獅子が衝撃波を止めると同時に、今度は蛇の口から火炎が伸びる。最後のダメ押しとばかりに、煙の中へ万遍なく炎は撒き散らさた。
煙が炎で蒸発し、代わりに炎が埋め尽くしていく。
長々と炎を吐き出した後、攻撃は止まる。キメラは油断なく炎の中を
可燃性の液体を含み、床や壁が炎を上げている。やがて、火がおさまっていくと、炎の中にジュジュの姿を発見した。
しっかりと四本の足で立つ姿は、まだまだ戦えることを示している。しかし、肺を損傷したのか口から血を吐き出した痕がある。体毛はところどころ、炎に焼かれた痕を見せている。
相手から見えないよう、雷術で電子の鎧を纏い攻撃を防いでいたのだが、隠蔽のために出力を抑えていたことで損傷を負ってしまっていた。
その甲斐あって、相手に雷術の存在が伝わることはなかった。キメラはその姿を確認し、手応えを得る。このまま相手に接近させなければ、魔術で押し切れると考える。
ジュジュもキメラが自身の優位性を確認したと感じていた。
実際、接近すれば山羊による強力な空術で吹き飛ばされ、距離を開けられてしまう。じっくりと作り込まれた高威力の魔術だ。こちらも魔術で突破したいところだが、ちょっとやそっとでは打ち破ることは出来ない。
獅子や蛇の攻撃を躱しながら、あの魔術をどうにかするのは無理筋に思える。
雷術を使用すれば突破することは可能だが、突破出来たとしても、相手を攻撃している内に次弾が放たれる。そうなれば、吹き飛ばされて距離を開けられる。
それを繰り返されると、魔力量で劣るこちら側が先に尽きることになる。持久戦は圧倒的に不利だ。
やるならば一撃。一撃で相手を仕留めることが必要になる。
そのような手に、ジュジュはひとつ心当たりがあった。相手の心臓に届く牙は確かにある。ただ、確実に相手に当てなければならない。
もしもしくじれば次はないだろう。あれは一度が限界だ。
幸いにして、今の状況ならば十分に勝算がある。勝利までの経路を脳裏に思い浮かべ、実行を決断する。
対するキメラは余裕を持ってジュジュを
山羊は既に、次の魔術を用意している。敵を吹き飛ばして、有効な型に
獅子の目が相手の動きを捉える瞬間、戦闘は再開される。
獅子は冷静にジュジュの出方をうかがっていた。
そんな時だった。
―カシャッ…
わずかな金属音を獅子の耳が捉える。
それがなんであるのかキメラには判らなかった。
ジュジュの首輪が開き、中から格納された弾を覗かせる。だが、細かな変化を視覚で捉えることが出来ないでいた。
次の瞬間、いくつもの白色の弾が放たれる。
高速で飛んでいくと手前で方向を変えた。キメラの頭上へ
上から大量の白煙が降りかかり包み込まれる。
白煙に包まれ、キメラはどういうわけかジュジュの魔力を感知出来なくなっていた。
白煙弾には魔鉄の粉が仕込まれていた。それが
山羊は判断に迷った。
この状態で空術を解放し、煙を吹き飛ばす選択肢もある。相手の位置を捉えることが出来るだろう。しかし、相手の位置によっては魔術が牽制にならない。次弾までの隙を突かれて接近を許す事になる。
かと言って、このままではどの道、接近を許してしまう。
ただ、一撃をもらうことを許す覚悟で以て、喰らった瞬間に発動し、敵を吹き飛ばすという選択もあった。
むしろ、それが最善のようにも思える。煙を晴らすことと攻撃することを同時に行える。至近距離から放てば威力の増大も狙えた。相手の一撃にも十分に耐えられる自信はある。
最終的に相手の出方を待つことにした。獅子も蛇も同じように選択したようだ。
緊張を|孕みつつ煙の中で静止する。来るなら来いという心持ちで敵の攻撃を待った。だが…
来ない。
時間だけが過ぎていく。実際の時間はせいぜい数十秒と言ったところだが、数分にも感じる。
異常を感じ、山羊は魔術を発動しようかと考え始めた。煙を晴らして相手の姿を確認したくなる。
そんな矢先、煙の中から二つの赤い弾が飛び出し、迫ってきた。獅子と山羊の眼前で炸裂し、赤い煙で包み込む。目や鼻と言った粘膜を焼き、集中力を乱す。唐辛子弾だ。
