緊迫している俺達とは対照的に、レーネは遊びに来たような気安さだ。
どう言うつもりなんだろうな…
「ちょっと、あなたとお話がしたくて来たのよぉ 」
わざわざこのタイミングで… 嫌がらせか?
「好きな男の子には意地悪したくなるものなのよぉ 」
小学生か!
しかし、言動はあれだが実力は本物だろう。頭も切れるはず。表面通りに受け取るのは危険だ。何か狙いがあるに違いない。
「裏なんてないわぁ。本当にお話をするだけよぉ 」
信用出来ねぇ… だが、この状況では従わざるを得ないな…
エイリスの目がある。俺から人間に見えるものに戦いを仕掛けるわけにはいかない。
「そうそう… 人間素直が一番よぉ 」
…てか、心を読まれている!?
「読んでないわよ。ただの洞察力… わかりやすいわぁ 」
マジで? 顔に出てた?
「レイン殿… 彼女は知り合いか? 」
俺に気安く話しかけているレーネを見て、エイリスは勘違いをしたようだ。いや、知り合いと言えば知り合い…なのか?
「知り合いどころか恋人なの♡ 」
「なにっ! そうなのか? 」
「違う! 断じて違う! 」
「恋人どころか、昨日始めてあったばかりだ 」
「時間は関係ないわ… 昨日、あんなに激しく交わし合った仲でしょう? 」
「嘘を言うな… ちょっと話しただけだろう」
「ずっ、ずいぶんと手が早いな… まあ、男女の仲はそんなものか? 」
エイリス… 飛躍しすぎだ…
「そんなっ…ちょっとだけなんて… 最後は無理矢理… 」
「むっ、無理矢理!? レイン殿! どういうことだ… 」
嘘は言ってないが嘘だ… 意趣返しのつもりか? 殴りてぇな… いや、ここは我慢だ…
「人聞きの悪いことを… お前は敵だろうが 」
「敵? どういうことだ? 」
「敵だなんて… あのお店ではそんな垣根を越えた時間を過ごしていたじゃない! 二人の心が溶け合う…そんな時間を! 」
ある意味嘘じゃない…… モノは言いようだよな、まったく…
「お店だと? 領内にそんな店が… 」
どんな店だよっ! もういいっ、やめやめっ、幕引きをしよう…
「この女は共和国の人間だそうだ。敵とはっきり言えるか判らないが、敵寄りなのは間違いない。特に俺にとっては、な… 」
「……冗談はこれくらいにした方が良さそうねぇ。そろそろ真面目に話をしようかしら、ブチ切れられる前に… 」
「冗談… 」
「お茶を煎れようか? 飲みながら話すとしよう 」
「いいわねぇ、いただくわぁ 」
「……… 」
引き際を確認し合ったところで、一旦仕切り直す。
レーネに予備の椅子を出し、改めて三人分のお茶を煎れた。テーブルを囲んでの奇妙なティータイムとしゃれ込む。
最初は無言で、味と香りを楽しむ時間が流れる。ゆっくりと話が始まった。
「いい香りねぇ…なかなか良い茶葉を使っているじゃない 」
「わかるか? まあまあいい値段がするやつだ 」
「わかるわ~、ほどよい苦みがいいわねぇ 」
「君たちはいったい、どんな関係なんだ? 随分と馴染んでいるようだが? 」
エイリスからつっこみが入るが、正直答えようがない。
ホントどういう関係なんだろうな? 何を考えているかわからないし…
「魔境で飲むのがオツねぇ… 静かでいいところだわぁ 」
「話があるとか言っていたな… 結局、今ここで話すのか?」
俺の言葉に、チラッとエイリスの方を見てから否定をしてくる。
「あとで場所を変えて、二人っきりで話しましょう。今はこの時間を楽しみたいわ… 」
エイリスがいる場所では話さないということか…
それに、魔境に来たと言うことは人がいないところを狙ってきたと考えられる。本当に、他人を巻き込む気は無いらしい。
今、一息ついたタイミングで接触してきたのは、戦う気がないという意思の表れなんだろうか?
どうやら魔境に入ってから、いや、その前から俺達の行動は見張られていたようだ。見られていたことを感知出来なかったのが悔やまれるな…。
どういう仕組みで監視していたと言うのか? 突然、俺の横に現れたのも謎だ。まったく気がつかなかった。
おそらくは亜空間の応用。亜空間の中から見ていたという可能性が高い。瞬間移動してきたのも、座標を指定して現れたと言った感じかな?
