万象、紙に綴れば   作:Mebius217

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第3話:呪術高専入学……試験?

 

 

 

4月。街は桜色に染まり、新しい生活への期待に胸を膨らませる若者たちで溢れていた。 綴眞白(つづり ましろ)もまた、その一人であるはずだった。

 

 

 

せっかく合格した志望校を蹴り、東京の山奥にある「東京都立呪術高等専門学校」へ通うと両親に告げた時、家の中は一時騒然となった。「宗教か何かじゃないのか」「山奥で何をするんだ」と詰め寄る両親。しかし、数日後に「補助監督」を名乗るスーツ姿の理知的な人物が自宅を訪れ、丁寧すぎるほどの説明(と、おそらくは何らかの呪術的な根回し)を行ったことで、渋々ながらも納得を得ることができた。

 

 

(いよいよ、私の高校生活が始まる……!)

 

 

眞白は、真新しい高専の制服の襟を正した。小中学校では、視えるはずのないものが見える恐怖と、それを隠すための内向的な性格が災いし、親友と呼べる存在はいなかった。だからこそ、この「呪術高専」での生活には並々ならぬ期待を寄せていたのだ。同じ悩みを持つ仲間たちと、放課後は原宿や渋谷でスイーツ巡り。夏休みはみんなで合宿。そんな、これまで想像の中でしか存在しなかった「青春」という概念が、今まさに現実になろうとしている。

 

遅刻など絶対にしてはならない。気合が入りすぎた眞白は、集合時間の1時間以上前に高専の校門に到着してしまった。

 

 

「あれ、今から迎えに行こうと思ってたんだけど」

 

 

校門をくぐろうとした瞬間、ひょっこりと姿を現したのは、あの日カフェで出会った白髪の不審者――もとい、五条悟だった。

 

 

「ご、五条先生……。今から迎えって、さすがに遅すぎませんか?」

「あはは、僕の中ではオンタイム。ま、早く来たならいいや。案内するよ」

 

 

軽い挨拶を交わし、二人は広大な敷地内を歩き出す。由緒ある寺社仏閣のような厳かな雰囲気に、眞白の期待感はさらに高まっていく。

 

 

案内されたのは、校舎の奥深くにある、窓のない教室だった。 明かりは点々と灯された「ろうそく」のみ。揺らめく炎が、壁に長い影を落としている。

 

 

(な、なにここ。新入生を案内する場所じゃないよね……?)

 

 

眞白の脳内で、悪い想像が急速に膨れ上がる。

 

 

(まさか……。五条先生、実は悪い人で、私をこんな人気のない場所に連れ込んで、あんなことやこんなことを……! それとも、呪いの儀式の生贄にされるの!?)

 

 

怖くなった彼女は、いつでも逃げ出せるように、背後のドアへとじりじりと後退した。その時、勢いよくドアが開いた。

 

 

「わあああっ!」

 

 

「……ぬ?」

 

 

そこに立っていたのは、サングラスをかけた強面の巨漢だった。あまりの恐怖に尻もちをつく眞白。男――夜蛾正道は、倒れた彼女を一瞥し、短く「すまん」と謝罪した。

 

 

「悟。お前が遅刻しないとは珍しいな」

「心外だなあ、夜蛾学長。僕だってやる時はやるよ」

 

 

五条の言葉に、眞白は目を白黒させる。「学長? この怖い人が?」 夜蛾は教室の中央に座すと、眞白を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「綴眞白だな。これから入学試験を執り行う」

「えっ、試験!? もう合格したんじゃ……」

「落ちたら入学できないからね。頑張って」

 

 

五条が他人事のように言い放つ。眞白はパニックに陥りながらも、夜蛾から放たれる威圧感に身を固くした。

 

 

「綴眞白。なぜ、呪術師になりたい」

 

 

その問いは、彼女の魂の奥底を問うような重みがあった。なぜ。人助けのため? 呪いを祓うため? そんな高潔な理由は、今の彼女にはまだなかった。けれど、答えは自分でも驚くほど自然に、口を突いて出た。

 

 

「……この力でもっと、いろんなものを作りたいからです」

 

 

