万象、紙に綴れば   作:Mebius217

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第23話:純粋なる殺意と、無垢なる歓喜

 

 

 

「……で、反転術式に集中しすぎて、肝心の組み手がおろそかになりましたってこと?」

 

 

夏の強い日差しが照りつける、高専の土のグラウンド。

家入による反転術式の授業が終わったすぐその後のこと。

大の字になって盛大に倒れ込んでいる眞白を見下ろし、五条はひどく呆れたように声をかけた。

 

 

「……痛いです」

 

 

眞白は起き上がる気力もなく、大の字で空を仰いだまま虚ろな目でポツリと呟いた。腹部と顔面に、鈍い痛みがズキズキと響いている。

 

 

「そりゃそうでしょ。術式(蒼)を使っていないとはいえ、僕のパンチをガードもせずにまともに喰らったんだから」

 

 

五条は眞白の頭のすぐ横にしゃがみ込むと、ツンツンと意地悪くその頬をつついた。

 

 

「……痛いです」

 

 

眞白は顔を突かれながら、抵抗する力もなくただ事実だけを呟く。

 

 

「眞白の反転術式って、『テンション上がったり、幸せだな〜って感じた時に分泌される脳内物質』で脳が活性化して、正の呪力がドバッと出力されるんでしょ?変なことわざわざ考えずに、純粋に僕との組み手に熱中して楽しんでた方が、よっぽど簡単じゃない?」

 

 

五条は眞白の反転術式の『トリガー』を指摘し、至極真っ当なアドバイスを送った。

 

 

「……私は、五条先生みたいに生粋の戦闘狂ではないので。人を殴って喜ぶなんて事しません」

 

 

眞白はジト目で五条を睨み返した。

 

 

「なので、無理やりテンションを上げるために……この前テレビで見たお笑い番組を思い出しながら、要は『思い出し笑い』でドーパミンを出そうと試みたんですが……結果は、ご覧の通りこのザマです」

 

(よく考えると、戦闘中に思い出し笑いしようとするなんて、ものすごい馬鹿だな、私……)

 

 

眞白は自身のポンコツ具合に、しょぼんと肩を落として自嘲した。

 

 

「はー。さっきからやたら馬鹿みたいに笑いながら、キモい顔して殴りかかってきたのって、そういうことだったの?」

 

 

眞白の話を聞いて深く呆れると同時に、五条は一切の容赦のない辛辣な言葉を吐き捨てた。

 

 

「……痛いです」

 

 

心が。眞白は目尻に涙を溜めて抗議した。

 

 

「馬鹿でしょ」

 

「……ぐすん」

 

「……まぁ、アプローチの方向性としては悪くないと思うけど。実戦で戦いながら『別のことに意識を完全に割く』のは、ぶっちゃけ悪手でしょ」

 

 

五条は一瞬だけ顎に手を当てて考えるような素振りこそ見せたが、やはり呆れたようにため息をついた。

 

 

「……そんなぁ〜。せっかく良いアイデアだと思ったんですけど。やっぱり、同時に二つのことを考えるのは無理があるかぁ……」

 

 

大の字で夏の青空を見上げながら、眞白はひどく間の抜けた声で、残念そうに呟いた。

 

 

「……同時に二つのこと…………」

 

 

ふと。

何やら五条の思考のアンテナに引っかかった様で、彼は眞白の頬を突くのをやめた。顎に手を当てると、目隠しの下でニヤッ、と口角が悪戯っぽく吊り上がった。

 

 

「ウぅぅァァァァァアアアアアアッ!!!!」

 

 

突然。五条は空に向かってどこかを指差しながら、耳をつんざくような大声で叫んだ。

 

 

「ッウヘェ!?……って、急に叫ばないでくださいよ!!鼓膜破れる!!なんなんですか!!!」

 

 

ビクンッ!と全身を跳ねさせた眞白は、心底驚いて抗議した。

 

 

「あそこで夜蛾学長がグラサン取ってる!!!!!!」

 

 

五条はグラウンドの端のあらぬ方向へ向けて指を差し、全く訳のわからないことを叫んだ。

 

 

「え?」

 

 

あの強面の夜蛾学長の素顔。

その魅力的なワードに、つい、眞白は上半身を起き上がらせて、五条が指を差した方向を釣られて向いてしまった。

 

 

「……夜蛾学長どころか、誰もいないじゃないですか」

 

 

キョロキョロと指さきの方向の木陰を探すが何も見えず、不審に思いながら五条の方へ振り返ろうとした――。

 

その瞬間。

 

 

「『蒼』」

 

 

ブツッ、と。五条が何かを低く呟いた。

次の瞬間、五条があらぬ方向に差した指とは『反対の手の指先』から、高出力の引力が圧縮された『蒼』が、すぐ目の前でよそ見をしている無防備な眞白に向かって音もなく放たれた。

 

 

「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?!!!!!?」

 

 

声にならない言語化不可能な叫び声を上げながら。

眞白は、地面に後ろ手でついていた両手と足のバネを使い、器用に猫の様に空高く飛び上がり、弾丸のように飛来した致死量の『蒼』を紙一重ですれすれで躱した。

 

 

ドゴォォォンッ!!

