ギルドや騎士団やらの公的機関は、この事件を公表せず、事態の鎮静化を図る…俺は、その可能性が高いと思っている。
警察はあの二人を通じてかなりのことを知っているはずだが、未だに、俺のところへ話を聞きに来ていない。
あれから四日が過ぎているんだが…
何の接触もないというのはおかしい。この件をどう扱っていいのか迷っているんだろうか? 決断出来るほど調査が進んでないとも考えられるが、可能ならばそっとしておいて欲しいところだな。
おかしいと言えば、あの二人の所属もそうだったな…
今更ながら、アッシェバーンの警察が国境を越えて、ここに来ているのはおかしい。警察じゃないとすれば帝国がらみの組織のように思う。
FBIみたいな帝国系諸国を股にかける警察組織か、あるいはCIAのような諜報機関の人間か?
後者だったら、厄介な組織と関わりが出来てしまった気がする。だが、憶測の域をでないな…今度会ったら聞いてみようか?
まあ、答えないだろうな…
一度、魔術を解除して姿勢を正すと両手でお湯を掬って顔を洗う。サッパリしたところで、最も俺にとって好ましくないことについて考えるとする。
厄介と言えばあのガキだ…
あまり考えたくはないんだが、嫌な奴に目を付けられたものだ。いつかまた会うような気がする。
なんせ、俺と同じような存在であるらしいからな…
どこぞで勝手にくたばるなんて事はないだろう。俺と同様に、石か何かを核として存在していると考えている。
亜空間まで使えるようだった。鳥の姿になったのは肉体を交換したからだ。
俺と近しい存在がいる…それについて、考えてしかるべきだったのかも知れないな…しかし、その存在を知ったところで、だから何だって話ではある。現状ではどうしようもない。
相手の目的も判らないし…
俺とアイツ以外に、どれぐらいの数がいるのかもわからない。判らないことだらけだ。
唯一はっきりしていることはアイツが敵だということだな。それだけは言える。
俺のように核を主体とした生命体ならば、肉体を殺したところで死ぬこともないだろう。次はもう、情け容赦なく攻撃することが出来そうだ。
とりあえずはあの時の続きからだ。試せなかったことを出してボコボコにしてやる。
それからだな、肉体の死のその先まで行くのかどうか…
核の破壊までいくのか、そもそも破壊出来るのか…
俺の力なら出来そうな気もするんだが、な…
俺の力と言えば、俺自身についても良くわからんな。ザナン・ドグルを倒したあれは、一体何だったのか?
今までも良くわからないことは沢山あった。だが、今回のは度を超している。俺が俺でいられるのか疑問符が付いた形だ。
何か解らないか?
《お答え出来ません。ご自分自身で答えを見つけるべき課題です 》
そうか…
ああ、これも問題だったな…
いつの間にか俺の中に、別の人格のようなものが生えてしまった。
地球で使っていたスマート・ボットに近い感じがする。AIのようなものであまり感情があるように感じられない。人格とは異なるようだが、これまたわからない。
あのガキは俺と同じ存在だと思うか?
《判断するにはデータが足りません 》
推測でいいんだが…
《機能的に類似性はみられますが、根本は異なる可能性が高いでしょう 》
根本… その根本とは何か?
