「………エストルって誰だ? 」
「………えっ!? 」
俺の逆質問に、レーネは多少面食らったようだ。少し考えたような素振りをした後、呆れたように愚痴を漏らす。
「アイツったら、自己紹介も満足に出来ないのかしらねぇ… これだからお子様は… アイツらしいと言えばらしいのだけど… 」
しばし自分の世界に入った後、気持ちの整理がついたのか、俺に対して手短に情報をぶつけてくる。
「金髪、碧眼、生意気そうなクソガキ 」
「ああ、アイツか 」
非常にわかりやすい… と言うかアイツ、仲間にまでクソガキ認定受けてんのかよ…
然もありなんって感じだが…
「わかったなら結構よぉ。仲間というくくりは不本意ではあるけれど、そう言った方がわかりやすいわぁ 」
確かにな… 薄々わかっていたがはっきりと確認が取れてよかった。この少女がアイツと似たような存在なら、この現象にも納得がいく。
俺と似たような存在であるならば、互いに高次的な通信が出来たとしても不思議じゃない。
「何か俺に話でもあるのか? 」
「ええ、そうよぉ レイン。あなた、私達の仲間にならないかしら? 」
「お前達の仲間? 」
なんでぇ
ずいぶんといきなりな話だ。
「そう、仲間。あなたは人間よりも、私達に近しい存在のようねぇ。私達の所に来た方が、きっと楽しく暮らせるわぁ 」
人間よりも…
エストルも言っていたが、人間と一線を引いている感じだな。
俺とは違う…
「お前達のところとは何処だ? 」
「共和国よ 」
「共和国… 帝国と敵対しているとか言う… 」
「ええ、その共和国。もっとも、帝国と敵対しているというのは画一的なモノの見方ねぇ…
わたし達はこう見えて、共和国の中でも偉い立場にいるのよぉ。権力者ってやつねぇ。楽しく暮らせるのは保証するわぁ 」
えっ…こう見えて… 自覚あんのか…
「……あなた今、失礼なことを考えなかったかしら? 」
バレてる… 女性型だけあって勘が鋭い
「ソンナコトナイヨ 」
「………
わたしがあの国で権力を持っているのは本当のコト。かなり無茶なことでも押し通すことが出来る… あなたのやりたいことを叶える絶好の機会だと思うけど… 」
「俺のやりたいことだと? 俺の何を知っている? 」
「少しはわかるわぁ、こうして、お話をしているんですものぉ…
あなたは随分と大きなコトをやりたがっているようね。沢山の人間を巻き込んで、自分の好きなことを世に広めて… 思う存分楽しみたいのでしょう? 」
「……俺の心を読んだのか?」
「恐いわね…… 安心していいわ。なんとなく感じただけで、具体的な事まではわからないわぁ。そこまで万能なものじゃないのよ、これは… 」
ぬぅ… 俺がこの遣り取りに馴れていないと見透かされている…
嘘は言っていないが、本当のことも言っていないように思えるな。まあ、それはどうしようもない。今大事なのは俺の意思だ。
「そろそろ答えを聞こうかしらぁ。どうするのぉ? 」
「俺の答えだが……断る 」
「理由を聞いても? 」
「他人の力に頼り切って、強引に進めても意味がないからな。俺が自分の意思と力で、一つずつ構築していくしかないのさ…
その過程で、人に頼ることはあるだろう。その時も、俺は相手の意思を尊重しながら交渉を進めていくしかないんだ。俺がやりたいのは、そう言う類いのものだからな 」
レーネの言っていることは本当だろう。正直、力を借りたなら、楽に進める事が出来ると思う。だが、それで楽しいかと問われたら断じて否だ。
「殊勝な心がけねぇ…ますます欲しくなったわぁ 」
そいつは勘弁…
「それに、エストルとか言うあのガキは絶対に俺の邪魔をしてくるだろうからな… あんたの助力があったところでうまく進んでいくとは思えん 」
「そう言えばそうねぇ… アイツは余計な事しかしないから… 」
腰と額に手を当てて悩ましげな表情を作りながらため息を吐くように言った。そういった仕草がいちいち様になっている。
レーネの立ち位置は、今のところ敵対に近い感じになっている。だが、悪い感情を抱きにくいんだよな…
「そう言うわけだ。お断りさせてもらおう 」
「残念ねぇ… こっちに来るなら甲斐甲斐しくご奉仕してあげようかと思っていたのに… 」
なんですと?
「あなたは何もしなくていいのよぉ。食器の上げ下げから下の世話まで全部やってあげる… 夜は夜で毎晩足元に犬のように侍って「そこまでだ!! 」
残念、私はどちらかと言えば猫派です…
じゃなかった、
「それ以上はいけない… 」
ってか、こっちでも犬はそういうイメージなのか… 旧文明からかな?
