万象、紙に綴れば   作:Mebius217

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第7話:手折りの縛りと、黒鉄の証明

 

 

 

小鳥のさえずりが、カーテンの隙間から差し込む朝日と共に部屋に侵入してくる。綴眞白(つづり ましろ)は、重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。

 

 

「……んぅ。……ここ、どこだっけ」

 

 

数秒の思考のラグ。白い天井、まだ物の少ない部屋、そして微かに香る畳の匂い。記憶が急速に巻き戻される。不審者によるスカウト、破壊された校舎、パンダへの土下座、そして深夜のロシアン寿司パーティー。

 

 

「あ……そっか。私、高専生になったんだ」

 

 

夢ではなかった事実に、嬉しさとほんの少しの胃の重さを感じながら、眞白はベッドから這い出した。 時計を見れば、まだ朝の7時前。昨夜の騒ぎで疲れ果てていたはずなのに、環境の変化による緊張からか、目が冴えてしまったようだ。

 

 

「よし、着替えよう」

 

 

真新しい高専の制服に袖を通す。紺色を基調とした詰め襟のデザインは、彼女の華奢な体をきりりと引き締めて見せた。鏡の前で髪を整え、深呼吸を一つ。今日から本格的な高専生活が始まる。まずは腹ごしらえだ。

 

 

寮の廊下は静まり返っている。五条先生はまだ寝ているのだろうか、それとも任務だろうか。 眞白は記憶を頼りに、昨日案内された食堂の方角へと足を進めた。

 

 

「えっと、確かこっちの渡り廊下を抜けて……」

 

 

木造の廊下を歩くと、どこからともなく出汁のいい香りが漂ってきた。引き戸を開け、広々とした食堂に足を踏み入れる。朝早いせいか、人の姿はほとんどない。ただ一人、窓際の席で気怠げに湯呑みを啜っている女性を除いて。

 

 

「……あ、おはようございます。家入さん……じゃなくて、家入先生」

 

「ん? ああ、新入生か。おはよう」

 

 

そこにいたのは、保健室の主であり医師の家入硝子だった。白衣ではなくラフなジャージ姿だが、目の下のクマは相変わらずだ。彼女の手元には、湯気を立てる味噌汁と、海苔の巻かれたおにぎりが二つ。

 

 

「あ、あの! 昨日の歓迎会、ありがとうございました。お寿司もケーキも美味しかったですし、何より……嬉しかったです」

 

 

眞白がぺこりと頭を下げると、家入は「ふっ」と短く笑った。

 

 

「気にしなくていいよ。私が学生の頃も、よくああやってバカ騒ぎしてたからな。五条の奴が仕切るとロクなことにならないが、まあ……ウチの伝統みたいなもんだと思って諦めな」

 

「で、伝統……ですか」

 

 

(伝統って、深夜に生徒を拉致して激辛寿司を食べさせること……? 呪術師ってやっぱり過酷なんだ……) 眞白の脳内で「伝統=理不尽な儀式」という誤った方程式が成立しかけたが、口には出さなかった。

 

 

「そういえば、食堂に来たのはいいんですけど……ご飯ってどうすればいいんですか? 券売機とかも見当たらないですし」

 

「ああ、そこ。厨房にいるおばちゃんに頼めば作ってくれるよ」

 

 

家入が箸で厨房の奥を指差した。見ると、割烹着を着た優しそうなおばあさんが、こちらに気づいて微笑みながら軽く手を振っている。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

眞白は小走りで厨房カウンターへ向かい、おばあさんに会釈した。

 

 

「おはようございます! 新入生の綴眞白です!」

 

「はいはい、おはよう。よく来たねぇ。何にする? 洋食も和食もあるよ」

 

 

メニューの多さに迷っていると、背後から家入の声が飛んできた。

 

 

「私のおすすめは、今食べてるおにぎりと味噌汁のセットだ。おにぎりの具は曜日替わりだし、味噌汁は私が学生の頃から変わらない味でな。濃すぎず薄すぎず、二日酔いの朝にも染みる塩加減だ」

 

「……!」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、家入が食べているおにぎりが無性に輝いて見えた。

 

 

「じゃ、じゃあそれでお願いします!」

 

 

眞白は手早く注文し、届いたおにぎりと味噌汁を受け取ると、家入の向かいの席に座った。湯気の立つ味噌汁を一口。体に染み渡る優しさに、思わずほうっと息が漏れる。続いておにぎりを頬張る。

 

 

「……んんっ、美味しい!」

 

