(別視点)
施設の外へと向かう非常用通路を進んでいく。通路は魔境の中にある出口に繋がっている。騎士団が管理している河川の防壁に近い場所に出るのだ。
もう少し立てばザナン・ドルグも地表に出る。フルカヴントからそれなりに距離はあるが、強大な魔力は感じられるはずだ。
その魔力で、街はすぐに混乱に包まれるだろう。騎士団もその対応に追われることになる。
混乱に乗じ、他国まで行くことが出来たならば、ひとまずは身の安全を確保出来る。
大学には、休暇でフルカヴントへ行っていると伝えてあった。街が正体不明の魔物によって壊滅したとなれば、自分はそこで死んだものとして扱われる。それ以上の追及はない。
少なくとも、エストルの国に行くまでの時間はあると考えている。
今後の方針を改めて確認すると、オリバーの頭の中で、この計画を振り返っての反省が始まった。
結果として、自分はかなり追い込まれる立場になった。事実として、予定より一日早くザナン・ドグルを機動させている。
それはいい。相手がエストルでさえ始末出来なかった、あの黒髪の狩人なのだから。
だが、帝国の犬に顔を見られたことや、レインと直接相対したことは避けるべき事だった。
ここに入られた時点で下手に対応をせずに、格納庫に引きこもっていれば良かったのではないかと今の時点では思う。
近くまで来られた時にザナン・ドグルを起動させて逃げれば、姿を見られることはなかっただろう。
へたに、実験体で対処出来ると考えてしまったことが失敗の遠因となったのかも知れない。
(見くびっていたのか… 私は… ヤツを… )
慢心が足を引っ張ったように思えた。しかし、腑に落ちない点もある。
(ヤツは本当に人間なのか?
オリバーにはレインという存在を正確に捉える術がない。それ故に、ある点においては過大評価をしていたし、ある点については過小評価をしていた。
神ならざる人間には無理からぬ事だったが、生憎とこの世界に神はいない。
そんな時、後ろから気配が近づいていることに気が付く。
(むっ…こちらに来るか… )
てっきり、ザナン・ドグルの相手をすると考えていたのだが、予想が外れた。レイン一人でも戦いにならないだろう。居たところで戦力にならないかも知れないが、それにしても思い切った判断だ。
(街のことは捨てるか… まあ、正しい判断だとも言える )
このまま出口まで付いてこられてもしょうがない。この場で、今度こそ確実に始末を付ける…そう考えて立ち止まり、後ろを振り返った。
視線の先では帝国騎士の二人が高速で迫ってきている姿が見える。
(速いな… だが… )
通路を閉じて動きを止め、そこを棘で埋め尽くして串刺しにする…そうやって始末する筋書きを思い描き、魔力を高める。
距離を測りつつ魔術を構築していく。遠すぎれば威力が出ない。近すぎれば不測の事態に対処出来ない。速度と距離の見極めが重要だ。
準備が整い、相手の動きを注視する。冷徹に時を待った。だが―
(…なにっ! )
―発動をさせようかとしたその時、予想外のことが起こる。
二人が領域に入る直前、オリバーに向かって何かが飛んできた。直撃する軌道だ。
慌てることなく体を半身にして躱す。視線を二人に合わせたまま、余裕で対処できた。後は魔術を発動させれば終わる。
いざ術式を起動させようとする…その時、オリバーが躱した飛来物が炸裂した。ダンが銃から射出したのは音響弾だった。
耳をつんざく音の爆撃が通路に反響してオリバーを襲う。不意を打たれ、発動する瞬間を逃してしまった。
二人が領域を通り過ぎていく。
(チッ… )
内心で舌打ちをすると急遽、術式を切り替える。床や壁、天井から棘を生えさせて二人を串刺しにしようとした。
リエラとダンは壁や天井を蹴り、立体的な軌道で躱しながらオリバーへと距離を詰めていった。戦闘技術では二人に分がある。
オリバーの心には焦りが生まれていた。
(くそっ… )
二人の刃は、もう直ぐ届く距離まで来ている。その前に何とかして仕切り直しをしておきたい。
兎に角、魔力を込めると自分の前に壁を作り出す。通路を埋め尽くして自分と相手を隔てる壁だ。
壁や天井が変形して合わさり、刃が届く前に完成する。だが、即席の壁では二人を止めるには強度が足りない。
二人はそれを看破すると、勢いそのままに壁へと向かう。壁をぶち抜いてオリバーを切る…そのつもりで正面から当たっていく。
壁と接触しようとした。その瞬間…
突如として壁を突き破り、鋭いものが飛び出してきた。通路を構成していた鉄筋だった。
先は鋭く尖り、二人の体を貫いていく。完全に不意を打たれた。
だが、即席の魔術で鉄筋の数は多くない。急所は外れていた。まだ反撃が出来る。
オリバーにもそのことはわかっていた。更なる術式を構築し、鉄筋を変形させて体の内側から貫き殺すと決める。
一瞬で構築が終わり、実行に移す。これで終わると思っていた。
しかし―
(なっ…発動しない!? )
#
鉄筋で貫かれたダンだったがこの状況はむしろ好都合とも言えた。
壁を突き破って出てくる鉄筋を目で捉えた瞬間、勝ち筋が脳裏に走った。
むしろ、自分から鉄筋に刺さりに行く。急所を避けながら
鉄筋を通してオリバーの魔力は捉えている。追撃を放たれるより先にこちらから仕掛けていく。
右手で鉄筋を掴み、手甲に仕込まれた機構が作動する。埋め込まれた魔石が姿を現した。
(帝国を… 俺を… 舐めるなっ! )
次の瞬間、恐るべき圧力でダンから鉄筋に魔力が流れていく。オリバーの支配を押しのけて上書きする。
反撃が開始された。
壁の向こう側で針金状になった鉄筋が伸びていき、オリバーに向かう。
「ぐっ… あぁっ! 」
無数の針金が瞬く間に突き刺さり、オリバーをその場に縫い止めた。
―ゴバッッッ……!
