機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー   作:井上斐呂

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第81話 再調査開始 X 泥に据わるもの

「今すぐは無理だ。近いうちに向かうが次は安全策をとりたいから一月ぐらいは時間を掛けて調査したい。前回の調査は結構な無茶をしたからな 」

「それでいいわ。生きて帰ってきてね 」

「心配してくれるのか? 」

「当然でしょ。帰ってこなければ標本も採ってこれないじゃない 」

 

なるほどそうだな。帰ってくるまでが遠足。帰ってこれなければ死出の旅路。死んだら調査にならないな。

 

……少しは俺の心配をしろ

 

「まあ、帰ってくるさ。そのためにもこちらの判断で好きにさせてもらう 」

「うん。期待して待ってるね。ギルドには依頼を出して置くから 」

 

リーンの部屋を出て自宅に戻る前に買い物に行く。

 

なるべく早いうちに必要な資材を集めてカンヴァル湿原に行くとしよう。

 

自家用車のシートも少しずつ改造を加えていたが出発する前に完成させなければならない。

 

日課を(こな)しつつ準備を整えて三日後には完了する。

 

翌日の朝には出発することになった。そのときに前から試そうと思っていた事を試す。

 

車庫から車を出した後タービンの回転を止めずにサイドウインドウを開けて水触手を伸ばしていく。

 

それを使ってシャッターを閉めた後、今度は先端に家の鍵を取り付けて鍵を閉める。

 

うまくいったな…

 

これをやるための水を水筒に入れて車内に設置しておいた。車の外に出る事なく、魔術を中断することなくスムーズに出発できた。

 

思惑(おもわく)がうまくいったことでご機嫌になってドライブを楽しみつつ現地に向かう。

 

前回と同じルートをなぞるだけなので随分と楽に感じる。前にも車を止めた場所に同じように止める。

 

前回よりも早く着いたため時間はあるが森の夜はそれでも早い。

 

ここでまた車中泊をする。

 

座席のヘッドレストを外して倒すと車内全体がフラットシートになる。改造したお陰だ。

 

調理中もサイドウインドウを開けるときに網を掛けて虫が入ってこないようにする。

 

前回より調理も就寝も快適になった。経験を生かして改善していくのはそれだけで楽しいものがある。改良を加えた結果として改悪になることもあるがそれもまた経験だ。

 

次の日の朝は簡易的に朝食を取ってからすぐに出発する。

 

湿原に到着したときはもう霧は晴れていた。

 

今回は調査は主な目的ではなく環境整備を主眼に据えている。

 

まずは森林地帯から中央の湖まで桟橋(さんばし)を通してアクセスをしやすくすると共に斜面に拠点となるログハウスを建設する予定だ。

 

斜面部にテントを張り、胴付き長靴に履き替える。

 

泥の中に入っていき立ち並ぶ木に近づいて手を触れると樹木魔術を使い魔力を浸透させる。そして亜空間内に引き込む。

 

それを次々に繰り返していき道を拓いていく。

 

ある程度まで拓いたら今度は桟橋を作っていく。亜空間内で引っこ抜いた木を加工して大きな杭を作る。それを土魔術で泥の中に差し込んでいった。

 

杭の頭が地面から飛び出た形で泥地に真っ直ぐ立っている。水位が上昇しても水没しない高さだ。それを土台にして横木を固定していきその上に板を敷いていく。途中までの桟橋が出来上がった。

 

これを繰り返していって最終的に湖まで通していくことになる。

 

作業を繰り返してどんどん突き進んでいくと、途中で魔物の気配が接近してくるのを感じた。

 

こちらが遠慮なくやっているせいかあちらさんも隠密がおろそかになっているようだ。ちょっとずさんに感じる。

 

もっとも俺じゃなきゃ気づかないぐらいには気配は消されているが…

 

その気配に向かって思いきり威嚇を放つと大抵の魔物は引き返していく。それから作業に戻るのだが、中にはかまわず仕掛けてくる魔物もいる。

 

作りかけの桟橋を壊されては堪らないな…

 

桟橋から離れて相手の方に向かっていくとむこうも真っ直ぐこちらに向かってきた。木の間を縫って進んでいくと相手の姿が見えるようになる。

 

……デカいカニだ

 

目の前には大きなカニがいる。足を含めると横幅は1メートルぐらいになるか。前腕が発達していてその先に鋭くて頑強そうな爪がついている。

 

こいつ、どうやって移動してきたんだ?

