あんまり効いている感じがないな…
多少は魔力を減らせているみたいだが、こんなんじゃあ日が暮れてしまう。
アルゴルも一応、魔力で動いているようだから、理論上は攻撃し続ければ、いつかくたばるはずだ。効率のいい方法を発見する必要がある。
前に倒した時は、一瞬でバラバラにしてやったから、あまり情報が無いんだよな…
切ってやったところはもう、あらかた塞がってしまっている。血が流れないから物質の消費がない。それで魔力の消費もないのか…。
なら、切り取ってみるのがいいんじゃなかろうか?
ただ、そう簡単に切断出来るほど、甘い相手でもない。相手は魔力構成を分解する特性を持っている。
分解されないためにも、魔力圧を高めて高密度を維持する必要がある。なおかつ、威力を出すには物質の量も必要だ。
方法論はいくつもあるんだろうが…
―操雷電化術式、
電子なら量と密度を確保するのに打って付けじゃないだろうか?
―雷神装
さて、試してみるか
#
雷光に包まれたレインの姿を見てヴァン・フーは警戒を強める。レインはその場から動かずに、観察をするように見ているだけで動かない。そこへ、構えを維持しながらじわりじわりと接近していく。
その表情はまったく動かない。平然としているように見える。単に、表情筋が存在していないだけのことではあるが、あったところでどうなるか分かるものではない。
アルゴルに感情と呼べるモノがあるのか、
人型をしていて判断能力があり、自分の意思で動いているように見えるが、そう見えると言うだけなのかも知れない。
やがてヴァン・フーの間合いに入る。それでも、レインは仕掛けてこなかった。
数拍の間の
レインはほんの少し上体を反らして躱した。最小限の動きで、薄紙数枚の精密さで避ける。
そこから
初撃と同様、紙一重で躱していった。自分からは攻撃を仕掛けず、避けることに専念している。刀で受け流すでもなく、ただただ避ける。粒子加速を利用して、空中を踊るように動き続ける。
避けるだけかと思われたが、突如として、レインの動きが変わった。様子見は終わったと言わんばかりに、今度は一変して、ヴァン・フーの攻撃を受けて防ぐ
繰り出される拳を腕で受ける。放たれる蹴りに対し、蹴りで応戦する。刀を右手に持ちながらも、それを使うことなく正面から打ち合っていく。
魔力構成を分解する力に、高圧高密度の魔術で対抗していた。更には、身体能力の差を魔術で補い、凌駕する戦いを見せる。
やがて、防御出来ていることに満足したのか、戦いを次の段階へと進めていく。防ぐ技術が回を重ねるごとに向上していき、攻撃の挙動そのものを潰す試みを行う。
拳が繰り出される前に蹴りで足を掬い上げ、体勢を崩す。蹴りが来る前に内側に入り込み、体幹を肘で打ち付け吹き飛ばす。動作のより中心に近い場所を狙うことで、効率よく潰していけると理解する。
それからは回避、受け、去なしを組み合わせ、相手の攻撃を捌いていった。
そして…
―雷光斬
繰り出された拳を、円を描くように躱し、伸びきった腕に対し斬撃を放った。電光を纏う刀身が腕をすっぱりと両断する。
二の腕から大きく切断された腕が、ドサリと音を立てて地面に落下した。
#
さて、ここからどうなるか?
腕を切断してやって魔石から切り離した。普通の生き物ならこの後、腕を拾って切断面でくっつけて直すところだ。
果たして…
ヴァン・フーのヤツは落下した腕を拾おうとはしなかった。
再生出来ないんだろうか?
疑問に思いながら見ていたら、切断された腕から白い煙が上がる。煙を上げ続けながらグズグズと崩壊していった。
前に見た現象と同じだな…
あれは行動不能にならなくても起きるようだ。
魔力崩壊現象と似たような感じ…。おそらくは同じだと思うんだが、調べるのは難しいか?
