万象、紙に綴れば   作:Mebius217

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第6話:壊れた教室と、突発の歓迎会

 

 

 

「やっべ、やっべ! さすがに放置しすぎた!」

 

 

藍色に染まりかけた夕暮れの廊下を、五条悟は風のような速度で駆け抜けていた。つい先ほど、保健室で家入硝子に指摘されるまで、彼は完全に失念していたのだ。入学初日に、しかも「黒閃」を経験したばかりの情緒不安定な新入生を、半壊した教室に数時間も置き去りにしていたことを。

 

 

(まだいるかな? さすがに寮の場所も分かんないし、泣いてないといいけど……)

 

 

五条は教室の前まで来ると、勢いよく扉を開け放った。

 

 

「ごめん眞白! 待たせ……た……?」

 

 

五条の言葉は、尻すぼみに消えた。 目の前に広がっていたのは、予想していた「待ちぼうけを食らった生徒の怒り」でも「孤独に震える少女」でもなく、あまりにもシュールで、痛々しい静寂だった。

 

教室の壁には、昼間に眞白が開けた大穴があり、そこから冷たい夜風が吹き込んでいる。そして、その瓦礫の山の前には、世界が終わったような顔で申し訳なさそうに視線を泳がせる強面の巨漢――夜蛾正道と、その横に直立不動で立つ巨大なパンダ。そして、そのパンダの太い足にすがりつき、顔をしわしわにして泣いている綴眞白の姿があった。

 

 

「……ひっ、あ、あああ、申し訳ございません! 弁償します、命で……いや、私の命じゃあんな立派な壁の代金には足りないですよね……!」

 

 

眞白はパンダの毛並みに顔を埋めながら、涙声でブツブツと何事かを呟き続けている。彼女の目は完全に泳いでおり、自分が抱きついているのが「自律して動く呪骸」であることになど気づいている様子はない。ただ、この恐怖空間において唯一の「柔らかそうな物体(ぬいぐるみ)」であるという一点のみを認識し、命綱としてしがみついているようだ。

 

 

「ど、どうしましょう……臓器とか、その、何か売れるものを……! でも健康診断で貧血気味って言われたし、私の内臓なんて二束三文かも……ううっ」

 

「…………」

 

「け、刑務所だけは勘弁してください……! せめてマグロ漁船で働いて返しますからぁ……! お願いします、許してくださいぃぃ……!」

 

 

止まらない謝罪と、飛躍し続ける被害妄想。数時間放置された挙句、なぜか学長と巨大なパンダ(眞白視点では特大のぬいぐるみ)に詰められている教え子を見て、五条は状況を察しつつも、この混沌とした空気を楽しむように口元を歪めた。

 

 

「あーあ。学長が新入生の、しかも女の子泣かせたー。さいてー」

 

「……悟。貴様……!」

 

 

夜蛾はこめかみに青筋を立てながら、助け舟を出さずに茶化してくる五条を睨みつけた。

 

 

事の経緯は、ほんの数分前に遡る。

 

五条が保健室で油を売っている頃、学長室で業務にあたっていた夜蛾正道は、校舎の見回りに出ることにした。そして、一年生の教室の前を通りかかった際、その異変に気づいたのだ。壁の一部が吹き飛び、校庭まで見通せる大穴が空いていることに。

 

長年の経験と勘が、即座に一つの結論を導き出す。「また悟か!」と。夜蛾は、五条がまだ教室の中にいると思い込み、説教をするべく勢いよく扉を蹴破らんばかりに開け放った。

 

 

「悟ーーーーッ!!」

 

 

ビリビリと空気が震えるほどの大音声。かつて問題児だった教え子を叱り飛ばす際の、条件反射のようなものだった。

 

しかし、そこに五条の姿はなかった。代わりにいたのは、昼間の興奮が冷め、一人取り残された不安と孤独に押しつぶされそうになっていた華奢な少女――綴眞白だけだった。 彼女は机に向かい、ブツブツと何かを呟きながら紙を折っていたようだが、夜蛾の咆哮を聞いた瞬間、飛び上がるほど驚き、そのまま腰を抜かしてしまったのだ。

