万象、紙に綴れば   作:Mebius217

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第4話:呪術の核心と、剥き出しの異能

 

 

 

静寂が支配するはずの呪術高専。その一角にある教室の壁は無惨に砕け、校庭に向かって巨大な穴が開いていた。

 

 

「……はぁ、はぁ……っ!」

 

 

綴眞白(つづり ましろ)は、肩で息をしながら、自分が突き出した右拳を凝視していた。拳にはまだ、あの「黒い閃光」の感触が、痺れるような熱を持って残っている。怒りに任せて振り回しただけの拳。けれど、その瞬間に脳内を駆け抜けたのは、これまでの人生で一度も味わったことのない、極限の「集中」だった。

 

 

(……殴った。あんなふざけた目隠し不審者を……本当に、壁の向こうまで……)

 

 

眞白は、自分がしでかした事の重大さに気づき、急激に血の気が引いていくのを感じた。あんなに不審者扱いして、あんなにポカポカ殴って、挙句の果てに「黒い光」と共にブッ飛ばしてしまった。相手は、一応これでも自分の担任になるはずの男なのだ。

 

 

(どうしよう……。クビ? 入学初日にクビ? それとも、過剰防衛で逮捕……!? 私の高校デビュー、警察署からスタートなの……?)

 

 

溢れ出す被害妄想に震え、ガタガタと膝を突こうとしたその時。

 

 

「いやー、びっくりした。まさか初日に『これ』を引くとはね」

 

 

瓦礫を掻き分ける音と共に、聞き慣れた——けれど、どこかこれまでより「重み」のある声が響いた。 眞白が顔を上げると、そこには土煙の中から平然と歩いてくる五条悟の姿があった。

 

 

「えっ……なんで。あんなに飛ばされて、壁に穴まで開いたのに」

 

 

眞白は絶句した。五条の衣服は少し汚れているものの、その体には傷一つない。彼は壊れた壁の縁に腰掛け、手にした「黒い目隠し」をパッパとはたいていた。

 

 

「とっさに呪力を防御に回してなきゃ、確実に頭が吹っ飛んでたよ。学生の頃以来かな、本気で死を意識したのは」

 

 

五条は笑っていた。けれど、その目は笑っていなかった。彼は目隠しを外したまま、素顔のまま眞白へと歩み寄る。

 

 

「ひ……っ」

 

 

眞白は後退りした。目隠しを取った五条悟の素顔は、彼女の貧困な想像力では到底追いつけないほど、端正で、美しく、そして底知れなく恐ろしかった。雲一つない冬の空を凝縮したような、透き通る「蒼い瞳」。その瞳に射抜かれた瞬間、眞白は自分の血管を流れる血液のひとしずくまで、全てを暴かれたような錯覚に陥った。

 

 

(な、なに……この人。イケメン……なんてレベルじゃない。神様か何かなの?)

 

 

顔を真っ赤にして固まる眞白を、五条は「六眼(りくがん)」で静かに観察していた。

 

 

(……とんだ拾い物だ。ちゃんとイカレてるよ、この子は)

 

 

五条は、眞白には聞こえないほどの小声で呟いた。六眼が見たのは、彼女の体内でせわしなく、それでいて驚くほど精密に編み上げられている呪力の流れ。それは単なる「才能」という言葉で片付けるには、あまりに歪で、切実なものだった。

 

 

(この呪力操作の精度……まるで生きるために、脳が勝手に最適化されてるみたいだ。無意識に何か大きな「縛り」でも結んでるのか? どちらにせよ——)

 

 

五条は心の中で、彼女の脳にかかっている異様な負荷と、それを呪力操作で逃がしている危ういバランスを察知した。だが、それを今言葉にする必要はない。

 

 

「……あ、あの……五条先生?」

 

 

「ん? ああ、ごめんごめん。あまりに良い『黒閃』だったからさ、惚れ剥けちゃって」

 

 

