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(別視点)
(おかしいな… どうして来ないんだ? )
ザナン・ドグルの気配を感じてから、一向にそれが近づいてこない。それどころか遠ざかってすらいる。
速ければ数分、遅くとも五分程度でやってくるはずだった。既に五分は経過している。なにか予想外の出来事が起こっているのは確実だった。
(まさか… いや、しかし… )
あの黒髪の狩人のことが頭に浮かんだ。だが、次にはそれを否定する。
いくらなんでも、ただの人間があれをどうにか出来るわけがない。あっていいことではなかった。しかし、その可能性以外で特に考えつくものも無い。
ざわめいていた群衆も、いくらか落ち着いて来ている。街の衛兵達も駆けつけて避難を呼びかけ始めていた。
このままでは祭りの参加者が減ってしまう。エストルは危惧を抱いた。
(確かめないと… )
街中に飛ばしていた眼をすべて回収すると魔境に向かう。だが、群衆を縫い、道に沿って移動するなど余計な時間がかかるようなことはしない。
地面を蹴って跳躍すると屋根の上に乗り、最短距離を進んでいく。
屋根から屋根を、視認するのも難しい速度で駆け抜ける。直ぐに町の外縁部に到達すると、一際大きく跳躍して外壁を飛び越え、そのまま森の中に入っていった。
立ち並ぶ木々を避けながら、迷うことなく現場に向かう。その途中で、再び眼を放って上から観察する。出来るだけ情報が欲しかった。
先に、上空を飛ぶ眼が地面に開いた大穴を捉えた。間違いなくザナン・ドグルが出てきた場所だとわかる。しかし、肝心の本体が見当たらない。穴の中に落ちたのだろうと推察された。
上から中を確認しようとするが、相当な深さだ。底まで見ることはできない。何とか見えないかと対策を講じようとした、その時、エストルは気付いた。
(気配が消えている…? )
それはザナン・ドグルが倒されたことを示唆する。
(そんな、バカな… あり得ない… )
人間では倒せないのは当然のこと、魔力暴発を避けることは絶対に出来ないと見積もっていた。
爆発したなら、自分はそれを感知していたはず。それがないという事は、魔力暴発を起こさずに倒したという事だ。
(一体どうやって? )
だが、事実は事実として認めなければならない。しかし、誰がどのようにして為し得たのかは確認してやろうと思った。
放つ眼の数を増やし、穴の周辺までくまなく探っていく。そして、発見した。
(やはりいたね… )
眼が森の中を歩いている黒髪の狩人を捉えた。より一層、速度を上げて対象へと接近していく。
一度目偶然、二度目必然、三度目運命… では四度目は?
(因縁、とでも言うべきなんだろうね… ここでカタを付けておかないと後々まで引きずることになりそうだ… )
互いが互いの存在を認知するようになるまで、そう時間はかからなかった。視認出来る距離まで来ると、向こうはこちらを見つめ、無表情を貫いている。
警戒するでもなく自然体で立つ姿は堂々としたものだ。
(何から聞くとしようか…? )
互いの間合いに入らない距離まで来ると、そこで止まる。
表情こそ薄い笑みを浮かべているエストルだが、心の奥底には隠しようのない怒りがあった。その怒りを抑えつつ、とりあえずは話かけてみようと考えを巡らせていく。
しばらく、見つめ合ったまま無言の時間が流れる。やがて口を開いた。
「やあ、こんな所で会うなんて奇遇だねぇ 」
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高速で接近してくる気配はやはり人間だったようだ。金髪の少年がこちらに走ってきているのが見える。
どこか見覚えがある… ああ… あの少年か…
……何でここに?
ザナン・ドグルの気配を感じてやって来た…それで間違いなさそうだが、どことなく敵意を感じる。
それに、少年が来る前に感じた妙な気配…あれとの関連が気にかかる。今は感じていない。唐突に消えてしまった。しかし、前に感じたアルゴルの気配に似ていた気がする。
敵…かもな…
警戒はしておいた方がいい…だが、いきなりおっぱじめるのもナンだな…
勘違いと言うこともある。ここは様子見をしておこう…
少年は俺から十メートルぐらい距離を開けて止まった。相手も、いきなり事を構えるつもりはないようだ。黙ったまま見つめ合う時間が流れる。
どうしよう…? 先ずは挨拶から始めて見るか…
こんにちは、俺はレインだ、君の名前は?
………ダメだな、そんな雰囲気じゃない
悩んでいたら、向こうから始めるようだ。口を開く気配がある。とりあえずの前進だ。
良かった……
いいだろう、話を聞こうじゃないか
「やあ、こんな所で会うなんて奇遇だねぇ 」
全然そう思ってなさそうだな…
「奇遇… そうかな? 偶然じゃなさそうだが… お前は一体、何者だ? 名前を聞いてもいいか? 」
「何者? ふんっ、白々しいね。もう知っているくせに… 」
お前もかよ… 知らねえっつーのっ、こっちはっ!
でも、それは言わない方が良さそうだ。知ってるフリをしてなんとか情報を引き出しておきたい。直接聞いたらこいつ、教えてくれなそうだし…
「そうだ… お前の計画は俺が潰してやったよ… 悪趣味な計画はな… 」
お前がオリバーと絡んでいるでいいんだよな? むしろ主犯か?
「ふん… 随分な評価だね… 僕に対する侮辱は許さないよ。オマエはあとで絶対に殺す… 」
いいらしい… 良かった、あってた…
「でも、今は聞きたいことがあるんだ… 忌々しいことにね。どうやってザナン・ドグルを倒したのかな? 普通じゃあ、絶対に無理なはずなんだけどね… 」
やっぱそこが気になるよなぁ? でも、教えてやんねーっ
「素直に言うと思うか? 」
秘密です! お互い様でしょ
「………そうだろうねぇ。まあ、おおかたアイツが何かしたんだろう? アッシェバーンの時といい、つくづく邪魔なヤツだよ 」
あいつ? 誰のことだ?
