「レインさん。凄いですね。もうそこまで出来るようになったんですか。流石です」
フラン先生か。気づかなかった。相当集中が極まっていたか。
「そろそろ次の段階に進んでみましょうか? 」
「そうですね。何かコツとかってありますか? あまり魔術を習ったことがないので、ひとがどうやっているのか参考にしたいですね 」
石がどうやっているかは詳しいけど…
「ふふっ、レインさんは上達に余念がないんですね。私のやり方ですと生き物を可愛がるような感じですね 」
「生き物ですか? 」
「はい、何か生き物を飼ったことはありますか? 」
飼っていた…か…
「……前に飼っていたことがあります 」
「ではその子を優しくなでるように接してみてください 」
そう言われて俺は地球で飼っていた猫を思い出していた。
茶トラの柔らかい毛並み。その色からムギって名前を付けていた。
もう俺のことは忘れているだろうか? 猫は単独生活をする生き物だから引きずったりはしないだろう。
それでいい、それがいい…
手の中にある鉄片をムギとして認識しようとしてみる。温度を上げたのが良かった。別の生き物の体温のように感じられる。
優しく撫でているとなんとなく自分と切り離す事が出来るようになっていった。
なるほど、こう言う感覚か…
「できました 」
確信を込めて言う。
「すごいです! もう出来るようになったなんて。リオン教授が仰っていたとおりですね 」
「先生から教えていただいたおかげですよ。他に自分と切り離すコツとかってあるんですか? 」
この際だからいろいろ聞いてみよう。
「そうですね……出産を経験した女性だと子供を産むときを想像するとうまくいきやすいと聞いたことがあります 」
出産か… 男には真似できないな
「一般的に女性の方が男性より魔術の上達が速いですが肉体的に力が劣るからだと言われています。でも、私はこれを聞いたとき子供を出産することも影響しているんじゃないかって思ったの。特に根拠があるわけでもないけどね 」
少しフラン先生の口調がくだけてきた。本来はもっと気さくな人かも知れない。
「他には亡くなった身内の魔石に魔力を流したことを思い出してうまくいったという話しもあるね。妖精さんとお話をすることを想像しているって人もいるよ 」
「妖精さん…女性の方ですか? 」
「ううん、お髭が素敵な壮年の男性だったよ。そのときは笑っちゃいけないなってこらえるのが大変だったの 」
フラン先生はにこやかに語っている。こちらもつられてくだけた感じになりそうになる。
余計なことをしゃべらないようにしないとだめだな。ひょっとするとこういう人が一番厄介かも知れない。
「では、そろそろ次の段階に進むとしましょうか… 」
話を区切って一旦距離を取ることにしよう。
「そうでしたね。授業中でした。話が反れすぎましたか 」
教師の顔に戻ると居住まいを正す。
「性質変換はどのように教えているのですか? 」
「今からやってみますね……反対側を持ってみてください 」
俺が使っていた鉄片を手に取ると親指と人差し指でつまむようにして持ち、反対側をこちらに指しだしてくる。
こちらも同じようにつまむと説明が始まる。
「これからこの鉄片に魔力を流してから性質変換を行いますのでどのように変化していくのか感じ取ってみてください 」
「なるほど、意図はわかりました。お願いします 」
「はい、いきますよ 」
鉄片を通して魔力の変化が伝わってくる。だが、変化の様子はある程度わかるが変化後の魔力はあまり感じられない。
こちらがわかっていないことはフラン先生には伝わっているのだろう。繰り返し何度もやってくれる。
どのぐらい繰り返してもらっただろうか。少し感じ取れるようになってきた。
これが鉄の性質の魔力か…
そこから先はけっこう早く上達していく。数回続けてもらうとほとんどの魔力を感じ取れるようになった。
「もう感じ取れるようになったみたいですね。上達が早いです。次の訓練に行くことにしましょう。席から立ってください 」
そういうと先生は俺が立ちやすいように距離を開けてスペースを作る。正面に向かい合うように立つと後ろを向いて俺に背中を見せる。
「私の背骨の辺りに手を当てて見てください 」
そう言われて背中に手を当ててみる。
「今から鉄魔術を使用しますので私の体の中を流れる魔力を感じてみてください。その際に背骨の近くを通る太い血管に意識を集中してください。感じ取りにくい場合は手の位置を動かしてくださってかまいません。では、いきますよ 」
背中に当てた手のひらから先生の中を流れる魔力を感じ取っていく。血管を中心として骨や筋肉、内臓なんかを流れる魔力の流れを読み取っていく。
性質を変化させる大本は体内を流れる魔力、つまるところ魔石にある。魔力が表す意図を感じるんだ。
伊達に一から肉体を構築していない。人一倍どころか何倍も詳しいんだ。そういうことは良くわかる。
見える、見えるぞ…
目を閉じて脳内に魔力の流れる図式を思い浮かべる。脳を使っていると思っているが本当のところはコアなのかも知れないが。
ともかく、それほど時間を掛けることなく鉄の魔力への性質変化のやり方は習得することが出来た。
「フラン先生、おそらくですが出来るようになったと思います 」
「本当ですか⁉ では、やってみせてください 」
俺は机の上にある鉄片を手に取ると魔力を込めて自分と切り離し、性質変換を行っていく。
魔力視で確認しても鉄の魔力が確認できる。いつの間にか魔力視で見えるようになっている。
「すごいです! もうそこまで出来るようになるなんて。魔術の実行まであと一歩ですよ 」
確かに段階的には前の段階に来ている。ただ、魔術として行使することはもちろん、有用な魔術に昇華させることはなかなかに難しい。
「ありがとうございます。しかし、まだまだですよ。固体魔術は有効な魔術にするまでが難しいとも聞いています。この一週間ではそこまでいくのはちょっと無理そうですね 」
「確かに難しいとは思います。でも工夫次第でちょっとした魔術なら使えるようになりますよ。最後の授業が終わったときにでもお教えしますね 」
「それはありがたいです。是非ともお願いします 」
フラン先生は座席を回りながらそれぞれの人にアドバイスなんかを送ってみたり目の前で実演を行ったりしている。
他の生徒の進捗を見てみると大多数が第一段階で躓いているようだ。
本来はやはりじっくりと一歩ずつ段階を踏んでいくのだろう。
俺は残りの時間を性質変換を繰り返す事に使用して変換効率を上げていくことに集中する。
変換効率が100%に出来ないのはそうすると自分の制御を離れてしまうからだろうな。完全に変換するということは完全に自分から切り離すということになる。最大限変換しても95%ぐらいが限界だろう。実用を考えるなら90%ぐらいか?