五条はいつもの軽薄な調子に戻り、距離を詰めた。

 

 

「あれ、もしかしてイケメンすぎる僕の顔に惚れちゃった? 嬉しいなー、モテる男は辛いね!」

 

 

「なっ……! 誰が……っ! 自惚れないでください!!」

 

 

せっかくの神秘的な雰囲気を一瞬で台無しにされ、眞白の怒りが再燃する。彼女がもう一度パンチを繰り出すが、今度は五条が術式を再展開しており、彼女の拳は目に見えない壁に阻まれた。

 

 

「はいはい、二発目はなし。それより、今のうちに『呪力』についてお勉強しちゃおうか」

 

 

五条はひらりと身を翻し、教卓に座った。その姿は、先ほど死にかけた男とは思えないほど悠々自適としていた。

 

 

「いい? 呪力は『電気』、術式は『家電』。君の体には今、発電所並みの電気が流れてる。さっきの黒い光——『黒閃』は、その電気が一瞬だけ100万分の1秒以下のズレもなく出力された時に起きる火花なんだ」

 

 

五条は指先で呪力を灯しながら解説を続ける。眞白は、先ほどから自分の体が不思議なほど軽いことに気づいていた。呪力が淀みなく、まるで自分の一部のように手になじむ感覚。

 

 

「確かに……。さっきから、いつもより『視界』がはっきりするっていうか、呪力が使いやすい気がします」

 

 

「それが黒閃の恩恵。呪力の『核心』に触れた証拠だよ。さて——」

 

 

五条は一拍置き、残酷なまでに率直な評価を下した。

 

 

「正直言って、君の術式は『雑魚(ざこ)』だね」

 

 

「……は?」

 

 

眞白の思考が止まった。命を懸けて研鑽してきた『折紙呪法』。自分の唯一のアイデンティティを、目の前の男は事も無げに切り捨てた。

 

 

「だってそうでしょ? 紙がなきゃ戦えない、紙を切らしたら終わり。そんなコストのかかる術式、上に行けば行くほど通用しなくなるよ。不便すぎるもん」

 

 

眞白は、あまりの直球な物言いに、怒りを通り越して目の前が真っ暗になった。せっかく高専に来たのに。自分の力は、結局そんなものだったのか。

 

 

(やっぱり、私のやってきたことなんて無意味だったんだ……。期待するだけ無駄だったんだ……)

 

 

いつもの被害妄想が顔を出し、眞白の肩が小さく震え始める。しかし、五条の瞳は、絶望する彼女の奥にある「可能性」を依然として見つめ続けていた。

 

 

(……今はまだ、「反転」に気づく必要はない。でも、その異常な呪力操作があれば、いずれ辿り着くはずだ。君が自分で、その『脳』の使い道に気づく時がね)

 

 

五条は心の中で、彼女に課せられた過酷な「縛り」が、いつか彼女を最強の一角へと押し上げる未来を予見していた。

 

 

「——でもね。君のその『呪力操作』と『呪力量』は、間違いなく化物級だ」

 

 

五条は笑いながら、眞白の学生証を投げ渡した。そこには、「3級呪術師」という文字が刻まれていた。

 

 

「はい、これが君の学生証ね」

 

 

五条は、呆然とする眞白の手に一枚のカードを握らせた 。そこには彼女の名前と共に、「三級呪術師」という文字が並んでいる 。

 

 

「……三級? これって、凄いのかな、凄くないのかな……」

 

 

「下から二番目。ま、今の眞白には妥当なところじゃない? ちなみに僕は最上位の特級。現代最強の呪術師ってわけ」

 

 

五条は自慢げに自分を指さす。眞白は「自分で言うんだ……」と引き気味に彼を見返したが、先ほど壁を突き破っても無傷だった化け物じみた男の姿を思い出し、反論は飲み込んだ。

 

 

「呪術師の等級は、基本的には『どれだけ強い呪霊を祓えるか』で決まる。でも安心して、等級なんてこれからいくらでも上がるよ。君の場合は特にね」

 

