機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー   作:井上斐呂

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第88話 リーンの魔物講座①

ファジル・ガルゼファの番を狩って王都に帰って来た翌日は日課のトレーニングを行いつつ気が向いたことをやることにする。

 

そういえばカニの魔石のことを忘れていたな。一応分析してみるか…

 

魔力量は2500ぐらいだった。この場合大きくない方がいいんだったか?

 

魔術回路はけっこう独特だな。泥を操る魔術はあの場所特有の性質が強い。これだけだとあまり参考にならないな。汎用性がない。

 

泡を使って身を守る魔術は水魔術だな。ただし泡立たせる成分はカニ由来のものか。これは応用が利くかも知れない。界面活性剤を用意して泡を操ってみるのも面白そうではある。

 

分析も終わったしリーンに売りつけに行く前にギルドで確認しておくか。

 

早速ギルドに出向いてキリアムを呼び出す。

 

「この魔石についてなんだが、いくらになるかわかるか? 」

「紫の魔石ですか… これはまた珍しい 」

 

珍しいならお値段も期待できるかな…

 

キリアムは席を外して調べに行った。しばらくして戻ってくると金額を告げてくる。

 

「このぐらいの大きさの魔石ですと10万エスクぐらいですね。正確な数字はきちんとした鑑定が必要ですが 」

 

10万か…思ったより低いな

 

「ギルド以外の取引所だといくらぐらいになるんだ? 」

「20万はすると思いますよ 」

 

倍以上開きがあるのか…

 

「それだけ差が出るのはなんでなんだ? 」

「ギルドとしましては魔力の内包量で値段を付けざるを得ないんです。魔石は基本的に収集するものではなく資源として使うものですから。希少性は考慮されませんので 」

「なるほどな。ギルドに兎に角卸すのも考え物か 」

「……遺憾ではありますがそうなってしまいます。すべてギルドに納めてくださっているレインさんにはギルドとしましても感謝してもしきれないぐらいです 」

 

それが狙いなんだから感謝してくれないと困るな…

 

だが今回ばかりは別に回させてもらおう。

 

「悪いがこれは知り合いに売ることにしよう 」

「それがいいと思います。ただ、今後とも同様にギルドとお付き合いしていただければ… 」

「わかっている。基本的に今まで通りだ。特殊な魔石でなければギルドに卸すことにする 」

 

その言葉を聞いてほっとしたのだろう。キリアムはちょっといい笑顔で頭を下げて言う。

 

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします 」

 

俺は俺の都合でギルドと付き合っている。こちらこそよろしくお願いしますだ。わざわざキリアムにチクチク嫌みを言う気にはならない。

 

いざって時は頼りにしてるさ。いざって時が来ないといいけどな。

 

聞きたいことも聞けたのでギルドを後にして学院に行ってみる。もちろん人があまり出歩いていない時間帯だ。

 

リーンは幸いにして自室にいた。

 

一応ノックをと思ったがその前に中から声がかかる。

 

「開いてるわよ~ 」

 

そう言われてはしょうがない。そのままドアを開けて中に入る。リーンは何かを執筆しているようだった。

 

「ちょっといいか、話というかちょっとした取引があるんだが 」

「いいわよ。何? 」

 

そう答えながらも手は素早く動いて執筆を続けている。

 

ホントにいいのか?

 

まあ、本人がそう言うならしょうがない。俺は腰のポーチと見せかけた亜空間からカニの魔石を取り出して見せる。

 

そこで初めて顔を上げるが執筆は続けたままだ。

 

器用だな…

 

「おおっ、紫魔石! 色合いからいってカニ系の魔物かな 」

「ご名答。カンヴァル湿原産のカニの魔石だ。良くわかったな 」

「色合いが違うのよ。節足動物はわかりやすい違いが出やすいわ。簡単な部類よ 」

 

流石は魔石コレクターといったところか。俺は二例しか知らないからそんなことはわからない。

 

「それなりに珍しいものだと思ってな。こいつを買わないか? 」

「買った! いくら? 」

 

即答か… 果たしてどういうつもりか?

 

「そちらから値段を出してくれないか? 」

「う~ん…45万でどう? 」

 

高いな…ギルドでは一般市場で20万を越えるぐらいだと言っていたがいろいろ詳細を加味した上でこの値段と言うことだろう。

 

リーンは本気だな。魔力を読まなくてもわかる。こちらとの関係性をしっかり考えてくれているのだろう。

 

「取引成立だな 」

 

リーンの目の前、机の上に魔石を置くとそこで初めて手を止めた。

 

魔石を手に取ってひとしきり眺めてから魔力水が入ったケースにしまいこむ。

 

再び椅子に座ると執筆を再開することなくこちらに顔を向けた。

 

「少しお話をしよっか? 」

「いいのか? まだ完成していないようだが 」

「目処は立ったわ。少し休憩もしたいしね。お返しも兼ねてなにか面白い話しでもできたらってね。なんの話がいいかしら? 」

 

そうだな…

魔物について詳しいみたいだから魔物の話がいいがどうするか…

 

