「それチョーダイッッ!! 」
唐突にリーンが叫び出す。
結構な勢いに若干気圧される。こちらに身を乗り出して魔石を奪い取ろうとしてくるがすんでの所で手を引いて阻止した。
効果あり過ぎだ…
珍しいものだとは思っていたがここまでの反応をするとは想定外だ。何が彼女をここまで駆り立てるのか? これは聞かなければならない。
「落ち着いてくれ。こんな小さな魔石一つに何があるんだ? 事情次第ではやらなくもないがまずは説明をしてくれ 」
「小さいことに意味があるのよ!…ってまずは順を追って説明しないとね 」
リーンは座り直すと暴れ終わった猫のように落ち着いた。それから冷静に説明を開始する。
切り替えが早い…
まるで学者のような話しぶり…いや、学者だった。
「レインは普通の手のひらに収まるぐらいの虫は見たことがあると思うけどどう思う? 」
「見たことは何度もあるが、どうとはなんのことだ? 」
「捕まえてばらしてみたことはあるかしら? 」
子供のころは昆虫採集とかしたことがある。虫との付き合いはそれ以来…違うな…ゴキブリとか蚊とか好ましくないものがあちらから来ていた。そのせいか距離は遠くなったように思う。
「ないな。そうしたいと思ったことはない 」
「普通の虫は魔石は持っていないの。大きな種類の虫もいるけどもともと生物種として大きいだけで魔石を持っているというわけじゃない。魔石を持って巨大化する虫はここら辺じゃ結構珍しいのよ 」
「ここら辺ということは別の場所だといるのか? 」
巨大化する虫… 人間になった今、あまり出会いたくないな…
「一番有名なのは砂漠にいる
「大きなムカデの魔物だったな。北の辺境と呼ばれている地域で発見した。俺はそこに流れ着いたんだ 」
出自に繋がる話はあまりしたくない。俺の正体に繋がりそうな気がする。
自分からある程度情報を開示することでなんとか話の流れをコントロールしたいところ…
「北の辺境というとリルゴという町があるあたりかな? 」
リオンがかなり正確な場所を言い当ててくる。
物知りだね。勘もいい。北の辺境ってだけでは候補地が沢山あると思うのだが……
「良くわかったな。そこの周辺の森の中で発見したんだ 」
しかし、この流れは悪くない。
「あそこら辺はまだ表層ですらほとんど調査が進んでいない魔境があるからね。可能性が一番高いのはそこだと思ったんだ 」
興味の対象が魔境に移ってくれたのはいい。俺の事なんて興味ないよな? 話題にしなくていいよ。
「北の辺境、それも最果てと言えば例の人型のアキアトルが出現したって場所よね? いつか調査に行ってみたいわ 」
そこまで知っているのか…
「例の魔物か。討伐できなかったのは残念だね。魔石を調べてみたかったな。菱形に近い形状なのが気になるな。赤系の色をしているのも大きな謎だね 」
やめてくれ… その話題は俺の胸に刺さる…
俺とその魔物とやらを結びつけるものは流石にないだろう。しかし、目の前でこの博識で勘のいい双子の兄妹に話題にされるのはキツイ。どうしようもなく心がザワついてしまう。
話題を変えるように仕向けるか? 不自然にならないように変えるにはどうすればいい?
「アキアトルってのはあまり知らないんだがどういう魔物なんだ? 肉体を持たないことぐらいは一応知っているんだが… 」
「狩人としてはあまり戦うことのない魔物だからね。そこまで詳しい狩人はいないかな 」
「魔物のことなら私の方が詳しいわ。私から説明するわね。アキアトルは厳密に言うと魔物としては定義されていないの。魔物は魔石を獲得した生き物のことだから基になる生物種がいるけどアキアトルにはそれがない。だから魔物とは定義できない 」
ほう、そうなのか。狩猟ギルドの資料ではそういうことは重要じゃないからあまり記述がないんだよな。
「一応生物として扱われるけどまだ生き物であると断定されてはいないの。たんなる自然現象としてみる学者もいる
生き物のように反応はするし思考のようなものが感じられるけどそれで意思を持つものかは判断が出来ない。刺激に対して反応を返しているだけで意思というものはないと言うのが今の一応の定説ね
意思のあるなしは生き物であることとは関係ないと思うけど魔石学的には重要だったりするのよね… それは結論の出ない話だからやめておくわ 」
戦った感覚としては完全に意思があるように感じたがそう見なされないのか。確かにAIは意思があるように思えることもあるが実態はただのプログラムの集まりでしかない。そういうものかも知れないな。
自分に本当に意思があるのかも自信が無くなってくるな、石だけに…
我思う、故に我あり…
私が蝶の夢を見ているのか、蝶が私の夢を見ているのか…
昔の人も悩んでいた。今も悩んでいる。
「一般生物学的には細胞も遺伝子も持たないから生物ではないって結論が出ているんだけど魔力の働きは旧文明からの知識も通用しないから難しいのよ 」
遺伝子の概念がある。これも旧文明が関係しているみたいだな。
「アキアトルの魔石、魔核と呼ぶことが多いわね、魔核がどうやって出来るかはわかっていないけど魔境の奥で生まれることが多いのは確かみたいね。それも何故かはわかっていないけど 」
「アキアトルはどういう種類がいるんだ? 」
「この国で確認できているのは水と暴風雨ね。砂漠地域では砂のアキアトルがそれなりの頻度で確認されているらしいわ。各国で散発的に風や泥、土のアキアトルが発見されるぐらいで全体的に発見数は少ないわね 」
なるほどな。数は少ないから研究も進まないと。俺としては喜ぶべき事なのかも知れない。俺と似ている存在が詳しくわかっていたなら俺に累が及ぶかも知れんな。
「アキアトルについては良くわかった。それでこの魔石についてなんだが… 」
よかった。穏便に話を戻せそうだ。
「ああっ! そうそうそれそれ! 」
説明に夢中になって忘れていたらしい。研究者はそういうものなのかな?