「だろ? いい食べっぷりだ」

 

 

家入が目を細めると、眞白は少ししょんぼりした顔で箸を置いた。

 

 

「実は……昨日の歓迎会、初っ端からワサビたっぷりの激辛寿司を食べさせられたせいで、あのあとあまりお寿司に手が伸びなかったんですよね……。だから、まともなご飯は久しぶりで」

 

「あー……そういえばそうだったな」

 

 

家入は昨晩の惨劇――五条の悪ふざけでのたうち回る眞白の姿――を思い出し、苦笑した。そして、ふと何かを思いついたように言った。

 

 

「次から五条になんかされたら、遠慮なく夜蛾センに言いつけな。……多分だけど」

 

 

家入は味噌汁をズズッと啜り、淡々と続けた。

 

 

「今、この学校の一年生……というか、生徒、君一人でしょ? 私たちが学生の頃は、五条のいたずらは私や夏油……他の連中にも分散されてた。でも今は、その全てのエネルギーが君一人に集中するわけだ」

 

「…………へ?」

 

 

眞白の動きが凍りついた。 手からおにぎりがポロリと落ちそうになる。

 

 

「い、イタズラが……全部、私一人に……集中……?」

 

「うん。あいつ、加減知らないし」

 

 

その瞬間、眞白の脳内で得意の(そして最悪の)シミュレーションが爆発した。

 

 

(……イタズラが集中? つまり、こういうこと?)

 

 

――脳内映像――

『おはよう眞白!』と挨拶代わりに地雷を踏まされる朝。

 

教室のドアを開けたら、タライどころか巨大な鉄球が落ちてくる昼。 廊下を歩けば落とし穴。

 

トイレに入れば爆破。 そして五条先生は笑うのだ。

 

『あはは! 引っかかったー! 他にターゲットいないから、全部君に仕掛けてみたよ!』と。

――――――――

 

 

「ひっ……!?」

 

 

ガタガタと震えだした眞白に、家入は追い打ちをかけるように、けれどどこか楽しげに続けた。

 

 

「まあ、イタズラを跳ね返せるくらい強くなれば、五条も控えるかもね? 君、昨日アイツを黒閃でぶっ飛ばしたんでしょ。十分センスあるよ」

 

「え……?」

 

「君が教室に穴を開けた後、保健室に押しかけてきてさ。『眞白は将来、僕と並ぶ術師になる!』って、さんざん自慢されたし」

 

 

眞白は目を見開いた。あの最強で、傍若無人で、得体の知れない五条悟が、自分のことをそんな風に? 昨日の、あの一瞬の感覚。脳内の演算が極限まで加速し、世界が静止した中で放った一撃。あれを「自慢」だなんて言葉で語る彼に対して、眞白の胸の中にあった恐怖が、ほんの少しだけ形を変えた。

 

 

(……期待、されてるのかな。私みたいな、被害妄想ばっかりの人間を)

 

「じゃ、私はもう行くよ。綴もこの後、授業でしょ。頑張ってね」

 

 

家入は食器を片付けると、ひらひらと手を振って食堂を出て行った。彼女が去り際、(まあ、強くなったら余計にちょっかいの頻度は上がると思うけど、面白そうだから黙っておこう)と呟いたことに、眞白はまだ気づいていない。

 

 

「……よし、食べよう」

 

 

眞白は自分を奮い立たせるように、少しだけ急いで、けれど丁寧におにぎりを手に取った。高専生活二日目。嵐のような予感は拭えないが、少なくともこの味噌汁は、家入の言う通りちょうどいい塩加減だった。

 

 

 

「……ごちそうさまでした」

 

 

食堂で手を合わせ、眞白は席を立った。家入のアドバイスと、温かいおにぎりのおかげで、昨晩の「ロシアン寿司」による胃のダメージも随分と癒えた気がする。彼女は食堂のおばちゃんに小さく頭を下げ、「美味しかったです」と感謝を告げてから、五条に指定された教室へと向かった。

 

廊下を歩く足音が、やけに響く。辿り着いた1年生の教室は、昨日の惨劇(壁の破壊)が簡単に修復されていたが(夜蛾の呪骸による応急処置)、そこに並ぶ机と椅子が「一組だけ」である事実は変わらない。

 

 

「……はぁ」

 

 

ため息をつきつつ、眞白はその唯一の席に腰を下ろした。時計の針は授業開始時刻を指そうとしているが、教師である五条が来る気配は微塵もない。

 

 

(ま、遅刻するよね。あの人だもん)

