またエレベーターに乗る機会ができた。
クロブチの家というのは沢山の人間が縦に細長いアリ塚みたいな住処の部屋の一つだ。
なんというか非常に窮屈な設計だと思うのだけれど、これでこの世界の人間は息苦しくないのだろうか?
彼は鍵を取り出してドアに差し込んでねじった。施錠の原理はどうやら私が元いた世界と同じようなものらしい。
ただ私は強いので鍵など使ったことなど一度もなかったのだけれど。
彼がドアを開けて、まず狭い玄関が見える。
「すみません、ソリテールさん、ここで靴を脱いでもらっていいですか?靴についた砂が部屋の中に入ると掃除が大変になるので」
「分かったわ」
「そう言って私も彼にならって履いているミュールを玄関で脱いだ」
「あぁ、少しまずいことになった」そう言って彼は冷気が漂っている箱を開けてそう呟いた。
「すみませんソリテールさん、少しまずいことになりました。食材が少なくて夕飯の用意ができないんです。今からすぐに買い出しに行ってくるので部屋で待っていただけませんか?」
「ねぇ、私もついていっていいかしら、この世界の市場を見てみたいの」
「分かりました。じゃあ、ちょっと近くの市場まで一緒にいきましょう」
「けど、もうこんなに外が暗いのに開いている市場なんてあるの?」
「ありますよ。なんだかソリテールさんのいた世界がそれとなく想像できましたが、大丈夫です。なんだったら、何か機会があればずっと開いているお店もいずれ紹介しますね」
ずっと開いているお店というのも気になるが、今は彼についていくことにした。
市場にたどりついた私は、驚きを隠せなかった。私の想像していた市場では全くなく、それは大きな施設に収納されていたからだ。そして店内に入った瞬間にパンのいい香りがした。
「何かおやつに買いたいものがあったら言ってください」
「えぇ、ほしいものがあったら遠慮なく頂くわね」
そんな話をしながら彼は野菜コーナーへと足を運んだ。
彼は 肉じゃがにしよう と、ぼそりと呟いた。
人参、じゃがいも、玉ねぎ、そして豚肉を彼はカゴに入れた。
「何か気になる物はありましたか?と、彼は聞いてくる」
「全部気になるものばかりだけど、説明してもらってもいいかしら。商品が袋に包まれているけど、素材は何でできているの?」
「あぁ、それはビニールと言って石油というものから精製して作られるんです。因みに石油には様々な使用用途があり、車の燃料に使ったり、電車を動かすためのエネルギーを作るために利用されたり、その残りカスをこういうビニールを作るために利用されることもあります」
「その石油っていうのはどこで取れるのかしら?」
「残念ですが日本で採れる石油はあまり質のいいものではなく、量も全く多くないので利用価値がありません。自分たちがいま使っている石油は、中東という場所、ここからずっと船で南西に進んだ場所から買ってるんです」
「同盟を結んでいるの?」
「同盟、というのとは少し違いますが、経済、お金のやりとりに関して約束事をしてるんです。お金を払うかわりにきちんと石油を分けてくださいと書類上にサインを交わしてね」
「約束が破られることはないのかしら?」
「基本的に約束事が破られることはあまりありませんが、事情が変わって約束内容の変更を余儀なくさせられる場合もあります。または、約束は表面上守られていますが上下関係もあるわけです」
「石油は売る方と買う方、どちらが有利なのかしら」
「基本的に売るほうが有利です。ただし、あまりにも横暴な態度をとると世界中の勢力から制裁を科されることもあります。ちなみに残念な話ですが、石油を売る側の横暴な態度が度々露見することがありますね」
「どんな制裁が科されるのかしら?」
「たくさんの国が集まって、その国の石油を買わないように約束します。そして、中東以外の国から石油を買うように努力をします。たとえ、石油の値段が上がってもね」
「クロブチ、お願いがあるんだけど、世界地図を買ってほしいの、ここに売ってるかしら?」
「買わなくても見れますよ。どうぞ」
そう言って彼はスマートフォンを操作したあと地図を見せてくれた。これが世界地図なのね。
今いる場所は世界の東の端っこ。中東という場所はずっと南西の場所だった。
「いずれ世界の端から端を歩いてみたいものね」
「ソリテールさんなら出来ますよ。きっと」
「貴方はついてきてくれないのかしら?」
「それは少し厳しいかな。仕事があるから」
「そう・・・」
それはきっと良いことだ。私が関わった人間の男達は最終的に私に執着するようになった。ただの情報源が鬱陶しい存在に変わるとき、私は躊躇いなく殺し続けた。
でもこの男は、そのどの男にも当てはまらない。執着心というのがごっそりと抜け落ちている。逆に私のほうが早々に捨てられかねないような危うささえ、秘めている。
この世界におけることを何も知らない私は、きっと隣を歩く人間より弱いから、まずはこの世界の事を知らなければならない。
私の頭脳ならさほど苦労しなさそうだけど。
買うべきものは全てのカゴにいれた。
会計を通す場所をレジもしくはレジスターというらしい。クロブチは手際よく商品を右から左に移している。どうやらバーコードというものを読み込むとレジが物の値段を読み取ってくれるという仕組みだ。
「あの、やってみますか?」
「いいのかしら?」
「えぇ、大丈夫、間違えても店員さんがなんとかしてくれますから」
その言葉を信じて私はレジに挑戦してみた。彼のやっているのをみて簡単そうだと思ったけど、なかなかうまくいかない。
「焦らなくて大丈夫ですよ。最初は皆、戸惑いますから」
「ありがとう」そう言いながら私はレジを通すと、コツのようなものがわかり始めた気がする。焦る必要はない。バーコードがシワになっていないかをちゃんと確認すればスムーズに通すことができる。
そして最後に会計の仕方だけれど、これも彼は教えてくれた。
交通系IC という文字をタップし彼のカードで会計をしようとしたところを、私は止めた。
「私にやらせてもらえないかしら、元をただせばあなたのお金なんだし・・・」
「わかりました。じゃあお願いします」
私はカードを決済機にタッチした。
ピピっと音がなって決済が完了し、レシートが発行される。
本当に面白い文明。これなら確実にお釣りの渡し間違いがない。全ては貧富の差を問わず同一の値段で物が分配される。なるほど、ここで必要なのは魔力じゃない、財力が最も力になるんだわ。じゃあ、ちょっと頑張る必要があるかしら。
「荷物は俺がもちますよ」
「ねぇクロブチ、私の食材も入っているのよね、だったら一緒に持たない?幸い持つ場所は二つあるんだし」
「なんかそれ・・・まぁ、いいですけど、役得ですし」
そう言ってお互い身を寄せ合って家路についた。