「……受かった。本当に、受かった……!」
手元のスマートフォンに表示された合格発表の画面を、綴眞白(つづり ましろ)は何度も見返した。 中学3年生。受験という名の長く暗いトンネルをようやく抜け出したのだ。地味で目立たず、教室の隅で本ばかり読んでいたこれまでの自分。けれど、春からは新しい制服に身を包み、もっと明るくて、友達もたくさんいる「理想の自分」になれるはず。
(高校デビュー……頑張らなきゃ。まずは、この勝利を祝ってから!)
眞白は自分へのご褒美として、以前から気になっていた人気のカフェへと足を運んだ。そこはSNSで「スイーツの聖地」と名高い場所で、内装もお洒落そのもの。本来の彼女なら気後れして入れないような空間だが、今日ばかりは「合格者」という無敵の肩書きが彼女の背中を押していた。
案内された席に座り、お目当ての期間限定スイーツを注文する。待ち時間。手持ち無沙汰になった彼女は、いつもの癖で「手遊び」を始めた。
(……誰も見てないよね)
眞白は周囲をさりげなく伺う。客たちは皆、自分の連れとの会話や運ばれてきた料理に夢中だ。 彼女はテーブルの下で、そっと右手のひらを広げた。
自身の体から滲み出る、青白い湯気のような力。それを指先で器用にこねていく。眞白にとって、これは粘土細工よりも簡単で、呼吸をするよりも自然なことだった。
数秒後、彼女の指先には、一羽の小さな小鳥が形作られていた。それは実体を持たないエネルギーの塊だが、眞白の高度な操作によって、羽の一枚一枚までが緻密に再現されている。小鳥は彼女の指を止まり木にして、可愛らしく首を傾げた。
(うん、可愛い。高校に行ったら、こういうのをサッと作って、手品だよーなんて言えたら楽しいかな……。いや、やっぱり不気味かな……)
一人で想像しては勝手に落ち込み、被害妄想を膨らませる。そんな時だった。
「へぇ、器用だね。その精度、ちょっと見ないレベルだよ」
頭上から降ってきた、驚くほど軽やかで、けれど底の知れない響きを持った声。
「――っ!?」
眞白の心臓が跳ねた。 とっさに指先の小鳥を霧散させ、何事もなかったかのように手を引っ込める。 恐る恐る振り向くと、そこには「不審者」という言葉を擬人化したような男が立っていた。
身長は190センチを優に超えているだろうか。突き抜けるような白髪に、顔の半分を覆い隠す怪しげな黒い目隠し。どこからどう見ても、お洒落なカフェには不釣り合いな不審者だ。
(えっ、なに、怖い……! 警察? 警察呼ぶべき? それとも私の力がバレて捕まるの!?)
眞白の脳内では、すでに自分がパトカーに乗せられるシーンまで再生されていた。しかし、男は怯える彼女を気にする風もなく、勝手に椅子を引いて相席を決め込んだ。
「やあ。僕は五条悟。君、今のすごかったね」
「あ、あの……相席なんて頼んでませんし、何のことか……」
「隠さなくていいよ。君が今消した『それ』、僕には全部見えてるから」
目隠しの奥からの視線は、正確に、先ほどまで小鳥がいた場所を射抜いていた。気まずい沈黙を破ったのは、運ばれてきたトレイの音だった。 眞白の前に置かれた可愛らしいパフェ。そして、五条の前に置かれた、もはや建築物のような「大量の山盛りスイーツ」。
「……食べる?」
「い、いえ。結構です……」
目の前の光景がシュールすぎて、眞白の困惑はピークに達していた。一方で、五条は幸せそうにケーキを口に運びながら、さらりと爆弾発言を投げかける。
「君、自覚ないでしょ。自分がどれだけの『呪力量』を持ってるか。正直、化け物級だよ」
「呪力量……? 化け物……?」
眞白は呆然と呟いた。 五条は、彼女がこれまで「湯気」や「怪物」と呼んでいたものの正体が「呪力」や「呪霊」であることを語り始めた。そして、眞白が生まれ持った呪力の総量が尋常ではなく、このまま放っておけば彼女自身だけでなく周囲にまで害を及ぼす可能性があることも。
「君ほどの才能が、ただの手遊びで終わるのはもったいない。その操作の精度があれば、ちゃんと学べばもっと『面白いこと』ができるようになるよ」
五条は目隠し越しに、けれど確かな熱を持って彼女を見つめた。
「君、呪術師にならない? 才能がある人間を放っておくのは、僕の趣味じゃないんだ」
それは、孤独だった眞白の世界に、初めて差し込んだ「理解者」の光だった。自分以外にこの世界を見ている人がいる。不審者だと思っていた目の前の男は、彼女が4歳の頃から抱えてきた「普通ではない自分」を、初めて肯定してくれたのだ。
(呪術師……。私に、できるかな。でも、もしここに行けば、もう化け物を見て見ぬふりしなくていいの?)
不安と、それを上回るほどの微かな期待。眞白の高校デビューの予定は、この日を境に、想像もしていなかった方向へと大きく舵を切ることになった。
「……とりあえず、そのスイーツ食べてからゆっくり考えなよ。美味しいでしょ?」
五条の言葉に、眞白は恐る恐る自分のパフェを一口食べた。甘い。けれど、これまでの人生で食べてきたどのスイーツよりも、その味は鮮烈に彼女の脳に刻まれた。
改行の感覚が難しい…