シャッターを開けて車に乗り込むと鍵をさしてロックを解除する。ハンドルを握り魔力を込め、水魔術で管内の水を動かしていく。
タービンの回転がある程度高まったら半クラッチにしてタイヤに回転を伝えるとゆっくりと進み出す。
車庫から出すと車から降りてシャッターを閉めて鍵を掛けた。
リモコン式の電動シャッターが欲しいな…
再び車に乗りタービンを回しながらそんなことを考える。それも魔術でなんとかすればいいか。
回転が落ちたタービンを再び回す作業に出鼻をくじかれた思いを感じながら車を再始動させる。
速度が上がってくるとクラッチペダルを踏んで変速機への動力を遮断するとギアを上げる。徐々に速度を上げて走行していった。
まず王都の郊外にほど近い高速道路の入り口を目指す。高速道路は今のところ無料らしい。
町中ではあまり速度を上げられないが高速道路に入ると更にギアを上げ、魔力を上げてタービンの回転数を上昇させていく。
エンジンよりも静音性は比較にならないほどいいのだがそれでも高速回転するとキュイィンというタービンとギアの回転する音が車内に聞こえてくる。
タイヤがアスファルトの上を転がる音も回転数の上昇と共に大きさを増していった。
騒音として捉える人もいるだろうが機械が動いているって感じがして俺の気分は高揚していく。
人間はなんで回転するものに引かれるんだろうな?
渓流の縁でくるくると回る落ち葉、自分で回した竹とんぼ、扇風機の羽根、大きいものだと竜巻、台風… 地球も自転と公転をしている。だからだろうか、回転体には危険性もあるがロマンを感じる。回転体浪漫。
生物の肉体には回転する部分はない。体から独立しなければ回転できないからだ。回転するなら肉体すべてを以て回らなければならない。フィギュアスケートの回転技なんかそうだな。男も女も性別に関係なく回転に
魔術もそれ自体を回転させることは難しい。魔力線でも魔力域でも繋がっていなければ力を行使できないからだ。
いつか回転子を利用した魔術でも開発してみるか…
……いかんな、運転に集中しよう
考えていたらいつの間にか速度が落ちていた。
制限時速はないし他の車もあまり多くはないので飛ばせるだけ飛ばしてみよう。
込める魔力をどんどんと増やしていきタービンの回転数を上げていく。それに伴ってシフトチェンジして最高速まで上げる。
これ以上は無理と言うところまで加速するとスピードメーターを確認する。
150キロぐらいか…
全力で走るより30キロぐらいは速いかな? 体への負担は少ないし荷物に与える振動は少ない。
採取を行う今回の依頼にはうってつけかもしれない。
と言ってもなるべく良い状態でサンプルを渡したいから亜空間も使っていくんだけどな。
最高速度もわかったので一番魔力効率がいい速度に落として進んでいく。120キロ前後だな。他の車はほとんどトラックだ。出力が出しにくいのか80キロいかないぐらいで走行している。
なのでこのスピードでもどんどんと追い越していける。追い抜いていく気持ちよさもあった。
いずれカーレースのようなものが出来ていくのだろうか? いや、すでに帝国にはあるのかも知れないな。この国より普及しているだろうし。
二時間ほど走行すると一番近くの出口で降りる。
その付近には大きめの街があるのだが素通りして山の方に向かう。
ここからが長くなりそうだ…
舗装されていない狭い道をスピードを落として長々と進んでいくことになるだろう。
予想通り道路の舗装は街から少し行ったところでなくなり土がむき出しの道が続いていく。
魔術で固められた土は平坦で硬さもあり走行しづらくはないのだが若干タイヤが滑るような感覚があった。
スピードを落として進んでいくと森の中に入っていきカーブが多くなっていく。更にスピードを落とす。
途中で止めて車内で昼食にするのだが対向車とか来たらどうするかな。