「アイツが直接来るなんて思ってもいなかったよ… 君と知り合いだって事も予想外だ… 今どこに居るんだい? それとも君に何かを託したのかな? それについて教えてくれないかな? 悪いようにはしないからさぁ 」
どう答える? どうすれば情報を引き出せるのか…
「ふん…あの方については俺よりもお前の方が詳しいんじゃないのか? お前の知っていることを言ってみろよ… そうすれば俺も口が滑るかもな… 」
どうだ?
「おや? アイツのことをあまり知らないのか? 妙だね… そこまで信頼されていないと言うことかな? それにしては深く関わっているようだけど… 体のいい駒? まあまあ使えそうな人材に見えるけど… 」
少年は値踏みをするようにこちらを見て思案している。
しくじったか…?
「まあ、いい… 拷問して聞き出せばいいんだ。おしゃべりは後に取っておこう… 」
チッ… ここまでか… たいして聞き出せなかった…
少年からは、内側から圧が吹き出すように、強大な気配が放たれる。見た目に反して相当やる人物のようだ。当てが外れた。リーンやリオンとはまったく違っていた。
生粋の戦闘職なのか… 手強い…
「少しはやるようだけど、僕には勝てないよ… まずは四肢を
それ、楽しいのはお前だけだろ…
サディスティックな笑みを浮かべ、こちらの隙をうかがっている。一見、余裕そうに見えるのだが、そのくせ隙がない… 面倒だな…
加えてこいつから妙な気配を感じる。アルゴルと同質のものだ。あまり近づきたくない。ならば…
―操瘴術式、
相手の体をメタンガスの縄が蛇のように巻き付いていく。見えていないようで躱す素振りは見えない。
―
そのまま引火させると、のたうつように青い炎が上がる。少年の姿は炎に巻かれて見えなくなった。だが、炎が上がったのは一瞬のことで、また直ぐにその姿が現れる。
「驚いたよ… ダメじゃないか、火遊びなんて 」
少年は無傷だった。
完全に不意を打った攻撃だったはず。魔力防御は間に合わなかっただろう。なのに、焦げ痕一つ付いていない。
魔力が根本から散らされていたように思う。それで、攻撃がまともに届かなかったということか… ただの火では繊維の一本も燃やせない。
これは… アルゴルと同質の力…
やはり気配がするだけではようだ。どういう理屈か知らないが、こいつはあれが使えるらしい。
放出攻撃型の魔術は効果がなさそうだ。
少年は魔術を使えるんだろうか? 魔力を扱っているのは間違いない。人間のように…。生き物のように見えるから使えなくはないと思うんだが、どうだかな?
そして、俺はこいつを殺せるんだろうか?
やはり人を斬るのは抵抗がある。しかし、こいつは危険だと俺の勘が
殺す覚悟までは出来そうもない…
だが、半殺しぐらいにしないと止まりそうもないな…
“絶雷”を抜いて魔力を込めていく。同時に全身の魔力を高め相手を威圧する。
「へぇ… 剣で勝負しようって言うんだ。なら僕もそうしようかな… 」
動じてねぇな…
殺し合いに慣れているのか、こちらの圧にもどこ吹く風だ。右手を体の真横に出して、握るような仕草をする。
え…?
するとどうだろうか。いきなり空中から降って湧いたように剣が現れる。
刃渡り一メートルぐらいの、緑色の透き通ったような結晶で構成された剣が、少年の手の中に納まっていた。
今、どうやった? どこから取り出した?
魔術で出来そうな気もするが魔力の動きは感じなかった。
俺に感知させずに、そんなことが出来るのか?
「それじゃあ……… いくよっ 」
#
エストルがぐっと踏み込んだ瞬間、レインの眼前に迫っていた。
(速いな… )
内心舌を巻くが冷静に対処する。エストルの大振りな斬撃に対し、レインも前に踏み込むと刀の根元の方で受ける。
勢いを殺して止めると、相手の剣を受け流して反撃を放った。
浅く胸部を袈裟切りにする軌道で放たれた斬撃を、エストルは素早く剣を戻し受け止める。
レインは刀と剣がぶつかる反動を利用して切り返す。だが、切り裂く直前で受け止められた。
そこから、至近距離での激しい剣戟が始まった。
柔らかく、刀を縦横無尽に振るうレインに対し、エストルは直線的な動きで剣を動かし防いでいく。
一方的に斬撃を放つレインに、防ぐだけのエストル…それだけ見るとレインが押しているようにも見える。だが、エストルは片手で剣を握っているだけだ。まだまだ余裕があるように思える。
(チッ… それなら… )
―操空術式、
一層、剣戟の速度と魔力圧を上げていき、その裏で魔術を用意していく。エストルもそれに合わせて速度を上げる。しかし、徐々にエストルの動きが、レインに着いてこれなくなってきた。
(ここだ… )
―空射刀
空気圧で加速され、これまでの斬撃とは一線を画す速度で放たれる。エストルの剣は付いてこれない。軌道は完全に相手を捉えていた。
だが…
エストルの足が地面を蹴ると体がグンと加速する。今までにない速度で後退するとレインから距離を取った。
しかし、完全に躱したわけでもない。切っ先が掠めていたのだ。エストルの頬には刀によって付けられた傷が出来ていた。切断面から肉の赤みが覗く。
「へぇ… 速いねぇ 」
それに対して余裕を見せる。
楽しそうに傷を指先でなぞると、傷は跡も残さず消えてしまう。傷口からは、血の一滴すら出ていなかった。
(まあ、そうなるか… )