《それについてはお答えしかねます。機密事項です 》
俺の俺に対する機密ってのは何なんだろうな… まったく…
まあ、いい… 自分探しをしたところで見つかるような物じゃない…
自分なんてそもそもないのかも知れない…
やりたいようにやるしかないんだ… 今、感じていることが真実…
なんか食事がしたくなったな。ちょうど昼にはいい時間だ。湯に浸かりながら食べることにしよう。
亜空間から船型に加工した桶を取り出し、湯に浮かべる。桶と言うよりは模型の船といった感じだ。その中に、あらかじめ買っておいた料理を並べる。
温泉水を使用した煮込み料理を中心に出す。蒸し料理と並ぶここの名物だ。いい匂いが辺りに漂う。
その匂いにつられてか、眠っていたジュジュが目を覚ます。激しいスリスリでご飯をねだってきた。
はいはい、今渡すから…
最初はジュジュの好みを優先する。ビーフシチューのような見た目の、とろみのあるスープを皿によそって目の前に置いてやった。ジュジュの前には高さ三十センチぐらいの木製の机を作って設置し、そこの上に乗せる。
机の下におててを通して、寝ながら食べることが可能な横着使用だ。今回は頑張ったからいいだろう。
ジュジュは舌を器用に使って食べ始める。魔術も併用しているようだ。俺も食べるとしよう。
スプーンで赤みがかった黒褐色の液体をかき回すと、大きく角切りにされた牛肉を発見する。それをスープと一緒に掬って口の中に頬張る。
舌に感じたのはほどよい酸味と塩味、そして旨味だ。ワインも入っているな。それっぽい風味がある。
肉を噛みしめれば中からグジュッとスープと肉汁の混ざったものが
美味いな…
一緒に煮込まれている野菜も、噛めば口の中でほろほろと崩れる。野菜独特の風味とスープの味が合わさってこちらも美味い。タマネギやニンジンとかが入っていて、味や食感のバリエーションもあって楽しい。
牛肉を食べたら次は豚肉といこうか。イノシシかも知れないが…
肉まんのガワのような白くてもっちりとした蒸しパンに切れ込みを入れてその中によく煮込まれた豚肉を入れる。ジュジュの分も作って皿の上に置く。
蒸しパンがスパイシーで甘辛い味を受け止めていい塩梅にしてくれる。柔らかい豚肉は脂身がとろけてコクと甘味がダイレクトに感じられた。
豚の味わいは油の甘さにあるな…
その後もいろいろな料理を味わっていき、最後はデザートで締める。アイスクリームとシャーベットだ。温かい温泉に浸かりながら冷たいものを食べる。一度やってみたかった。
シャーベットはあまり好きではないようなので、ジュジュにはバニラアイスだけを与える。
肌に感じる暖かさと食道で感じる冷たさのコントラストが心地いい。
ジュジュもそのことに思い至ったのか、自分から湯船に入ってきた。俺と同じように湯に浸かりながら、アイスクリームに舌鼓を打つ。おかわりまで所望してきた。
よほど気に入ったのか、結局、三回もおかわりをした。
これを機に、お風呂が好きになってくれるといいんだが…
《そうですね 》
相槌まで!?
迂闊に考え事も出来なくなりそうだな…
《今後ともよろしくお願いします 》
よろしく…
◇
ホテルのチェックアウトを済ませ駐車場まで歩いていく。
朝風呂を浴びてからの出立になるので少し遅めだ。今はそれなりに人通りがある。
祝祭日は過ぎ、賑わいも落ち着いてきたはずだが、あんなことがあったのでやや消化不良だったのだろう。予定を変更して長居する人もいるのか、通常よりも人は多いような感じだ。
街を去る時はなんとなく後ろ髪を引かれるものだな…
ニルス達に一声かけてから出ることも考えたが、それはやめておく。あくまで
さっと切り替えて日常に戻るのがいいだろう…
《それがいいかと思います 》
……なんかやりにくいな
ああ、そうだ。名前を付けることにしよう。何がいい?
《マスターが考えてください。自分の頭を使わなければ思考が退化していきますよ? 》
軽口まで… 進化しているというのか?
しかも、マスター… 勝手に呼び方まで決めている。いつか人類に反抗してきそうな感じがするな。
《しませんよ… 馬鹿馬鹿しい 》
……それはする奴の反応に思えるのだが… まあ、いい。兎に角、名前を付けよう
ナビ…… は安直すぎるか…
スマート・ボットの名前にはこれを付けていたんだが面倒だったからそれにしといただけだ。殆どの人間がこれにしていた。いわゆるデフォルトって奴だ。
《しっかり考えてください 》
はいはい… どちらが主なのかわからんね… 古い映画から取って…ハルというのはどうだろうか?