ヴァン・フーに目を移せば、ヤツは魔力を練り上げていった。同時に、口から大量の空気を吸い込む。
すると徐々に、腕が伸びていくように再生されていった。傷口からも空気を取り込んでいるようで、歪な気流が生じている。
ものの十数秒で腕が再生されてしまった。だが、完全に元に戻ったようでいて違う。
魔力がごっそりと抜けたような感じがある。再生にはかなりの魔力を要するみたいだ。
これは、体の端々を切り取っていけば、いつか魔力切れを起こして行動不能になる…そう考えて良さそうだな…
さて… それがわかったところで次はどう
「オイッ オマエッ 」
……えっ、…こいつ、しゃべれたのか
今まで、一言もしゃべらなかったから、てっきりそう言うヤツかと思っていたんだが… 違うのかよ
「レーネ様ハ、殴リ合イヲスルヨウニ言ッテイタダロウ… 男ナラ素手デ来イ、素手デ… 」
唇がないせいか、ちょっとたどたどしいというか、硬い発音だが、しっかりと聞き取れる。
やっぱしゃべっているな…
そして、妙に人間くさい物言いだ。ただのプログラムなのか、本当に感情や考えがあるのか… わからん。しかし、最初から言えって感じの内容だな。
不利になってから言うと、情けなく見えるぞぅ
しかし、そういえば、まあ、アルゴルに男とか女とか関係あるのか? レーネが女っぽい見た目だから、何かしらがあるのかも知れないが…
「オイッ ドウナンダ? 」
考えていたら催促が来てしまった… どうするか?
「別に従う必要はないんだがな… だが、まあいいだろう。付き合ってやる 」
チラッとレーネをうかがうと、何を考えているかわからない微笑を浮かべていた。
本当に何を考えているんだか…
後で何かを言ってきそうな予感がする。一応、話に乗ることにした。
「魔術モナシダ…術ヲ解ケッ! 」
ええっ……注文が多いな…
雷神装なしどころか魔術全てを封じたら流石に勝てそうにない。しかし、その条件なら試したいこともある。
流れ的には悪くないか…
「ヨシッ ソレデハヤルトシヨウカ 」
急にやる気だな… 調子いいヤツ…
「まあ、慌てるな… まだ準備がある 」
エストルの時に使えなかったあれを、今ここで使うとしよう。
「着装…
亜空間から呼び出し、今着ている狩着や、身につけている装備一式と交換する。ピッタリと体を覆う感触に全身が包まれた。
「装着…完了 」
#
一瞬の内、頭の先からつま先まで、全身が黒い衣装で包まれた姿が現れる。
その鎧は、体型がはっきりと顕わになる一体性を持つ。高度な柔軟性と強靱性を持つ外骨格で全身を覆う構造になっている。目の部分だけが露出していて、人間と言うより、人型の魔物と言った外観だった。
トリオス王国北部大森林での戦いで黒竜から得た素材を加工して作られ、高次元の魔力格を有する。ただ立っているだけで、見るものを圧倒する魔力を吹きだしていた。
ヴァン・フーは、突然現れたその存在に圧倒される。自分でも気がつかない内に足が一歩後ろに下がっていた。
「バッ、バカナッ……コンナコトガ… 」
レインは黒竜仙甲に自身の魔力を流し、制御下に置くと、魔力の放出を押さえ込む。少々手間取ったが、圧を押さえ込み、気配を遮断することに成功した。
レインからの圧がなくなり、ヴァン・フーはようやく落ち着きを取り戻した。しかし、そのことに気付くと内心で動揺する。
(ホッとしているだと? このヴァン・フーが!? )
先ほどまでも、劣勢に立たされてはいたが、やり方次第で互角に持ち込めると見積もっていた。だが、目の前の相手は強さの次元が違うように写る。どうやっても勝てる道筋が見えない。
そんな相手を尻目に、レインはあくまで自然体を貫く。動揺している相手に落ち着いて話しかける。
「ちょっと反則臭いけどいいだろう? ここまでする機会もなかなかないしな… 試させてくれよ 」
「ナルホド… 御互イ相手ニトッテ不足ハナイ…ト言ッタ所ダナ。全力デ、御相手シヨウ 」
ヴァン・フー自身も全力で戦う機会など、ほとんど経験したことがなかった。レインの言い分も理解出来る。挑戦者として戦う覚悟が決まると、むしろ胸が高鳴るような感覚があった。
