前を走るセリアさんの後ろを走っていく。全力で走られたらおいて行かれかねないので、余裕を持って進んでいくとの提案は正直ありがたかった。少々、情けなくもあるが。
まだ、十分に
走る後ろ姿を眺めながら、ふと後ろを走る俺に
走る足下を注意して視ると、どうやら土魔術を精密にコントロールして力を伝え
俺も真似をしてみる。はじめはうまくいかなかった。戦闘中には地面のへこみなど気にせず、機動性重視で魔力を使っていた。しかし、これはだいぶ勝手が違う。
踏み込む力に合わせて地面がへこまないように魔力で堅くしつつ
しばらく悪戦苦闘をしていると徐々に慣れてきた。
こちらが慣れてきたのが伝わったのだろうか。セリアさんはスピードを上げだした。俺も遅れまいとスピードを上げる。
ひょっとして俺に合わせて速度を調整してくれているのだろうか?
おそらくそうなのだろう。俺の
午前中いっぱい走り続けるとだいぶ疲労がたまってきた。呼吸が少々荒くなり、魔力の構成が乱れてきている。集中力が切れてきているのだろう。
いい加減、休息をしたくなってきた。
地面に近い位置に落ちていた視線をセリアさんの背中の位置まで上げると、視界の中に町とおぼしき影が映り込む。時間はちょうど昼食にいい頃合いだろう。
あの町で
負けられん…
謎の対抗意識を燃やした俺は全力でそれについて行く。あわよくば抜いてみようかと思い速度を上げたりもしたがとうとう追い抜くことは出来なかった。
町が近づいてくるとセリアさんはスピードを落としていく。俺もそれに習ってスピードを落とす。
こうして他人と連れだって行動すると、この世界の魔石を持つ生き物は魔力の波動を通した意思疎通をしていると言うことがわかってくる。
最初に遭遇した狼の群れは特に鳴き声を掛けることなく連携を行っていた。サリュー達、狩人もお互いに声を掛けることなく見事に連携を取っていた。おそらくだが狩人達の流儀から考えるとあれで初めて組んだパーティーだろう。
同種の生き物であれば魔石を介して漠然とした意思疎通が可能になるのかもしれない。
近づいてくると町の様子が見えてきた。
外観はリルゴとあまり変わらない。グルッと高い城壁で囲まれた構造をしている。城壁から距離を置いて農地が広がっているのが遠目からでもよくわかった。
これが基本的な設計なんだろうか…?
城門の手前まで行くと門から横にそれて、立ち止まって息を整える。振り返ってこちらを見るセリアさんはうっすらと汗をかいているようだが呼吸の乱れとかは感じない。
対してこちらは玉のような汗をかき、結構激しく呼吸している。
こちらの息が整うのを待ってくれているのか先を
ストレッチをしている俺に興味深そうな視線が
「こちらではストレッチはしないのか? 」
無言の視線に耐えきれなくなった俺は聞いてみることにした。
「ストレッチというのか…それはなんのために行うんだ? 」
逆に質問が飛んできた。ストレッチというものはこちらの世界にはないらしい。
考えてみれば当然か…
魔石の復元力でほっといてもいい感じの状態になりそうな気がする。とはいえ筋肉を伸ばす感覚は気持ちがいいものがあると思うのだが。
「運動後にこれを行うことで疲労回復や肉体の柔軟性を向上させることが期待できる…らしい… 」
説明している途中でこっちの人間に効果があるのか自信が無くなってきた。ある程度はあると思うんだけどな… イワシの頭も信心からって言うよ? 続けることに意味がある。そう思いたい。
「ふむ…そうなのか 」
半信半疑と言った様子だがおもむろに見よう見まねでストレッチを行う。効果があるといいな。なんかドキドキする。嫌な汗が出てきそうだ。
「これはなかなか心地いいな。筋肉に適度な刺激がある 」
そう言ってもらえると心が軽くなる。この世界に無意味なものを流行らせてしまわないように気をつけなければならんね。
「ひょっとしてこれがこの
すぐに誤解が広がっていきそうな方向に走ろうとするな…軌道修正しなければ。
「いや、それとは別だ。これは単に体がほぐれるだけでしかない 」
コンディションが整ったのでセリアさんから城壁に沿って離れて“
「結構きれい好きなんだな。先に言うべきだったが、この町は昼食と休憩を取ったらすぐに後にする。またすぐに汚れることになるぞ 」
「問題ない。汗が少し気持ち悪かっただけだ 」
「そうか、では町に入るとしよう 」
連れだって町に入ると俺たちが入って来た北の城門から南の城門まで貫く大通りを歩いて行く。この大通りはリルゴの町よりも広く、馬車なんかが通る車道と歩道が分けられている。
何でもこのパルザムの町は北部辺境への玄関口という位置づけらしい。ここから南側への道はそれなりに整備が進んでいるそうだ。歩きながらセリアさんから聞いた。
昼食を取るべく店を探しながら歩いていると道に面しているところにテーブルや椅子が並ぶ、オープンカフェのようなレストランがあったのでそこで食事をすることになった。外に面しているので旅人でもそのまま入りやすい。
席を取りウェイターが持ってきたメニューに目を通す。リルゴの町とあまり変わらないメニューが並ぶ。そこまで気候が変わらないからだろうか。
ただ、こちらの方がメニューが充実していると言うか流通の関係からだろうか、ハーブやスパイスに関する記述がやや多いような印象だ。とりあえず鶏肉を挟んだサンドウィッチを注文する。
飲み物は水でいいかと思ったがこちらは水も有料のようでそれも注文しなければならない。
水を注文しようとするとセリアから待ったがかかった。
「せっかくだからギートを試してみたらどうだ? 」
「ギート? ギートとは何だろうか? 」
百科事典にも載っていなかった。割と新しめなものなんだろうか?