 

カニの見た目は重そうで泥に沈んでしまいそうな見た目だ。少なくとも先端の鋭い足では泥の上を進んでいけるようには思えない。

 

現に足の先端は泥に沈んでいて体もすこし埋まっている。

 

魔術を使っているのだろうが普段から移動のたびに魔術を使用しているのだろうか?

 

考えているとカニは腕や足をたたんで丸々とした姿勢になり回転を始める。

 

速いな…

 

どんどん回転速度は上がっていく。泥を操って回転しているようだが見た目に反して精密な魔術を使うようだ。きれいな回転をしている。泥跳ねが周辺に飛ぶこともない。

 

回転が最大に達したのだろうか? カニは回転を維持したまま移動を始める。

 

木々の間を縫うように進んで行くとこちらの後ろに回り込んできた。回転方向を縦回転に変えて地面を跳ねると急加速して飛びかかってくる。

 

ついでに泥も飛んでくる。視界が阻害されるがそれ以上に泥で汚れるのが不快だ。

 

目を閉じて相手の位置を魔力で把握すると手甲に魔力を込めて相手を弾く。

 

―ガキィッ!

 

堅いもの同士がぶつかるような鈍く乾いた音が周囲に響き、それと同時に泥がまき散らされた。

 

これだから戦いたくないんだ…

 

弾かれた相手は木にぶつかった。回転しているせいで駒のように跳ね回り木にぶつかったりしている。だが、再び何事もなかったように泥の上を滑り出した。

 

俺は結構泥に塗れている。ちょっと一当てしただけでこれだ。清発したくなるがしたところでまた汚れるだろう。終わるまで我慢だ。

 

意識を敵に集中してどう仕留めるべきかを考える。

 

接触した感触は非常に重かった。たっぷりと身が詰まっているような感触だった。調理をしたらうまいかも知れない。

 

なるべく傷を付けずに、身の質を落とさずに仕留めたい。贅沢(ぜいたく)を言えば生きたまま捕まえたい。きれいな水につけて泥を吐かせてから調理したいところだがさすがにそれは無理だろう。

 

どう仕留めるか?

 

カニの体ってどうなっているんだ? 心臓はあるのか? 脳は? 致命部位を一撃としたいところだがさっぱりわからない。リーンに渡した小さいやつ。サンプルに渡す前に解析しておけば良かった。

 

あれこれ考えているうちに次の攻撃が飛んでくる。

 

―ガキィィッ…

 

再び手甲で受ける。

 

ぶっ…ぺっ、ぺっ…

 

口に泥が入った。泥の味とにおいが口の中に広がっていく。

 

さっさと仕留めた方がいいな。うかうかしているともっと大量の泥を食らわされる。

 

こいつの必勝パターンはなんだろう? 突撃により相手の姿勢を崩してから拘束して爪で留目(とどめ)を刺すと言ったところか。同じ攻撃を繰り返してくるなら手はある。

 

アレを使うか…

 

カニが回転しながら飛来してくる。

 

俺は亜空間から樹木を加工して余った根の部分をいくつも取り出す。それを魔術で編み上げていく。

 

―樹木魔術、操樹術式、樹根網(じゅこんもう)

 

魔術で強化された網が回転と勢いを受け止める。減速していく相手を(から)め取った。

 

即席で組んだ魔術だが効率さえ考えなければなんとかなるものだ。

 

構成を変えて縛り上げると大蟹をその場に転がす。

 

ここからが本番だ…

 

意識を集中して全身に魔力を行き渡らせ高める。

 