 

 

眞白は諦め混じりに懐から折り紙を取り出した。五条が来るまでの暇つぶしだ。指先を動かしている間だけは、余計なことを考えずに済む。一枚、また一枚。赤、青、黄色。色とりどりの紙が、彼女の繊細な指運びによって、鶴へ、兜へ、手裏剣へと姿を変えていく。

 

 

「……よし、できた」

 

 

眞白は完成した折り紙の手裏剣の出来に満足し、小さく呟いた。その時、いつの間にか教室にいる五条が黒い目隠しをずらし、蒼い瞳でじっとこちらを見ていることに気づいた。

 

 

「ねぇ、ちょっとその折り紙見てもいい?」

 

 

五条が興味深そうに手を差し出してきたので、眞白は「あ、はい」と素直に手裏剣の折り紙を渡した。 五条はそれを指先で摘み上げ、あらゆる角度から観察する。

 

 

「ふーん」

 

 

ただの紙片を見る目ではない。呪力の流れや構造を見透かすような視線だ。

 

 

「これにはまだ術式使ってないんだよね?」

 

「はい、ただの折り紙です」

 

 

五条は手裏剣を指先で回しながら、不思議そうに問いかけた。

 

 

「眞白ってさ、なんでわざわざ折り紙折ってるの? 術式使えば、想像してる形に簡単に変えれる……『折れる』でしょ?」

 

 

眞白の術式『折紙呪法』は、呪力を通すだけで紙を任意の形状へ変化させることができる。わざわざ手間暇かけて指先を動かす必要など、効率を考えれば無駄でしかない。それに対し、眞白は少し考え込んでから答えた。

 

 

「それはそうですけど……なんて言うか、紙から術式を使って折った折り紙より、自分の手で1から折って完成した折り紙に術式を使うほうが、込めた呪力の割に持続時間とか、命令の遵守だったりの精度が少し高くなる気がするんですよね」

 

 

彼女は自分の指先を見つめる。

 

 

「……って言っても、1番の理由は折ってて楽しいからですけど」

 

 

うつむき加減にそう答えた眞白に対し、五条はニヤリと口角を上げた。

 

 

「なるほどね。ズバリ、それは『縛り』だ」

 

「縛り……?」

 

「そう。呪術ってのはね、引き算で何かを差し出す代わりに恩恵をもらうんだよ」

 

 

五条は手裏剣を眞白の机にコトンと置いた。

 

 

「例えばよくあるのが、敵に自分の術式を開示する。つまり手の内を晒すというリスク……要はデメリットを被ることで、術式効果を底上げするといったメリットを得られるって感じ」

 

「眞白の折り紙の場合は、『わざわざ自分で折り紙を折る手間』というデメリットを被ることで、『術式の性能を上げる』っていうメリットを得てるって感じかな。無意識だろうけど、君は常に自分に制約を課して、出力を上げているわけだ」

 

 

その説明を聞いて、眞白はポンと手を叩いた。

 

 

「なるほど……。じゃあ、これから任務に挑む際は、ただの紙だけじゃなくて、すでに折って完成している折り紙も持ち歩いたほうが良さそうですね」

 

「そゆこと。あ、ちなみに『他者間での縛り』ってのもあってさ」

 

 

五条は人差し指を立てて補足する。

 

 

「こっちの場合は要は『絶対に守らないといけない約束ごと』だね」

 

「絶対守らないといけない? つまり、破ったら何かデメリットが生じるってことですか?」

 

「そういうこと。この他者間での縛りを破ると、なんと破った側にペナルティーが発生します! しかもそのペナルティーは、実際に縛りを破るまで誰にも予測不可能ってことが重要。眞白も縛りを結ぶ時はよく考えてするといいよ」

 

 

五条は少し脅かすように言った後、「よし!」と手を叩いて話を締めた。

 

 

「じゃあ座学もしたことだし、今度は実技といこうか」

 

 

五条が軽快に立ち上がり、教室の扉を開けた。二人は教室を出て、広々とした高専の校庭へと移動した。

 

          *

 

爽やかな風が吹く青空の下、五条と眞白は向かい合っていた。

 

 

「じゃ、眞白。昨日あげた課題の進捗はどんな感じ?」

 

 

五条が促すと、眞白は「はい」と頷き、先ほど教室で五条から返してもらった折り紙の手裏剣を取り出した。

 

 

「まずは一つ目、『拡張術式』の開発についてです」

 

 

眞白は手裏剣を構え、呪力を練り上げる。

 

