機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー   作:井上斐呂

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第70話 狩人の意地

この後も報告書についての問答がいくつか続いたが黙秘が一番楽に状況を切り抜けられた。口は禍の元、余計なことは言わない方がいいということだな。

 

俺は口を割ったりしないぞ…

 

「じゃあ最後にひとついいかしら? 」

 

リーンが前置きをしてきた。時刻はもうすぐ昼食というころになる。最後とするにはいい頃合いか…

 

「かまわない 」

「この報告書を書くことになったいきさつと言うか、どうしてドルガルスを観察しようと思ったのかしら? 」

 

仕留めた獲物を盗られそうになったから…とは言えない。どう答えたものか悩むところだ。

 

言葉を選びつつゆっくりと答えていく。

 

「ラディフマタル森林は他の魔境と異なる部分があり調査が進んでいないと聞いた。それで他の魔境より危険度が高いとギルドは認識していた。だから狩り場に選んだ。ギルドに恩を売っておきたかったからな… 」

 

とりあえず事の経緯を最初から順を追って説明することにした。言えないことは言えないこととしてあくまで誠実に応えたい。あるいは自分自身が振り返ってみたいと思ったからかも知れない。

 

リーンは黙って聞いている。言葉を差し挟んでくることはない。最後までしっかり聞こうと思ってくれているのだろうか?

 

「深層で獲物を探しているときに違和感を感じた。魔物の気配がなさ過ぎたからな。探索を続けていると場にそぐわないような強力な熊の魔物を発見できた。いろいろあってなんとか倒すことは出来たがそれで状況が変わったわけではなかった 」

 

ここらへんからちょっと創作を混ぜていかないとな。

 

「そんなときにあの鳥を見かけたんだ。事前に調べていた資料にそれらしい記述があったからな。ドルガルスがこの魔境の状況を作り出している大本(おおもと)であると直感した。それで調べてやろうという気が()いてきた。いきさつと言えば大体こんな所だろう 」

 

納得してくれただろうか。信じる信じないはリーン次第だが。

 

「魔物の情報もお金にはなると思うけど魔物を狩る方が高収入になるでしょ? どうして調査に乗り出したの? お金のためだけじゃないでしょう? 」

「最初は意地だったな 」

 

口にして、しまったと思ったが遅かった。

 

「意地ってのはなに? 」

 

すかさず突っ込まれる。

 

自分の心根の部分に触れることだ。つい余計なことを言ってしまうかもしれない。慎重に行かないと…

 

「俺が魔境の一部になるためにはこいつの事を知らなければならないと思った。難しい事だと理解していたがやってやろうと言う気になった。そういうことだろう 」

 

自分でもよくわかってない。あまりツっこまないでくれ

 

「最初はってことはそれが変わっていったという事よね? 」

「そうだな… あいつを観察しているうちにそれが楽しくなっていった… 」

 

考えに詰まって言いよどんでいるがリーンからは続きを促す言葉はない。こちらに任せるようだ。あるいは相手の本質を見極めることに集中しているのかも知れない。

 

「狩人にとって観察は狩るための布石(ふせき)だが、今の自分ではこいつは狩れないと言うことはわかっていた。ただの代償行為のような気もするがいつしか純粋に観察自体が目的になっていったように思う

 自分を(かえり)みずに相手の事をただ知りたいと、そういう気持ちがあのときの自分にはあったように思う… 今となっては曖昧(あいまい)な事しかわからないが 」

 

これ以上の事は言えないな。秘密のことは抜きにしても語るべき事はもう無いように思う。残るのは言語化できないようなよくわからない感情だけだ。

 

「……… 」

 

リーンは少し続きを待っていたようだがこちらがもう語ることはないとわかったようだ。机の上の資料を片付けながら言う。

 

「今日はありがとう。狩人とこんなに話すことはないから新鮮だったわ。有意義な時間だった 」

「こちらこそ楽しい時間だった。ありがとう 」

 

もう一度握手をして話し合いはお開きになった。

 

