっ? 」
毛を掴み、身を低くして振り落とされないようにする。いきなりのジュジュによる
魔力が戦いを前にした時のそれになっている。
締め付けられるような緊張感に冷や水を浴びせられ、ニルスも事態を把握したようだ。恐る恐るジュジュに問いかける。
「魔物……敵なんだね? 」
《・・・・・》
コクコクと頷きながら肯定の返事をする。次に、顎で示すようにして背中から降りるように指示を出すと、ニルスはそれを理解して素直に従った。
「ここで待ってるから行ってきて… 」
ニルスの言葉にこくりと大きく頷く。
背を向けて気配がする方向に歩いていくと目の前には扉がある。接近していき前に立つと、自動的に開いてジュジュを通した。
完全に通り終えると、扉は自動的に閉じ、ニルスからは後ろ姿が見えなくなった。あとは、ジュジュに任せるより他ない。
再び、ジュジュは
間違いなく扉の先は戦場になるだろう。
そのまま、平然と進んでいき、扉を頭で押しのけて中に入る。中は広い空間になっていた。
部屋の奥の中央には殺気を放っている魔物がいる。ジュジュよりもだいぶ大きい。そして、異様な外見をしていた。
体は獅子のようなネコ科の動物を思わせる。
そして、それはもう一つの異形を持っていた。
頭部から視線を後ろにやると尻尾の付け根、そこから緑色のものが伸びている。細かな鱗で覆われたそれは体から離れるにつれ細くなっていく。先端には頭がついていた。鱗で覆われた細く伸びた顔に裂けたような口。蛇だ。尻尾が蛇になっている。
合計三つの頭を持つ怪物だった。
もしも、ジュジュの主がこれを見ていたならば「へぇ、キメラじゃん。こういうのもあるのか… 」と感心したことだろう。