 

 

「ひっ……!?」

 

 

突然現れたサングラスの巨漢と、鼓膜を破るような怒鳴り声。ただでさえ「やらかした(壁を壊した)」という罪悪感を抱えていた眞白にとって、それは「処刑人が来た」という死刑宣告にも等しい衝撃だった。

 

 

「あ、あわわ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

「む……? お前は新入生の……」

 

 

腰を抜かして座り込み、ガタガタと震え出す眞白を見て、夜蛾は自身の過ちに気づいた。(しまった。悟がいると思って、つい……)

 

必要以上に新入生を怯えさせてしまった。しかも相手は、まだあどけなさの残る少女だ。夜蛾は冷や汗を流しながら、どうにかして彼女を宥めようとしたが、自分のような強面の男が近づけば余計に怯えるだけだ。彼はとっさに廊下に顔を出し、先ほどまで一緒に見回りをしていた自身の最高傑作を呼び寄せた。

 

 

「パンダ! 来い!」

 

 

ドスドスと重い足音を立てて教室に入ってきたのは、人間よりも一回り大きなパンダだった。 この年の子なら、動物(たとえ大きくても)がいれば少しは落ち着くだろう。そんな不器用な配慮だった。

 

 

「……ほら」

 

 

しかし、恐怖で思考回路がショートしている眞白の脳は、正常な判断を放棄していた。(パ、パンダ……? 大きい……遊園地の着ぐるみ? それとも特大のぬいぐるみ? なんで歩いて……いや、もう何でもいい、柔らかい!)

 

彼女は「動いた」という事実すら「気のせい」として処理し、目の前のサングラスの男から目を逸らすためだけにパンダにしがみついた。 うっすらと「なんか硬い気がする」「獣の匂いがしない」という違和感はあったものの、現在の彼女にそれを考察する余裕などあるはずもなく、こうして「マグロ漁船への乗船手続き」を嘆願する地獄絵図が完成したのである。

 

 

夜蛾は、戻ってきた五条を睨みつけた。

 

 

「元を辿れば、お前が教室の壁を破ったからだろうが……」

 

「心外だなあ。きっかけは確かに僕だけどさ」

 

 

五条はひらひらと手を振り、大穴を指差した。

 

 

「壁を破ったのは眞白だよ」

 

「……何だと?」

 

 

夜蛾の動きが止まる。サングラスの奥の瞳が、鋭く細められた。 五条は、先ほど起きた出来事――眞白が放った一撃について、楽しそうに語り始めた。

 

 

「僕がちょっとからかったらさ、彼女、ブチ切れちゃって。で、無下限相手に殴りかかってきたと思ったら……ドカン」

 

「……まさか」

 

「そう。黒閃だよ」

 

 

一般家庭出身で、今日初めて呪術の世界に足を踏み入れたばかりの少女。 術式の使い方もろくに知らない彼女が、ただの感情の高ぶりだけで空間を歪め、狙って出せるものではない「黒い火花」を散らしたのだ。

 

 

(あの呪力操作の精度……ただの偶然じゃない。だが、初撃で黒閃を引くとは……)

 

 

夜蛾は驚愕し、改めてパンダにしがみついて震えている少女を見た。五条の六眼(りくがん)が見抜いた「化け物級」という評価の意味を、夜蛾は肌で感じ取った。この少女は、とんでもない逸材かもしれない。

 

しかし、感心したのも束の間。夜蛾はすぐに現実に引き戻された。

 

 

「……やはり、お前が原因じゃないか! どんな教え方をしたら、入学初日に生徒に壁を壊させる!」

 

「待って待って! 学長、拳骨は後にして! ほら、もう日が暮れるし、眞白を寮に案内しなきゃ」

 

 

五条は夜蛾の振り上げた拳をひらりと避けると、正座したまま硬直している眞白のもとへ歩み寄った。

 

「ほら眞白、行くよ! マグロ漁船はキャンセルで!」 「えっ、あ、ちょっ……!」

 

五条は眞白の手を強引に掴み、立たせる。パンダはきょとんとした顔で、離れていく眞白を見送った。

 

 

(……あ、あれ? 今、あのぬいぐるみ、瞬きしなかった?)

