相手からの攻撃に備えつつ気配を探っていくと、下の方から感じた。俺から遠ざかっている。追撃は来ないようだ。
しかし、何が狙いだ?
眼で動きを追うと、森林を樹冠すれすれの高度で、滑空するように飛んでいる。口からは液体を霧状に散布しているようだ。
狙いはジュジュか!
すぐに森から炎が上がり、その上昇気流に乗って、再び天空まで上昇していった。体内で合成された可燃性の液体を撒き、火を付けたのだろう。
それ自体、魔力含有量の高いものであるようで、魔境の森でも簡単に燃やせていた。広範囲に燃え移っている。
ジュジュはうまく避けたようだが、森からの奇襲はやりづらくなっただろう。真下への強力な攻撃手段があるのは厄介だ。森ごと燃やされるかもしれない。
自在に空を飛ばれるのは面倒だ…
短時間で仕留められるなら、雷神装で仕掛けるのもありだ。しかし、ヤツの動きについて行けるか確証が持てない。途中で逃げられる可能性もある。
空射加速の連続使用では小回りがきかない。速度を抑えて小刻みに使用すれば小回りはきくだろうが、今度は速度が足りない。
飛べる魔術を作るとしようか…
視界の先ではエイリスがカイガルと空中戦を行っている。相手の攻撃をしっかり受けたり躱したりと、対応は出来ていた。だが、時折、反撃をする程度だ。一方的な展開になっている。
俺もすぐに参戦したいところだ。
空術は見破られる可能性が高い。魔術で決定打を取るのは難しそうだ。少なくとも、移動で相手に追いかないと勝負にならないか…。
―大規模術式展開
とりあえず、エイリスの魔術を参考に組み上げてみる。風神撃を大規模化させて空中移動に特化させるような感じだ。
―自在旋空術式、
それでも、空中戦でヤツに追いつける感じはしなかった。しかしそれも、工夫次第で何とかなるだろう。
―風神装
膨大な空気を纏う。俺を中心にして、大気が渦巻いているような感じだ。その一部を噴射させ、空の戦場へと躍り出る。
カイガルの死角から接近していき、俺の気流で相手の気流を乱してやる。そのまま気流で体ごと引き寄せ、刀で尻尾を切りつける。
―ガキィィ…!
堅い甲殻に阻まれた。そこに、エイリスの追撃が襲いかかる。
―ドガッ…!
重い一撃が首に叩きつけられ落下していく。だが、首をしならせてダメージを軽減させていた。すぐに立て直し、上昇して口から火炎を放ってくる。
広範囲に広がる炎を避けることは難しい。俺もエイリスも炎に巻かれた。二人とも気流を操作し、熱を遮断して防御する。
無傷でやり過ごせたが、防いでいる間、攻撃はおろか移動する事も出来ない。高度を維持することも難しく、ゆっくりと落下していく。
炎が止んだ時には、カイガルに上を取られていた。俺に向かって急降下を仕掛けると、爪を立てた蹴りを放ってくる。
むっ…
蹴りは可燃ガスを纏っていた。剣で受けようと思っていたが、咄嗟に変更し、空気を弾性化して受け止める。
グニャリとした感触の後に、少し遅れて爆発が起きた。急激な加速を感じながら、落下していく。
ぬぉぉぉぉ…
下腹部を妙な感覚が襲う。いわゆるタマヒュンってヤツだ。
その感覚に抗い、空気圧を操って上昇する加速度を生み出す。落下速度が低下していくとタマヒュンも収まり森の中に落ちる事なく止まる。
ダメージは無いが魔術は削られた。再び空気を補充し、上昇してヤツを追うと思った時、ジュジュから念話が入る。
《・・・・・》
えっ、やれるかな… でも悪くはないかも…
やってみようか
#
レインはカイガルの攻撃により、落下していった。再び、エイリスは一人で戦う事になる。
流石に、空を飛ぶ生き物なだけのことはある。空中での動きは、カイガルが一枚も二枚も上回った。
素早い動きでエイリスの周囲を跳び回り、翻弄し、死角から翼や足の爪で襲いかかる。
エイリスは相手の攻撃に合わせて斧を振るい、何とか凌いでいく。
傍目には、一方的に攻撃を受けているように見える。実際、その通りではあるが、最小限の動きで攻撃を去なしていた。
重い斧と鎧を膨大な魔力を含んだ気流で支え、安定した対処を行うことが出来ている。
彼女一人であれば、防戦一方の展開だ。しかし、決して一人で戦っているわけではない。凌いでいればレインが戻ってくるはずだ。
この後の展開を考えながら戦っていく。そして、戻ってきた。
カイガルが足の爪で攻撃を仕掛け、エイリスが斧を振るい受け止める。その瞬間、雷撃が飛んできてカイガルの背中を打ち据え、動きを鈍らせた。
その隙を逃さず、エイリスが反撃の一振りを叩き込む。斬撃は足に当たり甲殻を砕いた。破片と鮮血が宙を舞う。
カイガルは一旦身を引き、体勢を整える。距離を取って、回復術で傷を癒やしていく。
その間に、エイリスはレインの姿を確認した。だが…
(んん…? )
その姿は少々珍妙なものだった。眼を見開いて、内心、驚きの声を上げた。
背中に何か大きなものを乗せている。ジュジュだ。背中から前に手を回すような形で張り付いている。レインが後ろ手に組み、ジュジュのお尻を支えるように固定していた。
「待たせたな 」
「………いや 」
踏み込んで尋ねようとしたがやめる。いや、出来なかった。なんとなく、踏み込んだら負けなような気がした。それに、そんな時間もない。