それなりに使用条件は厳しいと思うんだが、どんなもんなのか?
無制限に使えるなら、エストルの野郎も戦いで使っていたはずだ。座標の設定に、それなりに時間がかかると思われる。
攻撃の意思があったなら気がついたはずだろうしな…
「魔境はいいわねぇ。魔物さえ気にしなければ人がいなくて… 」
考えていたらレーネが話しかけてきた。
「お話には打って付けの場所だわぁ…ナイショの話にはねぇ 」
いつの間にか、お茶を飲み干していた。もう一杯飲む? などとは言わない。そろそろ話をしようってことだ。
「そうだな… そろそろいい頃合いか 」
俺もお茶を飲み干して答える。どちらかともなく立ち上がった。
「一人で大丈夫だろうか? 望むなら立ち会うが… 」
俺達の間に流れる不穏な空気を感じ取ったのだろう。エイリスが声をかけてくる。
心配してくれるのは有難いが、状況がどう転ぶかわからないからな…
いない方がやりやすい。レーネも
「いや、エイリスはカイガルを見ていてくれ 」
魔物に
《エイリスが追って来ないように見張っていて 》
一応、ジュジュにもエイリスが持ち場を離れないように頼んでおく。備えあれば憂いなしだ。
状況を整えると、レーネと連れ立って野営地から離れる。
「ちょっと走るぞ 」
「ええ、いいわよぉ 」
途中から走って移動していく。なるべく距離を取っておきたい。話がどうこう言っているが、それで済むとは思えなかった。
「そろそろいいんじゃないかしら? 」
「……そうだな。ここら辺でいいか 」
代わり映えのしない森の中でも開けている場所、カイガルが焼き払ったところで立ち止まる。十メートルぐらい間を開けてレーネと向かい合った。
俺の方は緊張しているが、レーネは楽しそうに見える。俺の方は彼女に用はない。彼女の方から俺にちょっかいをかけている形だ。主導権は向こうにある。認めたくないが。
これから何が起こるのか…
ある程度予想はしているが、何をしてくるのかわからない怖さがある。それは、エストルにも感じていた。しかしながら、レーネの方が一段上だ。
接触してくる方法もそうだが、まず目的がわからない。最初から最後まで茶番だという可能性だってある。
茶と言えば、昨日
この場で、文句の一つも言ってやらねばな…
「お前、昨日あの店で代金を払わずに出ていっただろ? それについてなにかないか? 」
「あら? ごちそうさまって言ったでしょ 」
「同意を取ってからにしてくれ! 俺が気付かなければお前、食い逃げになっていただろう 」
「なってないでしょう? 」
有無を言わさぬ感じでぴしゃりと言い放ってきた。絶対の確信があると言わんばかりの態度だ。これには閉口する以外にない。
「そんなことはもう、どぉでもいいでしょ。過ぎたことにいつまでも
そんなこと… ああ、もういいか…
「あなたにはこれから、わたしのお友達と遊んでもらうわぁ 」
そういえばそんなことを話したな。お友達… 遊び…ね。 嫌な予感しかしねぇ
「はい! 同意が取れたところで紹介するわねぇ 」
同意してないっ!
「黙っているのは賛成とおんなじでーす。それじゃあヴァン・フーちゃ~んっ、いらっしゃ~い 」
謎理論… 懐かしいな、小学生以来だ…
感じ入っている俺を置いてけぼりにして、事態は進んでいく。レーネの隣、何も無い空間に突如として大男が出現した。いや、男と言うには、人間ではあり得ないような特徴を備えている。
全身が、のっぺりとした白色の皮膚で覆われている。筋骨隆々とした体躯は、男のものと言っていい。しかし、股間には性器がぶら下がっているでもなく局部はつるっとしている。
一番人間と遠いのが顔だろうか。唇がなく剥き出しの歯が目に付く。ギョロギョロした目が恐ろしい。凶相と言っていい。頭には髪の毛がなくヘルメットを被っているような形をしていた。
そして、この魔力の感じ… アルゴルだな…
「今からこの子と戦ってもらうわぁ。すっごく強いから、ちゃんと戦わないと死ぬわよぉ 」
「俺と話をしたいんじゃなかったのか? 」
「お話はするわ。拳と拳を交えたおはなし…あなたのために、拳で語り合う舞台を用意したのよぉ 」
漫画じゃああるまいし… んっ、こっちにもあるのか?