直ぐに感覚を遮断して落ち着きを取り戻すと、清発を行い洗浄する。魔力で回復させて状態を元に戻し、山羊は改めて魔術を発動させようとした。
だが、それより早く、膨大な力の奔流が正面から迫りくる。
キメラは恐怖した。
咄嗟に回避行動に入る。しかし、左側についている獅子は左へ、右側についている山羊は右へ、蛇は上に回避しようとする。
突然、死を突きつけられた。整合性のある行動を取ることは出来なかった。不動の構えを貫いていたことも不利に働く。
力の奔流が獅子と山羊の間に突き刺さる。
それは青白く発光する閃光だった。
触れるものすべてを分解して突き進む。
毛や皮、肉、骨を粒子状に削り取りながらキメラの背骨に沿って肉体の正面から後方へ抜ける。
獅子と山羊の顔は避けきれずに片側が溶けて剥き出しの骨をさらしていった。
力を失った体は、そのまま床に腹を付けるようにだらんと下がる。まるで、敗北し、伏せの姿勢を取ったようにも見える。
だが、まだ戦いが終わったわけではない。
ジュジュはまだ動いている心臓を潰しにかかる。雷電を纏った爪を突き立てる。振り抜き引き裂いた。
二つの魔石が心臓から剥がれ落ちる。衝撃で床へ落ち、乾いた音を立てて転がった。
これで獅子と山羊の復活はなくなる。
心臓を潰したジュジュへ、今度は蛇の噛み付きが襲いかかる。千切れたあとも蛇は生きていた。獅子の体と独立した心臓を持っていたのだ。
後ろに跳んで躱し距離を取る。その間に蛇はキメラの死体の影に隠れた。
今のジュジュには余力が少ない。一方で、蛇もキメラと分離されて大幅に弱体化している。
互いに相手の出方をうかがう、静かで緊迫した時間が流れる。
静寂を破ったのは蛇の方からだった。
時間を置くほどに相手が魔力を回復し、自分の方が不利になっていくという判断からの行為だ。地力では勝てないと理解している。
死体の影から素早く這い出てくると、間合いに入る直前、体を折りたたみ収縮させる。その状態から
ジュジュはその攻撃を反射的に捉える。当たる直前まで眼で捉え、後ろに跳んでギリギリで躱した。
蛇の体が伸びきったところで、頭めがけ、雷撃を纏った猫パンチを横から叩き込む。
衝撃と電撃で脳を揺さぶり昏倒させる。床に倒れ伏した蛇の頭に噛みついて電流を流し込み、脳を焼き心臓を止める。
殺しきったことを確認すると、口を開けて蛇を放した。
ようやく脅威をすべて排除することが出来た。ジュジュはそう判断すると、これからのことを考えていく。
魔力をだいぶ消耗してしまっている。肉体の損傷もそれなりにある。万全の状態からはほど遠いと言えるだろう。この状態で先に進むのは無謀とも言えた。
とにかく今は回復が必要だ。
ニルスとペコのところに戻って脅威を排除したことと無事であることを一刻も早く伝えるべきだとも思ったが、あのふたりの前で回復に務めるのは何故だかジュジュの矜持が許さなかった。
それ故に、この場で五分間ほど眠ることを選択する。
床に寝そべると目を閉じて力を抜く。ゆっくりと深く呼吸を行い魔力回復をはかりつつ、回復術で肉体を修復していく。
まどろみの中、ジュジュはあの魔術を成功させたことに充実感と満足感を得ていた。
実質的にキメラを一撃で仕留めた閃光を放つ魔術。ジュジュの主によって荷電粒子咆と名付けられた魔術だ。
魔力で強化した水分子を極限まで帯電させて空気と一緒に加速させて放つ。荷電粒子が物体にぶつかった時、その構造を破壊し削り取ることで破壊をもたらす。
雷術と空術、それに水術を加えた、三属性複合魔術であり、緻密な制御と莫大な魔力を要求される。主と一緒に練習を続けて、ものにすることが出来たが、全力で撃ったのは今回が初めてだった。
問題としては標的に当てることが困難というところだったが、キメラが動くことをやめて、魔術による力押しを仕掛けてきたことで確実に当てる算段がついた。
煙り玉を有効に使ったことや、駄目押しで唐辛子玉を喰らわせてやったことも、ジュジュとしては満足のいくものであった。
そんなことをうつらうつらと考えていたら、徐々に眠りが深くなっていく。
完全に眠るつもりはなかった。しかし、疲労のせいか意識は深く沈んでいく。
