それから一週間も掛からずに湖まで真っ直ぐに通じる桟橋が完成した。
魔物の襲撃はあれ以来目立ったものは無かった。平穏なのはいいことだ。お陰で作業がしやすかった。
ログハウスにはトイレも建設した。
隣に小さめのログハウスを建築して既存のものと通路でつないで外に出なくてもアクセス出来るようにしている。
前にラディフマタル森林に作ったものと設計思想は同じで、斜面に掘った穴に落ちるようにして溜まったら土魔術で処理する方式だ。
今までは森林地帯の木に登って枝の上から用を足していたがトイレを作ると急に人間らしい生活になるな。
部屋の中には簡易的なシンクを作りタンク式の簡易的な水道を設置している。溜めていた雨水を補充する仕組みだ。排水はトイレと同じく床に開けた穴から地面に開けた穴に入るようにして定期的に土魔術でかき混ぜ処理する。
さて、あとは湖に行って湖底の砂を回収するだけか…
正直またあれに襲われるかも知れないと思うと気が進まないが依頼を受けている以上はやらねばならない。
あれを回避する方法は一応考えている。だが、果たしてうまくいくのか?
とにかくやってみるしかない…
そのために準備をしよう
霧が出ている朝は調査をせずに木を加工して小舟を作る。
小舟が完成すると湖底採取のための器具を開発していく。
瓶を固定して湖底に到達させた後、簡単な操作によって採取と蓋締めを完了させ水上に引き上げる。満たすべき条件はそんなところか。
瓶をアームの先端に取り付けて円運動をさせて湖底を
アームの動きを安定させるためにはアームを堅く作る。アームを取り付ける土台も頑丈にし、加えて全体を安定させるために重く作らなければならない。
魔鉄を使いたいところだが魔鉄の魔力に興味を引かれてアイツがやってくる可能性がある。
アームは普通の鉄で作り、土台はこの魔境産の木材と鉛を使用して作ろう。
アームの動作はスプリングにより行う。しかし、それだけだと動きが速すぎて土台を動かしてしまいそうだ。瓶の破損にもつながる。歯車機構を加えてアームがゆっくりと動くようにして対処した。
ひもを引くとロックが外れてアームが動き出す仕組みを加える。それとは別の紐で
これで完成だ…
しかし、完成はしたが実際にやってみるまでは効果を証明することは出来ないだろう。動かさなければならない。
霧が晴れるのを待って湖に向かう。
桟橋を渡って湖に到着すると作成した木製の舟を湖面に浮かべて乗り込む。
オールを静かに漕いで十分に水深が深い場所に来ると採取装置を沈めていく。
手回し式の滑車を回してゆっくりとロープを伸ばしていく。アームのロックを外すための紐も同じ速度で動かせるように二つの滑車を同時に回せるようにしてある。
滑車を回す手応えがなくなるとロープを直接持って軽く引いて手応えを確かめた。湖底からのわずかな反動が手に伝わる。
しっかりと着いたようだな…
採取開始だ
ロック用の紐を手前に引くようにクッと勢いを付けて引っ張るとロックが外れてアームが動き出す。
ロープを持つ手から伝わる振動によりある程度どのように動いているか想像がつく。
瓶の中に入っていた空気が泡となって水面に上がってきた。
とりあえずは機能したようだ。後は引き上げてみて成果を確認するだけ。
ハンドルを回して引き上げてみる。
採取器を舟の上に引き上げて瓶を確認すると一応入っているようだ。
アームから瓶を外すと改めて蓋をして光にかざしてみる。
おお、採取できている…
ガラス瓶の中には例の極小アキアトルが
しかし…
採取できた砂は想定よりも少ない。
何が悪いのか? どう改良したものか…
とりあえずおもりを増やしてみて、筐体を支える足を杭のように尖らせて湖底に刺さるようにする。
これでもう少し深く位置取りして、なおかつ安定して動作するはずだ。
別の瓶を設置して再びトライしてみる。
今度はきっちり理想通りに採取できた。
場所を変えたときにどうなるかはわからないがとりあえずはこれで良いみたいだな。
繰り返し行い合計四つのサンプルを採取する。
ひとまず戻るか…
長居をするとヤツが来そうな気がする。まだ不穏な空気は感じないが感覚を当てにしないほうがいい。
しばらく森林地帯の桟橋の上で休憩する。
しかし、報告書に書いたあのやり方だったら確実に死ぬな…
小舟と採取器を作って慎重にやってみてから考えたが魔術に頼るやり方ではおそらくヤツを刺激することになるだろう。
報告書にはそのやり方でヤツを釣り上げてしまったと書いたので真似をするようなイカレポンチはまさかいないとは思う。しかし、研究者なら好奇心からやりかねないとも思う。
今回の報告書で比較的安全なやり方は示すことが出来る。しかし、絶対に安全とは言えないし気軽にやられても困るな。一応警告は出しておくか。
あのクソデカサンショウウオを是非見たいという
実際あれともう一度出会ったらどうするか?
