(別視点)
その日、狩猟者のジスタは日が暮れる前に木の上に張った
獲物の痕跡を追跡して行動習慣を把握し、いよいよ明日から獲物と
(うまくいけば寝込みを襲えるかもしれないな。いつもより楽な狩りになるといいが… )
巨木の上に枝を通して板を張り、その上に野営幕を設営している。中では簡単な調理が出来るようにしていた。
ちょうど腹も空いてきたので夕食を作り始めていく。
燃えにくい板を敷き上に簡易
持ち込んだ芋の皮をむいて一口大に切り、それも鍋に入れる。干し肉を取りだし、細かく千切って鍋の中に入れると
煮込んでいる間に別の作業をしていく。
これであらかた準備は整う。次の作業へと入る前に洗い物に片付けに入る。
布を水で濡らすと、もう使用しない器具を拭いていく。水で濡らしただけの布だが面白いようにきれいになっていった。一度軽く
布がきれいになると再び水を含ませて作業を続ける。最後に手を拭いて布を洗浄する。
その洗浄力と利便性に満足したのか自然と笑みがこぼれていた。
(恥を忍んでこの魔術を習得した甲斐があったな )
主婦とか飲食店の従業員が通うような魔術教室にいき習得したのだが、その時、男性の受講者は少なかった。大抵そのようなものらしい。その男性の受講者も多くは飲食関係の人間であり、ジスタのような狩猟者は男性の中でも浮いていた。
ひとよりも習得までの期間が短かったのは狩猟生活で鍛えられているだけではなく、居心地が悪くなるべく早く状況から抜け出したかったからであった。
お湯が煮立ってくると紙で包まれた固形出汁を鍋に入れてかき混ぜる。完全に溶けて再び煮立ってくるとしばらく置いて芋の堅さを確認する。火が通っているようだ。
仕上げに塩と胡椒を入れて味を整えると小麦を練ったものを入れる。それに十分に火が通ったところで鍋から直接食べ始めた。
食事を終えるとまた水魔術で使用した器具をきれいにしていく。大抵の狩猟者は狩猟中は食事を干し肉などの携帯食で済ませることが多いがジスタは食にこだわりがあった。狩猟中でもできる限りしっかりした食事をすることにしている。
(きのこはもう少し浅く煮るべきだったか…まあ、狭い野営幕の中で贅沢は言えないか )
付けていた
その時、急に不安感に襲われる。即座に
(……なんだ? 胸騒ぎがする )
目を閉じて神経を研ぎ澄ませ、違和感の元凶を探ろうとする。
(…静かすぎる )
鳥の声も虫の音も聞こえないことに気づき危機の
するとテントの周囲に張り巡らせていた
(-ッ! 左っ!)
普通ではない音の鳴り方に敵の攻撃を確信し回避を判断する。右足に取り付けた短刀を取るとテントを切り裂く。切れ目から外に脱出しようとすると反対側から張幕を突き破って鋭いものが飛び出してきた。
「ぐぁっ!」
脱出するより速く左の脇腹に何かが突き刺さる。襲いかかってきた何かは野営幕ごとジスタを落下させる。
野営幕は落下の途中で張縄に吊られて止まり、短刀で付けた切れ目から拠点の
手に持った刃物を投げ捨てながら魔力で脇腹の出血を止め、地面との激突に備えて防御の魔力を練っていく。
地面に背中を打ち付けると、その反動を利用して転がりながら立ち上がり駆ける。傷の影響かいつもより鈍い体に鞭打って必死に走っていった。
(上にいる… )
気配は感じないが体にねっとりと絡みつくような視線と圧を感じる。出血で呼吸が乱れるが生き残るために苦痛を押しやり足を動かす。
ジスタは
目的の場所の手前に来ると足に特段の魔力を込めて
何かが足をかすめるがなんとか躱すことができた。灌木の
その先にある地面に入った亀裂のようなくぼみに文字通り転がり込むと、息を殺して周辺の気配を探る。
まだ相手は諦めていないようだ。視線も圧も消えてはいない。
ジスタは仰向けの姿勢から首に掛けた信号笛を胸元から取り出すと、全力で危険信号を鳴らす。
範囲内に他の狩人がいれば連鎖的に信号を鳴らして全員避難することができるだろう。そうすればギルドが捜索に動くはずだ。他人の安全を確保することが自分の安全につながる。
冷静に考えて行動すると気分が落ち着いてきた。脇腹の傷が熱を持って痛み出す。
先ほどの攻撃は避け切れていなかったようだ。左足をやや深めに切られていることに気づく。出血はもう収まっているようだが痛みはまだある。
敵からの追撃はまだない。こちらの大体の位置はわかっているのかもしれないが特定まではされていないようだ。
(傷を回復したいところだがそれをやれば相手に位置を特定されるだろうな… )
特定されればおそらく
(あまり考えている時間はなさそうだ。もうアレを使うしかないか… )
背嚢を最小の動きで外して腹側に持ってくると、中から厳重に紙のような帯でくるまれた球体を取り出す。そこから短いひもが伸び、末端に金属の輪がついていた。右手で球体を持ち、左手の人差し指を輪に掛ける。
(これが効いてくれる相手だといいが… )
数瞬、
―シュウゥゥゥ…
やがて球体から微かに空気が吹き出すような音がしてくる。徐々に内側から膨れ上がっていくと圧力に耐えきれなくなったのか爆発した。
周囲に液体がまき散らされあたりに異様な臭気が立ちこめていく。
魔物除けの
これを使用すると大抵の魔物は逃げていくが、場合によっては行動範囲が数ヶ月に渡って変化してしまい狩りに支障が出る。
それ
ジスタはこれを使用するのは初めてだった。
出血と痛みでふらつく意識に悪臭が襲いかかり徐々に意識を手放していく。薄れゆく意識の中、生きて意識を取り戻せることを祈っていた。
◇
(賭けには勝てたみたいだな… )
空腹を感じて腹の上にのせた背嚢から非常食を探して取り出すが魔物除けのにおいをぶり返して感じると食欲が失せてしまう。食べることを諦めて窪地から出ることにする。
(人体に影響ないって話だが本当か? )
端に行くにつれて浅くなる地形をしていた。出るのは容易だ。歩きながら昨日襲ってきた魔物について考えていく。
(襲ってきたのは夜、午後十時ぐらいか…今は気配を感じない。夜行性の生き物だとは思うが…。日が出ているうち、臭いが消えないうちに拠点まで戻りたいな… )
気絶していただけでは体力の回復が心許ない。それでもジスタは疲労を無視して進んでいく。生還を目指すその足取りは重くとも弱さを感じさせるものではなかった。
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次の日、いつも通りに修練場に来ると、いつもと異なりオードさんはすでにそこにいた。
先にいるのは珍しいな。ちょうどいい任務があったのかな…
「同行するにはいい任務が昨日舞い込んできたんでな。今からすぐに向かうことになる。詳しい話は現地でするが、軽く説明すると王都から西にいくぶんか行ったところに狩猟ギルドが管轄する魔境があるんだがそこで異変が起こった。そこの調査に行くことになったってわけだ 」
予想通りか。なんにせよ早いにこしたことはない。
「着替えは持ってきているみたいだな 」
俺の背負っている背嚢を見て判断する。
「それじゃあ早速行くとしよう。ついてきてくれ 」
オードさんはギルドの外に出ると通りを走り出した。俺はその後について走って行く。
この世界ではこういう風に移動するのが普通なのかね…