「……こりゃあ…なんだ? 」
「……… 」
驚愕を口に出すダンに沈黙を貫くリエラ、対照的な反応だったが、驚愕度合いは似たようなものだった。
二人の目の前には、オオカミの魔物の死体が転がっている。ただし、首から下は鹿のものになっていた。
大きさはそれ程のものではなく大した強さではない。だが、弱いのはそれだけが理由でもないだろう。外観を見た限り、生き物としての調和に欠いているように見える。
「なんなんだぁ… このふざけた魔物は? 」
「わからない… こんな魔物は見たことがないな。変異というわけでもなさそうだが… 」
とりあえず、二人は死体を調べてみることにした。首から上と下ではっきりと異なる様相を見せている。上側はオオカミの形状で、長めの毛で覆われる。下側はシカの形状で、短い毛で覆われている。
二つの生き物を切断し、そのまま繋ぎ合わせたような歪さを見せる。だが、接続部分を確認しても、繋ぎ目などは見えなかった。自然な形で滑らかに続いている。
歪な構造だ。なのに一定以上の完成度がある。
おおよそ、自然発生したとは思えない生き物だが、人為的にこのようなものを作り出せるとは思えなかった。
リエラもダンも、ここで行われていることに薄ら寒いものを感じている。しかし、だからこそ、調査をしなければならない。
さらに警戒を強め、先に進んでいく。
途中でまた、通路の正面から別の魔物が接近してくる。
相手は二人の存在に気付いているようだ。走って移動して来ていた。気配の接近は速い。隠す気もないようで足音が通路に響いて迫ってくる。
その場に留まって明かりを確保すると、剣を抜き臨戦態勢を整えた。
やがて、視認出来る距離にまで近づく。
魔物の姿はやはり普通では考えられないものだった。頭部が蛇になっていて首がやたらと長く見える。体はウサギのものであるようで、ぴょんぴょんと跳びはねて移動していた。
それなりに大きな魔物であるようだ。目算では、ウサギの部分で人の腰ぐらいの高さにおよぶ。
戦闘距離に入るかと思われたその時、蛇兎の動きが変わる。
床を蹴って横に跳び、壁や天井を蹴って立体的に跳ね回る。そして、蛇の柔らかさを利用して予想外の方向から牙を伸ばしてきた。
通り抜けざまに、真横から円を描くような軌道でリエラに
リエラは空気の流れを読んでしゃがみ込み、ギリギリで躱す。躱しながらも剣を振るい反撃に出る。
剣は蛇の胴体を輪切りにするように当たり、薄らと肉まで切り込んだ。
仕留めるつもりだったが、予想外の硬さだった。重い手応えに相手への評価を一段引き上げる。
リエラの反撃により出来た隙をダンは見逃さなかった。動きを乱した蛇兎を目がけて魔力を乗せた剣を袈裟に振り下ろす。
だが…
(なにっ! )
捉えたと思った瞬間、蛇の部分がグンとしなり動きが大きく変わった。剣は空を切る。
蛇兎は回避後に素早く壁を蹴ると、ダンに向かって長い首を鞭のようにしならせて振り下ろした。
避けきれないと判断して両腕に魔力を込め、交差させて盾のように受け止める。
(グッ…… )
全身をズシッとした重さが襲う。衝撃で
魔力を込めたおかげで腕は無事だったが、衝撃が内臓を揺さぶり少し気分が悪くなった。
なおも敵の猛攻は続いていく。
長い首を動かし、重心を動かしながら跳び回る。直線的だった軌道に微妙なぶれが加わり捕捉しづらい。
リエラが動きを読んで剣を振るうと、蛇兎は首を振るい、空中で体の向きを変化させギリギリで避ける。逆に、蛇兎の方から反撃が放たれた。
首を曲げて横から噛みついてくる。後ろに身を引いて躱せたが、服を掠めた。
蛇兎はそのまま高速で跳ね回り、攻勢を維持する。
二人は防戦に回りつつ、反撃の機会をうかがっていた。
魔術なしに状況を打開することは困難に思えるが、この先の事を考えると、魔力を消耗させるわけにはいかなかった。
リエラに使える空術では効率よく相手の動きを止めることが出来ない。
必然、ダンがその役割を担うことになる。
鋼線を鉄術で操作して空中に網を作り出す。相手の動きを見て軌道を予測すると、気付かれないように広げていった。