無変換魔力で制御するから変換効率が上がるほど制御が難しくなる。変換効率がいいから優れた魔術だとは必ずしも言えないな。
終わりが来ると先生に挨拶をして教室を出る。その足でリオンの部屋に戻ってきた。
なにか俺に用事があるようだったがなんだろうな?
部屋に入るとまだ何かを執筆している。
「お疲れ様。授業は終わったようだね。そこにかけてくれていいよ。僕の方は書きながらで失礼するけど 」
促されるまま応接用のソファーに座るとリオンの方から会話が始まる。
「授業の方はどうだったかな? 楽しんでくれたかい? 」
「ああ、相当為になったよ。人から習うことはあまりなかったんでな。新鮮な体験だった 」
いつもは魔術回路から構築してから肉体の感覚に落とし込んでいく形を取っている。今回は今までと完全に逆を行っている。
それが普通の人間なら当たり前なんだろうけど俺の本態がコアにある。故にまずコアで魔物の魔術回路を分析して組み合わせて魔石に書き込んで肉体で動かしてみた後フィードバックして改善していく手法をとらざるを得ない。
効率よく様々な魔術を生み出していくことは出来る。適性も関係なく使うことが出来る。反面、魔術回路を他の魔石から入手していく必要がある。
魔術の真髄を理解する、あるいはコアの性能が限界突破すればゼロから魔術を作り出していく事が出来るのかもしれないがそれはあくまで可能性の話。
魔石から魔術を得ようとするなら目当ての魔術を保有している魔物を探して狩らなければならないが鉄魔術とかは使う魔物がなかなかいなさそうだ。
人から学べるならそれに越したことはない。膨大な人的ネットワークが生み出す叡智は人が生きていく上では無くてはならないものだ。
いつかはゼロから魔術を作ってみたいがこれをきっかけにしてその叡智にアクセスしたいものだ。
「満足してくれているようで良かったよ。どのぐらいまで進んだんだい? レインならけっこう上達したんじゃないかな 」
俺はポケットから鉄片を取り出すと性質変換をしてみせる。鉄片はいつでも練習が出来るように各自に支給されている。
「ここまでは出来るようになった 」
今だせる最高の変換効率は40%ぐらいか。50%ぐらいまで行けば少し変形をさせるぐらいはできるようになるだろう。
「すごいじゃないか! たったの数時間でそこまで出来るなんて…… これなら頼めるかな? 」
なんか嫌な予感がするな
「頼めるってのはどういうことだ? 」
「レインが良ければだけれど、フラニス教授の授業を手伝ってやって欲しいんだ。どうかな? 」
……いいのか? 俺は教員免許とかないんだが…
こちらにはそこまで厳密なものは無いのかもしれない。有ったとして実技の補助ぐらいならいいのか?
フラン先生にも世話になっているしここで断るのは気が引けるな。
それがリオンの狙いなのか? なんとなく学会に取り込まれつつあるようなそんな気がしてきたぞ。
考えすぎか? リオンに裏があるような気がするのはこちらに裏があるせいだろうか?
考えるほど気分が沈んでいくような気がする。ここは何も考えない方がいいな。
「まだ魔術が使えるって程じゃないがいいのか? 」
「受けてくれるんだね。助かるよ 」
そこまでは言ってない。いや、受けるつもりだけど…
「補助に入るのはもう少し先だね。みんなそこまで進んではいないだろうし。明後日ぐらいからでいいからレインなら大丈夫。その頃には使えるようになると思うよ 」
なんか信頼が重いな。まあ、出来ないとは言わないけどっ。
「今日と明日があればなんとかなるか。リオンからも教われば確実だな 」
お前も協力しろよ?
「…お手柔らかに頼むよ。あまり鉄魔法は得意じゃなくてね。レインが満足できるかは自信がないな 」
リオンはちょっと言いにくそうに言う。
一矢報いたかな?
「大丈夫だ。満足できなかったら
「うん…まあ…それなら 」
成立というところで、よござんすね?