エイリスを先頭に、森の中を進んでいく。目指す場所は、ヤツが定期的に立ち寄るというポラス山の
時間までにそこにつけば、少々待つだけでヤツに遭遇することが出来るのではないか…と言う考えのもとでの作戦だった。
もっとも、相手は生き物であり、こちらの思った通りに動くとは限らない。運が良ければこちらの目論見通りにいくかもしれない程度の話。
相手が来なければ、その場にキャンプを張って待つことになる。状況的に言えば、一番近いのがリーンと一緒に調査をした時だろうか?
会ったばかりの人とは初めてだけどな…
テントは別だから問題ないが、相手が女性だと思ってしまうと、なんとなくやりづらい。エイリスが中学生ぐらいに見えるからまだハードルが低いが、外見がもっと成熟していたら、もっと意識してしまっていただろう。
そう言うことを考えてしまうとは、狩人としてまだまだ未熟なようだ……精進が足りない。
《ですね。頑張ってください 》
………なんか他人事だな。エンジュは俺の一部ではないのか?
《では、簡単なアドバイスをひとつ 》
おっ、待ってた、そう言うの。聞こうか…
《いっその事、抱かれてみてはどうでしょう? 》
ばっ、ばか… やめなよ、そう言うの… 余計にこじらせるだろ
「レイン殿、どうかされたか? 」
「いや、なんでもない 」
エイリスに動揺が伝わってしまったようだ。人には言えんよ、こんなの。
《手っ取り早い方法だと思いますが… 変わると思いますよ? 何かが 》
……そうかも知れない。だがしかし…なぁ…、ホントに俺の一部なんだろうか?
まあ、これ以上は良くない、やめやめっ、おわりっ
もっと考えるべき問題があった。レーネのことだ。いつ絡んでくるのかわからん。今も見られているような気がする。
いつもより慎重に索敵を行い、不意の接触に備える。ジュジュにもお願いして万全を期した。
そんな俺達の様子に疑問を持ったのか、エイリスが問いかけてくる。
「ずいぶんと気を張っているな。まだ敵の気配はない。簡単な相手ではないが、今のうちから警戒する必要もないだろう。何か心配事でもあるのか? 」
「なに、少し嫌な予感がしていてな… 敵はヤツだけではないのかも知れない。油断は禁物だ 」
「なるほど、流石はレイン殿。頼もしい限りだ 」
それとなく伝えておいたが、もう少し踏み込んだ方がいいんだろうか? エイリスの誤解がなんか痛いな。
そう言うことじゃないんだ…
しっかしこの状況…デートのダブルブッキングをしてしまった二股男みたいな感じがする。
エイリスもレーネも女性なのが余計にそう思わせた。二人を会わせたくないという危機感もそれを助長する。
創作の中の話なら、二股男は時間差で交互にデートを行うなんて荒唐無稽な策略に走ったりするのだがな…
現実では、そんな選択をすることはない。フィクションでも、最後は結局バレるのがオチだ。
そして、決定的な違いは主導権が俺ではなくレーネにあると言うこと……俺に出来ることはせいぜいその時に備えて覚悟を決める事ぐらいだ。
途中で休憩を挟んで進んでいく。何の変哲もない中層の森を、自然体に構えたエイリスが軽快に進む。その後ろを、やたらと気を張った俺がついていく。
見る人が見れば異様な光景に写っただろう。
「ここら辺でいいな… ここでヤツが来るのを待つ 」
目的の場所付近に
やはり魔術は得意のようだな…
結構、難しい魔術を自在に使いこなしている。討伐対象の竜も空術は得意なはずだが、うまく隠蔽を行っているし、森に溶け込ませて見えづらくしている。
同じ魔術を使っているようでいて、魔力の使い方に差が出るものだ。エイリスの使い方は戦いに身を置く者の所作に他ならない。
魔石障害を克服した者、いわゆる拡張者と呼ばれる者達において、戦闘職に就いているのはエイリスが初めてだ。
どんな風に戦うんだろうか? 今から少し楽しみではある…
しかしながら、エイリスだけに監視を任せておくのもなんだな…。俺も魔術を披露することにしよう。
俺も同じ魔術を使用して監視に加わった。
「やはりレイン殿も使えるか… 見事だな 」
「こう言うのは得意なんだ。俺が東側を担当しよう 」
分担して監視することを取り決めて、二人掛かりで行っていく。
しかし、ただ見ているだけなのも退屈だった。何か話でもすることにしよう。幸い、二人とも魔術を使いながら別のことをするのはお手の物だ。
「エイリスは、俺がレバンデールに来たことを、どうやって知ったんだ? 」
街に入る時に身分証を提出した覚えはない。
「狩猟ギルド経由だな。めぼしい人材が来たら連絡をするように依頼しておいた 」
個人情報…
「まさかこんなに早く、有用な人材に出会えるとは予想外であった。外で訓練を行っていてくれたことも良かったな。おかげで実力がわかった 」
出会ったことは、偶然と言える程ではないのだろう。フルカヴントの事件が頭をよぎる。だが、そのことを説明するわけにもいかない。確証もないし。
少しもやもやするな…
「そうか…もし、人材がいなかったらどうしていたんだ? 」
「そうだな…… 私一人で倒しきるのは難しい… 追い払うことを狙って断続的に嫌がらせを仕掛けていく戦略を取っていただろうな 」
「……気の長い話になりそうだ 」
「まあ、短ければ数ヶ月、長ければ数年かかるであろうな。その間に、誰かしら見つかるだろうが… 」
平然と、そう言ったことを言ってのける。何処かしら楽しそうに語るのは、強敵と戦いたい気持ちがあるからだろうか?
