シンジュク
クロブチの話だと昔はここに新しくできた宿場町があったので、新宿ということになったらしい。
今では新しい宿というよりは大勢の人間がショッピングや仕事をする場所になっている。
どこを見渡しても面白い形をした細長い建物ばかり。大きいものもあればこじんまりとしている建物もある。ここについて一番驚いたのは駅と呼ばれる電車の降りる場所が異様に広くて巨大だったこと。ここは色々な路線の集合地点になっているから必然として駅が巨大化していったらしいわ。
空を飛べない人間が高速で移動する手段を想像した結果、彼らは魔法以上のものを手に入れた。それが一部の魔法使いではなく全ての人間が普遍てきに利用可能なまでに発展できている。私はある種の観測者として感動しているのだけれど、一般的な魔族がこんなものを見たら一瞬で戦意を喪失するでしょうね。
今日は快晴だから天高くそびえる塔たちに華がある。
全ては太陽の光を遮っているが、そのおかげもあって、その上の太陽と影のコントラストがより強調されていた。
「それで、あなたについてきてみたけど、どこへ連れていってくれるのかしら?」
「都庁展望台って言って、45階の高いビルなんですが、そこが無料で解放しているので連れていったら喜んでもらえるかなって、思ったんです」
「ありがとう、とっても楽しみだわ」
「まぁ、無料の展望台なんであんまり期待されるとプレッシャーを感じなくもないですけど」
「そんなことないわ、だってクロブチといると楽しいもの」
そうしてたどり着いた場所は妙な形をしていた。
頭頂部が二つにわかれた塔だった。
その片方が展望室になっているらしい。
「これに上るの?大変そうだわ」
「大丈夫ですよ、エレベーターで上りますから」
私の疑問に彼は困ったような表情をうかべた。
ただ、訳を知らない私にたいして必要以上にからかったりしない彼はとても優しい。
私たちはお城のロビー見たいな場所に入るとすぐに手荷物検査を要求された。
クロブチにあとで聞いたはなしなのだけれど、この場所はこの都市の政治の中枢を担っている場所だから安全に配慮して怪しい人物や政治犯がいないか確認しているらしい。といっても、私も彼も手荷物なんてないのだけれど。
誰よりも早く手荷物検査をスルーした私たちはエレベーターという乗り物前で順番待ちをしていた。
どうやらこれが最上階の展望室まで運んでくれるらしい。
エレベーターで乗っている最中に耳が少し痛かった。クロブチの感情をよみとってみると彼もほんの少しの不快感を覚えていたが空気を飲み込むことで耳鳴りのような苦しさから解放されていた。
私もそうしてみると耳鳴りのような頭痛はすっと和らいだ。
「わぁ・・・」
おもわずガラス越しに手を当ててそう呟く。
本当にいろいろな家や建物が小さな剥製みたいだった。なぜか私のコレクションの海の動物と陸の動物の違いを連想させられる。ガラス越しに下を見ると人間がとても小さく見えた。なぜだろう。こんな高度まであまり飛ばないからより一層人間が小さくみえた。
隣のクロブチはどこか満足そうに目をほそめている。私が期待した場所じゃなくて彼が行きたい場所だったのではないだろうか?
「気に入っていただけましたか?」と、彼が言う。
「ぇえ、とても。人間がみんな豆粒みたい」
「ご期待に答えられてなによりです」
「それより、あそこに大きな山があるけど、あの山には名前があるのかしら?」
「えっ、あぁ、よく見えましたね。あれは富士山といってこの国で一番高い山なんです。3776mもある山で、形がいいから世界遺産にも登録されているんです」
そう言われて山の頂上が白んでいる部分をじっとみつめるわたし。
この国で一番大きな山、さすがにこの距離からでは魔法で全体像を把握するのは難しいけれど、きっと雄大な山なのでしょうね。
人間のカップルたちが外の景色をみてカードを操作したり、自分と景色を同化しようとしている。
あれは後でクロブチから聞いた話だがスマートフォンといい、遠くの者と会話、撮影ができる装置らしい。
それをよく観察していたせいか、彼は「やってみますか?」と言って、私にスマートフォンを彼が渡してきた。
「えぇ、ちょっと借りるわね」
そうして私は彼のスマートフォンを借りて、彼に操作を教えてもらい風景をとった。
なんだか、心が弾むのだけれど、ほかの人間と同じように隣の人間も撮りたいという気持ちがなんだか抑えられなくて、けど、私には言葉に言い表せない気持ちがあるから、私はほんの少しその気持ちを誤魔化した。
「ねっ、クロブチ、あなたと背景を撮ってみたいからそこに立ってくれないかしら」
「えっ、あぁ、わかりました」
窓際に行く彼、ぎこちなく「いえ・・・」とても彼らしい困った笑顔を浮かべている。
私はそれを音のないボタンとともにタップした。私は写真を確認した。
きれいに取れている。この場所も、風景も、彼も。
本当に撮りたい物だったわけではないけれど、今はこれでいいんじゃないかしら。
私は彼に「ありがとう」といってスマートフォンを返した。
そして私たちはほんの少し休憩をするためにカフェに入った。
『SOCOCOCO』読みかたは 其処此処(そこここ)
変わった名前のカフェだ。
その理由をクロブチは知っていた。
古い言葉で あちらこちら あなたもわたくしも 近くのでも遠くでも を意味するらしい。
古いことばをあえて使いたがるのはどこの世界でも同じよね。だって自分たちのアンデンティティは大切にしたいもの。そこで自分のアイデンティティを思い出してみる。魔王さま、そして人間の研究。魔王様は失っちゃったけれど、ここでは面白い研究ができそうね。
私はの東京紅茶(black tea)を頼んだ。
クロブチはオレンジジュースをおいしそうに飲んでいる。
紅茶もおいしいのだけれど、なんで今日はこんなにも他人のモノを食べたり飲んだりするものがおいしく感じられるのかしら。
「クロブチ、ちょっといいかしら」
「なんでしょう?」
「私もそのオレンジジュース、飲んでいいかしら」
「いい、ですけど、まぁ、どうぞ」
そうして私はオレンジジュースに口をつけた。
甘い。
オレンジの甘さとほんのりとした酸味が口の中に広がる。どこか優しい味。クロブチが甘いものが好きなのもなんだか今日はなっとくできそう。
「クロブチは甘いものがすきなのかしら」
「えぇ、まぁ、甘いもの全般には目がないですね」
このオレンジは果汁が100パーセントじゃない。
かなりの旨みによる成分を加算している。
天然のオレンジはもう少し突き抜けた爽やかさと酸味がある、、、はずなのよね。
もしこのオレンジが天然ものだとするならどんな魔法を使ったのか気になるところだけど。
「おいしかったわ、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
なにやら神妙な顔で手元に帰ってきたレンジジュースを彼は涼しい顔を取り繕うとしながらゆっくり口につけた。
その場所は私が口にした場所と正反対の場所。
人間の世界に迷い込んだ私の水先案内人がこんな紳士でよかった。
とりわけ、急いで殺す手間が省けるもの。
それからは再びほんの少し日が傾くまで一緒に窓の外を眺めた。
夕日に大都会がオレンジ色に染まっていく。
帰りの満員のエレベーターでほんの少し彼によりかかる。彼の肩に顔を寄せた。
耳鳴りがする。けれど今は、その耳なりはほんの少し和らいでいる。