機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー   作:井上斐呂

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第274話 忍び寄る影

スッキリしたところで、ここからが本当の勝負だ。

 

倒れて動かなくなったガキを注意深く観察する。吹っ飛ばされても剣は握ったままだ。油断するべきじゃない。

 

あなたとは違うんです…

 

性格はアレだが、その強さは本物だからな。殺しはしないが、とことんまで痛めつける…そんな覚悟をしよう。

 

剣で切りつけることは心理的にハードルが高い。でも、殴るのは何とかなる。今、殴りつけた手応えを得たことで、死なない程度は掴めていた。

 

俺はお前が尻尾を巻いて逃げるまで殴り続けてやる…

 

「この程度で勝った気になるなよ… 」

 

戦いの終わりを見据え、闘志を高めていた。すると、相手は怨嗟を吐きながら起き上がってくる。やはり丈夫だ。

 

こんな成りでいて、フィジカルが恐ろしく強い。本当に人間か?

 

疑わしい、しかし、立ち上がったガキは鼻や口からだらだらと赤い血を流している。

 

なんなんだろうな、こいつは…

 

「逆に問おう… この程度で済むと思うなよ? 今からお前をボコボコにしてやる 」

「ほざいていろ… 」

 

怒りの形相で睨み付けてくる。いい感じにボルテージが上がってきた。さっきまでのヘラヘラした感じよりもよっぽどいい。

 

相手はキレている。俺もキレている。もうお互い、のっぴきならないところまで上がっている。

 

ヤるしかねぇ…

 

だが、状況的に俺の方が不利か…

 

ここであれを試すとしよう… あれ以外にも試したいことはあった。

 

互いにじりじりと間合いを詰めながら闘志を高めていく。あと数歩でヤツの間合いだ。

 

やるか…… 着そ………んん?

 

あれを出そうとすると突然、目の前のガキから圧が消失する。こちらを睨み付けていた憤怒の形相は、感情が抜け落ちたような無表情に切り替わっていた。

 

薄ら笑いすら通り越し、いきなりゼロに急転する振れ幅の激しさが薄気味悪い。

 

情緒不安定…? なんだよ、イヤイヤ期か?

 

「あ~あ… 邪魔が入っちゃったよ。しかたがないね… 」

 

また、わけのわからないことを…

 

相手の戦意は無くなってしまったようだ。このまま、終了しそうな雰囲気がある。

 

ちょっと、挑発してみよう…

 

「やらないのか? まさか逃げるんじゃないだろうな? 」

 

こっちはその気になっているんだ。引くなら引くで、もう一発ぐらいは殴らせろよ…

 

「逃げる? この僕が? たかが人間ごときにかい? 笑えない冗談だよ… 」

 

しかし、こちらには乗ってこない。流れて固まっていた血と服に付いた土を清発で落とし、再び薄ら笑いを浮かべて続ける。

 

ころころと忙しいな…

 

「またいつか相手をしてあげるよ。君とは何か縁がありそうだ。次に会う時は最初から殺しに行く。今日みたいにはいかない 」

「それはこちらの科白だ。今日を逃したこと、後悔させてやる 」

「チッ、生意気だね… あー言えばこー言う…… ああ、わかったわかった、そんなに急かすな。今行くよ 」

 

? 誰と話しているんだ?

 

周囲を索敵してみるが、何も感じない… ここにいるのは俺とこいつだけだ…

 

二重人格?

 

こいつは、そんな俺の疑問をよそに勝手に進めていく。

 

「それじゃあ、もういくよ 」

 

帰ると言いつつも、仕掛けてくるかも知れない。警戒して構え、相手の動きを注視する。

 

そんな俺の目の前で、驚くべき事が起こった。

 

え……

 

何の前触れもなく、クソガキの姿が白い鳥に変わる。呆気にとられていると、その鳥は羽ばたいてどこかに行ってしまった。

 

後を追う気にはならなかった。考えなければならないことがある。

 

結構大きめの鳥だったが、体積を考えたならば、あのガキが変化したとは考えづらい。魔力の流れも感じなかった。

 

となると… あれは…… 換装?

 

まさか俺と同じ… 亜空間が使えるって事か…?