 

 

眞白の脳裏に一瞬疑問がよぎったが、すぐに五条に引きずられる加速感で吹き飛んだ。

 

 

「学長、あとはよろしくー!」

 

「待たんか悟!」

 

 

五条は、有無を言わせぬ勢いで眞白を引っ張り、教室を後にした。まるで台風が過ぎ去ったかのような、慌ただしい撤退だった。

 

 

日は完全に落ち、高専の広大な敷地は深い闇に包まれていた。 五条に手を引かれ――というより、半ば引きずられるようにして連れてこられたのは、木造ながらもしっかりとした造りの学生寮だった。

 

 

「ここが眞白の部屋。荷物はもう搬入済みだよ」

 

 

五条が指差した扉には、真新しいネームプレート等はまだない。案内されたのは、簡素ながらも清潔感のある、十分な広さの個室だった。ベッド、机、クローゼット。必要最低限の家具が揃ったその空間は、これから4年間、彼女が生活する拠点となる場所だ。

 

 

「私の……部屋」

 

 

部屋の中へ一歩足を踏み入れる。感慨に耽ろうとした眞白だったが、ふと、今日一日ずっと喉の奥に小骨のように引っかかっていた、ある重大な違和感が脳裏をよぎった。

 

 

(……あれ? そういえば)

 

 

彼女は恐る恐る振り返り、部屋の前でニヤニヤしている担任教師を見上げた。

 

 

「……あの、五条先生。そういえば、入学式は?」

 

 

眞白の小さな問いかけに、五条の笑顔がピタリと凍りついた。一瞬の、不自然な沈黙。夜風が廊下を吹き抜ける音だけが響く。

 

 

「あ」

 

「……あ?」

 

「忘れてた」

 

 

そのあまりに軽く、羽毛のように重みのない一言を聞いた瞬間。眞白の中で、何かが「ブチッ」と音を立てて焼き切れる音がした。

 

期待に胸を膨らませた早朝の登校。校門での待ちぼうけ。薄暗い拷問部屋のような面接。「同級生ゼロ」という絶望。壁の破壊と、自分へのドン引き。数時間の放置プレイ。そしてトドメの、学長の説教とマグロ漁船。

 

今日一日、彼女が耐え忍んできた理不尽の数々が、走馬灯のように脳内を駆け巡る。眞白の拳が、わなわなと震え始めた。

 

 

「……わす、れてた?」

 

 

彼女の右拳に、昼間の「黒閃」を放った時と同じ――いや、鬱積したストレスの分だけそれ以上に濃密でどす黒い呪力が、渦を巻いて収束していく。

 

 

「先生。……そのバリア、今すぐ解いてください」

 

 

眞白は、五条の身に纏う「無限」という不可侵の術式を、原理不明の「バリア」と認識し、静かな、しかし殺意に満ちた瞳で訴えた。

 

その呪力の高まりを「六眼」で視認した五条は、反射的に一歩後ずさった。

 

 

(うっわ、マジだ。無下限があるから当たらないとはいえ、この殺気は洒落になってない……)

 

「ちょ、待って待って! 落ち着いて眞白ちゃん! 暴力はんたーい!」

 

「一発だけです。一発、そのふざけた顔面を殴らせてくれたらチャラにします」

 

「断る! あ、そうだ!」

 

 

五条は冷や汗を流しながら、何かを閃いたように大げさに声を張り上げた。

 

 

「じゃ、7時くらいに迎えに来るから! それまで荷解きしてゆっくりしてて!」

 

「話を聞け逃げるなーーーっ!」

 

「じゃあねー!」

 

 