 

 

眞白が先ほどまでいた背後の地面が、『蒼』によって大きく抉り取られる。

 

 

「おぉ、やっぱり!」

 

 

何か自身が考えていた仮説が正しかったと言う様に、五条はパンッと手を叩いて嬉しそうな声を上げた。

 

 

「なにがッ!!やっぱりッ!!なんですかッ!!!!今、普通に死ぬところだったんですけど!?」

 

 

急に致死量の威力の『蒼』を向けられ、間一髪で死地を脱した眞白は、自分でも何がなんだかわからず、とりあえず五条に向かってキレ散らかした。

 

 

「眞白って今、あっちで夜蛾学長を探してて、完全に僕のこと見てなかったよね?」

 

 

怒り狂う眞白を完全に無視し、五条は何かを確認する様な素振りで質問した。

 

 

「え?……えぇ、そうですけど。それが何か?」

 

 

何故そんな分かりきったことをわざわざ聞くのか疑問に思いながら、眞白は息を荒らげて答えた。

 

 

「じゃあ、どうやって僕が『蒼』を撃ったのがわかったの?」

 

 

五条は、これが本命の質問だと言わんばかりに、ニヤニヤと笑いながら聞いた。

 

 

「……それは、高出力の呪力が、真横に急に現れたから?」

 

 

先ほどの理不尽な怒りと五条のニヤケ顔にイライラしながらも、眞白は自身の直感を分析して答えた。

 

 

「うんうん、他には?」

 

 

五条は満足げに相槌を打ちながら続きを促す。

 

 

「他だと……あっ。そういえば、直前に何か『呟きました』よね?」

 

 

眞白は少し思い出す素振りをして、五条の小さな声帯の震えを拾ったことを思い出した。

 

 

「おっ!そうそう、あんな小声だったのによく聞こえたね」

 

 

五条はちょっと驚いた様に肯定する。

 

 

「……それが、一体なんなんですか?」

 

 

五条が何を聞きたいのか、どんな結論に導きたいのか見当がついていない眞白は、頭の上に「?」を浮かべた。

 

 

「つまり眞白はさ。よそ見をしている状態にも関わらず、自分の真横で『呪力が発生するのを感じて』、同時に僕が『何かを呟いた音を拾った』ことで、『五条悟が自分に何か攻撃をしてくる』って、瞬時に考えて回避行動をとったんだよね?」

 

 

五条は先ほどの眞白の脳内の思考プロセスを、理路整然と並べてみせた。

 

 

「……そうなりますね」

 

 

未だ結論はよくわかっていないが、何かしら核心的なことだと理解したのか、眞白は真面目に肯定した。

 

 

「でも、おかしいんだよね。眞白、さっきあっち向いて、必死に夜蛾学長を探してたよね?なんで『夜蛾学長を探す』っていう思考と、『僕の攻撃を察知して躱す』っていう別の思考を、完全に同時に考えられたのさ?」

 

 

五条はニヤリと笑う。

 

 

「面と向かってならともかく、僕はよそ見してる眞白に、絶対に回避できないタイミングで撃ったつもりなんだけど」

 

「それは……」

 

 

眞白は腕を組んで頭を悩ませた。

 

 

「なんかこう、身体が勝手に動いたというか……ちょっと、言語化が難しい……です」

 

 

必死に頭を捻るが、自分でも無意識に行っていた処理のため、上手く言葉にできない。

 

 

「まぁ、これに関してはだいぶ前から僕の中で結論は出てるんだけどね」

 

 

五条は自信たっぷりにニヤニヤと笑った。

 

 

「……え?じゃあなんで攻撃したんですか?私、死にかけたんですけど」

 

眞白は額にピキッ、と明確な青筋を浮かべて凄んだ。

 

 

「そりゃ、言葉で説明されるより、実体験した方が理解が早くない?」

 

 

さも当然だ、自分は全く悪くない、とでも言う様に五条は平然と答えた。

 

 

「…………」

 

 

確かに五条のスパルタな言い分に納得する自分もいるが、目の前の男の腹立つ態度に納得したくないと考える自分が激しくせめぎ合っているような、なんとも言えない微妙な顔を眞白は浮かべた。

 

 

「まぁ、つまり。何が言いたいのかと言うと、眞白は異常なまでに周囲の環境の変化や反応に『敏感』なんだよね!良く言えば危機察知能力が高い。悪く言えば、所謂、毎度お馴染の『被害妄想』ってこと!ちょっと病気を疑うくらいね!」

 

 

五条はニコニコしながら、褒めているのか貶しているのか分からない暴言を吐いた。

 

 

「つまるところ……私が心配性すぎるが故に、一つのことに集中している時でも、脳の別の領域で『無意識に周囲を警戒し続けている』と言うことですか?」

 

 

眞白は顎に手を当て、自身の脳の特性について結論を出した。

 

 

「そういうこと!」

 

 

五条は指をパチンと弾きながら、正解だと肯定した。

 

 

「だから、今の眞白は日常的に『同時に二つのことを並行して思考している』に等しい状態にある。……ここまで言えば、わかるよね?」

 

 

五条はニヤッとして、眞白に問いかけた。

 

 