「お金は払うから私に売ってちょうだい 」
口元は期待で緩んでいるが目はマジだ。少し血走っていてなんだか怖い。
「いくらだ? 」
そこまで興味はないが一応効いてみる。
「100万エスクでどうかしら? 」
ひゃく……こんな小さな魔石がか?
思ったより高額だな。なかなかいい交渉材料になりそうだが。
「リーン…良くないよ、そういうのは。500万はするだろう? 競売形式なら1000万は行くかも知れない。適切な金額を提示しないと後で痛い目を見るよ? 」
ごひゃく……五分の一以下の価格かっ! 足下見すぎだろう。
リーンは兄を驚愕の目で見ている。「おっおまっ、余計なことをッ!」って感じのことを思っているのかも知れない。なかなかいい性格をしているな。
まあ、それはいい。俺の目的は金ではない。
「リーン… 」
「!」
俺が名前を呼ぶとちょっとたじろいだ様子だ。悪いと思っているのだろうか?
「タダでやるよ 」
言いながら魔石を投げてよこす。リーンは予想外のことに「はっ、ほっ 」とか言いながらお手玉する。
無事につかみ取ると理解できないといった表情で遠慮がちに問いかけてくる。
「……いいの? 」
「いいよ 」
力強くうなずいてそう言ってやるとにんまりと笑って、今にも小躍りしそうな様子で魔石を宙に掲げ見る。
「レイン……本当にいいのかい? ちゃんとしたところで売れば一財産になるけど… 」
「いいさ。代わりにリーンとリオンがいろいろと教えてくれれば俺としては元が取れる 」
「ええっ! 僕もなのかい? 」
「よろしく頼む 」
リーンの方をちらっと見ると俺の意図を察したのか援護射撃が飛んでくる。
「よろしくねっ! お兄ちゃん! 」
「……はぁ。しょうがないな 」
援護射撃により敵艦は撃沈した。いい感じに落ち着いたな。
リーンは魔石を得る。リオンは妹のために苦労を背負う。俺は二人から知識を学べる。まさにwin-win-winの関係だ。
リーンは棚から透明な液体の入ったガラス瓶を取り出すと魔石を中に入れる。そうやって保存するのか。あの液体は何だろう?
聞こうかと思っているとリオンから話しかけられる。
「まあ、僕もレインと関わりを持つのは悪いことじゃない、というかこちらにとっても利益になりそうだ。こちらこそよろしく頼むよ 」
リオンもにやりと笑い負けじと返してくる。やられるばかりではないようだ。伊達にリーンの兄ではないと言うことか。
そういうのは、いいね…
しかし、リオンからはなんとなく前にも会ったことがあるようななじみのある感じを受ける。なぜだろうな?
…ああ、コーイチに似ているんだ
外見が似ているわけではない。声もかなり違う。だがさっきのにやりと笑った感じとか物言いに、もう会うことは無い親友と共通点を感じる。
こちらに来てからまだ一年も経っていないのだが懐かしさがこみ上げてくるな。自分はこんなに感傷的な人間だったろうか?
話し合いは続きリオンは途中で退席する。どうやら俺に会うのが目的だったらしい。
十分に話し合いが済み昼近くになったときに俺も退室して帰宅する。その際はあまり人は出歩いていなかったのだが賢者との接触を避けて隠密性に気を遣いながら移動した。
これから一週間、気が抜けないな
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次の日から一週間、毎日学院に通いリーンの講義を受けて植物の採取方法なんかを教えてもらった。
そしていよいよカンヴァル湿原に向かうことになったのだが今回は車に乗って行くことに決めた。
この一週間の間に水動車を購入して登録しておいたのだ。メーカーの講習も受けて動かし方の修得をした。簡単な車体構造の説明も受けた。やはり水を回してタービンを回す構造になっていた。
亜空間にしまって詳細に分析してみた。ホイールやサスペンションなど足回りには等級はあまり高くはないが魔鉄が使われているようだ。ほとんど錆びないし金属疲労もしないからちょうどいい選定かな。
魔鉄はそこまで多く使用されていないがタービンの羽根にはちょっといい魔鉄が使われているな。
そのほかは大部分が普通の鉄で出来ているがおそらく魔術で製鉄から成形まで行っているのだろう。鉄の結晶の並びがきれいだ。ただの鉄とはいえ耐久力は相当なものだろう。
ギアボックスの歯車なんかはヘリカルギアだ。製造は難しいはずだが魔術で成形するならそれほど難しくないのかも知れない。
地球の技術を越えているところがあるな。電子部品がないからアナログな機構しかないが丈夫に出来ていて性能がいい。
バッテリーは電解液を使用した充電が出来るタイプで電装系は物理スイッチでのコントロールか。これはこれで味がある。
ドアガラスの開閉は手回し式だ。地球ではクラシックカーぐらいにしかついてないだろう。サイドミラーも固定式で手で調整するしかない。自動で折りたたんでくれたりはしない。
ウキウキしながらどのように改造しようかと思っていたが、今後車検制度なんかが導入されたらやっかいなことになると思ってやめておいた。
人に見せなければならないので下手に高級な魔鉄なんかを使ったら怪しまれるだろう。制度がない今しか出来ないとも言えるがそこは自重することにした。
後部トランクに荷物を積み込んでいよいよ出発する。