魔力は最大まで回復したが夜が明けるのを待ってから行動することにした。なにかに襲われたときは暗視より通常視界の方が戦いやすいと判断したためだ。
土から
途中で方向を確認しようと首を伸ばそうとした…が伸びない。
…改修前の感覚が抜けてないな。今度の体は骨格があるから首を伸ばすことができない。
どうするか少し考え、コアの周りの土を頭蓋骨の中から抜き出すように伸ばしていく。
方角を確認しつつ進んでいくと山の麓に着いた。ゴツゴツした岩が多く背の高い木は生えていない。そこかしこに草が生えている。高さは
岩に魔力を流してみる。なかなか浸透していかなかった。出力を上げてみると表面にある程度魔力が浸透したので亜空間に引き込んでみる。
分析を試みた結果、多少鉄を含んでいるようだが少なすぎる。外れかとも思ったがとりあえずは山を探索してみることにした。山の上から周辺の地形を確認してみたい。
岩から岩へ飛び移るように移動する。傾斜はなだらかだが不規則に岩が乱立して歩きにくい。この体は疲れを感じることはないがいつの間にか魔力が減少しているかもしれない。魔力残量を確認しつつ進んだ。
ところどころ岩のくぼみに土が溜まって狭い平地になっていて草が一面に茂っていた。ときどきそういった場所で魔力を回復させて900台を保ちつつ進む。
周囲を警戒していると草が噛みちぎられているような
警戒して岩陰に隠れながら進む。山の中腹まで来るとある程度遠くまで見渡せるようになった。遠くには高く連なる山脈が見える。反対側をみるとそう遠くない位置に海が見えた。海の近くには平地が広がっているようだ。
人が住んでいるならそちら側か。人になりすます方法を身につければいってみたい。まだ見ぬ希望に胸を
岩の間、一際大きな円形に近い草の平地、その中央にたたずむように鹿がいた。ニホンジカより毛が長めで灰色がかった青色をしている。体高はこちらと同じぐらいの170センチメートルほど。かなりでかい印象だ。
もふもふしている外見は一見かわいらしいが頭部に凶悪なものがついている。両手を広げた幅ぐらいまで広がる複雑に枝分かれした角は金属のような光沢を放っていた。
なによりこちらを見る目には隠しようもない敵意がみなぎっていて、魔力視で見る魔力は威圧するように揺らめいている。どうやらこちらを待ち構えていたらしい。
この世界の流儀に慣れつつある俺は、やってやるよとばかりにヤツの目の前へと岩の上から飛び降りる。
全身に軽く魔力をまとわせて
しばらくにらみ合った後、俺は一気に正面から接近していく。爪を出して首を狙う。それをのけぞって躱した鹿は前足でけりを放ってきた。
身をかがめながら前進して
相手の体をフィールドの縁にある岩まで吹き飛ばした。当たる瞬間に全魔力の10パーセントほどを込めた蹴りだ。岩に衝突した鹿はよろめきながらもすぐに立ち上がりこちらに向き直る。
いい感じに動けている。気分が高揚して試合の感覚を思い出してきたな…
立ち上がった鹿は腹部に魔力を込めて回復しようとするがその隙を逃す手はない。再び接近して拳を繰り出す。
高位ランカーを舐めるなっ!
すると突然腹部に集まっていた魔力が移動して首や角に浸透する。前進しながら首を振ってこちらにカウンターを合わせようとしてきた。
それを読んでいた俺はバックステップで躱して角を
鹿はしばらく首を左右上下に振ったり体を左右に振ったり飛び跳ねたりと必死に俺を排除しようとする。対して俺は魔力を制御して体の表面の土を柔らかくして接着と衝撃吸収を行う。
容易に振り落とせないとみるや周囲を囲む岩壁に走り出して体の側面を岩肌にぶつけるように体当たりをしてきた。上に乗っている俺は岩に激突するが全身に魔力を込めて襲い来る衝撃に対抗する。
さらに再び走り出してこちらを岩にぶち当てようとしてくるが角を持って鹿の首を
これで真っ直ぐに走れまい!
首を捻られた鹿はこちらの
このまま首をへし折ってやる…
そう思い、腕と足に込める魔力を上げようとする。だが、直前、鹿に異変が起こった。
全身が青白く、淡く光る。ふさふさの毛が逆立ち、角がまばゆく光り始めた。角を握っていた指の腹が焦げ出して煙を上げる。
まずいっ!
とっさに角を離し背中を蹴って空中に逃れた。
その瞬間、枝分かれした角の先端から稲妻がほとばしる。
空中で身をひねって距離を稼ぎそのまま地面を転がって逃げた。稲妻は鹿の周辺一帯に落ち、地面が爆ぜる。直撃していたらどうなっていただろう?
俺は目の前で起きた現象を見て驚愕と感動を覚える。
魔力でこんなことができるのかっ!
その光景に一瞬目を奪われた。それが大きな隙になった。こちらへ突進してきた鹿への反応が遅れる。
速いっ!