《裏切りそうな奴の名前ですね… 却下します 》
注文が多い… しかし、一理ある。確かそんな内容だったな…
どうするか? ハル… 春繋がりでサクラ… それも安直か…
《では植物繋がりで槐《エンジュ》などはどうでしょう? 》
そっちからオススメするのかよ!? しかし、その方が楽ではあるな。自分の名前なら希望もあるだろう。
エンジュか… どんなもんなんだ?
《マメ科の木で古くから知の象徴として扱われてきた歴史があります。鬼の字は不吉なものではなく霊的な存在を示唆します 》
なるほど…
…って、俺が知らないことをどうして知っているんだ? そこも含めて知の象徴ということか… なかなかよく考えられているようだな
槐に決めよう。今からお前はエンジュだ
《承知いたしました、マスター 》
……なんかコントロールされている気がするな。俺がしっかりしないと、いいようにされてしまいそうだ。
《どうでしょう? 》
……油断出来ない、ホントにな……ん?
道の向こうから特徴的な出で立ちの女性がこちらに歩いてくるのが視界に入った。
黒いレースで出来たフリルがこれでもかと言わんばかりにゴージャスにあしらわれた赤いドレスを着ている。
ドレスと統一されたデザインのフリフリの日傘を差していて、顔はよく見えないが体つきや髪型から女性だと判る。
…確か、ゴスロリというやつじゃなかっただろうか?
非常に周囲から浮いている恰好をしているように見えるが、周りの人は特に気にした様子もない。こちらでは、そこまで奇抜な恰好では無いという事か?
それにしては、見ないデザインだと思うのだけれど…
他人の恰好にそこまで注目しないだけか?
まあ、あまりじろじろ見るのも失礼だな…
見ないようにしてすれ違うとそのままトライクのところまで行き、荷物を載せた後にジュジュがキャノピーに飛び移る。
ん? 少しきつくなったか?
この数週間で、また少し大きくなったようだ。成長は喜ばしいことだが、このままだと乗れなくなるかも知れないな…。
鉄術での応急処置でなんとかなればいいんだが…
おおっぴらな改修は人目に付くことを考えるとやりにくい。
帝国まではあと、ロメリス王国とカーシュハイン王国の二つを越えるだけだ。そのぐらいならもつだろう。
どうだろうか、エンジュ?
《ノンストップで十八時間もあれば帝国に到着出来ます。途中でどれだけ寄り道をするかが問題ですね 》
だよな…
今のところ何かしら起きている。
これ以降、何事も起こらなければいいんだけどな…
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(ようやく動き出したわねぇ… )
この四日間、これと言った動きが無くて退屈していたが、ようやく動き始めたことに気分が上がる。
エストルも執心する人間、いや、おそらく自分たちと同じような存在、それを発見してからと言うものの、レーネは好奇心で満たされていた。
エストルの前では目的を表に出さなかったが、うすうす気がついていることだろう。それで何も言ってこなかったのは多分、こちらに余計な情報を与えないため。
その危惧はある意味正解だが、ある意味間違いだ。
レーネには玩具を壊して楽しむ趣味は無い。壊せば遊べなくなってしまう。なるべく長く楽しみたい。それが長い期間を退屈せずに過ごす秘訣だと考えている。
だが一方、結果として壊れてしまったのならしょうがないとも考える。相手の耐久性次第だ。もしも壊れてしまったとしても、エストルに対して悪いとも思わない。
すべては自分と相手が出会った時、互いが何をしたいと思うのか、その時の気分で決まる。
不確定を楽しむのも退屈しない秘訣であると考えている。
(楽しみだわぁ… 最初はどんな風に仕掛けようかしら… )
ただ一つ言えることは、レインにとって平穏無事に済まないという事だけだった。