手伝いの報酬として一抱え程の肉を頂いた後、姉さんの家に招待された。
日も暮れたから取り敢えず夕食にしよう、ということらしい。
姉さんの自宅、そのリビング。カシデルが着込んでいた白い甲冑は中身が無いまま窓辺で自立している。肝心の中身はというと、黒く硬質な本来の身体を晒して椅子に座っていた。
黒い鋼鉄と無数の線を繋ぎ合わせ、人を模した機体。されど、決して人には見えない無機質な冷たい身体。顔も人間のように柔らかくは動かず、白い視線がどこを見つめるともなく灯っているだけ。
姉さんが台所でなんやかんやする間、カシデルのメンテナンスを行っている。少し戦闘したからと言ってやる必要もないのだが、特にやることもなかったから暇つぶしだ。
「特に不調と言う不調も無い。しばらくはパーツの交換も必要無いだろう」
「お手間をお掛けしました。ありがとうございます、主よ」
露出していた核が格納されていく。紫色に淡く輝く夜空を押し固めたかのようなそれは、黒い身体の奥底へと。
「礼は要らん。お前が生きるためには必要なことだからな。それと、姉さんを手伝いたいならば手伝うが良い」
カシデルは先ほどからちらちらと姉さんのほうを見ていた。仕事をしたいとうずうずしていたのだろうが、明日の遠足を待ち望む子供でもここまで挙動不審にはならん。
家事用
「私の考えまで汲み取って頂けるとは、心から嬉しく思います」
「そういうのは要らんからちゃっちゃと手伝ってやれ」
「御意に」
滑らかな動作で立ち上がると姉さんに近づき、やがて包丁を持って食材を切り刻み始めた。
「カシデルちゃん、ほんと上手よねぇ」
「お褒めに預かり光栄です。料理の他にも掃除、洗濯、家計管理や家庭菜園。全てを完璧にこなせますよ。基本的な事は主に叩き込んで頂きましたので」
「おかげで家事のやり方なんかを忘れてしまったよ」
包丁がリズムよく動く調子のいい音。鍋が煮える少し間抜けで気の抜けるような音。
日常の音が話し声の隙間を縫う。カシデルと暮らしている間にも聞く機会はあったはずなのに、長らく耳を傾けていなかった。懐かしくて、平和で、ゆったりとできる音。
気を緩めてしまえば眠ってしまいそうだったが、微睡に落ちていく意識を肉の焼ける香ばしい匂いが繋ぎとめる。
あっという間に、海蛇の肉をメインに添えた豪勢な料理がテーブルの上に所狭しと並べられた。
「さ、食べてしまいましょう」
姉さんとカシデルも席に着く。
私はいい、食事は面倒だ。などと言えれば楽なのだが、折角用意してくれた料理を無下にするのも申し訳が無い。姉さんはともかく、カシデルの思いやりを反故にするのは気が引ける。
「それで、魔女を殺す魔法は完成したの?」
「なんとか、な。本当に時間がかかったよ」
「んー、ぎりぎり20万年で収まったかしら。不死殺しって考えたら短い方よねぇ」
「だな。頑張れば銀河系の外に行けてしまうぞ」
「……私は10分の1しか共にできなかったのですね」
カシデルがT字に開いた口で料理を食べながら、器用に発声する。
「10分の1でも2万年だ。忘れがちだが、2万は十分に長い年月だぞ」
「私としましては、もっと長くお傍にお仕えしとうございました」
食べる速度が落ち、傍目にも気を落としているのが伝わる。機械なのに人間よりも人間味がある。いつか表情を変化させる機構でもつけてやりたいな。
「なんにせよおめでとう。長い旅だったわね」
「ああ、これでようやく死ねるよ。……そうだ、とっとと要件を話してくれないか」
「食べてからにしましょう、ね?」
「はぁ、仕方ない……」
そうして軽く話しながら食事を終えた後。
唯一料理に加わらなかったから、と私一人で食器を運んでいた。ガチャガチャと音を立てる高そうな食器を落としやしないかおっかなびっくり、だがな。家事らしい家事なんて長らくしていなかった。そのせいだろう。
私の首筋目掛けて刃がひらりと舞ったことに、気づけなかったのは。
カシデルが私を抱き寄せ、空いた腕でその刃を受け止めた。金属と金属がこすれ合う甲高い音を奏で、火花を散らす。
「これは、どういうおつもりですか……!」
言葉の返答は無い。理解の魔法を使っても、姉さんの思考は暗雲が立ち込めたように読めない。人の思考も理解できるという私の魔法の性質を理解している姉さんのことだ、どうにかして対策しているはずだ。
一応剣にも理解の魔法を使うが、発火などの機能が備わってないか全く分からない。どうせ姉さんの魔法で作ったんだろう。
