俺達を含めた三者が硬直する重苦しい沈黙の中、オリバーはおもむろに壁の方に移動する。壁に背を向ける形で、俺達と警官達、両方が見える様に位置取りした。
双方を同時に相手取ろうと言うつもりなのか?
そのままにらみ合いが始まりそうだったので、ちょっと話しかけて見ることにした。
「オリバー教授… まさかあんたが絡んでいるとはな… 」
最初からお見通しだったけどな……まあ、嘘だけど
「白々しいですね… 最初からわかっていたのでしょう? 知っていて私に接触してきた… 違いますか? 」
………え?
そうかな? そうかも…?
いや、そんなことはないな。場の空気に流されそうになった。
「まあいいでしょう 」
黙っている俺を置いてオリバーは続ける。
「私は皆さんから追われる覚えはないんですけどね…ただただ、自分のやりたい研究をしていただけですよ 」
「ふざけたことを抜かしてんじゃねぇ。アッシェバーンでの惨劇はお前が引き起こした事だろうが… 」
オリバーと警官が心理戦を始めるようだ。そっちで勝手にやっておいてくれ。俺は今混乱している。
「あれは私の本意ではないんですけどね… 」
「お前の本意… 誰かに命令されたって事か… 誰なんだ、そいつは? 」
「言いませんよ… 守秘義務というヤツです。それに、知ったところでどうにも出来ないでしょうね。あなたごときでは 」
守秘義務…そういうのあったんだな…
「随分と余裕だな… 帝国を敵に回して無事に済むと思っているのか? 」
「そこまで自惚れてはいませんよ…そもそも敵に回したとも思っていません。私の研究は必ず人類の役に立つものだと自負しております 」
「うるせえっ! 何が人類だ、この人殺しがっ! 」
「命令に従うだけの犬には理解出来ませんか… 進歩には犠牲がつきものです。あの程度の犠牲で済んだなら安いものです 」
「あの程度だと… 一体何人死んだと思っている? 」
「正確には知りませんが、二百人いかない程度でしょう… それに、私が人殺しというならばあなたも人殺しだ。何人を始末して来たんですか? 」
「お前と一緒にするなよ、イカレ野郎が… あの異形の化け物どもは何だ? 」
俺も気になるな…
資料を見て知っているが、直接本人の口から聞いてみたい。
「あれは魔物の死体を繋ぎ合わせて再生させたものですよ。それぞれの魔物の力と特性を掛け合わせることで、強大な戦力を作り出すことが目的です
人間の意思に従う強力な魔物を作り出すことが出来れば、やがて人類は犠牲を払うことなく、魔境の深層、さらには、その奥まで進出することが出来るはずだ
欠点があるとすれば集団行動が出来ないことですが、それもいつか解決することになる。アッシェバーンでの実験が生きることになるでしょう。あれは高い知性を有した魔物の軍勢を作り上げ、高度な作戦行動をさせることが目的だった…
二つを融合させることが出来れば、必ずや人類は更なる繁栄の時代を迎えることが出来る… 」
あれ? 思ったよりレベルの高い話をしているな…
俺の考えた最強の魔物……じゃなかったのか? まあ、本音を話しているとは限らないが…
「いかにもな
「死体を繋ぎ合わせて操作するだと? そんなことは許されるべきではない。それは命に対する
そう言った倫理観はやはりこの世界にもある。日常生活ではなかなか触れる機会はないが、実物を目の前に突きつけられれば、純粋な思いとして湧き上がるものなんだろう…。
あれ? なんか引っかっているな… 何かを思い出しそうな…
「それは単なる感傷に過ぎない。死体も魔石もだだの物でしかないのだ。使えるなら有効に使うべきだろう。現に市場では取引を行っているではないか? 再生させた魔物には、感情と呼べるものはないのだ。あれはただの機械にしか過ぎない 」
ああ、そうだ… やっちゃってるよ、俺…
「貴様のその態度が危険だと言っている。そんな考えで生み出されたものがいつ自らに牙を剥くかわかったものではない。それこそが貴様が狂っているという証左に他ならない 」
―スミマセン…
「やはり凡人には理解出来ないか… そう言った下らないものを捨てなければ、
き、効いてねぇ…
オリバーには何のダメージもないようだが俺の心は抉られている。
紳士然とした仮面を剥がして、むしろ、生き生きとしているようにも見えた。
人生楽しいだろうな…
「君になら理解出来るんじゃないかね、レイン・シス・プラムゼフレルド? 君ほどの境地に辿り着くには、いろいろと捨ててきたものがあるだろう? 」
話しかけるなよ… 俺の心はビジー状態だ
しかし、どうしたもんかね?