五条は「バビューン」という擬音が聞こえてきそうな猛スピードで廊下を駆け抜け、夜の闇へと消えていった。 残された眞白は、行き場のない拳を空に向かって突き上げた後、ガクリと膝をついた。

 

 

「……はぁ。もう、なんなのよ、あの人……」

 

 

彼女は重い足取りで部屋に入り、荷解きを始めた。今日一日で味わった疲労は、彼女の許容量を遥かに超えていた。

 

 

段ボールから荷物を取り出し、棚に並べていく。お気に入りの本、手芸用品、そして大量の折り紙。殺風景だった部屋が、少しずつ「自分のテリトリー」へと塗り替えられていくにつれ、眞白の心拍数はようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

 

 

「……疲れた」

 

 

荷解きが一段落したところで、急激な倦怠感が襲ってきた。それもそのはずだ。慣れない環境に加え、彼女は無自覚とはいえ「黒閃」を経験している。脳と肉体のリソースを限界まで酷使した反動が、泥のような眠気となって押し寄せてきたのだ。

 

 

(五条先生が迎えに来るって言ってたけど……ちょっとだけ、横になろう……)

 

 

眞白は吸い寄せられるようにベッドへ倒れ込んだ。目を閉じると、瞼の裏に今日のハイライトが浮かぶ。不審な教師、強面の学長、そして……あの巨大なパンダのぬいぐるみ。

 

 

(あれ、何だったんだろう。電動? それとも中に人が……? まあいいや、柔らかかったし……)

 

 

思考が溶けていく。眞白の意識は、あっという間に深い眠りの底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。 夢の中で、眞白は不思議な浮遊感を感じていた。ゆらゆらと、心地よいリズムで体が揺れている。まるでゆりかごの中にいるような、あるいは誰かの背中に背負われているような、大きくて温かい感覚。

 

 

(……お父さん? ……いや、お父さんにしては背が高いし、柔軟剤のいい匂いがする……)

 

「……んぅ……」

 

 

寝言を漏らす。その時、一瞬の浮遊感と共に視界が明るくなった気がした。まぶた越しに感じる強い光。そして、ざわざわとした人の気配。

 

 

「あ! もう起きちゃう。みんな早く準備して!」

 

 

すぐ耳元で、聞き慣れた軽薄な声がした。眞白がうっすらと目を開けると――

 

 

「パーン!」

 

 

破裂音と共に、視界いっぱいに色とりどりの紙吹雪が舞った。

 

 

「高専入学おめでとう!!」

 

 

バラバラな、しかし温かみのある声が重なる。眞白は目を白黒させた。そこは寮の自室ではなく、教室だった。黒板にはチョークでデカデカと『入学おめでとう』の文字。机をくっつけて作られた特設テーブルには、豪華な料理の数々が並んでいる。

 

 

「え、え、え……?」

 

 

状況が理解できず、ポカーンと口を開ける眞白。ふと視線を下げると、そこには見覚えのある、逆立った白髪があった。

 

 

「……はっ!」

 

 

眞白の脳内演算が、瞬時に現状を弾き出す。自分は今、五条悟におぶられている。

 

 

「なんで私、背負われてるんですか!? っていうかここどこ!? いつの間に!?」 「お、起きた? ちょっと、暴れると危ないよー」

 

 

五条は暴れ出しそうな眞白を気遣うように、ゆっくりと腰を下ろし、丁寧に彼女を床に下ろした。その意外なほど優しい動作に、寝起きの眞白は「あ、ありがとうございます……」と反射的に礼を言ってしまったが、すぐに正気に戻った。

 

 

「って違ーう!!」

 

「ナイスノリツッコミ!」

 

 

「ブチッ」と、本日二度目の何かが切れる音がした。眞白は即座に臨戦態勢に入り、拳に呪力を込める。しかし、目の前の男にはあの理不尽な「バリア」があることを思い出し、拳のやり場を失った彼女は、威嚇する猫のように全身の毛を逆立てた。

 

 

「不法侵入! 拉致監禁! 訴えますよ!!」

 