「あらぁ~お兄さん、こういう話はお嫌いかしらぁ? せっかく、とぉ~っても刺激的で淫らなオトナの会話を楽しもうと思ったのに、…ウブなのねぇ~、ますます気になるわぁ 」
こいつ…
しかし、オトナの会話か…
表現の自由というやつなんだろうか? どこか惹かれるものがある。
制約を掛けることで発展していくものもあるだろうが、枷を取り払うことで新たな展開を迎えることもあるのだろう。
外すなら…………今かっ!?
「ひょっとして……童貞? 」
それを言っちゃあおしめぇよ… よろしい、戦争だ
レーネは小馬鹿にするような、
だがしかし心の奥底、それ以外のものも、微かに感じていた。
これは…… なかなかどうして……悪くない…?
それに気がつくと、燃え上がっていた怒りは嘘のように冷めていく。
やめだ、やめ… 停戦だ
「あら… もう終わりなの? もう少し口喧嘩をしたかったのに… 」
「話は終わったか? それなら現実に戻るとしよう 」
「まだよ… これからが本番… 」
長い与太話だった。だが、少し空気が変わる。互いの間に緊張が増していく。
これも悪くない…
「あなたには、わたしの遊びにつきあってもらうわぁ 」
遊び… めちゃくちゃ嫌な予感がするんだが…
「どんな遊びだよ? 」
「これから、わたしのお友達を紹介するわ… その子と戦うのよ、あなたが… 」
なんでもう決まっているんですかねぇ? 俺の意思は?
無駄そうだから聞かないけどぉ…
「エストルとあまり変わらないようだな、あんたも… 」
「失礼ねぇ… 全然違うわよ。アイツと違ってわたしは他人を巻き込んだりしないわぁ、怒られるし…
ちょっかい掛けるのはぁ…あ・な・た・だ・け♡ 」
確かに違うな…巨視的に見れば… 大事にならなそうなのは安心感がある……のか? 俺を中心に局所的に見れば、
「まあ、しかたないか… 」
「嬉しくないのかしらぁ? 女性の方から、かまってもらえているのに… しかも美少女! 」
レーネは自分の胸元を両手で指し示しながら誇らしげに微笑む。自分が他人にどう見られているかを理解しているんだろう。悔しいがイニシアチブを取られているという自覚がある。
「…わかったよ。やる時は真剣にやるさ。それで何時からやるんだ? 今からか? 」
なんとなく気分が乗らない… 戦う感じじゃあないな
まあ、やる時はなんだかんだで上がるんだろうけど…
「何時やるかはわたしが決めるわぁ、気が向いた時に… 楽しみにしてね♡ その方がドキドキするでしょ♪ 」
えぇ…… かんべんしてくれ……
「
「
主語が強い…
「なら、もう話すことはないな… 」
お帰り頂こうか…
この空間の扱いにも慣れてきたところだ。強制されてここに来たが、今度はこちらが強制する番だ。
喰らえっ!ぶぶ漬けアタック!
「あっ、ちょっ… 」
ブツッとした手応えと共に、白い空間が真っ黒になった。次の瞬間にはレストランに戻る。
座ったままの状態で、目の前には、まだ温かいギートが置かれている。だいぶ話していたが、時間の経過は殆どないようだ。背中合わせでレーネと対峙したままだ。
お互いに無言のまま茶をしばく。静かな店内に液体を啜る音が微かに響いている。芳醇な香りに満たされて心が落ち着く…はずなんだが…
いきなり話をぶった切られて、レーネが怒ってないか気になってきた。
敵なんだけどな… 外見が外見だけにどうにも、ね…
やがて紅茶を飲み終えたのだろう。レーネは席を立ち、店を出ようとする。すれ違いざま、こちらを一瞥するなり一言、「ごちそうさま 」と言い去って行った。
《なかなかの強敵でしたね 》
エンジュ… そう言えばあの場所にはいなかったな。何処にいたんだ?
《情報の保護を行っていました。知られたくないことがありましたので 》
どんな情報だ? 俺にも秘密のやつか?
《はい 》
はっきりと言ってくれる… こちらも悩みどころだな…
飲み終えると俺達も店を出ようと席を立つ。そこではたと気付いた。
あの女… 支払いを済ませてねぇ… 食い逃げじゃねぇかっ!
……いやっ、ごちそうさまってのはそういうことか!?
見て見ぬ振りして店を出ることも出来るが、あの女がここに来たのは俺が原因でもある。そうしてしまうのは良心が咎めた。
はぁ…
伝票を見ると紅茶が一杯だけ…大した金額ではない。しかし、額の問題ではないように感じる。
レーネよ… この一杯… 高くつくかもよ?