互いに構えを取る。すぐにヴァン・フーから動き出した。真っ直ぐ飛びかかると、右拳に勢いを乗せ全力で突き出す。
レインは避けようともしなかった。胸部目がけて拳が突き刺さり吹き飛ばされていく。それを追いかけて走り、追いつくと、かかと落としを喰らわせ地面にめり込ませる。
その上から、怒濤の連撃を叩きつけていく。地面に横たわるレインに、拳が何度となく打ち付けられていった。しかし、ヴァン・フーは手応えを感じられなかった。
黒い装甲で攻撃を受け止められている。魔力が浸透していかず、表面で遮断されているような感触があった。
それでも攻撃を続けていく。自分の拳も、相手の鎧も、どこまで耐えられるか試してみたい気持ちがあった。
一方的に殴り続け、数十秒が経過した時、振り下ろされた拳が正面から掴まれる。レインは軽々と止めて見せた。攻撃に耐えられなくなったと言うより、無駄だからやめろと言わんばかりの軽い動作だ。
レインが徐々に力を込めて握っていくと、拳はミシミシと音を立てる。握りつぶされることを恐れ、ヴァン・フーは手を振りほどき、後ろに跳んで距離を取った。
レインはゆっくりと起き上がる。そのまま無造作に前へと歩き出し、相手に接近していった。
レインが接近してくる間、どのように攻撃するかを考えていく。このまま同じように打撃を続けても意味は無い。有効な手段を見い出す必要があった。
そして…
(ならば、次は関節技を仕掛ける )
そう決めると直ぐさま行動に移る。地を這うように素早く距離を詰めると、相手の右手を取って飛び上がり、両足を腕や肩に絡ませる。地面に引き倒し、腕ひしぎを決めてやろうと後ろへ一気に体重をかけた。
だが、レインは微動だにしなかった。軽く力を込めただけで相手の重さや勢いを受け止め体勢を維持する。
しかし、ヴァン・フーもそこまでは想定していた。かまわず、関節を逆方向に折り曲げてやろうと魔力を練り上げて全身に力を込めていく。関節が僅かにしなる感触が伝わってくる。
手応えを感じた。そのまま折り曲げようと、さらに力を込める。だが、それ以上進むことはなかった。
逆にレインの力によって少しずつ正式な方向へと曲げられていく。そこからレインは腕に魔力を込め、ヴァン・フーの体を地面へと叩きつけた。
腕が体にめり込んでいき、魔力を削り取っていく。
だが、ヴァン・フーもそこで終わるような手合いではなかった。
(グゥッ… まだだッ )
背中で地面を削りながら、レインの腕を中心に回転する。体を密着させながら踊るように背後へと回った。腕を首に回すと反対側の手で取って、体に引き寄せるように締め上げていく。
首を絞めることにより血流を阻害して脳機能を低下させる狙いがあった。魔力の流れを阻害すれば恒常性が保たれにくくなる。脳が判断を鈍らせれば魔石も能力を発揮出来なくなり抵抗は弱まる。いずれは死に至るだろう。
もしも、首を絞めることが出来たならば…
力を込めて締めていくが、首が絞まっている感触がない。圧力に耐え形を保っていた。感じられる魔力も正常なもので、ゆらぎがない。
鋼鉄の固まりを抱きしめている様に感じられた。
レインはこの状態に飽きたのか、首に掛かっている腕に手を伸ばそうとする。腕を掴んで引き剥がそうという気なのだろう。
再び、腕を切断されることを懸念したヴァン・フーは、拘束を解くと一旦距離を開けた。
どのようにすれば攻撃を通すことが出来るのか考えていく。いや、考えるまでもなかったのかも知れない。
(あれを使うか… )
少し迷った末の決断だった。
魔力を練り上げ高めていくと、その性質が変化していく。見た目に変化はない。しかし、完全に変化が終わると、より一層、
ちらっとレーネの様子をうかがうと、相変わらず、面白そうに微笑を浮かべているだけだった。どうやら止める気は無いらしい。
上からの許可も出て心置きなくやれる。ヴァン・フーはこれからの戦いに胸を躍らせていた。
#
目の前でヴァン・フーの魔力に変化が表れていく。これは前にも感じたことがある。
魔石に刻まれた情報を破壊するモードだろう。再生不可能にする攻撃を放ってくると言うのか?
