千の妖精、そして結ばれた世界線   作:如月悠

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ONE

 僕は18歳になった。迷宮都市(オラリオ)に来て、約四年の歳月が過ぎ去った。

 黒龍との決戦によって無くなった視力は回復の余地を残しながらも、未だ完治されなかった。アミッドさんも、完全な視力の回復は難しいと言っているものの、月一での検診では真面目に対応してくれて凄くありがたい。神様達には迷惑をかけることもあるけれど、嫌な顔を一つもせず接してくれるみんなにはすごく感謝している。

 

 四年もあれば、変わってることは沢山ある。

 

 大きな事といえば、まず三大冒険者依頼(クエスト)である隻眼の黒竜の討伐だろう。これに関しては、世界全土を震撼させた特大情報(ビックニュース)だ。

 それによる影響で、冒険者の平均レベルの上昇。第一級は軒並みLv6、7へと上がっていき、第二級以下との差は歴然なものとなった。

 黒龍討伐の筆頭だった【ロキ・ファミリア】と、元【フレイヤ・ファミリア】の人達はもちろんのこと。多くの犠牲を出した決戦は、大勝利という形で幕を下ろした。僕だけは凄い事だと実感するのに、少し時間がかかった。

 

 アイズさんは、その決戦を境にダンジョンにあまり潜らなくなった。ロキ様によれば、「燃え尽きたのだろう」との事だった。強くなる目標が、悲願が達成された影響が一番強かったのはアイズなんだと告げられた。

 沢山の時代の移り変わりと共に、オラリオの目標は黒龍からダンジョン最奥部へと変わっていった。

 いつまでも余韻に浸っているようじゃ、まだまだだよとフィンさんの笑いが今でも怖かったのを覚えている。

 

「ベル、行きますよ? 準備できましたか?」

 

 その時、コンコンコンとノックの音が響くと同時に少し開けられた扉から紺碧の瞳と山吹色の髪が覗かれる。それを見ると、開いていた日記を閉じてそちらの方に微笑んだ。

 あの決戦以降、僕はアイズさんではなくレフィーヤさんを選んだ。別にアイズさんのことを嫌いなった訳ではない。

 

「うん、出来たよレフィ」

 

 そういうと、おずおずと扉を開けて中へと入ってくる。あまりレフィーヤ自身がベルの部屋に入ってくることは珍しく、エルフの習慣が少なからずあるのか、レフィーヤから何かしてくることはそんなにない。

 

「そうですか……それなら、良かったです」

 

 そう認識していたからだろう。手をサッと差し伸べてまるで騎士(ナイト)のように膝をついて、こちらの手を取る。レフィーヤに、目を見開いて驚いてしまったのは。

 ニコニコとこちらを見ながら、「はよ手を取れ」という威圧をヒリヒリと皮膚で感じ取り鳥肌立つ。

 

「今日はどこに行くんだっけ?」

「もー……事前に言ってたじゃないですか。私の【ファミリア】ですよ、思い出しましたか?」

 

 レフィーヤの言葉に、ベルは「あー」という声を漏らした。レフィーヤとの交際には、多くのしがらみが苦難を要した。

 まず、レフィーヤとの交際を了認して貰うべく【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】に説得しに行ったりとそりゃもう荒れに荒れた。ロキ様は、ヘスティア様と一生睨み合いをしているし、アイズさんはこちらへと近づいてきてはどうして私じゃないの? と言っていて、精神的にも削られた。

 ダンジョンに潜るよりも経験値(エクセリア)を貰えるだろと思う程である。

 

 

 閑話休題

 

 

 何はともあれ、ちゃんと認めてもらうこともでき、条件付きということで手を打ってもらっている。その一つが、今から黄昏の館へと赴く理由である。

 

「……それでは、行きましょうか」

「そうだね」

 

 ベルの手を取ったレフィーヤが部屋を出て、そのまま家を出る。ベルの歩調に合わせて歩くレフィーヤはとても優しい。

 

(そういえば、また上級冒険者の告白断ったんだっけ……)

 