するとカニは強力な攻撃が来ると見たのか口から泡を吐き出していく。吐き出された泡はカニの体を覆っていき完全に包み込んでしまう。

 

水系の魔術か。確かに攻撃は通しにくくなる。だが、動かないならちょうどいい。技術でなんとかできるはずだ。

 

更に魔力を高めていき両手のひらに集めていく。木の根と泡に包まれたカニを左右から挟んで持ち上げるようにして触れ魔力を通していく。

 

―闘気術、

 

周辺の泡からカニの体内に向かって魔力を通していき体の中の筋に添って浸透させる。

 

浸氣(しんき)蕩芯(とうしん)

 

徐々に魔力を揺さぶっていき振動を強くしていく。

 

按慈(あじ)()

 

ズシッとした手応えと共にカニの内部が一気に揺さぶられていく。物体自体は動いていないはずだが周辺の泡が連鎖的に割れていき泥の上に所々ある水たまりには波紋が発生する。

 

100%決まっているならむしろ周辺に影響は見られないはず。せいぜい三割ぐらいと言ったところか。自分なりにガウ流闘気術を改良してみたのだが完成度はいまいちだ。

 

だが仕留められたようでカニは口から新たに泡を吹き出して動かなくなる。

 

動かなくなったカニを見つめる。すると、なんか悪いことをしたような気がしてきた。

 

まるで道路建設に反対しにきた現地民を力ずくで排除したみたいだな。

 

まあ、カニにそんなつもりはないだろうけどな…ないよな?

 

心の中で問いかけるが返事はない。すでに死んでいる。生きていたとしても応えることはないだろう。

 

魔物使いが使う魔術ならカニともコミュニケーションが取れるのだろうか? こいつも魔石はあるだろうしな。流石にカニは無理か? 聞いたことはないが俺が知らないだけかもしれない。

 

魔術の可能性に思いをはせつつカニを亜空間にしまう。

 

…だいぶ泥で汚れてしまったな

 

清発を入念に行い泥を落としていく。

 

魔石はムカデと同じく紫色だった。節足動物系の魔物は紫色なのか。ムカデも昆虫じゃなかったな。なんとなく昆虫をイメージしてしまっていたが。

 

ただ色合いはだいぶ異なるようだ。ちょっと色味が薄い感じで赤みが強いようなそんな色をしている。赤紫色といっていいだろう。

 

大きさは手のひらの中心に収まるぐらい。

 

この手の魔石は小さいほどいいんだったか…

 

あまり高値は期待できない感じだがそれなりに珍しいかも知れない。市場で値段を確認した後、リーンに今度は相場の値段で売ることにしよう。

 

あまり安い値段を付けるようだったら差額は労働で支払ってもらうとしようか。

 

考えながら元の場所に戻り作業を再開する。

 

作りかけの桟橋を見るとカニを倒したときのことを思い出してしまう。

 

桟橋の幅は80センチメートルぐらいでそこまで環境負荷は重くないはず。引っこ抜く木の合計はそこまで多くならないだろう。

 

なんにせよやめる選択肢はないな…

 

無心になって作業を続け、ある程度まで進むと途中で引き返してログハウスの建築に取りかかる。

 

斜面に何本もの杭を打ち込んで行く。土台が出来上がったところで日が傾き始めたので切り上げてテントの中で休むことにする。

 

周辺にある山のせいで暗くなるのは早い。森林の中はそうでなくても暗い。朝は霧が出るし思ったよりも作業時間は取れないかもしれない。

 

霧が出ていても作業はしていこうか。あのぐらいの魔物なら不意打ちで襲われても撃退は可能だろう。

 

再び狭いテントの中で携帯食料とスープと干し肉を食べているとなんとなく食事に不満が出てきた。

 

ログハウスが完成すればちょっとした料理なら可能だろう。しばらくの辛抱か…

 

明かりを消して早めに就寝すると肉体の方はすぐに眠りに就いた。

 

周囲を警戒しながら夜明けを待っているとテントのタープを叩く雨粒の音が聞こえるようになった。

 

マジか、作業が出来ないじゃん

 