 

「折紙呪法・『折紙』」

 

 

彼女の手の中で、ただの紙だった手裏剣が脈打ち、仮想の命が吹き込まれる。カサリと音を立てて、それが「式神」として起動した。だが、ここからが本番だ。

 

 

「さらに……」

 

 

眞白はもったいぶるような動作で、式神化した手裏剣に更なる呪力を上乗せする。

 

 

「拡張術式・『鉄漿紙(カネノカミ)』」

 

 

瞬間。白かった手裏剣の表面が、どす黒く変色した。まるで錆びた鉄のような、あるいは乾いた血のような鈍い光沢。紙特有の軽やかさは消え失せ、重厚な金属の塊のような圧迫感が生まれる。

 

 

「見ていてください」

 

 

眞白が腕を振り抜くと、黒い手裏剣は唸りを上げて空を裂いた。ヒュンッ!! 目にも止まらぬ速さで射出されたそれは、校庭の端に植えられていた太い木の幹を――音もなく貫通し、さらにその裏側の岩に突き刺さった。

 

「おー」 五条が口笛を吹く。 ズズズ……と、手裏剣が貫通した木がゆっくりと斜めにずれ落ち、ドォン!と倒れた。鮮やかな切断面だ。

 

 

「どうですか。名付けて『鉄漿紙(カネノカミ)』です」

 

 

眞白は切断され倒れた木を指差し、少し胸を張って言った。

 

 

「名前の通り、折り紙に金属の特性を付与する拡張術式! ……のつもりだったんですが、どう見てもただの金属以上の切断力ですよね、あれ」

 

 

自分の成果に自信満々な様子で、どこか自慢げに語る眞白。 五条は、少し困ったような、それでいてドヤ顔の眞白を見ると、唐突に笑いが込み上げてきた。

 

 

「アッハッハ! 眞白、サイコーだよ!」

 

 

五条は腹を抱えて笑った。

 

 

「それ、昨日だけで完成させたんでしょ? しかも僕が教室出てから学長が来るまでの間じゃん。そんな短時間でここまで仕上げるなんて……眞白、君本当にサイコーだよ!」

 

「……まぁ、褒められて悪い気はしませんが」

 

 

眞白はまんざらでもない表情を浮かべつつ、「まだ終わりではないですよ」と、掛けてもいない眼鏡をクイッと押し上げるような仕草をした。 彼女が指をクイと動かすと、岩に刺さっていた手裏剣が抜け、ブーメランのように彼女の手元に戻ってくる。そして、眞白の半径1メートルあたりをぐるぐると旋回し始めた。

 

 

「これが、五条先生が言っていた2つ目の課題。『呪力を練る際の隙をなくす方法』への答えです」

 

 

眞白は懐から新しい紙を取り出すと、今度は手で折らず、術式を使って瞬時に手裏剣を量産していく。そして、その全てに『鉄漿紙』を付与し、先ほどの手裏剣と同様に自身の周囲へ放った。 複数の黒い刃が、衛星のように彼女を守りながら旋回する。

 

 

「この『鉄漿紙』を使用した式神を、常に自身の周りに旋回させながら待機させることにしました。敵意や殺気を感知すると、勝手に飛び出して迎撃してくれます」

 

 

眞白は、自身を守る黒い円環の中で言葉を続ける。

 

 

「事前に展開して回しておけば、『折る時間』も『呪力を練る時間』も必要ありません。……ですが、この戦略の本当の強みはそこではありません」

 

 

彼女はキリッとした表情で五条を見据えた。

 

 

「この手裏剣が自動で敵の攻撃を防ぎ、迎撃しているその『隙』に――私は安全に、より強力な本命の式神を作成することができるんです」

 

 

ただの防御ではない。攻撃のための準備時間を稼ぐ、攻防一体の要塞。

 

 

「なるほどね。自動迎撃システムであり、次の一手を打つための時間稼ぎか」

 

 

五条は黒い目隠しの下で目を細め、浮遊する黒い刃を見つめた。

 

 

(最初に込めた呪力が尽きるか、破壊されるまでは自律行動を続ける……。切れたら新しいのを補充すればいいだけだ。単純なサイクルだが、彼女の膨大な呪力総量があれば、紙がなくならない限り、弾切れの心配はまずない)

 

 

「…………」

 

 

不意に、五条の指が動いた。予備動作なし。不可視の速さで放たれた「デコピン」が、眞白の額めがけて飛ぶ。

 

 

キンッ!!