「サプライズ成功ー♪」

 

 

五条は眞白の怒りを柳に風と受け流し、ニヤニヤしながら彼女の顔を覗き込む。そんな二人の様子を、呆れたように見ている女性がいた。

 

 

「……お前。新入生を連れてくるって言うから待ってれば……女子寮の、しかも女の子の部屋に許可なしで入って、寝てる子を無理矢理拐ってきたのか?」

 

 

白衣を着た気怠げな美女、家入硝子がジト目で五条に問いかける。五条は悪びれもせず、さも当然といった顔で答えた。

 

 

「いやいや硝子、人聞きが悪いなあ。ちゃんとノックしてから部屋に入って、『おぶっていーい?』って聞いたよ? 沈黙は肯定と受け取るよー?って確認してから連れてきたんだよ」

 

「寝てたから返事がなかっただけだろ」

 

 

そのあまりの言い草に、横で聞いていた夜蛾学長の堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「悟!!」

 

 

夜蛾の怒鳴り声が教室に響く。

 

 

「教え子の、それも女子の部屋に不法侵入するとはどういう了見だ! しかも睡眠中に無理矢理おぶって連れてくるとは! 術式を解いて頭をこちらに向けろ! 拳骨だ!」

 

「待って待って! 今術式解いたら眞白に殴られる!」

 

 

五条は夜蛾から逃げ回りながら叫ぶ。

 

 

「あの呪力でもし黒閃出されたら、今度こそ死んじゃうよ!」

 

「問答無用! パンダ! 硝子! 悟を捕まえろ!」

 

「おう!」

 

「へいへい」

 

 

狭い教室の中で、最強の呪術師が学長とパンダ(とやる気のない硝子)に追いかけ回されるという、情けない鬼ごっこが始まった。

 

眞白はその光景を呆然と眺めていたが、五条が必死に逃げ回る姿を見ているうちに、だんだんと怒りがどうでもよくなってきた。(……なんか、もういいや) 彼女の拳から、スゥッと呪力が霧散していく。

 

それにいち早く気づいた五条は、ピタリと足を止めて眞白の方を向いた。

 

 

「ほら黒板見て! 突発だけど眞白の歓迎パーティーだよ。主役はこっちの席座って!」

 

 

五条は何事もなかったかのように眞白を机を並べた大きなテーブルの上座に誘導し、テーブルに並べられたたくさんの食事と飲み物、スイーツを見せる。

 

 

「ほら見て! これさっき買ってきた高級お寿司にジュースと子供用のシャンパン、それに有名店のスイーツ! もちろん全部、僕のポケットマネーだよ! ほらこれで機嫌直して、早く食べよ?」

 

 

「……!」 その輝きに、眞白のお腹が正直に「ぐぅ」と鳴った。 昼から何も食べていない。それに、これだけの歓迎を用意してくれたこと自体は、素直に嬉しかった。

 

 

「……ありがとうございます、五条先生」

 

 

眞白は素直に笑顔で返した。ふと、教室に自分と五条以外の人物がいることに気づき、慌てて居住まいを正す。

 

 

「あ、あのっ、初めまして! 新入生の綴眞白(つづりましろ)です!」

 

「お、やっとこっち向いた。せっかくだから改めてみんなを紹介しようか」

 

 

五条は咳払いを一つすると、演劇のような大げさな身振りで話し始めた。

 

 

「まず、僕は現代最強の呪術師で、君の担任のGLG(グッドルッキングガイ)こと五条悟でーす!」

 

「……(無視)」

 

「スルー!? ま、いいや。僕の隣にいるこの強面のおじさんは夜蛾学長。さっき教室であったし、今朝入学試験してくれたでしょ?」

 

「……夜蛾正道だ、よろしく頼む。悟が担任で苦労すると思うが、何かあればすぐに私に言いに来なさい」

 

 

夜蛾は昼間のことを気にしてか、少し照れくさそうに、しかし優しく声をかけた。

 