道幅は一車両分は余裕であるのだが二台同時は通れそうにない。こんな所に車で来るのは俺ぐらいだと思うので心配は要らないと思うが考えてしまうな。
最悪車体を持ち上げて脇にどかせば良いか。車両重量はせいぜい500キロぐらいだ。持ち上げるぐらいわけないな。
昼食を食べ終わると再び移動を開始する。
道は進むにつれどんどん曲がりくねっていき速度は落ちる。それでもなんとか20キロぐらいは出せているか。
道の途切れるところまで来る頃にはあたりは薄暗くなってきている。
森の中は日が暮れるのが早いな。山がちの地形なのもあるか…
道の終点は少し開けた作りになっているので車を止めていても大丈夫だろう。
今日はここで、車の中で一泊する。予定通りと言えば予定通り。
車中泊か… まさか異世界に来てやることになるとはな…
はじめてこちらに来たときでは考えられない事だが周りが魔境であることを除けば悪くない。
魔境と言ってもせいぜい表層と言ったところだ。危険はあまりないだろう。
車の座席を動かしてなるべく平らにしたあとクッションを敷いてより平坦になるようにすると、さらに水を通さないシートを被せる。
板を取り出して調理する場を作り、野菜と肉を切っていく。鍋に切ったものを放り込んでいき水を入れて煮ていく。
煮立ってきたら固形スープの素を入れる。さらに瓶詰めのトマトペーストを加えて塩胡椒で味を調整する。
トマト煮が完成した。車の中だとやりにくいからこんなもんで良いだろう。
ガラスを少し開けて換気をしていたが時々虫が入ってくるので空気魔術で追い払っていた。
調理と同時にやるのは面倒だし網戸のようなものを付けられるようにするか…
座席を改造して車中泊向けに改造するか。そのくらいの改造なら大丈夫だろう。このままでは食事が味気ないものになってしまう。
サラダも作りたいし肉も焼きたい…
今回のパンは丸っこくて周りがバゲットのように堅いパンだ。日持ちがしそうだから買ってきたのだが堅そうな感じが少し不安になる。
トマト煮を木匙ですくってスープを飲みパンにかじりつく。堅いパンであるが魔力で強化された俺の歯は難なく噛みちぎれる。
しかし、問題はそこではなかった。硬い外皮に包まれた内部は柔らかいものだと思っていたが中はパリパリというかカスカスというか口の中の水分が持って行かれてパサパサになってしまった。
慌ててスープを飲んで口の中を潤す。
このパンは失敗だったか?
どうするか悩んだがとりあえずスープに一部を浸してから食べてみる。スープを十分に吸ったパンは噛みしめると中からスープがじゅわっと溢れておいしく食べられる。
もともとこうやって食べるものだったのかも知れない。購入するときに食べ方を聞いておけば良かった。
概ね満足して食べ終わると片付けて寝る準備をする。
更に厚めのマットを敷いてシーツを掛ける。その上に寝転んで掛け布団を掛けて寝る。
寝袋を使わないのはいつでも危険に対処できるようにするためだ。掛け布団をまくるだけで起き上がることができる。寝ようと思えば掛け布団なしでも眠れるがそれだとなんとなく落ち着かない。身に沁みついた習慣はなかなか変え難いものだ。
まあ、本体の方で警戒しておくから大丈夫ではあるんだが…
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何事もなく翌朝を迎えると朝食を食べて探索の準備をする。
この森は湿度が少し高めのせいなのか空気がひんやりしているな。この先にあるカンヴァル湿原の影響だろうか。距離的にはかなり離れているはずなんだけどな。
それなりに大きめのリュックを背負って森の中を分け入っていく。
湿り気が多いせいか他の森と異なり苔とかいった植物が茂っているようだ。
まだそこまで足場は悪くないので地図に従って一気に駆け抜けていく。周りの森からはたいして圧力を感じない。道を作れるぐらいだから魔境としてはまだたいしたことはないのだろう。