 

 

硬質な音が響いた。 五条の指を受け止めたのは、自動的に射線上に割り込んだ『鉄漿紙』の手裏剣だった。紙であるはずのそれが、特級術師の指を弾き返したのだ。

 

 

「……えっ?」

 

 

一瞬の遅れ。 目の前で起きた攻防に、眞白はようやく反応し、目を丸くして硬直した。

 

 

「い、今……何が……?」

 

(な、何か飛んできた!? 全然見えなかったけど、勝手に防いでくれた……!?)

 

「……ふっ、やるね」

 

 

五条の脳裏に、ある推論が走った。

 

 

(この自動迎撃機能……『シン・陰流』の簡易領域か? いや、僕の六眼で見る限り術式を中和する機能はないし、領域を張っている様子もない。だけど、この反応速度と挙動……日下部さんの自動迎撃機能と酷似している。というより、機能としてはほぼ同じだ)

 

 

五条は、まだ状況を飲み込めていない眞白を一瞥する。

 

 

(彼女は一般家庭の出身。シン・陰流の門下生という可能性はないし、門外不出の『縛り』がある以上、誰かに指導されたという線もない。となれば、僕と同じで「視て盗んだ」か、あるいは――「1から作った」かの二択だ)

 

 

彼は再び、宙を舞う黒い手裏剣に視線を戻す。

 

 

(そして眞白は一昨日まで呪術師ですらないし、そもそも簡易領域なんて概念すら知らないはず。……ということは、この子は昨日の短時間で、拡張術式だけでなく、この高度な式神運用システムまで独力で構築したってことか!)

 

 

五条はその事実を噛み締め、頭の中で何かがカチリと嵌る音を聞いた。

 

 

(……この子からだ)

 

 

彼は、己の指を弾いた黒い紙と、驚きで固まっている少女を見下ろす。

 

 

(オレが教師になった理由の最たるもの。強く、聡い呪術師を育て、この腐った呪術界を変革する。その夢は……この子から始まる!)

 

「……あの、五条先生?」

 

 

黙り込んでしまった五条を不思議に思い、眞白が不安そうに顔を覗き込む。すると途端に、五条の口角が吊り上がった。

 

 

「よくやったね。……流石、オレの生徒だ」

 

「……え?」

 

 

その一人称の変化に、眞白が気づく間もなく。五条の大きな手が、眞白の頭に優しく置かれた。

 

 

「――っ!?」

 

 

不意な接触に、眞白の顔がカァっと音を立てて赤くなる。恥ずかしさに耐えきれず、彼女は自分の足元を見つめるように俯いてしまった。

 

 

「ん? 何恥ずかしがってるのー。眞白ってば初心(うぶ)だねー!」

 

「ひゃっ!?」

 

 

言いながら、五条は眞白の顔を両手で挟み込み、まるで愛犬を可愛がるかのように、わしゃわしゃと撫で回し始めた。

 

「ちょ、やめ、やめてください……っ!」

 

「いいじゃんいいじゃん! 褒めてあげてんだからさー!」

 

「髪! 髪がぐちゃぐちゃになりますってば……!!」

 

 

五条の手は止まらない。顔が歪むほどの勢いで頬を揉まれ、髪をかき回される。逃げようともがくが、最強の術師の拘束から逃れられるはずもなく、眞白の視界は五条の手のひらで埋め尽くされた。

 

 

「や、やめろーーーッ!!」

 

 

ついに眞白の堪忍袋の緒が切れた。 悲鳴のような叫び声と共に、彼女は拳を固く握りしめた。

 

 

ブォンッ……!

 

「おっと」

 

 

握りしめた拳に不穏な呪力が収束し始めたのを察知し、五条は「そんな怒らないでよ」と笑いながらパッと手を離し、無害をアピールするように両手を上げて距離を取った。

 

 

「はー…ふー……ふー……っ」

 

 

解放された眞白は、顔を真っ赤にして肩で息をした。拳に集めかけた呪力を霧散させ、手櫛でボサボサになった髪を必死に直す。

 

 

「……いきなり、何なんですか……」

 

「いやー、あまりに優秀な答えだったからさ。つい嬉しくなっちゃって」

 

 

五条はけろりとした顔で笑っている。その笑顔の裏にある、教師としての、あるいは「最強」としての本当の期待に、眞白が気づく由もなかった。

 

 

 




食堂のあたりは完全に妄想です。
呪術回線0見返したけど高専広いし、何がどこにあるのか全く分からない

2026/02/14:矛盾修正
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