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

「で、そっちの気怠げな美人が、家入硝子。ウチの学校の医師だよ。怪我したら彼女を頼るといいよ。まあ、僕が担任だから怪我なんてさせないけどね!」

 

「……家入硝子だ。よろしくな、新入生。このバカの話は話半分で聞いとくのが身のためだぞ」

 

 

家入は頼もしい笑みを浮かべた。

 

 

「そして最後に……」

 

 

五条の手が、あのもふもふに向けられた。 眞白は身構える。やはり、あれは特注の着ぐるみか何かなのだろうか。

 

 

「パンダだ。よろしくな、眞白」

 

 

野太い、けれど愛嬌のある声が、その口から発せられた。

 

 

「…………へ?」

 

 

眞白の思考が停止した。 ぬいぐるみが、喋った。スピーカー越しではない、喉から出た声で。しかも、箸を器用に使って笹かまぼこを食べている。

 

 

「……パ、パンダ……?」

 

「おう。パンダだ」

 

「しゃ、喋った……!? ぬいぐるみじゃなくて……!?」

 

 

腰を抜かしそうになる眞白に、夜蛾が口を開いた。「彼は私が作った『呪骸(じゅがい)』だ。感情を持って動く、人形だよ。私の息子のようなものだ」

 

「……息子」

 

 

眞白はパンダを見つめ、パンダもまた、つぶらな瞳で眞白を見つめ返した。

 

 

「昼間はありがとな。抱き心地、悪くなかったぜ」

 

「ひゃああっ!! す、すみませんでしたぁ!!」

 

 

眞白は顔を真っ赤にして再び土下座しようとしたが、パンダのふかふかの手がそれを制した。

 

 

「はいはい、挨拶はそこまで! お寿司乾いちゃうから早く食べよ!」

 

 

五条が強引に話題を戻し、テーブルを指差した。そこには、見るからに高級そうな寿司桶が鎮座していた。大トロ、ウニ、イクラ。宝石のように輝くネタの数々。

 

 

「いただきまーす!」

 

「いただきます」

 

 

眞白は少しだけ警戒を解き、一番美味しそうな大トロを一貫、口に運んだ。 口の中でとろける脂の甘み、シャリの解け具合。

 

 

(美味しい……!)

 

 

そう感動しようとした、次の瞬間。

 

 

「……んぐっ!?」

 

 

強烈な刺激臭が鼻を突き抜け、脳天を直撃した。舌が焼けるような痛み。視界が白く染まる。

 

 

「辛ーーーーい!!」

 

「ぶはははは! 当たり引いた! それ、ワサビたっぷりのロシアン寿司!」

 

 

のたうち回り、涙目で水を求めて走り回る眞白を見て、五条は腹を抱えて爆笑した。「お前、本当に性格悪いな……」と家入が呆れながら水を差し出す。

 

 

眞白が水を一気飲みし、息も絶え絶えに五条を睨みつけたその時。五条の背後に、鬼の形相をした夜蛾が音もなく立っていた。

 

 

「悟……貴様、新入生への歓迎がそれか」

 

「え、あ、学長? ちょ、冗談だってば――」

 

ドゴォォォォォン!!

 

 

深夜の校舎に、五条悟の悲鳴と、強烈な拳骨の音が響き渡った。 頭に大きなたんこぶを作って伸びている最強の呪術師。それを見て、涙目の眞白と、パンダと、家入が顔を見合わせ――そして、誰からともなく吹き出した。

 

 

「……ふふっ、ざまぁみろ」

 

 

眞白の呟きと共に、奇妙で騒がしい歓迎会は夜更けまで続いた。たった一人の同級生もいない高専生活。けれど、ここには確かに「家族」と呼べる温かさがあった。

 

こうして、綴眞白の波乱に満ちた呪術師としての第一歩は、ワサビの辛さと共に幕を開けたのだった。

 

 

 




お久しぶりです。
暇を見つけ次第、ちまちま考えながら次々作ってます。
今回もそうですが、ある程度3話分くらいできてから一気に上げるのを不定期でやろうと思います。
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