宇宙世紀実録 補助空母〈アインシャムス〉戦記 作:WAST0101
この戦闘の数十分前
エゥーゴ所属
アンティータム級補助空母〈アイン・シャムス〉
女性パイロット用ロッカールーム
第一種戦闘配備が発令されている。それでも二人のパイロットは、髪型について意見を交わしていた。
ウィーンのバレリーナのような容姿 -ただし、髪型はツインテールだった。
「ザヤ・テン教官。実戦だっていうのに、まだツインテールで“部隊のアイドル”をやらなきゃいけないんですか?」
声をかけられたのは二十代半ばの女性だ。
褐色の肌に栗色のセミロングのストレートヘア。切れ長の瞳と高い鼻梁が、極東と中央アジア双方の血を物語っている。
「レオノーラ・ネメッツ曹長……いや、レオ。
部隊のアイドルなんて……」
言いかけて、ザヤは言葉を切った。
戦場で“長く続く”などと口にするのは、あまりに縁起が悪い。
「……誰にでもできる役目じゃないわ。せっかくなら、楽しみなさい」
優しく、それでいて反論を許さない口調だった。
「一年戦争の頃、私は楽しんだものよ」
レオは肩をすくめ、金髪の結び目を指さす。
「でしたら、ツインテールはもう少し後ろで。
先にいくほど細くなる形がいいです。ヘルメットの中で、一番安定しますから」
その“拘り”に、ザヤは思わず微笑に近い表情を浮かべた。
「教官って、あのシーマ少佐の海兵隊にいたんですよね。
……怖くなかったんですか?」
「訓練は厳しかったけど」
ザヤは即答した。
「少佐も、仲間たちも……優しかったわよ」
その言葉を区切るように、艦内放送が流れた。
……MS搭乗、出撃準備。
レオは振り返り、ネモにマラサイのバックパックを背負わせた機体へ向かう。
年長の整備班員たちは、娘や姪を見るような眼差しで彼女を見送っていた。何人かは、口元に笑みを浮かべながらも、拳を強く握りしめている。
初陣。
レオはハッチを閉じる。
武者震い -いや、これは恐怖か、それとも昂揚か。自分でも判別できないまま、笑みが浮かんでくるのを感じた。
一方ザヤは、整備班にサムズアップを返しながら、
ネモ、百式、ディジェ、マラサイ -寄せ集めの機体に乗り込む。
フェダーイン・ライフルを、機体のマニピュレーターに確かに掴ませた。
出撃サインが灯るまでの僅かな時間。
ザヤの脳裏を、過去の記憶が高速で駆け抜けていく。
〈リリー・マルレーン〉での日々。
厳しい訓練。
それでも、自分の前では妙に紳士的だった先輩たち。
そして -シーマ・ガラハウ少佐。
少佐は、かつてこう言いながら、ザヤの髪を結ってくれた。
「ザヤ。すぐにゲルググで出撃して、連邦恭順派の艦隊に合流しなさい。私たちは、毒ガスの罪からは逃れられない……でも、あなたは違う」
部隊のアイドルとしての、最後の役目だった。
ザヤは、駄々をこねなかった。
そして0083年。
再会への淡い期待と、コロニー落としの阻止限界点で突きつけられた最悪の裏切り。
ジオン残党への恨み。
ティターンズへの、決して消えない憎悪。
-その行き着く先が、エゥーゴだった。
出撃サインが灯る。
ザヤは、今はないツインテールの存在を感じながら
静かに操縦桿を握り込んだ。