蛇兎の感覚器官は二人を捕捉する事に向けられていた。魔力感覚でもダンの隠蔽技術により捉えられなかった。仕掛けられた罠に気付くことなく、自分から飛び込んでいく。
(かかった… )
素早く網を引き絞って絡め取り、鋼線を引く。相手の勢いに体ごと持って行かれそうになったが、剣を床に突き立てて固定し耐える。
蛇兎は網ごと床にたたきつけられ動きを止められた。
網から逃れようと、全身に魔力を込めてもがいた瞬間、リエラの剣によって体を貫かれる。網にかかった時にはもう、リエラは動き出していた。
剣は魔術により空気を纏う。高圧の空気が剣に沿って体内に流れ込み、内側から破壊され、蛇兎の意識はそこで途切れた。破壊は心臓にまで達していた。回復は不可能だった。
リエラは剣を鞘に収め、ダンは鋼線を回収して先を急ぐ。
もう、ここに人間はいないという可能性もあるが、出来るだけ早く施設を調べる必要を感じていた。
進む先、二人は同じような異形の怪物と遭遇することになる。
サソリとムカデを合わせたもの、
鹿の首とオオカミの体を合わせたもの、
下半身が蛇で、背中からコウモリの羽根が生えたトカゲ…
そのどれもが、二人を見るなり襲いかかってくる。だが、蛇兎を超えるものではなかった。
余裕で対処して先に進む。
だが、このまま順調に進めるかとも考えた矢先、通路の前方から大きな気配を感じた。魔物の気配だが普通の魔物ではないのだろう。相当に手強い相手だと覚悟を決める。
通路は明かりで照らされるようになって来ていた。施設の中枢に近づきつつあることを示唆している。
その明かりは何者かの存在、ここを作り出した人間が、この先にいると予感させた。
出来れば戦いたくない相手だが他に道はない。慎重に進んでいくと、部屋のように広くなっている場所が見えてくる。
しっかりとした照明がついているようでとても明るい。通路側からは少し白抜けしたように感じる。
その光の中心辺りに、黒っぽい塊のようなものがあった。気配はそこから放たれている。
(あれが気配のヌシか… )
動きは無いようだが、いつ動き出してもいいように構えながら足を進めていく。
相手の動きがないままに、領域の手前までやってくる。そこは床一面に水が張られた場所だった。魔物にはまだ動きはない。
一見すると普通の熊の魔物に見える。二人はそこに疑問を抱いたが、厄介な相手であることにかわりはない。
水の中に足を踏み入れて領域に入る。水深は
熊の奥には通路が見えるが、簡単には通してくれないだろう。剣を抜いて戦意を高めていく。
二人が左右に分かれながら接近し、飛びかかれる距離まで来たところでようやく相手に反応があった。
熊は無造作にすっくと立ち上がり、ここは通さないとばかりに、腕を左右に広げていく。
やはり、普通の魔物ではなかったと、二人はその異様を目の当たりにした。
その腕は左右に二本ずつ、計四本備わっている。
威嚇をするでもなく、いきなり魔術を発動させてきた。熊の足元から水が体を伝い、四本の腕の先に集まっていく。
腕を振るうと
ダンにも別の腕から放たれた水塊が迫っていた。
水塊は弾力を持って伸びきると、腕に引き戻され再び放たれる。四本の腕を駆使し、二人に向かって絶え間なく攻撃を仕掛けていく。まるで、
しかし、魔力で強化され、熊の腕力で加速された水の塊は、直撃すれば二人でも無事では済まない。
躱しながら接近を試みるが、近づくほどに攻撃の間隔は狭くなり躱しにくくなる。
それでも、慣れてくると攻撃の軌道が読めるようになってくる。
一発をギリギリで躱しながら前に踏み込み、水塊が戻る軌道に合わせて前進する。
横へ避けると踏んでいた四つ手熊は狙いを外された。次弾を放つ間隔を狂わされる。
二人はその機会を逃さず肉薄し、左右から剣先を突き立てた。
しかし、熊が剣先の前に掌を突き出して水塊で受け止める。水を圧縮し、硬さと弾力を備えた盾を作り出したのだ。
開いている方の腕を振るうと、鞭のように伸びた水塊が二人を襲う。横から打ち据えるように襲いかかった。
二人は後ろに大きく跳んで躱すが、詰めた距離を開けさせられた。そこへ、再び水塊が放たれる。
同じように横に跳んで躱そうとした。しかし、今度は先ほどまでのものとは違う。