「……無意識にとは言え、並行して二つのことを思考できているなら。三つ目も……いや、まず試すべきはそれよりも、単純に『無意識の警戒領域を、別の思考内容に意図的に切り替えることができるかどうか』……!」

 

 

たどり着いた答えに、眞白は明確な光明を感じ、パァッと表情を明るくした。これなら、戦闘と反転術式を両立できるかもしれない。

 

 

「ご名答!組み手ももちろん平行してやっていくけど、それと同時に『並列思考を意図的・意識的に行える様に訓練すること』が、眞白の最優先課題ってことだ」

 

 

五条は満足げに頷いた。

 

 

「じゃ!少々お待ちを……」

 

 

そう言うと、五条は掌印を結び、瞬間移動を使って眞白の視界からフッと消えた。次の訓練の準備にでも行ったのだろう。

 

 

「……いなくなちゃった」

 

 

グラウンドに一人取り残された眞白は、ポツリと呟いた。

 

 

「……ってあれ?そう言えば、夜蛾学長がサングラスを外しているとこって、よく考えたら職員室とかで普通に見てるから、別にたいして珍しくないような?」

 

 

ふと、先ほど自分がまんまと釣られた五条の嘘を思い出し、眞白は別に夜蛾の素顔が珍しい訳ではないという事実に今更ながら気づいた。自身の知的好奇心のチョロさに少しだけ落ち込む。

 

 

「お待たせ〜。ちょっと探すのに手間取ってね。はいコレ」

 

 

ヒュンッ、と。急にパッと目の前に瞬間移動で現れた五条が、何やら手のひらサイズの金属状の鎖の様なものを、軽い手首のスナップで眞白に向かって投げ渡した。

 

 

「っと。これは確か……知恵の輪?」

 

 

両手で受け取った金属の輪をカチャカチャと鳴らし、眞白は目を丸くした。

 

 

「……なるほど。まずは並列思考を使いこなすために、文字通り『マルチタスク』を組み込んだ実践的訓練を行うということですね」

 

 

手元の知恵の輪と目の前の五条を交互に見て、眞白は五条がこれを何のために持ってきたのか、その意図を即座に理解した。

 

 

「そういうこと。いや〜、理解が早くて助かるよ」

 

 

五条は満足げに手を叩いた。

 

 

「じゃあ早速、『知恵の輪を解きながら』の組み手……いや、手は塞がってるからこの場合は『組み足』かな?まぁ、僕はどっちも使うけど。せいぜい、顔面から転ばない様に気をつけてよ?」

 

 

五条はいつも通りニヤニヤと意地悪く笑いながら、眞白の成長を楽しみつつも、教師としてどこまでも挑発的な態度をとった。

 

 

「ふんッ!そちらこそ……」

 

 

眞白は知恵の輪を握りしめ、負けじと言い返そうと胸を張る。

 

 

「えーと、あの、その………そう!その、無駄に長い両足を、へし折られない様に気をつけることですねッ!」

 

 

五条の挑発に負けじと、眞白は少し考える間を開けてしまったものの、ビシッと指を差して(手には知恵の輪を持ったまま)自身満々に挑発の言葉を投げ返した。

 

 

「……うーん。最近、眞白の口がだんだん悪くなってる気がするんだけど、気のせいかな?」

 

 

少し当たりの強くなってきた眞白に対して、五条は『誰の影響だろ、硝子かな?』などと心の中で思い浮かべながら、軽く構えをとって組み手を開始した。

 

 

 

***

 

 

 

数分後。

 

 

「……痛いです」

 

 

夏の強い日差しが降り注ぐグラウンド。そこには、ひしゃげた『知恵の輪のカケラ』を固く握り締め、再び土の上に大の字になって倒れ伏している眞白がいた。

 

 

「……何、被害者ぶってるのさ。痛いのはこっちもだっての」

 

 

そう言って、大の字の眞白の顔の横に立つ五条は、忌々しそうに自身のスネをさすっていた。その足には、反転術式を使用している証拠である、特有の白い呪力をシューッと纏わせていた。

 

 

(まさか、知恵の輪にイライラしてキレた勢いで、たったの一回で『並列思考』のコツを掴みかけるなんて。……全く、呆れた子だね)

 

 

その後、返り討ちにした倒れた眞白を見下ろしつつ、五条は内心で、自身の予想を遥かに超えた眞白の恐ろしい習得速度に驚きを隠せずにいた。

防御を捨てた相打ち覚悟とはいえ、まさか自分の足に明確なダメージを通されるとは。

 

 

「あ、あと。それ『硝子の』だから、後でちゃんと謝っときなよ?」

 

 

五条は、眞白がギュッと握りしめている『ひしゃげて千切れた知恵の輪のカケラ』を指差して、とんでもない爆弾発言を落とした。

 

 

「……え?」

 

 

大の字になっていた眞白の額から、急激に滝のような冷や汗が流れ始めた。

 

 

「僕、知らないよ?だって、どう考えても悪いのは、急にキレて、それ(知恵の輪)を僕に投げつけた眞白じゃん」

 

 

五条は肩をすくめ、全く悪びれる様子もなく『悪いのは眞白』という揺るぎない事実の流れを貫き通した。勝手に持ち出してきたのは五条であるはずなのだが。

 

 

「……………」

 