「そりゃどうも… 倒してしまってかまわんのだろうな? 」
「もちろんよ… 殺し合うまで殴り合わないと理解し合えない… 男って…バカねっ 」
悲劇のヒロインみたいに…… 楽しんでやがる
「まあいい… やるとしようか 」
“絶雷”を鞘から抜き放ち、極限まで魔力を高めていく。
それを見たレーネがコミカルな動きで横に避けていくと、ヴァン・フーと呼ばれた人型アルゴルが構えを取った。拳法家のような、徒手空拳での戦いを想定した構えだ。
ひょっとして対人戦に特化したヤツなのか…
一筋縄ではいかないような気がする。
判ってはいたけどな…
互いにじりじり接近していく。相手の方が体格はデカいが、刀の分、俺の方がリーチは少し長い。俺の間合いの直前で動きが止まる。
そこから一歩踏み出し、刀を振り抜いた。
#
横一文字に振り抜いた刀を、ヴァン・フーが左腕を縦に突き出して受け止める。刀は皮膚を切り裂くことなく、柔らかさを伴った感触をレインに与えて止められた。
そこから、右の拳がレインに向かって真っ直ぐに突き出されると、体を捻りながら躱していく。その間に刀を戻し、伸びきった右腕を切りつける。
だがそれも、ズムッとした手応えと共に受け止められた。切断をするどころか傷もつかない。
ヴァン・フーは攻勢に出る。前に出ながら二本の腕を駆使して素早い連撃を放つ。突きを主体にしつつ、薙ぐような一撃も織り交ぜてレインを翻弄していく。
繰り出される連撃を、後退しながら刀で捌いていく。時折、身を屈めたり足さばきで躱したりと、正面から受けることは避け、無理なく対処していった。
魔力構成を破壊する拳が直撃すれば防御をしていても致命傷になりかねない。当たるわけにはいかなかった。確実に避けていく。
後退するレインのすぐ後ろに木が迫ると、ヴァン・フーは蹴りを放った。下から斜め上に掬い上げるような、避けにくい軌道の蹴りだ。速く威力も申し分ない。
樹木の魔力を破壊し、おがくずのように粉々に粉砕して切断する。その一撃をレインは上に跳んで躱していた。
直ぐさまヴァン・フーも上に跳び、レインのあとを追う。五指を広げて右手を突き出し、掴みかかろうと迫る。
あわや、右手がレインの足を掴もうとした時、レインは空歩と転水を組み合わせ、高速で回転するように躱した。そのままの勢いで刀を振り、胴体を下から袈裟懸けに斬ろうとする。
ヴァン・フーはすんでの所で、切断され落下しつつあった木を蹴りつけると、回転しながら後ろに跳ぶ。剣閃が空を切った。
距離を取って着地をしたが、そこに空中を飛んできたレインの斬撃が襲いかかる。斬撃を避けられた瞬間に体勢を立て直し、空射加速を使い迫っていた。
振り抜かれる刃は水を纏っている。水撃と共に、ヴァン・フーが防御のために構えた腕へと叩きつけられた。
巨体を吹き飛ばし後退させると、木の幹に背中を打ち付けて止まる。腕にはすっぱりと切り裂かれた痕があった。しかし、そこからの出血はなかった。すぐに塞がってしまう。
対するレインは斬撃が当たった瞬間、魔水に込められていた魔術構成を分解させられていた。それなりの量の魔水を散らされて失う。
―自在操水術式、如水心拠
それでも攻めの姿勢は変えない。ヴァン・フーの後を追って果敢に攻撃を仕掛けていく。
至近距離から水撃を放つ。接触面積を最小限に調整し、失う魔水の量を減らす。流水の勢いを体に乗せ、素早く重い斬撃を絶え間なく放っていく。
反撃の隙はなかった。ヴァン・フーは両腕を盾にして丸まり、耐えることしか出来ない。体中を切り刻まれていく。
だがそれでも、体表を切られるだけに留まっている。内部に骨格を有していたが、斬撃が骨まで達することはなかった。
レインは魔水の消費がある程度に達すると、潮時と見たのか、攻撃をやめて後ろに下がる。
距離を置いて頭の中で有効な攻撃を模索し始めた。