楽しかったのは嘘ではない。どのような形であれ人と話すことは自分にとって重要な時間だ。それが自分自身を保つための生命線になる。そんな気がしている。

 

~~~~~~~~~~~~~~

(別視点)

 

王立魔術学院の中、重厚な扉がノックされると中から返事が返ってくる。

 

「あいてるよー 」

 

声の感じから言って部屋の主はどうやら機嫌がいいらしい。

 

訪問者は扉を開けて中に入る。

 

「珍しいね。お兄ちゃんが自分からこの部屋に来るなんて 」

「……ずいぶん機嫌がいいようだね。何かいいことでもあったのかな? 」

「わかるー? なかなか面白いことがあってね 」

 

鼻歌を歌いながら論文を作成している姿は見ただけで機嫌がいいことはわかる。付き合いの長い兄はこういうときはあまり話にならないことを知っている。

 

しかし、それでも聞くべき事は聞かなければならない。

 

「ところで頼んでいた資りょ… 」

「そんなことより聞いてよ! 前に話した黒髪の狩人のこと覚えてる? 」

 

言葉を遮られてこれはしばらく話にならないと理解した兄だったがすべてを納得できるものではなかった。数泊の間心を落ち着けて言葉を返す。

 

「……学院の近くにいたひとだよね? 異国の人間かもしれないって話をしたと思うけど… 」

「そう! それなんだけど例の報告書を書いたのがその人だったのよ! 」

 

妹の話にあまり興味がなかったがそれを聞くと兄の表情は少し真剣なものとなる。同じ報告書は読んでいた。随分いい報告書だったと覚えている。

 

「……へぇ。それは面白いね 」

「でしょ。会って報告書についていろいろ聞いてきたけどなかなか面白い人物だったわ 」

「興味があるね。聞かせてくれるかい? 」

「狩人なんだけどかなり学問に興味があるみたいね。あの報告書を書いただけあって知識を集めて考察することが好きみたい 」

 

兄の問いかけに話したくてうずうずしていたといった感じに答える。自然と弾むような早口になっていた。そう言った妹を見るのは嫌いではない。そのまま話を合わせていく。

 

「報告書を読んだ印象そのままの人物といった感じなのかな 」

「それだけじゃなくて狩人だけあって戦士というか勝負師というか危うさも持ち合わせているわね 」

「そこは報告書じゃわからないところだね 」

 

兄の言葉を聞いて妹は少し何かを考えるそぶりを見せる。件の狩人と会って話をした時のことを思い出しているのだろうと考えた。妹の言葉を待つ。

 

「……報告書じゃわからないと言えば、何か人には言えない秘密を抱えているような気がするわ 」

「どうしてそう思うのかな? 」

「勘よ。私の勘がささやくの 」

 

(また勘か、、、これでなかなか馬鹿に出来ないから困ったものだね )

 

研究者としては勘などと言うあやふやなものより論理を優先させるべきだと思うがそれはそれとして勘というものも(あなど)れない部分がある。自分も自身の直感を信じてうまくいったこともある。全く根拠のないこととも切り捨てにくい。

 

勘と言われたらそれ以上何も言えなくなることに毎回兄は歯痒(はがゆ)い思いがあるがそれにかまわず妹は続ける。

 

「どんな秘密を抱えているのか興味があるわね 」

 

ニヤリと笑って言った。冗談なのか本気なのかよくわからないが危険なニオイがする。

 

「他人の秘密を暴こうとするのはあまりいい趣味とは言えないよ 」

 

兄としては妹の(へき)、いや研究者の癖に釘を刺さざるを得ない。

 

「暴くつもりはないわよ。むこうが……レインの方から話すのを待つつもりよ 」

 

(レインというのか… 覚えておこう )

 

妹がこんな風に他人に興味を持つのは珍しい。ひょっとしたらこの人物は自分にも関わってくるのかも知れないと思い気にとめる。兄の方も勘を信じる癖がある。

 

「報告書の内容から考えると高度な隠密系の魔術が使えると言ったところかな。それも信じられないぐらい緻密な魔術を……その手の魔術は犯罪と結びつきやすい。人に言うわけにもいかないだろうね」

 

「私も最初はそう思っていたんだけどね… 」

「予想が違っていたと…? 」

「そうね…もっと大きな秘密を抱えているような気がしたのよね… 外れるかも知れないけれど… 」

「珍しく弱気だね。慎重なのは悪いことじゃないけど、特に人との関係ではね 」

 

何が妹の勘に引っかかっているのかわからないが、こういったときは引き留めたほうがいいと考えた。ただし、強く引きすぎると反発する。慎重に行う。

 

「そうね。関係は維持していきたいわ。狩猟ギルドを通して指名依頼を出しておきたいところね 」

「そこまで考えているんだ。ずいぶん気になっているんだね 」

「貴重な人材だと思う。いい関係になれるといいけど 」

 

(ここらへんかな… )

 

話が終わりそうな節目を狙って兄は再び自分の用件をねじ込もうとする。話を聞きつつもずっと狙っていたのだ。果たしてそれは効果を発揮して話を自分の方に引き寄せることに成功した。

 

ただ…

 

「ところで頼んでいた資料はどうなっているかな? 」

「ああ、あれならとっくに出来上がっているわよ 」

「…… 」

 

妹にとって何でもないことのように扱われる。呆気にとられる兄をよそに妹は棚から書類を取り出して渡してきた。

 

それなりに自分は気苦労があったように感じていたが相手にとっては関係がない。兄は理不尽を味わいながら書類に手を伸ばす。

 

(出来ているなら早く教えて欲しかったな… )

 

思うことは有るが、それでも表情を変えずに受け取ると礼を述べた。不満を口に出してはならない。

 

「ありがとう。助かったよ 」

「どういたしまして。でも私としては出来に納得してないのよね。たいした資料がなくてね。機会があれば自分で調べに行こうかと思っているわ 」

「……それは危険じゃないかな 」

「だからレインに協力してもらえないかと思っているのよ 」

「自分から頼んでおいてなんだけどそれでもやめて欲しいな… 」

「私も少し訓練した方がいいかしら? 」

「……無視かな? 」

 

最後まで平穏に終わらないままに会話を終えることになった。

 

後になってこの懸念が現実のものになる。この時、兄はまだ考えていなかった。

 

 

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