「魔境でレガル・ゼファと言う魔物を狩ったことがある。そして、そこから更に変異したファジル・ガルゼファと言う魔物を狩ることになった。つい先日のことだ

 そこで気になったんだが魔物の変異についてちょっと学問的な見解を教えてもらえると助かるんだがいいか? 」

「魔力変異についてね。すこし複雑な話になるかも知れないけど楽しい話になりそうね 」

 

リーンは少し考えた後、話のとっかかりを考えついたのだろう、話をはじめだした。

 

「まず、魔物とはそもそもなんなのかと言うところからはじめましょうか。レインは魔物ってなんだと思う? 」

「魔物…か。あらためて問われると答えにくいな。魔石を持っているでは人間も入るな。魔石を持っている生き物で人間ではないもの、といったところか 」

「世間一般の認識に近い感じね。それに加えて人間に危害を加える可能性があるものっていう感覚が入ると一般的な認識になるわね 」

 

一般的か…

 

「学問的には異なると… 」

「そうね。学問的には人間も含めて魔石を持つものが魔物よ。認めない人もいるでしょうけど。でも魔物を理解するに当たって一番身近で研究しやすいのが人間という魔物よ。魔物学は人間を研究することが出発点であり、そうやって発展してきたわ 」

「なるほど、人間という魔物を学び他の魔物とその差異を比較してきたというわけか… 」

「そうよ。レインは話せる口ね。研究者に向いているわ 」

 

客観視できるからか? だが俺が人間じゃないとしたら客観視にはならないんじゃないか? 向いているのかねぇ…

 

黙っているとリーンはかまわずに続ける。

 

「人間種には私たち徒人(ただびと)の他に獣人(じゅうじん)岩人(いわびと)森人(もりびと)砂人(すなびと)緑小人(りょくしょうじん)、他の大陸には鬼人(きじん)大鬼人(だいきじん)なんて種族もいるらしいわね。それらの遺伝子は多少の差異はあるもののみんな共通して人類のものよ 」

 

いろんな種族がいるんだな。俺もそこに入れてくれんかね? この肉体の遺伝子はそこまで違いがないはずだ。

 

「でも遺伝子は同じだとしても異なる種族間で子孫を残すことは出来ないの。魔石の方で異なる種だと認識されるからだと言われているわ。母親側の魔石が異物として排除するって事ね

 種族の形態的な違いは魔力変異に因るものだけど、このことから魔力変異は親から子に引き継がれるものでもあると結論づけられているわ 」

「変異の遺伝的引き継ぎか。だがそうでない変異もあるな。徒人でも髪や目の色が変異することがある 」

「そう言うのを特発変異と呼んでいるわ。特発変異に対して引き継がれる変異を系統変異と呼んでいるわね 」

 

特発と系統か… 種族の違いは系統に当たるんだろうけど…

 

「だが系統変異も一番最初は特発変異だったのだろう? 物事が続いていくには何事にも最初というものがある 」

「そうそう! あるときを境に集団的に同系統の特発変異が起こって同一変異集団を形成することで集団内で変異が継承されることになった。そこから系統変異になったって考えが今の主流ね。その場合はその集団が生息している環境に大きく依存すると言われているわ

 魔石が蓄積した環境と生活様式の情報から変異の方向性が決まっていくと言ったところかしら。適応進化が一代で集団的に起きることを想像した方がわかりやすいかな 」

「なるほどな。特定の地域で暮らしていた集団が何かしらをきっかけにしてその環境に適した変異を起こした。森人や岩人の場合、元の人種、借りに元人(げんじん)としておこうか、元人から森人や岩人になったと言うことか。途中の段階はあったかもしれないが…

 となるとそのきっかけが気になるところだが1000年近く前にもなるか。流石にそんなことはわからないだろうな 」

「そうね。集団で特発変異が起きる条件は不明のままよ。環境への適応はもう終わっていて、これから先もう起きることはないと言っている人もいるわね。私も可能性が全くないとは思わないけど大きな変化が起きる必要があるとは思っているわ 」

 

「レガル・ゼファとファジル・ガルゼファの関係性はどうなんだろうな? 特発変異を起こすことでレガル・ゼファがファジル・ガルゼファに変異するのか、はたまた別種なのか 」

「それなんだけど実際の所は良くわかってないのよね。いくつか考え方があるしわかっている事実もあるんだけどそれらの複合的な事が起こっていると考えられているわ 」

「まあ、わかりづらいのは身に染みてわかっているよ 」

 

「とりあえずわかっている事実から言うと、この国にいる狼系の魔物は一般生物学的には三種類ぐらいの近縁種にわけられるんだけどこの三種類のどれもがレガル・ゼファと白狼(ウルス・ゼファ)青狼(セルア・ゼファ)に変異する可能性を持っているの 」

「系統変異ではないのか? しかし、同じ方向で変異が起こっているよな? やはり系統変異…? 」

「そうね。なかなか分類には困るけど、突発的系統変異とも言われるわね。普通の狼からレガル・ゼファに変異することもあればレガル・ゼファの(つがい)からレガル・ゼファが生まれることもある。逆にレガル・ゼファから普通の狼が生まれることもある。いつ魔石に蓄積された情報が発現するのか良くわからないって言う事例ね 」