 

五条は教卓に腰掛け、脚を組みながら続けた。

 

 

「術式そのものはさっき言った通り、今のままじゃ不便極まりない『雑魚』だ。でも——君の呪力量と、その異常なまでの呪力操作の精度。これは、一級術師でもそうそうお目にかかれるもんじゃない」

 

 

(……おかしいんだよね、普通は)

 

 

五条は心の中で、眞白の呪力の巡りを見つめていた。彼女の呪力操作には、一分の無駄もない。それはまるで、一歩でも操作を誤れば「破綻」してしまう何かを、必死に繋ぎ止めているような——生存本能に根ざした、極限の精密さだ。

 

 

(今の彼女にその自覚はない。ただ『創りたい』という祈りに似た強迫観念が、脳を、そして呪力をここまで研ぎ澄ませている……。とんだ拾い物だよ、本当に)

 

 

 

「さて、お勉強はここまで。次は当面の課題についてだね」

 

 

五条はパンと手を叩き、眞白の顔を覗き込んだ。

 

 

「任務はもう少し勉強してからにするけど、君の課題は二つ。一つは、その使い勝手の悪い術式の応用性を引き出すこと。具体的には『拡張術式』の開発だ」

 

 

「かくちょう……じゅつしき?」

 

 

「そう。基本の『折る』だけじゃなくて、紙の性質そのものを書き換えるような使い方だよ。さっき黒閃を打った今の君なら、呪力の解像度が上がってるはず。今日中に何か形になるかもね」

 

 

眞白は自分の手元を見る。確かに、黒閃を経験した後の今、指先に集まる呪力の「粒」が、以前よりもずっと鮮明に感じられた。

 

 

「二つ目は、隙を無くすこと。今の君、呪力を練る時に無防備すぎるんだよね。実戦だったら、今のままじゃ任務初日に死んじゃうよ?」

 

 

「し、死ぬ!?」

 

 

眞白の顔が引きつる。またもや最悪のシミュレーション(被害妄想)が脳内を駆け巡り、自分が呪霊に食べられる姿が現実味を持って再生された。

 

 

 

「そう、死ぬ。だから、怖がってる暇があったら手を動かすこと! じゃ、僕は用事があるから。後で寮の案内に来るまで、ここで練習しててね」

 

 

「えっ、ちょ、待って……!」

 

 

眞白の制止も聞かず、五条はヒラヒラと手を振って、破壊された壁の向こうへ消えていった。

 

 

静まり返った教室に、眞白一人だけが取り残された。壁には大穴、校庭には五条が吹き飛んだ跡。そして手元には、自分の想像を絶する「呪術」という世界の入り口。

 

 

(……一人。本当に、一人なんだ)

 

 

「青春を楽しむ」という高校デビューの夢は、入学初日に早くも粉々に砕け散った。けれど、不思議と絶望感だけではなかった。あの「黒い光」を放った瞬間の、全てが自分の支配下にあるような、透明な感覚。

 

 

「……雑魚、なんて言わせない」

 

 

眞白は足元に落ちていたノートの切れ端を拾い上げた。脳が、異常な速度で「次」の形を演算し始める。五条に言われた「拡張術式」。紙の性質を、書き換える。もし、この紙に「質量」や「硬度」を極限まで持たせることができたら——?

 

眞白は目を閉じ、溢れ出す膨大なイメージ(脳の熱)を、指先の呪力へと一点に集中させた。それは彼女にとって、生きるための「排熱」であり、世界に対する唯一の「反抗」だった。

 

昼間の日差しが差すの教室で、一枚の紙が、金属のような冷たい光を放ち始める。綴眞白の、本当の意味での「呪術師」としての道が、ここから静かに、けれど激しく動き出そうとしていた。

 

 

 




書くつもりなかったけど忘れないうちに頭の中出しといたほうがいいかなって思って出しました。
もう1話続きます。
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