 四年も経てば、元々清廉と美しかったレフィーヤの美貌はより大人びた女性特有のものとなる。それに比例して、他冒険者からの告白が多くなっていく。

 彼氏(ベル)がいるとはいえ、ワンチャンを狙う冒険者は少なくない。以前の剣姫のようにもうすぐで千人斬りも行けるかというところだった。

 

(……レフィは可愛いからなぁ〜……)

 

 心中は、ずっとレフィーヤのことだらけだった。その邪だとも言われそうな視線に気づいたのか、ため息を一つこぼす。こちらを心底呆れたような顔で睨んでくる。可愛い。

 

「話聞いてました?」

「え? レフィが可愛いって話?」

「……もういいです、聞いた私が馬鹿でした」

 

 すると、するりと握っていた手を離して、ベルからプイッと視線を外して歩き始める。ベルに稲妻が走る。

 これは、所謂……倦怠期なのでは……! と。ベルの頭は日々の疲労から限界を迎えてオッパらぱーとなっていた。そんなベルにレフィーヤの気持ちなぞ汲み取れるわけもない。

 

(なんですか……可愛いって……)

 

 

 ◆◇◆

 

 

 道中の苦難を乗り越えて、ようやく【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)である黄昏の館へと辿り着く。レフィーヤが門番と話をつけて、中へと入っていく。

 何度来ても大きいと感嘆の声を漏らすベルだった。

 中に入ると、こちらを好奇な目が沢山見つめてくる。それもそのはず、レフィーヤは前線からは普段退いているとはいえかなりの有名人で、ベルに至っては未だ普段から前線に行っている身だ。

 他派閥が本拠(ホーム)に入ってくることは普通許されない。それが、幹部含め誰も咎めていない事に新人にしちゃなんでだ!? と困惑するのは自明の理だった。

 

「はぐれないでくださいね?」

「しないって!?」

 

 思い耽っていると、レフィーヤの鋭い眼光がジトーという効果音がつきそうなほどこちらを凝視している。

 何回も来ているため迷子になることは無いが、最初の頃はフラフラと周りを見ながら歩いていたらいつの間にか女湯にいたことがあったりしたため、レフィーヤはベルの手を取って歩くようにしている。

 

「ベル、何度も言いますが粗相のないように。ロキはそこに漬け込んできます」

「ろ、ロキ様は悪魔か何かですか……?」

「近しいですよ、神ですし」

 

 何気なく言うレフィーヤに苦笑いしか出ないベルは、ロキのイメージの酷さに心の中で「ご愁傷様です」と言うしか出来なかった。

 そんなこんなで、長い道のりを越えてロキ達が待つ執務室へと到着する。レフィーヤが、先陣を切ってコンコンコンとノックをすると「入っていいよ」という優しい声音での返事が帰ってくる。

 

「失礼します」

「やあ、久しぶりだね。レフィーヤ」

 

 こちらに視線を向ける金髪の小人(パルゥム)。【ロキ・ファミリア】の団長、フィン・ディムナ。その隣で潰れているのは、レフィーヤの主神たるロキだ。

 

「ベル・クラネル」

「お久しぶりです、フィンさん!」

 

 柔和な笑みを浮かべてフィンはこちらに微笑んでくる。近くで聞いてきたリヴェリアや、ガレスも「久しぶりだな」と声をかけてくれる。

 最初の頃からこの人達は変わらない。

 ロキ様は親のかたきを見るような目で見てきたが。その点でいえば最近は認められているような気さえしてきた。

 

「それで、今回相談があるんだけどいいかな?」

「相談ですか?」

 

『相談』──それは、人によってその重さが変わってくるが。この人達の場合、それが段違いだ。

 レフィーヤとの交際の末に条件というか、制約が設けられた。その一つが、『月一回程、二人揃ってお互いのファミリアへ赴くこと』というのだが、二つ目がこの『相談』を大それた物へと変貌させる大きな要因だ。

 

「遠征についてだ」

 

 二つ目、『【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】との間に同盟を結び。二人はお互いのファミリアの架け橋となる事』

 つまり、大使のようなものだ。

 お互いのファミリアへと行く機会が作れるベルとレフィーヤが適任だとフィンとリリが話して決めたものだ。

 

「遠征ですか……前の遠征から随分と期間が開きましたね」

「そうだね……前の遠征では酷い目にあったから。その分だけ準備にも時間がかかったんだよ」

 