 

難しいな…

遺伝子的な進化も複雑なのにそこに魔力変異も加わるか…

 

「ファジル・ガルゼファは結局、特発変異でいいんだろうか? 」

「う~ん、それなんだけど、レガル・ゼファからファジル・ガルゼファに変異する場合が観測されているから特発変異であるとはされているわ。ただファジル・ガルゼファの番から生まれたレガル・ゼファはファジル・ガルゼファに変異しやすいとも知られているわね。これを系統的特発変異っていったりするの 」

「はぁ~。複雑なんだな 」

 

良くわからなくなってきた。別のアプローチをしてみるか。

 

「あの巨大怪鳥(ジェナスドルガ・イルスフォル)の場合はどうなんだろうな? 親鳥は二羽とも同じような見た目だったがあんな強力な個体が何羽もいるとは思えない。別々の場所で育った雄雌がたまたま出会って番になって子を残すなんて事は偶然に任せたんじゃ確率が低すぎないだろうか? 」

「う~ん、それも謎が多いんだけど、共鳴変異説という説があってね 」

 

また別の説がでてきたな。何がでてきても驚くまい。

 

「雄雌どちらかの個体が先に変異しているとして、まだ変異していない方は先に変異した方の後を追うように変異するって説なんだけどね。雌の方が小さいって話だから多分雌が雄の後を追って変異したんだと思うけど、雌の方は何でもない魔物だったんじゃないかって思うな。私の勝手な推測だけどね 」

「雛の方はどうなんだろうな。親鳥にはあまり似ていない感じだが成長すれば親鳥のようになるんだろうか? 」

「鳥は卵生だから分化していく過程で親の魔石の影響は受けにくいと言われているわ。卵生の生き物の方が魔力変異に多様性があるっていう研究もあって信憑性はそれなりにあるのよ。ただこの場合、竜種に属するでしょうしほどんど情報がないからなんとも言えないわね 」

 

竜種というのは俺の訳ではあるが卵生の魔物が特異な変異を遂げていき人知を超えた存在になったときに使う称号のような分類だ。

 

狩人が好みそうな言葉ではあるが学者であるリーンも使うんだな。

 

「リーンは竜種という分類についてどう思うんだ? 」

「どうってのは何よ? 」

「いや、学問的にはあまり意味がない分類のようにも思えるんだ。ただの変異が行き過ぎた強力な個体という意味合いにしかならないんじゃないか? 」

「そうねぇ…確かにそうなんだけど個人的には竜種に特別なものを感じているのよ。情報自体は少ないし眉唾なことも多いけど魔境の存在に深く関わっているようなそんな気がするの 」

 

研究者の勘ってやつかな。アルグラントのような存在は知られていないようだが薄々感じていると言うことなんだろうか?

 

なかなか鋭いな…恐ろしくなるよ、腹に一物隠している身としてはな…

 

「休憩にしては長すぎたか。あまり長居するのも悪いからそろそろ行くとしよう 」

「そうかしら? まあ、いいわ。いつか私の研究室に案内するね。みんなもレインに会いたがっているわ 」

 

研究室か…いろいろな人材がいるのだろう。考えてみれば賢者だけを警戒していたが別に賢者ではなくても俺の正体にたどり着くような魔術が使える人間がいないとも限らない。魔術以外の才能だって危険かも知れない。

 

今更ながらに危ない橋を渡っていることに気づく。リオンに授業を受けられる頼んだのは失敗だったか? のめり込みすぎているのかもしれない。だんだん自分が異質な存在であることへの自覚が薄れてきているのか?

 

それはある意味いいことなのかもしれないが結果としてどうなるのか空恐ろしくなる。

 

「遠慮しておこう。人見知りなんでな… 」

「そうなの? 残念… そう見えないけど… 」

 

そう言うことにしておいてくれ…

 

「まあ、いいわ。気が向いたらいつでも言ってね。それじゃまたね 」

 

信じては無いようだがそれ以上は何も言わずに送り出してくれる。なんか気を遣わせたかな? だが、こればかりはどうしようもない。魔力によって嫌でも伝わってしまうところがある。

 

自宅に戻るといつも通りの日々が始まっていく。

 

本を読む。トレーニングをする。買い物をする。料理をする。

 

そんなところか。

 

事が動いたのはリオンとの約束から一週間後のことだった。

 

ポストにリオンからの手紙が届く。そして、内容を確認した。予想通り魔術の授業についてだ。

 

明後日から授業に参加できるのか。きっちり七日で調整してくれてるのはリオンの生真面目さが現れているようだ。

 

特に用意するものは無いらしい。人から魔術を習ったことがないからこれが普通なのかわからないな。

 

リオンが気を利かせてすべて用意してくれているのかはたまた…

 

もしそうなら無駄に圧を掛けた身としては望んだ結果ではあるけれど悪い気がしてくる。

 

……誠に勝手だな

 

 

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