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(別視点)
店を出た後、レーネは街中を散歩することにした。普段、共和国を出ることがないため、帝国系諸国では何の変哲もない街並みも新鮮に感じられる。
ウキウキと歩きながら、先ほどレインと交わした対話について思い返し、更にご機嫌になった。
(楽しかったわぁ… )
対話の内容もそうだが、自分と似て非なる存在と向き合ったという事実が何よりも重要だった。願わくばもっと深く本質について知りたいと思ったが、何かに邪魔をされていた。
もっとも、それ自体は想定の範囲内だ。だから、会話を楽しむことにした。自分たちとも異なる、普通の人間とも異なる存在なのに、驚くほど人間くさいことが面白かった。
記録に残っている原初の人間。ひょっとすると、その精神性はそれに近いのかも知れないと思った。確認する術はないのだが。
(彼が、私にとっての福音になるのかもしれない… )
エストルが知っている情報を、無理矢理にでも引き出しておきたかったとも思った。しかし、今はそうしなくて正解だと思える。自分で調べる楽しみがあるからだ。
いろいろと仕掛けていって、ちょっとずつ暴いていく。そうして得られた情報は、仲間とも共有せず自分だけで楽しむとしよう。レーネはそう考えている。
(アイツのこと、言えないわねぇ… その点に関しては… )
同じ存在なのだから、似ている部分があるのも道理だと割り切れる。だが、認めたくない気持ちもあった。
(どうでもいい事ね… )
レインには監視の目を付けている。後は動くのを待つばかりだ。余計なことは考えずに楽しめればそれでいい。
気ままな散歩を続けていった。
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さて、エイリスのところに向かうとするか…
レーネのことを考えると、このまま依頼を受けるべきか悩む。俺だけが狙いと言っていたが、どこまで信用出来るのか怪しいものだ。
他者は巻き込まないか…信用できるのか?
だが、もうエイリスにはやると言ってしまっている。今さら後には引けない。
陰鬱な思いを抱えつつ騎士団本部までやって来た。受付に用件を伝えると、案内を受けて団長室に通される。
中には、エイリスが椅子に座って待ち構えていた。部屋の様子はとても簡素なものでほとんど机と椅子ぐらいしかない。独房かと思えるぐらい殺風景な部屋だ。
この部屋は、あまり使われていないのかも知れない。
「レイン殿、良く来てくれた。生憎とこの部屋ぐらいしか話せる場所がなくてな… 立ち話になるがすまない 」
「別にかまわない。話が出来ればそれでいい 」
何時間立っていようとも平気だからな…
「早速だが話を始めよう。先ほど話した通り、依頼したいのは竜退治だ。数日前から姿を見かけるようになった。翼を持っていて飛ぶやつだ。どこかから飛んできたと見られている
場所は、ここから三時間ほど北に進んだところにある森林地帯だ。いくつか山が点在している。その山々の
それだけだとなんとも言えないな。しかし、数日前か… なんとなく、時期的にはフルカヴントでの騒動が影響しているとも思える。
「強いのか? 大きさはどれぐらいだろうか? 」
「目測になるが、そこまで大きくはないと言う報告は受けている。竜としては最低水準の強さだろうと、私は見ているよ。もっとも、上級上位の更に上だろうが… 」
なら違うか…
あいつはそんなレベルじゃない。ひとつ肩の荷が下りたような気がする。
まだ、特大の荷が残っているがな…
「その程度なら、騎士団を動員すればなんとかなるんじゃないか? 」
「……恥ずかしい話だが、我がレバンデール領には大した魔境がなくてな… 我々には、そこまで強い人材が揃っていないのだ。やる気と才能がある者は他領に行ってしまうからな…
かくいう私も、近隣の領での作戦に参加することの方が多いぐらいだ 」
「とは言え、安全なのはいいことだろう。暮らしやすいところだと言える 」
「そうだな、いいところだ。今回のようなことが起きるのも稀だ。まだ大事になっていない時に、レイン殿がここに来てくれて、真に僥倖なことだ 」
もしもあれが原因なら、
「事情はわかった。俺達とエイリスだけで戦うと言うことだな 」
「話が速くて助かる 」
騎士団が弱いと言いつつもエイリス自身はかなり強い…戦いに特化したリーンと言ったところだ。レイゼルトの団長クラスと比べても遜色ない。領主の娘でなければ別の領で活躍していただろう。
「今、騎士団員はヤツの監視にまわっている。ある程度、行動範囲は広いから各地に散らばっている形だな
この数日でわかったことだが、定期的に決まった場所を巡回するように動いているらしい。縄張りを作ろうとしているという見方が優勢だ。もしも定着するようだったら、そこから行動範囲が広がり、近隣の村々に被害が及ぶと考えている
定着せず他に行く可能性もあるが、それはそれで
「了解した。討伐の開始は明日からでいいか? 」
「ああ、そちらも準備があるだろう。明日の明け方には合流して、現地に向かうつもりだ 」
「それでいい 」
この後は、報酬も含めた細かい話をしていく。それから、一旦別れる事になった。
懸念事項…レーネのことについては、エイリスに言えないでいた。関係が無いし巻き込みたくもない。説明しても理解出来なさそうだし、俺自身、説明には理解がたりてない。
ホント扱いに困る女だな… 終わるまで、大人しくしてくれればいいんだが…