「そう言えば、ヤツに名前を付けていなかったな。騎士団の方では名付けていないのか? 」
「付けていないな… 私一人で戦うつもりだったから不要だったが… 確かにレイン殿と一緒に戦うなら、あった方が良いな。どうするか? やはりここは、レイン殿が付けてくれ 」
丸投げか…
だがそう来ると思っていた。エイリスは名付けに
まだヤツとは会っていないし、イメージが湧かない。ちゃんとした公的資料にも載るだろう。気軽に付けていいんだろうか?
《では、私が付けることにいたしましょう 》
エンジュ… 自信があるようだが、その自信、どこから来るのか…?
まあ聞こうか…
《カイガルと言う名前はどうでしょう? 》
カイガル、なかなか悪くないな… その心は?
《英語で空を表すスカイと、こちらで黒を表すレガルを合わせてみました。短めにまとめたのがポイントです 》
ほう…
俺とセンスが似ている感じがする。やはり俺から生まれたものか… 疑わしい部分もあるけれど…
「カイガルというのはどうだろうか? 」
「カイガル… いいじゃないか、これでいこう 」
悪くはないようだな。もっとも気にしていないようだが…
特別変でなければいいと言った感じ。ともすれば、何でもいいと思っているのかも知れない。
《やりがいがないですね… 》
言うなよ… そんなものだって
何でもない話を続けていく。
そうして、話すこともなくなったので監視業務に専念すようになった。カイガルが現れることなく、何でもない時間が過ぎていく。
「今日は来ないかも知れないな… 」
「そうそう都合良く進むことはないか… だが、想定の範囲内だ。夕暮れを待って野営の準備をしよう 」
更に時間が過ぎていく。日が中天を過ぎて傾いて来たところ、その日の終わりを意識し始める。
そんな時、エンジュから情報がもたらされることになった。
《北東上空に反応があります 》
何っ…
そちら側にフォーカスを動かすと、山の陰になっているところから、黒い点のようなものが出てくるのが写った。まだ距離が遠くてよく見えないが、一応、カイガルとして対処していく。
「北東に何かが見える 」
「なにっ…… むっ、確かに… 」
黒い点はこちらに接近しているようだった。やがて、その姿がはっきりとしてくる。
どうやら、カイガルで間違いないようだな。報告で聞いていた姿と相違ない。
両腕が翼になった厳ついトカゲと言った見た目をしている。伝説に登場するドラゴンが、そのまま出てきたような印象だ。
背中側が黒くて、腹側が白いツートンカラーが特徴的だった。黒い甲殻がゴツゴツとしていて硬そうだ。翼が大きく尻尾が長い。見た目から言って、飛翔能力の高さをうかがわせる。
「ヤツだな… 」
「うむ、我々は運がいい。もっと近くまで来たら仕掛けるとしよう。それまでに準備をしておいてくれ 」
そう言うと、エイリスは荷物から兜を取り出し頭に被った。今は長い金髪を一本の大きな三つ編みにし、邪魔にならないようにしている。
全身を重厚な鎧に包み込んでいる姿は、まさしく戦乙女と言った出で立ちだ。得物は戦乙女にふさわしく細身の剣…と言いたいところだが全然違う。
彼女の身長ほどもある、大きな両刃の斧だった。しっかりと分厚く作られたヘッドの部分は、丈夫そうではあるが、相当な質量を持つだろう。
それを少女が軽々と持ち上げる様は、ちぐはぐさを感じるが、鎧と統一感があって不思議と不安定な感じはない。
「俺達は大丈夫だ。何時でもいける 」
「それは
魔術で確認しながらその時を待つ。相手の進路に合わせて移動し、十分に接近した時、終に戦闘を開始する。
「初撃は私がもらうぞ… 」
「ああ、思いきりやってくれ 」
エイリスが魔力を練り上げると、膨大な力が周囲に放出された。想像通り相当な魔力を秘めている。
大気が渦巻いて体を取り巻くと、浮力を生み出した。大規模空術で空を飛んで戦おうとしている。事前にどうやって戦うかは聞いていたが、なかなかに力任せだ。手に持って構えている得物からも、その性格を示しているように感じる。
思いきり地面を蹴り上げ、勢いよく空中へと飛翔していった。俺も空射加速で飛び上がり、フォローに入るために後を追う。
カイガルは既に気付いていた。上昇するエイリスに対して降下してくる。重力を以て加速しながら接近すると、羽ばたきに合わせて突風の魔術を放つ。
それを予想していたのだろう。エイリスは急激に加速して躱す。カイガルの上を取り、一気に方向転換して落下に移った。
空の王者である飛竜は、上を取られるなど考えていなかったのだろう。予想外の動きに対応が遅れる。
エイリスは手に持った戦斧に魔力を流し込み、カイガルの頭部目がけ、叩きつけるように振り下ろした。
直撃すれば、かなりのダメージになったはずだ。だがやはり、そこまで甘い相手でもない。翼に魔力を込めると急転換し、翼端で攻撃を受ける。
―ガッッッ…!