 

~~~~~~~~~~~~~~~

(別視点)

 

魔境の森の中にぽっかりと開けた場所がある。そこだけ抜け落ちたように木々が生えていない。人が手を加えたと言って信じるぐらいに、きっちりした円形を描いている。

 

その中心に人が立っていた。年の頃は十五、六歳といったくらいの女性だ。赤紫の髪を左右に束ねてふわりと垂らしている。

 

長いまつげに縁取られた大きな眼は翡翠のような緑の輝きを放つ。小ぶりでつんと形の整った鼻と、ふっくらとした唇が目を引く。それらが小さくまとまり、均整の取れた美しい顔立ちだ。美少女と言って、誰もがそれに同意するだろう。

 

自身の髪と同じ色を基調とした花衣(はなごろも)を纏っている。腰から下にかけては、鈴蘭の花弁のようにふわりと広がり、全体を黒色の襞飾(ひだかざり)で贅沢(ぜいたく)に飾り立てている。

 

奇抜な意匠の服装と言って、過言ではない。

 

しかし、彼女の見た目と相まって、どこか完成された美しさを感じる。派手さはあるが下品ではない。気品すら感じさせる。

 

静かに佇む彼女であったが、何を思ったか突如として踊り始めた。

 

背筋をピンと伸ばし、小刻みな足取りで、地面を滑るように移動していく。時には直線的に、時には円を描くように。上半身をしならせながら、手をゆったりと動かし、回転を加えて舞う。

 

興が乗ってきたのか徐々に動きに激しさが加わる。

 

足取りは速度を増して足を広げた跳躍を見せた。つま先を立ててクルクルと回転をして見せたり、子鹿のように跳ね回って見せたりもする。

 

やがて、満足したのか締めに入る。素早い回転の後、天高く右手を突き出した伸びやかな姿勢でピタリと止まった。

 

そこへ、狙いを済ましたかのように一羽の白い鳥が飛んでくる。一直線に女性に近づくと、羽ばたいて減速した。さも当然であるかのように、掲げられた手へと止まる。

 

静寂が流れた。女性も鳥も微動だにせず、完成された彫刻のように景色の一部となっている。

 

そのままの時間が流れるかと思われたその時、女性が動く。

 

柔和な微笑みを浮かべていた表情から一変し、感情が抜け落ちたような無表情になる。瞬間、左手にはどこからともなく、ドレスと合わせた意匠の傘が出現した。

 

目にも留まらぬ動きで傘の鋭い先端を鳥に向けると、そのまま無造作に突き出す。明らかに刺しにいった動きであった。

 

あわや突き刺さるかと思われたが、鳥は姿を消すように躱した。

 

かわりに、いつの間にか金髪碧眼の少年が地面に立っていた。エストルだ。少女と向かい合っている。血の跡も土汚れもない、戦いの後であることを感じさせない完璧な状態だった。

 

開口一番、少女に抗議の声を上げる。

 

「ひどいじゃないか… いたいけな鳥さんを刺そうとするなんてさぁ 」

 

そんなエストルを無視し、表情を不機嫌なものに変えると、少女は自分の言いたいことをぶつけ出す。

 

「何度も信号を送ったのだけど、どうして出なかったのかしらぁ? 何かに夢中だったのぉ? 気付かないぐらいに… それとも出たくなかったのかしらねぇ… 」

「忙しくて… つい、ね… 」

「何に忙しかったのかしらぁ? 」

「答える必要があるかい? 」

 

しばし睨み合ったまま沈黙が流れる。

 

そこから先に動いたのは少女の方だった。不機嫌な顔を平静に戻して用件を伝えることにした。言い合いをすることに意味はない。

 

「カイナーグとダロムが激おこよぉ… 二人に頼まれてわざわざこんな所に来てやったのだけれどねぇ、エストルーデ・エストル 」

「……そっかぁ、カイナーグは予想してたけどダロムもかぁ。それはちょっと厄介かも… どういう理由か知っているかい? メルゥアンメリー・レーネ 」

「そんなことを私が知るわけないでしょ… おおかた、あなたがやったアッシェバーンとここでの下らない遊びが原因なんじゃないかしらぁ? 」

「へぇ… そこまで知っているんだ… これは密告したヤツがいるのかな? どう思う? メルゥアンメリー・レーネ 」

「そんなことはどうでもいいわぁ、エストルーデ・エストル。さっさと本国に戻りなさいな… 火に油よぉ? 」

「……わかったよ。次で最後にする。君は僕を呼びに来た見返りに何を得るんだい? 」

「答える必要はないわねぇ… まあ、でもちょっとだけ答えてあげる。わたしも少し遊んでいくのよぉ… あなたの代わりにね… 」

 