 あはは……と乾いた笑いをするフィン。常日頃から、蛮勇と勇敢を履き違えないフィン達、【ロキ・ファミリア】は危ないことはないようにと心がけるものの。

 ギルドからの期待や世間体もあって、未到達領域の達成をとこの四年の間に繰り返してきた。

 その過程で危険な目にあうことはあった。だが、フィン達はそれをカバーできるほど強くなったし、今では【ヘスティア・ファミリア】もいる。

 

「まあ君が、オッタルと共に深層短期遠征しに行ったって聞いた時はその倍くらいの衝撃だったけどね」

「そ、その件は誠に申し訳ありません……」

「本当に、もうしないでくださいね」

「はいぃ……」

 

 指摘されたやらかしにベルは何も反論出来ず、縮こまる。レフィーヤからも釘を刺されてしまった。この四年の間に成長と同時にやらかしも増えまくったせいか。

【やらかし冒険者ランキング】での堂々の第一位を飾ってしまった。ヴェルフやボールスさん達からは煽られまくった。

 

「さて、だ。早速内容について話そうか」

 

 真面目な話へと切り替わる。一時間いくかいかないかという程だったか、話し合いが終わる。ふぅ、と一息つくフィン。この月に一回ある情報交換会では、自分の見識の浅さに少し恨めしく感じてしまう。

 師匠(マスター)に聞かれたら、速攻調教が始まる(カウルス・ヒルド)だろう。

 

「これを、【ヘスティア・ファミリア】に持って帰りますね。神様もびっくりするはずです」

「ああ、神ヘスティアは腰を抜かすんじゃないかな?」

 

 その光景がスっと目に浮かぶのは、神徳なのか、というのは置いておいて。話し合いをまとめた資料を一つにまとめ、大事に持っておく。

 これを落としたり、取られたら本当にまずいのだ。

 だからこそ、レフィーヤは自分ではなくベルに渡してくれと最初に言っている。その理由は単純明快でベルの方が強いから。

 

「まあ、なにはともあれ……無事そうでよかったよ。よろしく頼むよ、二人とも」

「そうじゃな、若いもんにはよう働いてもらうぞ!」

「あぁ、私もレフィーヤの腕が鈍っていないか、今から楽しみだ」

「……相変わらずですね、皆さん」

 

 レフィーヤが小さくため息をつく。その声音には呆れと、どこか懐かしさが混じっていた。

 僕はというと、資料を抱え直しながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

 

 四年経っても、この人たちは変わらない。

 強くて、優しくて、少しだけ怖くて──温かい。

 

「ベル、行きますよ。落としたら本当に怒りますからね?」

「落とさないって……!」

 

 レフィーヤに軽く睨まれながら、僕たちは執務室を後にした。扉が閉まる直前、フィンさんの柔らかな声が聞こえる。

 

「頼んだよ、ベル・クラネル」

 

 その言葉に、背筋が少しだけ伸びた。

 そこからは、執務室から真っ直ぐに出口へと向かった。道中でベートさんやら、ティオナさんと出会ったりした。

 会う機会が少なくなって、あまり見なくなったが、皆それぞれ強くなろうとしたり変わっているのだと実感する。家にいる時以外は大抵ダンジョンか、レフィと買い物(ショッピング)なベルは基本的にあまり人と接さない。

 そのためか、時々会う昔の顔ぶれを見ると感慨深い気持ちになるのだ。

 

「……ベル、少し寄り道しませんか?」

「寄り道? 珍しいね、レフィ」

「少しだけ、です」

「分かってるよ、何処行きたいの?」

 

 そう聞くと、レフィは何も答えず手を引いて歩き出した。夕暮れが街を照らしいつもとは違う景色にさえ思えるオラリオの街並みを抜けて、着いたのは──

 

「ここです」

「ここって……市壁?」

 

 オラリオが誇る、市壁だった。雄々しく建つ市壁に人が来ることはまず無い。そのためか、静かでベルにとっても思い出深い場所だったりする。

 レフィとの出会いも、この市壁に関することで……と、そう考えたところでベルはレフィーヤの横顔を覗く。

 美しいという言葉では表しきれない彼女に、少しばかり見とれてしまう。夕日が彼女の顔に影を落とし、どこか儚さすら感じられる雰囲気なレフィーヤ。

 そこで、こちらを見たレフィーヤは口を開く。

 