ただの紙を、命あるものへと変えるあの喜び。「不気味なもの」として隠してきたこの力を、誰にも邪魔されずに、もっと自由に、もっと豊かに表現したい。それが、眞白の偽らざる本音だった。

 

 

夜蛾は数秒の沈黙の後、ふっと口角を上げた。「……よかろう。合格だ」

 

 

試験を終え、ようやく解放された眞白は、五条に連れられて「1年生の教室」へと向かった。けれど、そこには机が一つしかない。

 

 

「あの……五条先生。他の新入生は、いつ頃来るんですか?」

「あれ、言ってなかったっけ。今年の新入生は君一人だよ」

 

 

五条がニヤニヤしながら、爆弾を落とした。

 

 

「え……? ひとり……?」

「そう。呪術師なんて超マイノリティだからね」

 

 

眞白は固まった。 一人。つまり、放課後のスイーツ巡りも、合宿も、クラスメイトとの他愛ないお喋りもないということだ。 いや、でもまだ望みはある。

 

 

「じ、じゃあ、先輩たちの教室へ案内してください! 挨拶がしたいので」

「ああ、去年の4年生は、眞白が入学すると同時に卒業しちゃった。だから、今この学校の生徒、眞白一人だけだよ」

 

 

五条は「ドッキリ大成功!」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべている。

 

 

(……え?)

 

 

眞白の中で、何かがパチンと弾けた。楽しみにしてきた青春。両親を説得してまでやってきた期待。それらが今、目の前の男の軽薄な笑みによって、木っ端微塵に打ち砕かれた。

 

 

「…………この、最低最悪の、嘘つき教師ーーーッ!!」

 

 

眞白は叫び、拳を固く握って五条へと飛びかかった。 武道の経験などない。ただの、怒りに任せた全力のパンチ。 しかし、彼女の手は、五条の顔面を捉える直前でピタリと停止した。

 

 

「あれ?」

「これは僕の術式。『アキレスと亀』って言ってね、僕に近づくほど――」

「うるさーーーーい! 知るかバカーーー!」

 

 

説明を遮り、眞白はポコポコと擬音が出そうな勢いで腕を振り回し始めた。五条の周囲に展開された「無下限」のバリアに、彼女の拳はむなしく弾かれ続ける。しかし、眞白は止まらない。涙目で、めちゃくちゃな攻撃を繰り出し続ける。

 

 

「あーあー、怒っちゃった。もー、しょうがないな。今回はさすがに度が過ぎたかもだから……一発だけだよ?」

 

 

五条が苦笑しながら、術式を解除した。

 

 

無下限の壁が消えた瞬間、眞白はそれを直感的に察知した。彼女は今まで繰り出したどの一撃よりも大きく、深く、右拳を振りかぶった。

 

 

(絶対に……絶対に、一発殴ってやる……!)

 

 

溢れ出る怒り。それは莫大な呪力となり、彼女の腕へと収束していく。「行けっ!!」 眞白が放った渾身の一撃。

 

その瞬間、世界が静止した。彼女の拳を包んでいた呪力が、空間を歪めるような「黒い輝き」へと変貌したのだ。

 

 

「「え?」」

 

 

五条と眞白の声が重なる。直後、轟音が教室に響き渡った。

 

 

ドォォォォォォォォン!!

 

 

「ぐへェ!?」

 

 

最強の呪術師であるはずの五条悟が、眞白の華奢な拳によって、教室の壁を突き破り、校庭の遥か奥まで吹き飛ばされていった。

 

土煙が舞う中、眞白は自分の右拳を呆然と見つめた。何が起きたのかはわからない。今の黒い光が、100万分の1秒の火花――「黒閃」であることも、彼女はまだ知らない。けれど、とりあえず。

 

 

「…………ざまぁみろ、この不審者!!」

 

 

校庭の向こうで大の字になっている五条に向かって、眞白は精一杯の捨て台詞を吐いた。

 

これが、後に「最年少で黒閃を経験した異能の術師」として語り継がれることになる、綴眞白の波乱に満ちた高専生活の幕開けであった。

 

 

 




一旦これで全部です。続きは気が向いたら作ったり作らなかったりです。
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