広い空間にジュジュの寝息だけがわずかに響いていた。
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(別視点)
「ば… ばかな… 倒されただと……? 」
実験体十六号に続いて二十七号までもが倒されたことに、オリバーは驚愕を禁じ得なかった。思わず感情が口から漏れ出す。
混凝土から伝わってくる情報を分析するに、レインもその従魔も致命傷からはほど遠い状態にあることがわかった。
幾分か魔力の消費はあるだろうが、時間を置きさえすれば両者とも十分に戦える状態にあるだろう。
レインに至っては戦闘後直ぐに探索を開始している。十六号を相手取って余裕すら見られるのは、完全に予想の範疇を超えている。
早急に対応、計画を軌道修正しなければならない。場合によっては計画そのものに変更を加える必要もある。いや、もう既に、変更せざるを得ないところまで来ていた。
そう考えて部屋を出ようとしたとき、ふと気付く。
(実験体から連絡が来ていない…… )
別の侵入者には実験体を複数向かわせている。その内の一匹に対しては、始末が終わったら自分のところへ知らせに来るように命令を伝えていた。
その連絡が来ていない。
実験体は複雑な命令を理解しない。故に、始末が終わったら連絡をするように命じたならば、始末出来なかった場合は何も行動を取ることはないだろう。
つまり、連絡がないということは、向かわせた実験体達は逆に侵入者にやられて全滅している可能性が高いと言うことだ。
まだ、戦闘が続いている可能性もある。しかし、そう考えるのはいささか自分にとって都合が良すぎる解釈だろう。
直ぐさま、そちらを意識して混凝土に魔力を流していく。
(……!! 近くに来ているだとっ!! )
反応は、今いる部屋から、そう遠くない場所にあった。このままでは直ぐに接触することとなるだろう。
(気付かれないように場所を変えなければならないな… )
幸いにして、こちらは相手の場所を常に把握できる。建物の構造も頭の中に入っている。隠し通路を利用することも可能だ。
冷静に行動すれば、まくことは難しい事ではないと理解して部屋をあとにする。
向かう先は完成体を納めてある部屋だ。
もしも、そこまで辿り着いてきたならば、完成体の力でもって殺すことにする。相手次第では、自分が魔術を用いて殺してしまってもいい。
思考を巡らせていて思い当たる事実があった。
(そう言えば、自らの手で人間を殺したことはなかったな… )
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「この先から妙な気配がする… おそらく魔物だろう 」
通路を進んでいたリエラとダンは曲がり道に差し掛かると進行を停止し、その先の様子を確認した。確認したのはリエラだ。彼女の空術を使用した索敵が、敵の存在を浮かび上がらせる。
「魔物… またあれか? 」
人間が造ったような施設に野生の魔物がいるとは思えない。そのため、ダンはアッシェバーンを襲った猿の魔物を思い浮かべた。
「いや… あれとは違うようだ。単独で行動している。良くわからないが魔物としても違和感がある 」
「……まあ、あんな魔物を飼っていた連中だ。妙な魔物だと言うならむしろ納得か 」
「近づいてきている… こちらの位置は気付かれていないようだ。警戒は薄い 」
「ならここに来るまで待って奇襲を仕掛けるか… 」
「そうしよう 」
方針が決まると息を潜め、気配を完全に消す。
やがて、微かな足音と共に魔物の気配が曲がり角に来た。
視認出来るようになる直前、二人は飛び出して一気に攻撃を仕掛けていった。その姿を確認することなしに、ためらいもなく白刃を振るう。
二つの刃は、それぞれが魔物を深く切り裂き、一瞬の内に絶命させた。気配から強い魔物ではないと判っていたが、その通りに結果を出して見せる。
剣に着いた血を落とすと鞘に仕舞い、倒した魔物の検分をしていく。
ダンが懐中電灯を取り出して照らしてみた。
しかし、照らし出された姿は、二人に取って想像だにしていなかったものだった。