相手が本気ならまずこちらを水中に引きずり込んで戦うだろう。水中はヤツのステージだ。為す術なく一方的にやられる。そんな未来しか見えない。
水中用の戦闘体を作成するか?
勝負にはなるかも知れないが勝てる見込みは薄いな。
魔力量をチェックしてみる。
最大魔力量 魔石:47352
コア:112326
いつの間にか上がっているな。コアの魔力量が魔石の倍を超えている。コアブーストを全力で使ったら体がバラバラになりそうだ。使いにくくなったかも知れない。
まあ、それは悪いことではないか。あれに頼るのは良くない。
水中戦闘体を作成したところで別にヤツと戦う必要性はないんだよな…
万一倒せたところでギルドに持って行けるわけでもなし。環境に悪影響がある可能性すらある。
作るとしたら高速移動体か。相手の魔術すら追いつけないスピードでぶっちぎれば確実に逃げられると思う。
考慮はしておこう。実際に運用してみると問題が起こりそうな気がするが…
今あるもので対処していくことにする。下手にいろいろ出来るとやってみたくなるものだ。
時間が経ったので再び場所を変えて採取していく。
砂の質もアキアトルの数もあまり変わらないな…
結論には早いが湖の底全体にまんべんなく存在しているような気がする。
まあ、今採取しているのは湖でもかなり外側の方だ。前に偵察体で採取したときも湖の中心からは外れている場所だ。中心には怖くていけないから推測するしか出来ない。
採取が終わるとまた引き返す。それからあいつの気配がしないかを入念にチェックする。
…いないようだな…とりあえずは安心…か…
日は少し傾きつつあった。無理をすると暗闇の中で船を漕がねばならなくなるだろう。
今日はこれで終わりにするか…
桟橋に小舟をつないで拠点に戻る。
その途中、ふと振り返って湖の方を見たら遠くに小島のようなものが見える。
あんな所に島なんて合ったか…?
よく見ると色は黒っぽくて表面はつるつるしている。
……あいつじゃん
極力気配を消して、相手の気配と動作に注意しつつ、それでいて可能な限り早足で後ろ向きにヤツの動きを見ながら森林地帯に逃げ込む。
相手から視認できない所までくると一息つく。
あっぶねぇ…タイミングがズレていたらニアミスしてたな
何をしに浮かんできたのか知らないが思ったよりカジュアルに上がってくるじゃないか。
とりあえず上がってきた時間と位置を記憶しておく。
俺はより一層慎重に採取すると決意した。
それから数日、場所を変えて採取していたが予定よりだいぶ早く計画を達成することが出来た。
幸いにしてあいつと接触することはなかった。遠目に何度か確認することはあったがおとなしいものだった。一定の間隔で水面に上がってきている感じかな。ひなたぼっこかも知れない。
このまま王都に戻っても良いのだが気になったことをちょっと調べてから帰ることにした。
朝方にいつも霧が発生している原因を少し調べて見ようと思ったのだ。霧は湖からやってくるような気がしている。
夜のうちに湖にやってきて桟橋の上で一晩中観察を続け、変化していく様子を見てやろう。
日が暮れる前に桟橋を渡って湖の岸辺、
枯れて積み上がっている黄色っぽくなった草を編み上げて迷彩服のようなものを作り上げて着込む。
これで気配を消せば魔物から発見される事はないはず。
じっとして夜の訪れを待つ。
やがて辺りは完全に暗闇に包まれていく。
光を感じてふと湖に目をやった。
静かな湖面は鏡のように光を反射して一面に星空が広がっている。
上を見上げると満天の星空が視界いっぱいに広がっている。
上も下も、視界のすべてが星々に支配される。
そういう光景だった。
天文学には興味がなかった。地球でも積極的に夜空を見上げるなんて事はしていない。周りが明るくて星なんてろくに見えないと言うこともあっただろう。
こちらではちょっと街の外に出れば星空が簡単に見える。
もう少し興味を持っても良かったかもな。
日が暮れると割とすぐに寝てしまう習慣になっているしそれを変えるつもりはない。しかし、たまには星を見るのも悪くない。
そう思わせてくれる景色だった。
小腹が減ると星を見つめながら携帯食料を食べて空腹を満たす。
そうして時間が過ぎ去るのを待った。
時間は日付も変わり深夜三時を回った頃だろうか?