作業が出来ないどころかテント周辺が崩れるのを防ぐために魔術を維持しなければならない。ここの雨はけっこう激しい。

 

止むまで狭いテントの中で待機しなければならない。広ければトレーニングとかするんだけれどな。

 

雨が降ることを考えればログハウスの建築を第一に始めるべきだったかも知れない。

 

まあ、まだ二日目だから修正はいくらでも出来る。

 

雨が止んだら住処の建築を優先していこう。

 

肉体を起こして朝食を取ると亜空間から本を取り出して読みつつ雨上がりを待った。

 

その間も魔術はずっと維持している。

 

面倒だが練習にはなるな…

 

雨脚が弱まってくると雨避けの笠を被って作業を開始する。

 

森林地帯は水位が上がって歩きづらくなっていた。膝上まで水に浸かるが慣れてくると整地歩行の要領で何とか出来るようになる。

 

胴付き長靴に慣れてきたのもあるか…

 

木を引き抜いては進みそれを繰り返していく。とにかく早く進むことを目標にやっていく。

 

魔物が襲ってこないか危惧していたが思いのほか周囲の環境はおとなしい。

 

雨によって水面に落ちてくる昆虫なんかを魚が食べに来るぐらいか。20~30センチメートル程度の生き物の気配はちらほらと感じている。

 

特に俺が進んでいる後に多いな。木を亜空間に引き込むときは木だけが亜空間に入る。木についている虫とかはその場に残って落下してくる。それを食べに集まっているんだろうな。

 

虫を魚が食べる。その魚をより大きな魚が食べる。その魚をさらに大きな魚が食べる。食物連鎖とはそういうものだ。

 

……あれ? それなら魔物も来るのか?

 

ちょっと嫌な予感がするなと思っていたら、足を前に出したときに水中で柔らかめでぬめっとした大きなものを蹴り飛ばす感触があった。

 

なんだ?

 

次の瞬間水中から何かが飛び出てきて体に巻き付いてくる。

 

またこいつか…

 

巨大ウナギに巻き付かれていた。電気を発して焼き殺そうとしてくるが俺には効かない。胴付き長靴は絶縁性がけっこう高いし雷属性の魔力を纏わせれば圧力差で防げる。

 

締め付けも地力に差があって圧迫感がする程度だ。

 

仕留めてもいいが調査中にむやみに殺すのは良くない。追い払うために簡易的に魔術を行使する。

 

―雷撃掌

 

無理矢理割って入って電流を流してやると一瞬ビクビクッとけいれんした後、脱兎のごとく逃げていった。

 

ちょっと悪いことをしたか?

 

先に蹴り飛ばしたのはこちらだがあのままでは作業に支障が出るのでしょうがない。

 

元気に逃げていったから大丈夫だろう。そう考えて作業を続けていく。

 

雨も止んでからしばらくたった。木材も溜まってきたし昼食にするにはいい頃合いになったので作業を止めて戻ろうかと思った。

 

その矢先にまた水中から何かが飛び出てきて体に巻き付こうとしてくる。

 

またか、しつこいな…

 

―雷撃掌

 

反射的に魔術を食らわせるとさしたる抵抗もなく電流は流れる。

 

あれ? ウナギじゃない?

 

何者かは力を失って水面に落下すると腹側を上にして浮き上がってきた。

 

…蛇だな

 

アナコンダぐらいの蛇が水面に仰向けになって浮かんでいる。雷耐性が低いのかそもそも魔力が低いのか。たいした魔術ではなかったと思うが一撃で伸びてしまった。

 

…ひょっとして殺しちゃったか?

 

蛇は一向に起きてこない。だんだん心配になってきた。

 

首のあたりを掴んで顔をぺしぺし叩くと意識が戻ったのか舌をチロチロと出し入れしだした。

 

よかった…死んでない

 

手を放して水に入れると蛇は緩慢な動きながらも泳いで去って行った。

 

そろそろ休憩に入るか…

 

逃げる蛇を見送って俺も引き返していく。

 

 

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