「
ひょっとしてコーヒーのようなものか? こちらにもあるなら是非とも飲んでみたいな。
「では、それにしよう 」
注文を済ませると料理を待つ間に雑談が始まる。
「予定より早くこの町に着くことができたな… ずいぶんと短時間に魔力の扱いがうまくなったものだ。正直驚いている 」
会話はセリアさんの方から始まった。自分の能力についてはなんとも答えづらい。普通の人間と違う部分が多すぎる。
「見よう見まねというやつだ。セリアのやり方を視ながら自分のものに出来ないか試行錯誤を重ねた結果だ。上達が早いのはセリアのおかげだ 」
女性を
「意外におだてるのがうまいな。まあ、悪い気はしない 」
どうやら成功したようだ。家族に感謝だ。
今度はこちらから会話を投げる。
「ああ、そうだ。この国の治安について聞いていいか? 道中で盗賊とかが出るような危険な場所は会ったりするのだろうか? 」
「この国…というか帝国系の国は基本的に治安はいいな。この国については騎士団や衛兵団、自警団などの治安組織も強固だ
何より魔境に潜むことができるぐらいに腕が立つなら何らかの方法で合法的に生計を立てることが出来る。盗賊なんて出ない 」
治安はいいのか…問題は人間より魔物か
「なるほど。それなら安心だな。魔物の脅威はあるだろうが人と戦う心配はなさそうだ。ところで帝国系の国とはなんだろうか? 」
「大陸北部中央に位置している帝国から西側の国々を指す言葉だな。そのすべての国が建国に帝国の支援を受けていて帝国と友好関係にある。この国も帝国系に属する 」
「そうなのか? では戦争なんかは起きないようだな 」
「昔は帝国系の間でも小競り合いくらいはあったようだが今はそれもないな。貿易協定があり流通も盛んで、相互人材交流も行われている
帝国系じゃない国とは、とくに山脈を越えて東側に位置するオルドア共和国とは緊張状態にあるが戦争をするほどではないな 」
治安が良くて戦争もない。人間と戦う必要がなさそうなのはいい。
「平和がなによりだ 」
話の区切りがいいところでちょうど料理が運ばれてくる。例のギートと言う飲み物がテーブルに置かれる。手前に引き寄せて色や香りを良く確認する。
カップの中は漆黒の液体で満たされコーヒーに見える。香ばしいにおいを放っており、香りもコーヒーそのもののように感じる。ミルクと砂糖が一緒についてきたので入れようとするとセリアさんがそれを遮ってきた。
「ちょっと待った。まずは何も入れずに飲んでみるといい 」
表情を確認するととくに感情が読み取れるような変化は見られなかったが、言葉にいたずらめいた調子が含まれていると感じた。こちらも表情を変えずにカップに口を付ける。
「苦いな…だがコクのようなものを感じる 」
こちらはコーヒーの味を知っている。とくに取り乱すことなく味の感想を言う。
「ほう。その苦さに耐えられるとはな 」
セリアさんは平然とコーヒーを口にした俺に素直に感心している。しかし、
苦さに驚いて取り乱す演技をしようかとも思ったが、演技をしようものならばれて
期待に添えなくてすまないな…
「ひょっとしてお前の国にもギートと同じものがあるのか? 」
「…いや。こんなに黒い飲み物はないな。たが、緑の茶葉を粉末状に砕いてお湯で溶かした飲み物はある。深い緑色で苦い飲み物だ。それに慣れているから苦い味はそれなりに大丈夫だ 」
言いながら俺は芸人とかが罰ゲームで飲むセンブリ茶をなぜが思い出していた。思わず笑いそうになるが無理矢理こらえる。だが、セリアには伝わってしまったようだ。
「からかってやろうとしたことがばれてしまったようだな。一本取られたのは私の方だったか 」
何がおかしかったのか、カラカラと笑う姿に意外なものを視た気分になる。あまり感情を表に出さないタイプかと思ったが思い違いだったようだ。
もっといろいろな表情を見たくなるな…
「それでは食べることにしよう 」
「ああ、そうだな 」
話を打ち切って食事を済ませることにする。
コーヒーにミルクと砂糖を少々入れて混ぜて溶かす。一口飲んで口の中を潤してからサンドイッチを頬張った。
ゆでた鶏肉を粗めにほぐしたものにソースが絡めてある。ソースはスパイスのピリッとした風味がする。ソースに混ざる野菜の酢漬けを刻んだものが酸味とカリッとした歯ごたえを加えていた。
噛みしめながら食べていると、通りを北に向かって馬車が走っていく。馬の首にはリルゴの町で会ったネズミやイタチの首についていた首輪と同じものが付けられていた。
あの馬も魔物のようだな
魔力が感じられるし、何より御者台にいるテイマーと魔術で意思疎通を行っているようだった。そこから受ける穏やかな感じは魔物であるとは思えない。
野生種ではなくて品種改良されたものかもしれない。サラブレッドのようなやつ。サラブレッドは気性が荒いか…。
食べ終わって少し休憩すると会計を済ませる。支払いは全額セリア持ちだった。
「ごちそうさま 」
何度目がわからない礼を言う。借りがどんどんたまっていってる気がするがこの際だから借りれるだけ借りておこうと思う。
踏み倒すことにはならないだろう。返す当てはあるのだ。