突然、魔力の気配が濃厚になってくる。
警戒をしていると湖面から星々が消えている事に気づく。
湖面が波打っている…?
ほぼ同時に魔物達が水面に出てきて体をくねらせるように動き出している。
魔物はお互いに見向きもせずに何かを食べているのか口をパクパクと動かしていた。
魔力視で見てみると湖面中がぼんやりと光って見える。
水の性質の魔力に波長を合わせてみると湖面がまぶしいぐらいに輝いて見えた。
詳細を確認しようと水面に近づいて観察してみる。するとそこに…
…なにかがいるな
水をすくって目を近づけて観察すると手の中の水には無数の極小アキアトルが蠢いていた。
ちょっとくすぐったい…
湖に戻して全体を観察してみる。
どうやら魔物達は湖面に浮き上がってきたアキアトルを食べているで間違いないようだ。
どのぐらい食うのだろうかとみていると最初より食べる勢いが落ちてきているように思う。
そこまで大量には食べられないようだな
湖面が落ち着いてくると今度は魔物の気配が大きくなっていく。
最初に食べていたのは浅い付近にいる魔物…だんだん深いところにいる魔物が出てきて交代するようになるということか…
となると最終的にはアイツが出てくるはず
待っているとやがて大きな気配を感じる。それも複数だ。
一……二…三………四……五!
五匹も居るのかっ!
大きさはまちまちのようだが同クラスと思われる個体は五匹居る。
一匹しか居ないと思っていたのでびっくりだ。そりゃ底に潜ったら
いや、湖の広さに比べるとむしろ少ないとも言えるのか? もっといる?
希望的観測をしていたようだ。後から来ると思われる研究者たちに警告はしておかないとな…
しばらくするとそれらもいなくなり再び静かな湖面に戻っていく。
アキアトル達はずっと湖面に留まっている。
さらにじっと眺めていると水面から極細の糸のような魔力線が延びていくのが観測できた。
空気中の水分を伝って伸ばしているようだな。
複数の個体が協力し合って伸ばしているのかも知れない。魔石のサイズの割に魔力線が長い。それに個体の数に比べて線の数は少ない。一体一体が伸ばしているなら視界を埋め尽くすほど膨大になるはずだ。
線を細くすることによって長さを稼いでいるのかも知れない。見失いかねないほどの細さだ。
足下を見てみるといつの間にか霧が立ちこめていた。
糸のような魔力線の下の方から発生している。
湖から水分を上に上げているのかも知れない。それにより魔力線を延長する。余分な水分は霧になって下に落ちてきている。そんなところか。
問題は魔力線を延ばして何をしたいかなのだが…
魔力線は先端が見えなくなるほど上空に伸びている。
ずっと空を眺めていると上から何かが降ってきた。
……ポッ……
顔に当たると弾ける。水滴のようだ。
それが徐々に数を増やしていく。周囲に連続して音が響く。
雨が降ってきたらしい。
この雨はこいつらが呼んでいるのか?
他の土地に比べて雨は多いと思っていたが原因はこれか。
湖に入って瓶にこいつらを採取すると桟橋の上に避難する。
亜空間から傘を取り出して広げると雨をしのぎながら最後まで観察しようと粘ってみた。
夜が明け始め明るくなってくると水位の上昇がよく見える。
携帯食料を食べつつ観察を続けるが魔力線は上空に延びたままだ。雨は激しくなる。
いつまで続けるんだろうな?
結局完全に日が昇り気温が上がってきたところで彼らは徐々に湖底へと戻っていった。
それからも雨はしばらく降り、計ったように今までと同じような時間に止んでくる。
ここの環境はこの現象が作り出しているということなのか…
アキアトルが魔力の結晶であるならばこの世界の気象は魔力の影響下にあると言うことなんだろう。
観察を終えて傘を差しながら桟橋の上を歩いて拠点に戻った。