 

眞白はグラウンドに大の字で転がったまま、絶望のあまり小刻みにプルプルと震え出した。

 

 

「じゃあ、僕はこの後大事な用事があるから、また明日ね〜」

 

 

嵐のようにかき回すだけかき回して、五条はヒラヒラと軽く手を振ると、そそくさと校舎の方へ歩いて(逃げて)いった。セミの声がジリジリと響くグラウンド。

そこには、手の中の残骸を見つめながら、絶望の表情で夏の空を見上げる眞白ただ一人が残されたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「いいね。ちゃんと反転も扱えてるし、使い所も良い。それに、組み手の成果もぼちぼちってとこかな」

 

観戦室の壁に設置された複数の大型モニター。その一つに映し出された、眞白と京都校の三年女子生徒との戦闘の結末を見届けながら、五条は満足げに呟いた。

画面は、冥冥の式神であるカラスの視界を共有したもので、森の中で圧倒的な実力差を見せつける眞白の姿を鮮明に映し出している。

 

 

「ちょっと、なんなのよあの子!?」

 

 

隣に並んで画面を凝視していた歌姫が、堪えきれなくなったように椅子から半身を乗り出し、モニターを指差して半ば悲鳴のような声を上げた。

 

 

「二級の……いえ、純粋な対人戦闘なら準一級の腕はあるあの子を、あんな余裕そうにあしらってるんだけどッ!?」

 

 

教え子である京都校の生徒が、体術の完璧な精度と圧倒的な打撃の重さによって一方的に叩き伏せられていく。その残酷なまでの実力差に、歌姫の瞳には驚愕と恐怖が入り混じっていた。

 

 

「何言ってるの?当然でしょ、僕の『生徒』だよ?」

 

 

五条は肩をすくめ、目隠しの下で口角をいたずらっぽく吊り上げて見せる。

 

 

「いくらアンタの生徒でも、限度があるのよ限度がッ!」

 

 

歌姫はバンッ!と音を立てて手元の長机を叩き、眉間にしわを寄せて五条を睨みつける。

 

 

「残念ながら、僕の辞書に『限度』なんて文字はありませ〜ん」

 

 

五条はひらひらと両手を振って歌姫の怒りを軽やかに受け流すと、少し視線を落とし、席の端で煙草の吸殻を弄んでいた男へと声をかけた。

 

 

「それに、京都校のあの女の子もまだ『本気』じゃないじゃん。刀持ってるってことは、あれができるんでしょ?……ねぇ?日下部さん」

 

 

振られた日下部は、組んでいた腕を解くこともなく、苦々しい表情で眉根を寄せた。

 

 

「……あぁ、確かあの子も『シン・陰流』の門下生だったはずだ」

 

 

自身の技のルーツでもある流派の名を口にしながら、日下部は重い溜息を吐き出す。

 

 

「……つっても、それでどうにかなるとは思えないがな」

 

「それって……まさかあの子も」

 

 

歌姫の眉がひくついた。日下部が示唆した技の正体に思い当たり、息を呑む。

 

 

「おっ。噂をすればなんとやらだね。やるっぽいよ、彼女」

 

 

五条の指差すモニターの向こうで、ボロボロになった三年女子生徒が足を踏み締め、残された全呪力を結界へ注ぎ込むべく、必死の面持ちで抜刀の構えをとっていた。

 

 

「…………」

 

 

観戦室の温度が一段下がったかのように、歌姫は言葉を失い、食い入るように画面を注視する。

 

 

「俺ぁ、本物の『領域展開』のことはてんで分からんが、シン・陰流の『簡易領域』も、その名の通り立派な領域であり結界だ。だからこそ、より練度が高く洗練された方が、その場を制す……」

 

 

日下部がプロの術師としての洞察を淡々と語りかけた、まさにその瞬間だった。

 

 

「……って、なんだありゃ?」

 

 

日下部の声が頓狂に上擦る。

画面の中で、女子生徒の足元から展開されかけた繊細な結界。それを次の瞬間、覆い尽くすようにして発生した『暴力的なまでの膨大な呪力の渦』――眞白を中心に爆発した圧倒的な高密度の領域が、女子生徒の簡易領域をまるで薄氷のように外側から粉砕していた。

 

 

「ッな!?」

 

 

歌姫は勢いよく立ち上がり、パイプ椅子が大きな音を立てて床を滑った。

 

 

「さっすが眞白!あれは、さすがの僕でも真似できないよ!」

 

 

五条は満足そうにポンッと手を叩き、まるで幼子の傑作を眺める親のように声を上げて笑った。

 

 

「……パッと見た感じ、範囲は『全力の俺』と同等だが、あいつのあのぼっ立ちの様子を見るに、ほとんど『縛りなし』であの範囲か」

 

 

日下部は顎に手を当て、冷や汗が頬を伝うのも構わず絶句していた。

 

 

「おいおい、冗談キツいぜ。本気でやったら、どんだけデカくなるんだ?」

 

「……縛りなしですって?」

 

 

歌姫の瞳が動揺に揺れる。

 

 

「でも、シン・陰流って、決まった手順や構えを踏まないと、発動すら厳しいんじゃ……」

 