硬いもの同士がぶち当たる音と、衝撃波が発生して空気を震わせる。エイリスは打ち上げられたが、衝撃を殺しきれなかったカイガルもバランスを崩し落下していく。
だが、すぐにでも立て直してくる…そうなる前に追撃を仕掛ける。
―空射加速
―複合魔術〔水・衝撃〕、弾水衝波術式
カイガルの上を取りつつ、攻撃用の魔術を準備していく。ヤツが姿勢を立て直し、動きが止まる瞬間を狙い魔術を放つ。
―
背中の甲殻目がけ、衝撃を纏った水塊を高速で打ち付ける。狙った場所に直撃し、ズシッとした手応えが返ってきた。衝撃が浸透し、内臓を揺さぶった手応えが得られる。
ヤツはダメージを喰らい、そのまま高度を下げていく。そこへ、森の中からジュジュが飛び出してきた。
これで仕留めたかと思った。だが、次の瞬間、カイガルを包み込むように爆炎が巻き起こる。
爆風に乗り、カイガルの体はグンと上昇していく。
爆風で雷撃を散らして防ぎ、さらには、上昇して距離を取るまでを同時に行ったと言うことか…。
まさに一石三鳥… まだまだ余裕を感じさせる。流石は竜種と言ったところか…
一筋縄ではいかない
カイガルは俺達の上を取ると、はるか上空をゆっくりと旋回する。受けたダメージを回復しようとしているんだろう。
いや、それだけじゃないな…
攻撃するために魔力を練り上げている。圧がどんどん上昇していた。これから本気で来るらしい。
エイリスは、相手の魔術が完成する前に攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。風圧を操り飛んでいく。再び斧に魔力を流し込み、斬撃を仕掛ける。
だが、空を切った。
初撃とは比較にならない機敏な動きで急降下し、エイリスを躱した。一直線に俺目がけて突進してくる。
これが本気の動きか…
空中ではヤツの方が圧倒的に自由に動ける。まずは動きを阻害してみるとしよう…
―多重並列展開、圧縮操空術式、
遠距離から面で制圧してやる…
―
十二発の空弾をカイガルの軌道上に放つ。一つ一つを操作し、網を広げるようにばら撒いた。空弾と相手の速度を合わせ、すぐに接触距離に入る。
広げた網を狭めれば、全弾命中させられる。
タイミングを合わせ一斉に空弾を操作したとき、ヤツは突然、翼を立てるように動かした。急速に方向転換し空弾の群れを迂回する。曲線軌道を描きながら、さらに速度を上げて向かってきた。
チッ…
内心で舌打ちすると、空弾を捨てて別の魔術を用意する。
―操雷電熱術式、
まだまだカイガルの速度は上がっていく。避けるのは無理だろう。接近戦をやるしかなかった。
―空射加速
正面からカイガルに向かい、一直線に飛ぶ。こちらからも攻めると決めた。
相対速度を考えれば、接触を避けるのは難しい。力と力の勝負になる。
俺に迫るカイガルの姿が凄まじい速度で拡大されて見える。正面から睨み据え、交差する瞬間を狙って魔術を開放する。
―電華熱…
―ズンッ!…
魔術を放つ瞬間、突如として爆音が鳴り響き、俺の斬撃は空を切った。炎に巻かれ、視界を埋め尽くされる。
また、あれか…?
爆発で軌道を変えて避けたらしい。ヤツの姿を見失った。
どこだ……