開き直るのは簡単だが向き合わないといけないことなんだろう… 多分…
そんな時、ニルスが話しかけてくる。
「なあ… レイン… 」
「どうした? 」
「あのおっさんが悪いやつなんだろ? 」
「……そうだな 」
おっさんはともかく悪いのは確かだ…
「じゃあ、さっさとぶっ飛ばそうぜ。話なんか聞く必要ないだろ? 」
「黙っていろ子供。私は今高等な話をしているのだ。無学な子供が口を挟んでいいことじゃない 」
「うるせーっ! なにが学だよっ、ふざけんなっ! 自分の住んでる場所が危険なのに黙ってられるかよっ
進歩だがなんだか知らねーけど勝手にそんなものの犠牲にされてたまるかっ。人様をなめんじゃねーよ、この異常者がっ! お前の好きになんてさせるかっ 」
ああ… そうだな… 口は悪いがもっともなことだ…
生きる事への真っ直ぐな気持ちは大事だ…
自分とか家族とか思いやる気持ちは大事だ…
危機が迫るから立ち向かう、そんな純粋な怒りが必要なんだろう
俺にはほんの少しだけど、オリバーの言葉に理解を示している自分がいた。負い目もあるから断罪しようなんて気持ちはない。
この場にニルスがいてくれて良かったよ…
その思いを受けて、俺が代わりにオリバーをぶっ飛ばせばいい…
殺せるかは別の話だが…
「答えを言おうか… オリバー
捨てたものはあるんだろう… 無くしたものもあるんだろう…
だが俺は、可能な限り拾うことにしている。拾ったものを抱えることにしている。俺が人であるために… 」
“月影”を手に取ると魔力を流していく。
「ここから先に言葉はいらないな… わかり合うなんて事はあり得ない 」
薄く伸ばしていき空中に展開する。警官達がどう動くかは無視だ。
四肢を切断して血を抜くことにしよう。オリバーの魔力なら死にはしないはず。その後は警官に任せる。
足から行く… そう決めて薄刃を閃かせた。
同時に、オリバーは壁沿いにこちらへ向かって走り出した。予想外の動きだ。
しかも速い…
それでも、捉えられないほどじゃない。足を狙って“月影”を振るう。
―ガキィッ…!
ぬっ…
床からコンクリートが伸びてきてオリバーの足元に壁が出来る。刃はそれを切断するが、ヤツの足までは届かなかった。
次の瞬間、オリバーは急激に立ち止まり壁に向かって背中を付ける。すると、吸い込まれるように壁の中に入っていった。
まるで、コンクリートが液体になったかのようだ。通り抜けた壁には痕跡すら残されていない。もとの壁があるだけだ。
通り抜ける間際、オリバーの顔には勝ち誇ったような笑みが張り付いていた。最初からこれを狙っていたらしい。
だが、ヤツの動きは把握出来ている。焦ることはない。
今は警官と話を付けるとするか…
「俺はヤツを追う。あんた達はどうする? 」
敵意は感じない。でも味方ってわけでもなさそう…さっきのを見ても、なおのこと困惑が勝っている感じだろうか?