「馬鹿言え。一般家庭出身の高専入りたての一年が、シン・陰のバカ高い『月謝』なんか払えるわけねぇだろ」

 

 

日下部は深い溜息とともに首を横に振った。

 

 

「まぁ、必要だったら僕がポケットマネーで払っても良かったんだけどね。眞白が優秀すぎて、その必要は無くなったんだよね」

 

 

五条はクスクスと肩を揺らす。

 

 

「ってことは、まさか……」

 

 

歌姫の顔が青ざめる。

 

 

「あぁ。あれはシン・陰流じゃない、『別の型』だ。俺のシン・陰の簡易領域を見て、その構造を丸パクリして一から組み上げちまった」

 

 

日下部は自身の後頭部をガシガシと掻きむしり、ひどく疲れた顔でその恐ろしい事実を口にした。

 

 

「あいつオリジナルの簡易領域をな」

 

「そ、そんな出鱈目な……」

 

 

歌姫は立ち尽くしたまま、画面の中で静かにたたずむ一年生の少女をただ見つめることしかできなかった。

 

 

「……あ。あの子、呪力切れで気絶しちゃった」

 

 

モニターの中で膝から崩れ落ちた女子生徒を指差し、五条が軽い調子で告げる。

 

 

「あぁ〜、そんな〜」

 

 

歌姫はガックリと肩を落とし、頭をかかえた。

 

 

「さて、次の眞白の標的は……さっきから派手に眞白の式神燃やしまくってるあの子かな」

 

 

五条は隣のモニターへと視線を滑らせる。そこには、炎を撒き散らしながら暴れ回る京都校の三年男子生徒が映し出されていた。

 

 

「……そういや五条。お前さっき、あの戦いを見て『反転がなんとか』って言っていたが、それは俺たちも聞いても良いやつか?」

 

 

日下部が、煙草をポケットにしまいながら鋭い視線を五条に向ける。

 

 

「うん?あれ、聞こえてた?」

 

「ハァ!?あの子、独自で簡易領域を作っただけじゃなくて、『反転術式』まで使えるのッ!?」

 

 

頭を抱えていた歌姫が、再びガタッと立ち上がり、食ってかかった。

 

 

「う〜ん。『使える』って言うと少し語弊があるけどね。正の呪力を『意図的に生み出してる』って意味では合ってるよ」

 

 

五条は目隠しの位置を少し直しつつ、淡々と応じる。

 

 

「察するに、まだ習得中の段階ってことか?」

 

「そう、それが一番近いかな。最近やっと、意識的に少しだけ使える様になったんだ」

 

 

五条は教え子の成長を誇るように誇らしげに頷いた

 

 

「ってことは、あの異常な戦闘スキルと膨大な呪力量も相まって、隙が全くないじゃない!?」

 

「あ〜……って言っても、怪我をちょっとだけ直せるってくらいだよ?」

 

 

五条は人差し指を立てて付け加える。

 

 

「使えるって言っても、生み出される正の呪力の量は、僕や硝子と比べたら雲泥の差だからね。……まぁ、だからと言って、反転術式を『使える』と『使えない』のでは、術師として月とスッポンほどの差があるけどね」

 

「怪我を治せない?じゃあ、あの子はなんのために反転術式を使ってるの?」

 

 

歌姫は不審そうに顔をしかめた。

 

 

「……眞白は、その限定的な出力の反転術式を使って、僕と似たことをしてるんだ。『脳をリフレッシュさせる』っていうね。……ほんの微弱だけどね」

 

 

五条はニヤリと不敵に口角を上げた。

 

 

「……なるほどな」

 

 

日下部は合点がいったように深く頷く。

 

 

「脳をリフレッシュ?そんなことしてどうすんのよ?アンタと違って、常に無下限呪術を使ってるわけでもあるまいし」

 

「まぁ、詳しくは秘密だけど。僕とは違って、『思考速度を上げてる』って考えて貰えば良いよ」

 

「思考速度?……それであの異常な近接戦闘ね」

 

「いくら隙をつこうとしても、あの子の思考速度を上回らない限り、ことごとく完璧なタイミングでカウンターされる。厄介なことこの上ないわ……」

 

 

歌姫は腕を組み、不機嫌そうに息を吐き捨てた。

 

 

「……というか今気づいたが、何で綴はさっきからあんな『笑顔』で戦ってんだ?」

 

 

日下部が、モニターに映る眞白の異様な表情に気づき、心底不気味そうに顔をしかめた。

 

 

「あぁ、アレ?正の呪力を生み出そうとすると、どうあがいても『あの顔』になっちゃうんだよね」

 

 

五条は可笑しそうに笑う。

 

 

「何をどうしたらあんなサイコパスみたいな顔になるんだよ。あの顔で襲われたら、戦う前から恐怖そのものだろ。俺だったら、見た瞬間に全力で逃げるわ」

 

「確かに、ちょっと怖いわね……」

 

 

歌姫も同調し、画面の眞白の異様な表情に背筋を寒くする。

 

 

「あー、僕も初めて組み手でアレやられた時は、流石にビビったよ。急に満面の笑顔で殴りかかってくるし、正の呪力出てるし、二つの意味でビビったね」

 

「何それこっわ」

 