回復を済ませたカイガルが襲いかかってくる。一度距離を置いてから、加速して突進を仕掛けてきた。
二人はそれを大きく躱す。
音速にはまだ達していない速度の突進だったが、衝撃術と空術の応用で、超音速衝撃波がカイガルの全身を覆っていた。掠めただけでも吹き飛ばされるような威力だ。直撃は避けなければならない。
躱された後も速度はそのままに、反転して再び突進を繰り返す。空術と翼を巧みに操り、驚くほど小さな回転半径で切り返してきた。二人は躱すことで手一杯であったが、すれ違う直前、ジュジュから雷撃が放たれる。
衝撃波と風の鎧に阻まれて威力は減衰させられた。それでも、雷撃は本体を捉える。カイガルの速度は僅かだが低下し、動きの軌跡が乱れる。
それを大したことではないと踏んだのか、そのまま同じように突進を繰り返す。
それでも、エイリスより脅威と見なしたのか、今度はレインに狙いを絞る。細かいぶれを交えた変則的な軌道も加えて躱しにくくしていた。出力も上げ、明確な殺意が感じられる。
エイリスは距離を取りつつ、両者の動きを観察していた。つけ入る隙をうかがっていく。しかし、レインの挙動に違和感を感じた。
(避けないのか? )
魔力の流れからカイガルの突進を正面から受け止めるのではないかと思った。無謀すぎる判断だが、既にエイリスにはどうしようもないところに来ている。
エイリスに見守られながら、両者の距離は縮まっていく。
激突する瞬間、直撃だけは避けようとして、レインは風圧を操って射線をずらす。掠め合うように接触していった。
襲い来る衝撃波と気流を、身に纏う気流を操り中和していく。
互いの鎧が剥がれて道が繋がる。すれ違いの中、互いが過ぎ去れば分断される僅かな時間を突き、ジュジュは溜めに溜めていた雷撃を放った。
コンマ数秒の交差でもジュジュにとっては
魔術の構成が乱れて落下していく。
エイリスはここで、レインとジュジュの狙いを理解した。レインが防御と移動を担当し、ジュジュが攻撃のみに集中する。そんな戦術を編み出した結果であると結論づけた。
落下していくカイガルはそのまま地面まで落下するように思われた。しかし、落下中に体勢を整えると、翼で風を受けて滑空飛行に移る。同時に魔術も構築し直し、上昇に転じていった。まだまだ、倒れる様子は見えない。
激痛の中にあっても飛行魔術を維持し続けるのは、空を飛ぶ魔物の真髄と言えるだろう。ぐんぐんと上昇し、レイン達の高度を抜くと、再びレインに向けて突撃していく。
先ほどまでと同様、突進攻撃を仕掛けてくるかと思われた。だが、今度は足を使った攻撃に切り替えてくる。
飛行の勢いを乗せて蹴りを放つ。それをレインが風の障壁で正面から受け止める。
せめぎ合いながら二つが一体となって飛んでいき、やがて均衡して止まる。そこで正面切っての打ち合いが始まった。
連続して蹴りを放ち、爆破や火炎を織り交ぜレインの防壁を削っていく。レイン側は雷撃で応戦しながら、爆破を躱し火炎を気流で受け流す。
エイリスの眼に、最初は均衡を保っているように見えた。しかし、徐々にレイン側の反撃が少なくなる。防戦一方になっていった。
直ちに加勢に入ろうかと考えたが、冷静に観察すると様子がおかしい。何かを狙っているように見えた。魔力には何処かしら余裕がある様に感じる。
(ならば… )
その時に備えて、強力な魔術を放つために術式を構築していく。密かに魔力を練り上げながら、静かにことの推移を見守る。
一方的に攻撃されているかに見えるレインだったが、苦戦しているように見えて冷静に相手の攻撃を観察していた。
調子に乗って攻撃を仕掛けていることを感じ取りながら、特定の攻撃が来ることを待つ。
《来るぞ… 》
念話でジュジュに合図を送る。そして、カイガルは可燃性の気体を纏った蹴りを放ってきた。この攻撃こそ、レインが待っていたものだ。
正面から空気の壁で受ける。受けきったところで爆発が起きた。爆風で魔術が解除され、レインは吹き飛ばされながら落下していく。その背中に、ジュジュの姿がない。
落下するレインの姿を追うカイガルの死角、真上からジュジュが電光を纏って降って来た。雷神装と同等の魔術により雷のように落ち、カイガルの背中に取り付く。
その瞬間、零距離から雷撃を放ち意識を狩り取っていく。完全に魔術の構成を手放させた。白煙を上げ、カイガルは落下する。
―結合術式:【斬空加速】【空射加速】
レインは落下するカイガルに狙いを付けて加速術式を構築していく。相対速度と位置の演算を完了させ、発動した。
―覇空遷移
瞬間的に首元に現れ、すれ違いざまに斬撃を放つ。
―電華熱閃
赤熱した刃が閃き、首に吸い込まれていく。甲殻や皮を切り裂き、刃は食い込んでいった。骨にまで達したところで押し返される。
即席の魔術で両断出来るほど容易い相手でもない。
だがそこに、狙いを澄ましたかのようなエイリスの斬撃が入り込む。
自身を空中に留める大規模術式を、旋風を起こす術式に書き換えた。戦斧の末端を握り回転していく。速度が乗ってくると全てが竜巻のごとく渦巻く。その速さ故、姿がはっきりと見えなくなってくる。
落下していくカイガルを追いかけて竜巻が飛ぶ。寄り添うような距離まで来た時、竜巻から戦斧が伸び、レインが作り出した切り口に叩きつけられた。
―ゴッッッ……!!