玩具ら武器まで。ある物を発明した、という結果だけを引き寄せてあらゆる物体を制作する。それが姉さんの魔女としての魔法、発明の魔法だ。
過程を無視するという性質上、どのような原理で動作しているのかは分からない。仮に分解してもちぐはぐな部品が出てくるだけだ。
姉さんの背後から、ひらりと剣がもう一振り。今度はカシデルの首を断ち切ろうとしていた。両手が塞がっているカシデルの代わりに、自分の腕を喰い込ませる。刃が骨に当たる嫌な感触と痛みで顔をしかめる。
途端に鉄臭い血香が立ち込め、ぱたぱたと落ちた血が床を落とす。
「口を閉ざし、思考を曇らせる。それでは何をしたいのか分からないぞ。意図を教えてはくれないかね、姉さん」
姉さんの表情は変わらない。緊張も、不安も、興奮も何もない。起きて寝るまでのルーチンワークの中から出ていない。
だというのに、ねっとりとした殺意が纏わりついている。冗談なんかじゃ、ない。
次の挙動に全神経を注がなければ、瞬きの間にカシデルの首が落ちているだろう。私はともかく、こいつを殺させるわけにはいかない。
「ねえアサギ。どうしてカシデルちゃんを守ったの?」
姉さんの口から飛び出た言葉は予想外としか言いようがない。思わず口からはぁ?と間抜けな返答をしてしまいそうだった。
「どうして?こいつを守るのに理由がいるか」
「いるでしょう。だって、ただのゴーレムなら壊れても直せるじゃない。多少特別だってことは知ってるけど、それは核だけでしょう?なら、首が壊れてもどうでもいいじゃない」
物分かりが良いくせに意地の悪い子供のように、嫌なことを聞いてくる。
「首も首で面倒なんだよ」
「だとしても、貴女が身を挺してまで守る必要は無いでしょう。例え傷が治っても、痛むものは痛むじゃない。カシデルちゃんはあなたの痛み以上に大切なの?」
心を痛めつけるためだけに用意された鈍らの言の葉。それを顔色一つ変えずに突き刺してくる。
暫く合っていなかったからか、それともこういう所を見ていなかったからか。姉さんはこういう人だったと思い出す。何かの目的があれば底なしに残酷な自分を演じられる人だ、と。
裏を返せば、徒にこういうことをする人じゃない。目的があるはずなんだ。心を読むことで簡単に理解されたくないなはずだ。なら、答えは自分で考えて辿りつけということか。
「姉さんにはこいつの大切さが十二分に伝わっていると思っていたのだがな……!」
「カシデルちゃんもよ。アサギを守ったのは、従者としての責任と義務から?それとも、それ以上に大切な何かだから?」
「それは、勿論、従者として」
「ゴーレムの従者なら、命令を淡々とこなせばいいじゃない。どうして自分から他人のことを手伝うの?アサギ以外のことなんて、放っておけばいいじゃない」
私も、カシデルも、言葉に詰まる。
姉さんが口にしようとしているのは、消し忘れた煙草のように燻ぶり続けていた問。
「アサギ。貴方にとってカシデルちゃんは、替えが利く従者のゴーレムなの?それとも、自らの手で生み出した子供なの?」
琥珀の瞳が私を見つめる。問いかけ、審判する瞳。
その瞳は、無言で答えには慎重になりなさいと言ってくる。
「カシデルちゃん。あなたにとってアサギは仕えるべき主なの?それとも、生みの親?」
姉さんの目は視線を移し、カシデルの白い目と合っていることだろう。
問いかけ、疑問を与える目。私へ寄越した視線とは違い、生徒に教える教師のように。
「それが、私の自殺を止めた理由か。その問いに答えを出させるために。だとしても、何故だ」
私が死ぬために作り出した魔法を使わせず、わざわざ呼び出した理由。それが、これか。
「あなたが死んだ後、カシデルちゃんは一人で残っちゃうじゃない。だからあなたがちゃんと考えてるか知っておかなきゃなって」
「なら、直接そう言ってくれ……」
「言葉じゃ分からないこともあるじゃない」
姉さんの茶目っ気のある顔が、妙に鼻についた。
私はこの問いに答えを出すまで死ねない。こんなものが心に引っかかっていては死ぬ気になれない。
立つ鳥跡を濁さずと言うように、この世から去るならば心残りなど残していいはずが無いんだ。
「私にとって、主の存在とは、なにか」
小さくうわ言のように呟くこいつの、カシデルのためにも。
伝えるべきことを伝えねばなるまいと。
一日遅れになりましたがなんとか投稿できました。
書きたい話がどんどこ増えていくのであと一回の更新で収められるか不安になってきました。
実生活がかなり立て込んでいるので次話は今月中投稿予定、くらいにさせて頂きます。申し訳ない・・・。