「お、そうこう話してるうちに、次が始まったみたいだよ」

 

 

五条が指差した画面では、激しい炎を纏った三年男子生徒と、眞白率いる式神の群れが激突していた。

 

 

「……うわっ。何あれ、えげつなッ!」

 

 

眞白の容赦のない重い打撃と式神の連携を見て、歌姫が顔を引き攣らせた。

 

 

「容赦ねぇな。別個で相手するだけでも厳しいのに、あんな阿吽の連携で同時に襲われたら、打つ手ないだろ」

 

「うーん。でも彼の術式なら、一方的にやられることはないはずなんだけどなぁ。もうちょっと頑張ってもらわないと。これなら僕と組み手してる方が……っと。良いね。やる気出たみたい」

 

 

画面の中で自らの頬を叩き、再び全身から爆発的な炎を吹き出させる男子生徒を見て、五条は口元を緩めた。

 

 

「ほぉ、あの加速をちゃんと制御できるのか。想像よりはるかに優秀だ」

 

 

日下部は、炎の推進力で飛び回る彼の動きを見て、素直に評価した。

 

 

「まぁ、そうだけど。奥の手にしてはちょっとつまらないね。何より呪力消費が激しすぎるし、彼自身の身体が熱で持たない。まさに『諸刃の剣』ってとこかな。呪力操作がもうちょっと上手ければ、話は別なんだけどね」

 

 

五条は教師らしい冷静な目で、彼の弱点を指摘した。

 

 

「その命がけの諸刃の剣を、ニコニコ笑いながら『素の呪力強化だけ』で完璧に対応してるあの子は、一体なんなのよぉ……」

 

 

歌姫は、もはや頭を抱える気力もなく、ただただ絶望感に打ちひしがれていた。

 

 

「術式なしの純粋な組み手なら、毎日僕としてるからね。そこら辺の術師相手なら余裕でしょ」

 

 

五条は当然のように言う。

 

 

「どんな悪魔みたいな組み手すれば、あんな風になるのよ……」

 

 

歌姫は恨めしそうに五条を睨んだ。

 

 

「そりゃ、殴る、蹴る、煽るの応酬だよ。最初に比べて、眞白も立派になったなぁ」

 

 

五条はしみじみと感慨深げに頷く。

 

 

「最後の本当に必要なの?」

 

「それで最近、綴がしょっちゅう保健室に行くのをよく見かけるわけだ」

 

 

日下部は家入のところで治療を受けている眞白を思い出し、納得したように呟いた。

 

 

「僕は反転術式ですぐ治せるから良いけど、眞白の場合はそうは行かないからね。あ〜、早く使える様にならないかなぁ」

 

 

五条は少し残念そうに首を振る。

 

 

「毎日このバカに煽られながら、理不尽に痛めつけられるなんて……私がなんとかしてあげないと」

 

 

歌姫は眞白に同情し、謎の使命感を燃やし始めた。

 

 

「『なんとかしないと』って、まるで眞白だけが一方的に怪我してる様な言い草だけど、僕もちゃんと怪我してるからね?」

 

 

五条は心外だというように抗議した。

 

 

「それこそ、眞白のあの不気味な顔にビビった一瞬の隙に、脛をおもいっきり蹴られて、痛すぎて涙出たんだから」

 

「……術式なしとは言え、お前(最強)に怪我を負わせられるって……現呪術界に何人いるんだよ、そんなやつ」

 

 

日下部は五条の言葉に、呆れを通り越して戦慄した。

 

 

「えー、術式がなかったらか……。……由基さんでしょ?禪院のじーさんに……日下部さんくらいでしょ。そこに、新しく追加で『眞白』って形になるね」

 

 

五条は指を折りながら、トップクラスの体術使いたちの名前を挙げた。

 

 

「錚々たる面子ね。そこに入る眞白ちゃんって一体…。」

 

 

大型モニターに映る一方的な蹂躙劇を見つめながら、歌姫は呆然と息を吐き出した。その隣で画面を凝視していた日下部が、ふと身を乗り出して低く鋭い声を上げる。

 

 

「………おい、ちょっと待て五条。あれなんだ?」

 

「うん?あれって?」

 

 

五条が小首を傾げるものの、日下部の顔にはじわりと冷や汗が浮かんでいた。彼は手にした煙草の灰が落ちるのも構わず、画面を指差す。

 

 

「あれだよ、アレ!綴が今やってるやつ!」

 

「…?………ッ!」

 

 

日下部の指し示す先を追った五条の顔から、いつもの飄々とした笑みが一瞬だけ抜け落ちた。六眼を持つ彼でさえ、その光景には微かな驚きを隠せない。

 

 

「アレってただ殴り合ってるだけ…いやあの激闘をただとは言わないわね。」

 

 

歌姫が首をかしげる横で、日下部が声を荒らげる。

 

 

「そうじゃねぇーよ!そもそも何で綴のやつはまともに殴り合えてんだよ?相手は文字通り火だるまだぞ?」

 

 

画面の中では、京都校の男子生徒が足裏や全身から爆発的な炎を吹き出している。しかし、眞白は衣服の繊維一本焦がすことなく、素手と素足でその業火の中へと真っ向から飛び込み、容赦のない打撃を叩き込んでいた。