硬い骨をたたき切る轟音と共にカイガルの首が切断される。
体はそのまま落下していく。首は高速であらぬ方向に飛んでいった。
◇
ああ、あったあった…
飛んでいった首を森の中で見つける。
やっぱデカいな…
竜種としては小さい方だと思っていたが、こうしてまじまじと見ると、その大きさが実感出来る。
普通に持つのは少し大変だ。ワイヤーを操って縛り上げると手で持ち上げて、体のあるところに持っていく。
そこには、置きっぱなしにしていた荷物を回収してきたエイリスが待っていた。
「無事に発見出来たようでなにより 」
「ああ、大事な首だ 」
これがないと狩り取った気がしない。落下地点を上から見て覚えておいたことが功を奏したな。
俺が体のそばに首を置いていると、エイリスは荷物から銃のようなものを取り出して弾を込め、天に向かって引き金を引いた。
大きめの弾が射出されて、煙を引きながら真上に飛んでいく。かなり高い位置まで上昇するとパンと大きな音を立てて炸裂した。
信号弾か…
帝国騎士団では計算された運用ルールに基づいて活用されているという。信号笛で届かない範囲の簡単な連絡に有効だとか。
「これで、明日にでも回収班が来るだろう。我々は明日までここにいて見張りをする 」
「そうか、なら野営の準備をするか 」
あと数時間もすれば日が暮れてくる。さっさと準備をして休憩を取ることにしよう。
「エイリスも飲むか? 」
「すまない、ご
ジュジュは飲まないで二人分煎れる。ジュジュには水を用意し、向かい合ってゆっくりしたひとときを過ごしていく。
特に話すこともなくお茶を啜る。静かな時間が流れると落ち着いて考え事が出来るというものだ。戦いを振り返ってみる。
カイガルとの戦いは思いのほか大変なものだった。本格的な空中戦を経験するのはレザン以来のことだ。しかも、ほとんど動かないレザンに比べ、カイガルは縦横無尽に素早く動くし、積極的に攻撃を仕掛けてくる。
相手の土俵で戦う大変さがあった。決して舐めていたというわけでもないが、こちらの戦力を考えれば、もう少し楽に狩れると思っていたんだが甘かったようだ。
だが、苦戦したのかと問われたら素直にそうとも答えづらい。
まだ余力があるしな…
いや、相手の気質に助けられた部分もあるか? 戦いに固執しない気質だったら二、三回、矛を交えた後、どっかに行ってしまう可能性もあった。
やってみるまでわからないもんだな… 毎度のことではあるか…
ズズ…
啜りながら物言わぬカイガルを見つめる。
早く狩れて良かったな… 被害が出る前に対処出来てなにより…
それが重要だ。
うまくいったと言えば、レーネが介入してこなかったのは以外だった。てっきり、これ幸いに乱入してくるかと思っていたが、終わりまで何も起こらなかった。
途中から忘れていたぐらいだ。
エイリスがいるから遠慮していると言うことなんだろうか? 一応、他人は巻き込まないみたいなことを言っていたから、それを守っているのかも知れない。
そうなると、このまま依頼の終わりまでは何事もなく過ごしていけることになる。
案外、俺のことはもう忘れて、どっか行ってると言うこともあり得る。
人生、楽しいことは他にいくらでもある。俺のことなんてもう忘れているだろう。
今頃パフェでも食っているんじゃないかな……うん
「そんなわけないわぁ 」
……は?
「うおっ! 」
「なっ… 誰だっ!? 」
いつの間にか俺の隣にレーネが出現していた。俺もエイリスも椅子から飛び退いてレーネから距離を取る。ジュジュも戦闘態勢になっている。
「来ちゃった♡ 」