空中で軌道を変えてきた。緩やかな曲線を描いて二人の動きに
躱せないと判断し、剣に魔力を込め、弾き返すことを選択した。ずしりとした手応えと共になんとか弾くことに成功したが、その後も次々と襲いかかってくる。
様々な曲線軌道を描いて飛来してくる水塊を躱すことは難しかった。剣で防御することで難を逃れるが、今度はその場から動くことができない。一方的に攻められる時間が続く。
しばらく防戦で凌いでいると、突如として水塊が二人とは外れる方向に放たれた。
それを疲労により外したものと判断して二人は前に出た。踏み込んで身を低くしながら前進し、迫り来る二発目を剣で弾いて更に突き進む。
しかし、それは罠だった。
外れていた水塊が引き戻され、二人に後方から襲いかかる。
リエラは空気の流れを感知して横に跳び、躱すことに成功する。
ダンもリエラから警告を受け、当たる直前に回避行動を取った。しかし、躱しきれずに当たってしまう。直撃は避けたものの、弾かれて壁にぶち当たる。
その隙を逃すような相手ではなかった。
四つ手熊は水塊を放つ。より強大な魔力が込められたものだ。ここで仕留めるという気迫を感じる。直撃すれば確実に大きな損傷を追う。それが、確実な死をもたらすために二発用意されていた。
ダンが戦闘不能に陥ったならば、リエラ一人では勝機を見いだすことは難しい。ダンの前に出て防御するべきだと考えるが、リエラにも水塊は放たれ続け、思うように動けない。
無情にも体勢を崩しているダンに水塊が襲いかかる。最短距離を進む直線軌道だ。体勢を立て直す隙を与えるつもりはないことが見て取れる。
しかし、二発の水塊をダンに向けて放った直後、熊を異変が襲った。片足を何かに掬い上げられて体勢が崩れる。
それと相反するように、ダンは何者かに支えられるかのように起き上がり体勢を整えた。
いつの間にか、熊の足とダンの両手に装備された手甲が鋼線で繋げられていた。鉄術で張力を生み出して互いを引き合った結果だ。
両手に魔力を込め、鋼線に引かれる勢いを加えて迫り来る水塊を殴りつける。そのまま術者に跳ね返し、衝突させると、水塊は弾け飛んで水飛沫を上げた。
熊の体は円を描くようにひっくり返り、背中を床に打ち付ける。維持されていた魔術は解けた。
二人にとって反撃する絶好の機会が訪れる。
ダンは水塊を殴り返した直後から既に動いていた。落としていた剣を拾い上げ、倒れている熊に向かって素早く駆ける。
だが…
(なにっ! )
その足は止められる。床を満たす水が、足に纏わり付いて固まり、動けなくしていた。
四つ手熊の水術だ。範囲内に入ってきた時、自動的に発動する術式になっている。鋼線で足を掬われていた時に張っていたのだろう。
柔軟性があり、足を引き抜こうとしても伸びて力を吸収してしまう。逃れることは難しい。
それでもダンは冷静だった。一瞬の内に切り替え、脱出を諦める。リエラの補助にまわる決断をする。
腰に下げた中折れ式の単発銃を取り出すと、銃身を折り、そこに一握りもある弾を込めた。榴弾砲を短く切り詰めた様な形状をしている。特殊な弾を発射する用途で開発されたものだ。
熊が起き上がる瞬間を狙い弾が発射される。
二本の足で立ち上がり、再び掌に水塊を纏おうとしたその時、弾は一直線に飛来する。吸い込まれるかのように首の下辺りに着弾した。
弾けると可燃性の液体を撒き散らし引火していく。液体は燃え広がり熊の頭部は瞬く間に炎に包まれた。
視覚と嗅覚、さらには聴覚が奪われる。加えて、酸素が供給できなくなり混乱をきたす。冷静になり清発で炎を散らせば対処は出来る。だが、経験したことのない事態に最善手を選べなかった。
そこにリエラの攻撃が迫る。
精神を集中させ魔導武具を覚醒させていく。機構が開き内蔵された魔石が輝くと同時に、体は風に包まれた。風圧により足元の水が円形に押しのけられ
リエラは床を蹴って飛んだ。炎を上げてもがく四つ手熊まで、天井すれすれを飛行し、急降下していく。
勢いを乗せて剣を振り下ろし、一刀のもとに首を切断した。
炎に巻かれた頭部は水の中に落ちてもしばらく燃え続けていた。