 

 

「そりゃ術式使ってるんだから当然…って何で眞白ちゃん燃えてないの?アレって呪力で防げるもんじゃないわよね?」

 

 

ようやく異常事態に気づいた歌姫が、信じられないものを見るように目を瞬かせる。

 

 

「おい、五条。アレはなんだ?お前が教えたのか?」

 

 

日下部の詰問に対し、五条はゆっくりと顎に手を当てた。

 

 

「違う。僕も初めて見た。…そうだね。ただ言えるのは、アレはただの呪力じゃない。」

 

「呪力じゃない……だと?お前の目でもわからねぇのか?」

 

「画面越しだからね。生で見れば話は別。」

 

 

五条の答えに、歌姫が思いつく限りの仮説を口にする。

 

 

「もしかして反転術式?燃える度に治してるとか?」

 

「馬鹿か。反転術式はそんな便利なもんじゃねぇよ。」

 

 

日下部に間髪入れずに切り捨てられ、歌姫はムッと唇を噛む。

 

 

「ば、馬鹿…。」

 

「………やめよう。」

 

 

不意に、五条がぽつりと呟いた。

 

 

「やめる?何を。」

 

「アレについて考えることをだよ。どーせ、知るんだったら、生で感じたい。アレがどう言ったものなのか。僕相手に何ができるのかを。」

 

 

口角を三日月のように吊り上げ、どこまでも好戦的で危険な笑みを浮かべる五条。その生粋の戦闘狂としての側面に、日下部は深く溜息をついて頭を抱えた。

 

 

「ハァ、これだから戦闘狂は…。」

 

 

その直後、モニターの中で決着の瞬間が訪れた。乱入してきた京都校二年の結界ごと、眞白の重い一撃が叩き込まれる。

 

 

「あれ?…あ。」

 

「なんだ?…あ。」

 

「うん?…お。モロに拳が顔面に入ったね。」

 

 

五条が愉快そうに笑う横で、歌姫は顔を引き攣らせて自身の肩を抱きかかえる。

 

 

「うわ、痛そ〜。」

 

「試合終了…だな。」

 

 

日下部が短く結論づけると、歌姫は隣の椅子でコックリコックリと船を漕いでいる家入の肩を揺さぶった。

 

 

「怪我人多数――ほら、硝子?寝不足なのはわかるけど起きて、悪いけど仕事よ。」

 

「う〜ん?…何、もう終わったの?もう少し寝かせて……。」

 

 

家入は気怠げに目を擦り、机に突っ伏したまま唸り声を上げる。

 

 

「もう、この子ったら。」

 

「連日徹夜なんだ、もう少しくらい寝かせてやれ。生徒は俺らが運んでこりゃあ良い。」

 

 

日下部の言葉に、歌姫も渋々といった様子で頷いた。

 

 

「それもそうですね。冥さん、カラスから生徒たちの場所を送っていただいても良いですか?」

 

「お安い御用だよ。それにしても綴ちゃんの活躍には圧巻だったね。途中から見入ってしまったよ。」

 

 

冥冥は優雅に微笑みながら手元の端末を操作する。

 

 

「…夜蛾、あの綴という子は問題ないんだろうな。」

 

 

一部始終を厳しい顔で見届けていた楽巌寺が、重々しい声で尋ねる。

 

 

「えぇ、少なくとも悟よりかは遥かに模範に沿った良い生徒です。」

 

 

夜蛾の即答に、楽巌寺はふんと鼻を鳴らす。

 

 

「なら良い。…では、終了の合図を頼む。」

 

「承知しました――では……ッ!?」

 

 

夜蛾がマイクを口元へ寄せようとした、まさにその時だった。

 

 

ズズズズズズズズズッ……!!

 

 

観戦室の空気が、物理的な重圧を伴って激しく歪む。大型モニターの映像が一瞬でノイズに塗れ、肌を刺すような絶対的な『殺意』と、呼吸を忘れるほどに重く冷たい呪力の波が、遠く離れた森の奥から津波のように押し寄せてきた。

 

 

「なッ!?」

 

 

楽巌寺が驚愕に目を見張り、冥冥の余裕の笑みが引き攣る。

 

 

「ッ!?」

 

「ヒッ!?何事!?!?!?!!!!」

 

 

歌姫はあまりの恐怖に悲鳴を上げて跳び上がった。

 

 

「…おいおい。ヤベェぞ五条。」

 

 

日下部の額からダラリと冷や汗が流れ落ちる。

 

 

「五条…早く行ってやってくれ。」

 

 

眠気を完全に吹き飛ばした家入が、真剣な眼差しで五条を見つめた。

 

 

「言われなくとも、まだ人を殺させる経験をさせるつもりはないよ。」

 

 

五条の声から一切の軽薄さが消え失せ、冷徹な最強の顔が覗く。

 

 

「こッ、殺す!?」

 

 

歌姫が青ざめる中、五条はすぐさま教室の出入り口に向かい扉に手をかけた。

 

 

「あ、他の生徒の回収はお願いね。あと不用意に近づかないこと。ちょっと荒っぽくなると思うから!」

 

 

次の瞬間、五条は扉を力任せに開き全速力で駆けていった。

 

 