エストルはその言葉を聞き、レーネがあの狩人に手を出すのではないかと危惧した。少し釘を刺しておこうと考える。

 

「……やり過ぎると怒られるよ? 」

「あなたに言われたくないわねぇ… 節度を守るに決まっているじゃない、遊びなんだから。あなたとは違うのよ? 」

「どうだかねぇ… まあ、いいや。せいぜい気をつけることだね… 」

 

直接的に、手を出すなと言おうとしたが、そうすれば余計に手を出してくると見抜いてやめる。レーネが手を出したとしても、あの狩人なら死ぬことはないと思い直し、大人しく引くことにした。

 

(アイツは僕の獲物だよ… )

 

エストル自身は気がついていないが、それは信頼と呼べるような感情だった。他者を認めることが稀なエストルに取っては珍しいことだ。自覚はなくてもレインの実力を認めたからこそのことだった。

 

「何に気をつければいいのかしらぁ? わたしのことはほっといて、さっさと行きなさぁい 」

「ふん… 」

 

最後に不満の息を漏らすと、再び、鳥の姿になって空の彼方に飛んでいった。レーネは見えなくなるまで見送る。

 

しっかり帰途についたことを確信すると、視線を魔境の森に移した。

 

(片付けなくちゃね… )

 

おもむろに右手を挙げて、親指と中指の腹を合わせると弾いて指を鳴らした。その瞬間、レーネを囲む更地に木々が現れる。瞬きをする間もなく、周囲は森林に埋め尽くされた。

 

先ほどまであった円形の舞台は、レーネが整えたものだった。

 

原状回復が完了するとゆっくりと優雅に魔境の中を歩いていく。その足取りが向かう先はフルカヴントの街だ。

 

(さて、どんな風に遊ぼうかしらね? )

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「はぁ~~~~~~~~っ 」

 

思わず声に出てしまった。温かいお湯に浸かって気持ちがいい。疲れが癒やされる。まさに一仕事終えたって感じだ。

 

今、俺達は温泉に来ている。従魔と一緒に入れる、個室付きの温泉だ。

 

ジュジュは温泉に入らず、湯船の回りの岩盤に寝そべっている。温泉の熱で温まっていて気持ちいいらしい。

 

俺は縁に頭と肩を乗せ、両腕を伸ばすと、中途半端に浮力で浮かぶ体を水術で浮上させる。体の後ろ半分が湯に浸かっている状態だ。

 

浮遊感と、背中で感じる暖かさと、上半分が風を受けて冷める感じが心地いい。

 

ふう…楽だな…

 

くつろぎながら、直近の出来事を振り返っていく。

 

あのクソガキと戦った後、遺跡に行ってジュジュ達と合流した。ジュジュのスリスリとペロペロ(ザリザリ)の激しい攻勢に曝(さら)されるは、ニルスが激しく泣き出すはで大変だった。

 

相当に心配をかけたらしい。無茶苦茶な相手だったしな… まあ、無理もない。

 

その後は、使わなかったベースキャンプをササッと回収し、ニルスを実家の混浴場に送る。

 

途中で街の様子を確認する。多少の混乱はあるものの、衛兵や騎士団の活躍もあり、暴動とか言ったことに発展せず、事態は収束に向かっていた。

 

避難行動を取っていた人達も徐々に戻って来ているようで、流石に観光や温泉を楽しむとまではいかないようだったが、人の流れは戻りつつあった。

 

ニルスの親が経営する混浴場兼宿に到着すると、両親は避難所には行かずに帰りを待っていたようだ。

 

ニルスの姿を確認するなり走り寄って、お互い抱きしめ合っていた。目尻には涙を浮かべ、心配していたことがうかがえる。

 

なんだかんだで、いい親子関係なのかも知れない…

こちらの家族関係がどういったものかは知らないんだけどな…

 

それから、落ち着いてきたニルスの両親も交えて少し話をする。依頼の完了を確認した。報酬はもらわなかったが、代わりに、俺達があの魔物達を倒したことは黙っておくように伝えておいた。

 

報酬を断るいいわけが殆(ほとん)どだが、念のためでもある。

 

後でギルドとかにはバレるだろう。それでも、一般の間に、この話が広まるのは避けておきたい。アレを人間が倒したなんてのは作り話にしても度が過ぎる。

 

化け物みたいな目で見られるかもな…

 

 

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