咄嗟に横に転がる。それしか出来なかった。
雷光をまとった鹿からいままでにない魔力量を感じた。異様な速さだ。さらには交差する瞬間、周囲に稲妻を放出していた。躱しきれずに足や腕に電撃を食らう。
直撃部の表面がはじけ電流が全身を駆け巡る。こちらが込めている魔力を押しのけるように相手の魔力が体内を伝ってきた。コアにまで電流が襲いかかる。この世界に来てはじめてコアにダメージを食らった。
痛みや衝撃はないが魔力がごっそり削られた感覚がある。残量を確認したいが追撃が来ることを警戒して大きく横っ飛びに転がり相手へと向き直った。
二度目の突進はなかなか来なかった。様子をうかがうと相手は息を切らしている様子だ。
こちらの破損箇所は表面だけ。すぐさま亜空間から土を取り出して修復する。同時に魔力残量を確認した。残量は400程度。
俺は次で決めるつもりで策を考える。
あれを使うか…
亜空間からボーラを取り出す。ウサギの皮を紐状にして
ボーラの中心を持って頭上で振り回していく。
鹿は突然、妙な行動をとりはじめたこちらを警戒しているのか突進の機会をうかがっているようだ。お互いににらみ合ったまま動かない。
じりじりと時間が流れていく。十数秒程度の時間が永遠のように感じられた。
やがて鹿の方から動き出した。息が整ったのか焦れたのか、突進を仕掛けてきた。
俺はスピードが乗り切る瞬間を狙ってボーラを投げる。等間隔に開いて回転しながら飛んでいき2本の前足を
相手は一瞬、前につんのめりそうになるが次の瞬間にはボーラが火に包まれ空に散っていく。電流を流して火を付け破壊したのだ。
だが、その一瞬で十分。すでに走り出していた俺は間合いに入ると亜空間から刀を呼び出した。
身を低くした体勢から地面すれすれに刀身を滑らせ、そこからすくい上げるように振り抜く。当たる瞬間を狙って刀身に込めれるだけ魔力を込める。首を切り落とすための完璧な軌道を描いていく。
もらったっ!
硬く重い手ごたえを掴みながら交差して通り過ぎる。手ごたえは確かにあった。だが…
首を切ることは出来なかった。
刀を切り上げる瞬間、鹿は前進をやめて前脚でブレーキをかけていた。そして首を振り下ろして角で刀身を迎え撃った。
競り合いには勝ったが仕留め損なった。硬質の角を何とか切断できたが刀が心配になる。すぐに確認してみたがエナメル質の刀身にダメージはないようだった。
すかさず相手を確認すると相手もこちらに向き直っていた。刀を構えたままお互いに出方をうかがう。
俺と鹿の間、切られた角が近くにあったのですり足で近づく。足で角に触れると亜空間に回収して場を整える。
注意深く観察するが片角となった鹿の目からは諦めを感じなかった。互いに動かないまま時間が過ぎていく。
すると突然やつはありったけの魔力を角の切断面に集中させていった。
なにをするつもりだ?
俺は警戒して身構える。すると切断面から徐々に角が伸びていく。
な…なんだと
高速再生を見ているかのようだった。にょきにょきと伸びていき20秒足らずで角はもとに戻ってしまう。折られる前となんら変わらないように見えた。
完全回復した相手に警戒を強めるがふと気がつく。鹿の魔力はもう
俺は勝ちを確信したが、同時にこの鹿に
しかし、勝負は勝負。それにまだ終わっていない。
俺はとどめを刺すために刀を構えゆっくりと近づいていった。
まだ何かあるんじゃないか? そんな思いがあり注意深く観察しながら近づく。
あと3メートル…
そんなときだった。鹿の後ろの方に魔力反応を感じた。とっさにバックステップで距離をとる。
それはかなりの速度でフィールドに降り立つと鹿と俺との間に割り込んできた。
外見はいままで戦ってきた鹿とそっくりだ。若干細めの体格をしている。大きく異なるのは角だ。相手をしていたヤツの大きく枝分かれして広がる角に対し、今度のは枝がまとまって円筒を作るように湾曲している。最後部の枝が一対、円筒の中心を通るように前に突きでいる。
雌かな? 雌にも角があるのか?
地球で知っている生き物とはだいぶ生態が違うような気がする。雷なんて出さないしな。
現実逃避をしたくなるのをこらえて状況分析を行う。魔力残量は300を切るぐらい。相手の強さはおそらくさっきまで戦っていたヤツと同じぐらいだろう。
だいぶきついな…無理そう…
俺は悪態をつきたくなる気持ちを抑えてせめてどんな特性があるのか一目でも見てやろうと出方をうかがう。
さっきからガンガンに威圧的な魔力を放っていてかなりご機嫌斜めらしい。
警戒して見ているとすぐに動きがあった。
牝鹿? は角に魔力を集中させていった。筒の内側に電撃が走り中心の一対の突起に集まっていく。
2本の突起の間に光の槍のようなものが生じるとなんの前触れもなくそれが飛んできた。長さは短く細い。しかし、恐ろしく速い。正確に俺のコアめがけて飛ぶ。
―直撃…マズ…
残りの魔力全部をつぎ込む勢いで首を横に曲げる。
直撃は避けられたがほおの部分を中心に顔半分のほとんどを吹き飛ばされた。魔力を込めすぎたせいで首の骨はくだけ表面は裂けている。後方に飛んでいった光の短槍は空中で分解されたらしい。
次弾が来ないうちに回れ右して撤退する。狙いをつけられないようにジグザグにステップを踏みながら逃げ出した。
牡鹿があのタイミングで角を回復させたのは女鹿に角が折れた姿を見せたくなかったからかもしれない。男のプライドというやつか。
あのタイミングで残りの魔力をすべて使うのは変だと思っていたが女鹿が来ることが分かっていたなら納得できる。俺にはわからない方法でお互いを確認する