「おい、待て!これは一体何事だッ!?」

 

 

楽巌寺の怒号が響く中、冥冥が即座に扉へと走り出す。

 

 

「私たちも行きましょう。説明は移動しながらの方が早い。」

 

 

冥冥の言葉を合図に、大人たちは足早に観戦室を飛び出した。

廊下を駆け抜け、高専の広大な敷地から森の手前へと向かって疾走しながら、日下部が息を切らしつつ隣を走る家入へ顔を向ける。

 

 

「…おそらく綴です。原因はわかりませんが、前に一度だけ同じことがありました。だよな家入?」

 

「えぇ、前に一度だけ、五条が眞白を煽り散らかした際に眞白がキレた時と同じ感じ…いや今回はそれ以上か?」

 

 

家入が白衣の裾を翻しながら、忌々しそうに眉根を寄せる。

 

 

「何やってんのよ!?あのバカは!!」

 

 

歌姫がいないはずの五条へ向けて怒りを爆発させるが、日下部が首を横に振る。

 

 

「今回は違う。五条は俺らの前にいた。ってことは…。」

 

「はい。生徒の誰かが、眞白の何らかの地雷を踏んだのかと。」

 

 

家入の推測に、日下部は深く舌打ちをした。

 

 

「クソッ。面倒なことになりやがった。綴は五条が対処するはずだ。俺らは、他の生徒の回収を速やかに行う。でなきゃ最悪も考えられる。」

 

 

大人たちはそのまま、鬱蒼とした木々が口を開ける森の入り口へと滑り込んだ。日下部が手早く周囲へ指示を飛ばし始める。

 

 

「よし、ここらだな。おい、歌姫。術式を頼む。俺は、綴の近くにいた2人のとこに行く。他は冥冥、頼んだぞ。」

 

「承知した。」

 

「わ、わかりました!」

 

 

歌姫が緊張の面持ちで術式の準備に入る中、夜蛾も呪骸を引き連れて前に出た。

 

 

「冥。私と私の呪骸も行こう。手は多い方が良い。」

 

「助かります。」

 

「日下部さん、いきますよ。」

 

「あぁ、頼むぞ……ッ!?」

 

 

日下部が刀の柄に手をかけた、まさにその瞬間だった。

 

 

――ドォォォォォォンッ!!!!!!

 

 

森の深部から空気を引き裂くような絶大な衝撃音が轟き、上空から何かが物凄い勢いで叩きつけられた。大地を激しく抉りながら、その『何か』は一同の目の前へと滑り込み、猛烈な土煙を舞い上がらせる。

 

 

「な、何なのッ!?…まさか、あんのバカやりすぎよ!硝子!早く眞白ちゃんを…。」

 

 

あまりの勢いに、五条が眞白を力任せにねじ伏せたのだと思い込み、歌姫が必死に叫ぶ。しかし、煙の向こうを見つめていた家入の目は、驚愕に大きく見開かれていた。

 

 

「いえ、これは――」

 

「――ちょっとちょっと、どこ見て誰に言ってんのさ。」

 

 

舞い散る土煙の中から聞こえたのは、聞き覚えのある能天気な声だった。しかし、煙が晴れて立ち上がった人物の姿を目にした瞬間、その場にいた全員の思考が完全にフリーズする。

 

 

「…そんな、馬鹿な。」

 

 

楽巌寺が目を見張り、手にも持っていたギターケースを落としそうになる。

 

 

「おいおい、一体どうなってやがる…。」

 

 

日下部は開いた口が塞がらず、冷や汗が滝のように流れ落ちた。

 

 

「まさか、こんなことが…。」

 

 

常に余裕を崩さない冥冥すら、その口元を固く強張らせている。

 

そこに立ち上がっていたのは、流れる血を拭い、あちこちを土塗れにした五条悟の姿だった。

 

 

「イテテ、あーびっくりした。……クク…アッハハッ!まさか無下限を突破されるなんて。」

 

 

五条は口から血を流しながらも、腹を抱えて愉快そうに笑っていた。絶対に不可侵であるはずの『無下限呪術』を打ち破られたというのに、その顔には狂喜と歓喜が入り混じった笑みが浮かんでいる。

 

 

「ご、五条!?アンタが一体どうして!?」

 

 

混乱の極みにある歌姫の悲鳴に対し、五条は服についた土をパンパンと払いながら立ち上がった。

 

 

「うん?どうしてって見ての通りだよ。ってそんなこと言ってる暇ないよ。生徒回収する人は早く行って、用事ない人は早く離れた方が良いよ。じゃないと眞白が…っと、噂をすればってやつだね」

 

 

五条がぐっと上空を見上げる。その言葉につられるように全員の視線が膨大な呪力を放つ、ある一点へと引き上げられた。

 

 

「…………。」

 

 

そこには――バサッ、バサッ、と静かに羽ばたく巨大な『鷲型の式神』の上に足場として立ち、空中から一同を『満面の笑み』で見下ろす眞白の姿があった。

 

 

 






どうも~

今回2回目の投稿です~

ラスト2話は金曜投稿です~

思ってたよりみんな見てくれて、うれちぃ。
感想も、うれちぃ。
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矛盾の指摘助かります。
もちろん誤字も。

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