切断は三度喰らったことがある。一度目は“月影”を切られた。二度目は“絶雷”を。三度目は俺の腕だ。武器の場合は、容易く破壊されるに留まっていた。腕の場合は再生出来なくなったが…。
打撃だとどうなるんだ?
おそらく、欠損しない限りは、回復しにくくなる程度で済むんだろうが、魔力構成に対する破壊力が段違いになるんだろう。
まともに食らうと、マズいかもわからんね。特に、同じ場所に二回喰らうのは厳しいんじゃないか?
魔力視で波長を合わせて見ると、全身から禍々しい緑色のオーラを放っている姿が確認出来た。
恐いねぇ…
しかし、黒竜仙甲の性能を試す絶好の機会でもある。俺は今以上に魔力を込めていく。
おおっ、すんなり入っていくっ!
魔力を込めれば込めるだけ強化されていくような感覚があった。無限に吸収していきそうな底知れなさを感じる。
だが、強化しすぎると俺自身がついて行けない。三割ぐらいで抑えておくか…
俺の準備が整うと、むこうもやる気になったようだ。重心を前に出していつでも仕掛けられる構えを取る。
こいよ…
心の中で呟くと、それが伝わったのか、ヴァン・フーが俺に向かって飛びかかってきた。
#
以前より速い動きでレインに肉薄すると、下から掬い上げるように右拳を振り抜き、顎下を狙う。
レインは腕を払うようにして横から当てて軌道を逸らす。反対側の拳を突き出し相手の胸を狙った。
対して腕を盾にして防ぎ、逆の手で顔面に殴りかかった。
拳を正面から頭突きで受け止めると、それを皮切りに、至近距離から怒濤の殴り合いが始まる。
互いに避けることなく、打撃を打撃で防いでいく。拳と拳が正面からぶつかり合う。
衝突時に生まれる魔力衝撃波がアルゴルの力で中和される。壮絶なぶつかり合いに見えて、周囲は穏やかなものだった。
しかし、レインが出力を上げていく。中和しきれなくなり、徐々に衝撃波が空間を伝わり、森を揺らしていく。
やがて、ヴァン・フーの肉体は力の上昇についてこれなくなった。突き合わせている拳が限界を迎え、衝突させるごとにべきべきと音を鳴らす。
骨が砕ける音だ。
回復術で治しながら続けようとしたが、焼け石に水だった。すぐにも、ほころびが生じ拳がひしゃげていく。
完全に限界を悟り、地面を蹴って後ろに下がった。
レインが追いかけて前に出ると、ヴァン・フーの蹴りが斜め下から脇腹を狙うように放たれる。
魔力を込めて肘で受け止める。ゴキッと鈍い音がして、足はあらぬ方向に折れ曲がった。
痛覚が存在しないのか、うろたえることはない。だが、片足で立ち、砕けた拳を力なく下げる姿は、自身の敗北を認めているようだった。
しかし、背筋を伸ばしてレインと向き合う堂々たる態度にも見える。
力を尽くし、最後まで戦い抜いた戦士の姿がそこに在った。