「オリバーの居場所がわかるのか? 」
男の方が率先して答えてくる。
どちらかと言うと、こっちの方が柔軟な対応をしてきそう…
「ああ、混凝土術には多少心得がある。今はゆっくりと移動しているな。どこかに向かっているらしい 」
「場所がわかったとして、追えるのか? 」
「問題ない。ヤツが向かっている場所までの経路も把握している。案内は可能だ 」
「……そうか…多少って水準じゃないな、それは… 」
コアの演算能力に任せたごり押しだけどな…
あんまり突っ込んでくれるなよ…
「任せていいか? あんたの目的は知らないが、協力出来るところは協力し合おう 」
男はニルス達をチラッと見たが、そのことについて聞くつもりはないようだ。今は細かい事はどうでもいいと考えているのだろう。切り替えが速くて助かる。
「そっちのあんたはどうなんだ? 会うのは今回で三度目か… お互いの邪魔にならない程度に協力する。それでいいだろう? 」
「ああ、それでいい。だが、馴れ馴れしくはするな… 」
女の方は突き放すようなことを言う。
……これもツンデレなのか?
まあ、それはいいか…
警官達を巻き込むことでオリバーに対する最終的な処分に目処が付いた。これで俺の心の平穏は保たれそうだ。
「では、合意が取れたから向かうとしようか… ヤツのところへ 」
俺を先頭にして進む。
向かう先はやたらと広い空間になっていた。そこに妙な反応がある。
俺の直感が激しい戦いになると警鐘を鳴らしていた。
それに集中するためにも、オリバーのことは任せたいところだな…
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おそろしく高精度な魔術で壁を通り抜けたオリバーは、隠し通路をゆっくりと奥に向かって歩いていく。
その後ろでは、歩き去った端から、まるで通路が外側から絞られているかのように閉じていく。
周囲にあった土との間に出来た隙間も、土術で圧縮して埋める。
一連の動作は尋常の魔術師では不可能な領域だ。以前までのオリバーにも、これ程のことは出来なかったであろう。しかし、心理的に追い詰められることで、戦闘技術が開花しつつあった。
早々に通路を塞ぐことをやめると、そのままの足取りで進んでいく。
レインであれば、魔術で穴を掘って追いかけてきそうなものだが、オリバーにそのような危機感は見られない。
お互いに相手の位置はわかっている。どのように動いていくのかも…決着を焦る理由はオリバーとレインの間には存在していない。
(それが命取りになるのだがね… )
隠し通路の終わりまでやってくると、そこには壁が見えるだけだった。魔術で壁に抜け穴を作り通り抜けると広い空間にでる。
静かな空間だが、存在感を放つものがあった。
オリバーが完成体と呼ぶ、巨大な人造の魔物が創造主の帰還を出迎える。
その巨体を見上げながら、オリバーはふと思い出す。
(エストルが名前を付けていたな… たしか… ザナン・ドグルと言っていたか… )
オリバーには名付けをする趣味はなかった。実験体も数字で呼んでいた。今までは名付けてこなかったが、確かに名前がないのは不便かと思い、採用することにした。
レインに対して、彼を殺すものの名前を伝えたい気持ちが生じている。死に際の憎悪や無念が増すのではないかと思ったからだ。
オリバーとしては、そのように考えることは珍しかった。ここ一週間ほどの経験が、彼に変化をもたらしている。今まで、他者に追い詰められる事などなかったが、ここに来て、情動的な動機付けが強化されつつあった。
(やはり真っ直ぐここに来るか… )
レインの動きを確認して胸が高鳴る。
予想通りに、正規の経路を通ってここにやって来ていた。途中途中を壁で塞いでいたが、レインの魔術なら見破るのは容易いことだと考えていて、実際にその通りになっている。
この事をオリバーはむしろ歓迎していた。
出迎える準備が整った今、なるべく早く決着を付けたい。あれほど接触を嫌がっていたことが、我ながら嘘のように反転している。
ただ、完成体の姿を見つめていて、その理由に思い当たる。
(ザナン・ドグルを早く動かしたいと思っているのか… 私は… )
自分の中にある子供のような部分に触れてハッとなる。驚きはあったが悪い気分でもなかった。
騎士達に向かって話した理屈も、オリバーにとって
ならば、自分はここでは
そう決意を新たにする。
この計画が終わった後にもやりたいことが出来た。自分はそれをやらなければならない。
ザナン・ドグルに目覚めるよう指示を出す。
閉じられていた目蓋が開き、ゆっくりと深く呼吸を開始した。
あとは、レイン達がこの場に来る時を待つのみだ。