問題はどこら辺から難しくなるかって事だが…
かなりの速度でそれなりの時間を突き進んでいるはずだが森の雰囲気は一向に代わり映えしない。
ここまで表層が広いなら良い採取場所になっているのも納得できることではある。
まあ、油断できない何かは感じているんだけどな…
その何かがよくわからない。初めてここに来たからってだけかも知れないが少し不気味さがある。
早く湿原に到着して拠点を作りたい。その前にそもそも拠点を作れる場所があるのかが問題だ。
感じている違和感を押しやってとにかく進んでいくとだんだんと傾斜がきつくなっていく場所にでる。
地面は石とかが多くなっていき樹木がまばらになっていく。木の代わりに青々とした草が増える。
更に傾斜がきつくなりすっかり樹木が消えて草が生えるのみとなると終点が見えてくる。
傾斜の頂上に立って周囲を見回す。
地図には小高い丘の上に大きな窪地がありその中に湿地帯が存在していると記されている。
眼下に広がる光景では
実際に一望してみると相当広いな。概算では琵琶湖よりちょっと大きいと言うぐらいには大きい。すべてを調査する必要はない、というか無理だがどうしたものか。
ある程度しっかりした調査にしなければリーンのやつがうるさそうだ。普通に値切ってきそうだな。
とりあえず下に降りてみると森林地帯は泥で覆われたところになっている。
樹木はマングローブのように無数の根が張りだした形状をしていて幹は細くそれなりの間隔を開けて生えている。しかし、大きく張り出している枝と生い茂る葉によって森林の内部は光が差さず薄暗い。
この暗さが泥地を泥地たらしめているのか…
泥地にこの木が生えているのか、この木が生えたから泥地になっているのかはわからないがむやみに伐採しない方が良さそうな感じがする。
足を踏み入れてみると奥に進むにつれて足が深く沈んでいく。
整地歩行が効かない?
魔力で固めているはずだが効果がないのか沈んでいく。
問題なく足場は固まっているがどうやらその周りが落ち込んでいるらしい。
ならばと土魔術で範囲を広げて固めていく。沈んだ足も整地して押し戻し靴についた泥も落とす。
これで普通に歩けるようになったが問題もある。
魔力消費が大きい。ここの泥に慣れていないこともあるがそもそも泥は制御が困難なのかも知れない。
しょうがない、上をいくか…
飛び上がって枝の上に乗ると結構しなる。枝はあまり太くなくて体重を支えるには少々心許ない。なので幹に近い側を伝って飛び渡っていく。
しばらくそうやって進んでいくが一向に拠点を作れそうな場所は発見できない。
もっと進んでみるか? いや、場所が場所なだけに良い場所を探すのは困難だろうな。湿原の中を開拓するのは調査目的からも外れるような気がする。なるべく保全しなければならない。
となると戻って斜面にテントを張るのが正解か? 外から丸見えの場所でテントを張ることに抵抗がないわけでもないが中層程度だろうから大丈夫か?
ほかに候補はないから斜面の内側にテントを張ることにした。
なるべく平らなところを探して土魔術で整地して横になって寝れるぐらいの台地を作り出すとテントを組み立てていく。
ペグを斜面に突き立てて固定し、雨避けのタープも同じように張っていく。
斜面だとどうしても上から水が流れてくるな…
雨が降ってきた時を想定して排水用の溝を掘っておく。
実際に雨が降ったらこの程度の排水では厳しいかも知れないがそのときはそのときか… 水魔術でしのいであとで対策を考えればいい。そう考えてとりあえず日没まで探索を行う。
枝伝いに進んでいって植物やエビやカニといった小さな生き物を発見したら木から下りて記録を取っていく。
サンプリングは調査の最終日に行うのが良いか。もたせる保存方法はリーンからレクチャーされたがなるべく鮮度は落としたくない。
場所を記録すると次の場所に探索を進めていく。
初日は森林の一部を探索するに留まった。