「ベル、少しいいですか?」

 

 呆然と立ち尽くしていたベルは遅れて「う、うん」という声を漏らす。それに満足気な笑を浮かべながら、レフィーヤは重々しく口を開いた。

 

「こんなことを聞くのは、野暮だって……分かってはいるんですが。どうして……私を選んだのですか?」

 

 世界から一切の音が消えた。どうして、という言葉が頭の中で反響して思考を妨害する。真剣な彼女の顔から、これは真面目な質問なんだと分からされる。

 

(……どうして……)

 

 レフィーヤは、あえて聞かないようにしていた。聞いてしまったら、何か怖い気さえしたから。でも、死地を経験するようになって、今のままじゃダンジョンでは危ないと感じたから。

 不安要素さえ、二人を殺す要因にしたくないから。

 だから、聞いた。言葉に詰まるベルに視線を向けるレフィーヤの目はいつにもなく真剣味を帯びている。

 

「……どうして、か」

 

 いつもなら、レフィーヤとの会話で詰まることなんてないのに。どうしてという言葉に、レフィーヤの眼差しに、ベルは狼狽えてしまう。この一言がこの先全てに付きまとう不安になり得ないかという心配と、言葉にできるかという不安。

 でも、そんなのレフィーヤには関係無い。

 

「……レフィーヤさんが、僕を……僕に価値をくれたから……かな?」

「……価値?」

「そう、です……」

 

 目を伏せる。思い起こされるのは、四年前。黒龍との決戦の際。レフィーヤに、恋をした決定的瞬間。

 視力を失い。フィン達は倒れ伏し、アイズはただ一人、風を纏って黒龍と斬り合いを繰り広げていた。復讐心(かぜ)はアイズを傷つけ、黒龍にも大ダメージを与えた。

 

 だが、アイズは人間。

 黒龍との我慢比べでは勝ち目は無い。傷ついていく憧憬の漏らす声にベルは絶望と涙で座り込んでしまった。本来ならば、誰よりも戦区を駆け抜けてアイズ・ヴァレンシュタインを助けなければ行けなかったのに。

 視力が無くなったことを言い訳に、ベルはその場から動けなくなってしまった。

 

 

 ───貴方は、誰よりも優しいんです。

 

 

 フラッシュバックする、あの時誰よりも優しく僕に声をかけてくれた千の妖精(サウザンド・エルフ)の顔が、声音が。ボロボロになりながらも、這ってこちらへときてくれた優しい妖精(エルフ)が。

 

 ───戦えなくったっていい。ただ、アイズさんに……憧憬に、ただ一言、声をかけて欲しいんです。

 貴方にしか、伝えられないことがあるなら、それを。

 

 これ以上、傷ついて欲しくないから……と、言葉を最後に妖精は倒れた。レフィーヤは、アイズに続きその事切れる最後まで黒龍と向き合い、攻撃(ダメージ)を与え続けた。

 その精神力(マインド)が枯れるその時まで。

 ベルに妖精の輪(まほう)をかけて、託すその時まで。

 

「誰よりも、かけて欲しい言葉をかけてくれたのが、レフィーヤさんだったから……行こうか」

 

レフィーヤは、その質問の答えに何も反応を返せなかった。さっきとは逆で先を歩き、自分の手を取るベルに身を任せるしか、出来なかった。

それでも、言葉を返さないなんて気高い妖精(レフィーヤ・ウィリディス)には、出来なかった。だからこそ、一言だけ、花が咲くような満面の笑みで。

 

「ありがとう」

 




後書き

これは、シリーズ物でONE、Two、Three、って感じで三部構成にしようと思ってるので、良かったら見てください。
主の推しはレフィーヤさんなので、描きたかったものかけてまじ満足。よければ、コメントと好きな推しを教えてください。

あと補足

ベルくんの視力は、まだ治りかけ、でも少しだけなら見えるって感じです。完全に見えないわけではない。

それでは、また。ばいばーい
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