同時に、リエラが壁を破壊して突風と共に飛び出す。突如として後ろから押し寄せてきた風圧に自分自身の空術を重ね、速度を高めていた。
空中を飛び、緩やかな曲線軌道でオリバーへ迫る。
リエラの振るう剣が閃くと正確にその首に吸い込まれていった。
もしも、オリバーにもっと戦闘経験が、痛みに対処する技術があれば防ぐことが出来たのかもしれない。だが、彼の人生で初めてとなるような激痛に為す術がなかった。
一刀のもとに首が切断され宙を舞う。
#
頭部だけになってもオリバーにはまだ少しだけ意識があった。これまで行ってきた研究の記憶が、走馬灯のように流れる。
それも一瞬のことで、意識は急速に失われていく。
その感覚をオリバーは睡眠の記憶と重ねる。五十年ぶりに寝るという感覚を味わっていた。
(これ… が… 睡… み… )
そのまま意識は消える。安らぎにも似たまどろみの中で、その生涯を終えることになった。
#
(クソッ… 思ったより損傷が大きい… )
傷口を魔力で塞ぎながら悪態をつく。塞ぎ切れない大きな傷を手で押さえ、出血に抗った。今は仰向けになって床に倒れている。
オリバーを仕留めたリエラだったが、鉄筋を刺さったままにして攻撃に転じていた。傷口は引き裂かれ、多量の出血を強いられていた。
傷の痛みと出血で体勢が崩れ、床を転がる羽目になった。床には倒れている場所に向かって血痕が続く。
しばらくは動けそうもなかった。回復術も魔力を消費した今では十全に働かない。
そこへ、鉄筋を引き抜いて止血を済ませたダンが、よろめきながらも近づいてくる。
「大丈夫か? 」
鉄術で鉄筋をゆっくりと細くしながら引き抜き、同時に傷を塞いで損耗を抑えていた。そのため、ダンの方がずっと軽傷で済んでいる。
今度は逆にダンがリエラの回復を補助していく。糧食を与え治癒術を施した。
回復する間に今後の方針を話し合う。
「どうする? 戻ってあれと戦うか? 」
「……無理ね… 私達じゃあ… 」
入ってきた方向からは、信じられない程の魔力圧を感じている。
おそらくザナン・ドグルのものだろうが、これ程の魔力を感じると言うことは、レインがあれと渡り合っているという事なのだろう。
先ほど吹いてきた風も、戦闘の余波だと考えられる。
アレと戦えるなど、信じられないことだ。まともに向かい合えているというだけでも人間業とは思えない。
リエラたちが万全の状態だとしても、戦力になれるとは思えなかった。ましてや今は、満身創痍といっても過言ではない。
「もう、ここの騎士団も動いているでしょうけど、彼らと協力して住民の避難をさせていくしかないわね 」
「本国への救助要請も必要だな… まだまだ死ねねぇな、これは… 」
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(別視点)
いつものように、大通りに面した開放型の喫茶店で甘味を楽しんでいた時だった。
ケーキと紅茶を楽しんでいたところ、魔境の方面から巨大な魔力を感じる。
(ん…? おや… これは… )
自らがザナン・ドグルと名付けた存在の魔力だ。祭りが始まったらしい。予定より一日早い。
(何かあったようだね… )
おそらくは、あの黒髪の狩人が何かを仕掛けてきた影響だと直感する。オリバーの身に何かがあったらしい。
だが、別に心配することでもないし、残念がることでもない。そして、怒ることでもない。
祭りは始まったのだ。終わるまで止まることはない。
あれは自分の全力なら別として、今のエストルにも力ずくでは止めることが出来ないのだ。
周囲にいた群衆達も異変に気付いてざわめき始める。しかし、異変は感じているが、まだ動き出すことはないようだ。混乱、というより困惑している。
予定とは若干異なるが、祭りの参加者は十分に確保出来ている状態だ。
あと五分もすれば到着して、逃げる間もなく破壊の限りを尽くすだろう。
そして、祭りの最後には全てを消し去って己も消えていく。
まさしく花火だ。
(この端末はお気に入りなんだけど… まあ、いいか )
最後までしっかりと見るため、自分自身も一緒に消滅していく決断をする。
それ程までに破壊を、人の死を楽しもうとしていた。