お風呂に先にはいらせてもらいことになった。
「彼はお先にどうぞ」と言って湯を張ってくれた。
浴槽に浸かるなんて久しぶりね。
雨宿りした時に空き家で湯船につかったことがあるけれど、その時よりずっと心地が良いのは、死んだせいで毒牙が抜け落ちたからなのか、はたまた彼に毒気を抜かれたからなのか、分からないけれど、以前入ったお風呂よりは温かみを感じられた。
シャンプーやリンスの使い方は彼から教わった。とてもいい匂いがする。彼の髪の毛から微かにに漂ってきた香りはこれだったのね。
なんだか、少しうとうとしてきてしまった。異世界に来たから何か体質でも変わったのかしら。
「ありがとう」そう彼に伝える。
「ドライヤーありますけど使いますか?」
「ドライヤーって何かしら?」
「髪を乾かす道具なんですが、使い方を教えましょう。簡単ですから使ってみてください」
そう言って彼はドライヤーの使い方を教えてくれた。暖かい風と、冷たい風が出てくる。実を言えばドライヤーは必要ない。体を乾かす魔法があるから。ただなんだかこの不便さが今は楽しかった。
「ありがとう。私は彼にそう告げた」
彼がお風呂にはいる。
私は一気に手持ち無沙汰になった。
窓の外を見る。大きな窓。ガラガラと空けてみる。
窓辺に桜の花びらが数枚落ちていた。拾い上げてみる。そして手のなかで風の魔法を使ってコロコロと転がしてみる。温かいのね、この世界の夜は。もうそれなりに暗くなってから、そう思った。
私が手のひらで桜の花びらを楽しんでいると浴槽の方からガチャリと彼が出てくる音が聞こえた。それを聞いて私は4枚の花びらを手のなかに収めた。その中の一枚を取って舐めてみる。何とも言えない初めての味がした。
彼は 明日の日程だけれど、朝一番で入国管理局まで行きます。
と、私の行き先を告げた。
正直不安だ、何をされるのか分からない。でも、彼がいるから安心できそうね。
彼の布団で私は寝ている。彼は隣のリビングでタオルケットにくるまって寝ていた。寝ようとしているが、私のせいだろうか、妙に緊張して眠れないように見える。私は彼が眠れるように弱い催眠魔法をかけて寝かしつけた。
私たち魔族は本来睡眠を必要としないが、眠りたいときには眠れるようにできている。
どんな夢を見るのかしら。魔族も時より夢を見ることがある。暖かな夢が見れるように願いましょう。だって今日は、こんなにも暖かな日だったのだから。
砦を一つ落とした。泣き叫ぶ兵士。何もわからずに死んでいく人間。魔王様の命令だから仕方がなかったのかしら。でも彼の命令はとても心地よくて、だから、いたぶることもした。泣き叫びながら殺してくれと懇願する兵士をジワリジワリとなぶり殺しにして、最後の言葉を聞くのは、とても有意義なことだとおもっていた。
兵士の 助けてくれ という最後の言葉で現実に意識が覚醒した。
外で雀が泣いている。暖かい。ここはとても暖かいのに、私の夢はとても熱くて冷たかった。
彼は横でまだ寝ていた。朝の空気はこの部屋まで侵入してくることはなく、私の保護者が風邪をひいているようすはない。意識を探ってみるとあまりいい夢は見ていないようだ。彼の意識が覚醒するまでもう少し時間がある。
ただぼぅっと窓の外を眺める。昨日窓辺によってきた花びらを頭の上で、風魔法を使って転がした。ヒラヒラと桜の花弁が宙を舞う。その花びらを指の上で転がしてみた。サラサラと私の指先、腕、肩を通って、もう一度、宙へ。
ふと、私の保護者のほうをみる。少しうなされていた。グラオザームのような精神を覗き見る魔法は私には備わっていないけれど、あまりいい夢ではなさそうね。リビングで寝ている彼に手を当てて、苦しみのようなものを私のほうへたぐり寄せた。すると私の瞼の裏に彼を殺す光景が現れる。
そう、そういう夢。
けれど、もう心配はない。
「大丈夫じゃないかしら。貴方が紳士でいる限り正夢になることはないのだから」
私は小声でそう呟いた。
以下、黒淵孝高の夢
戦場というには、あまりにも一方的だった。ソリテールさんは殺戮を繰り返す。ソリテールさんを殺すために大勢の人たちが彼女に魔法を放った。だけれど彼女に傷一つさえつけられない。砦の一つが陥落する。舞い上がる土煙、怒号と悲鳴と懇願、そして血。
俺には分からなかった。なぜ彼女が殺し合いをしているのか、何故彼女は攻撃をされているのか、何故彼女は無傷なのか、そしてなぜ彼女は、笑っているのか。
彼女の何かで俺の首が締め上げられる。
ギチギチと音を立てながら首の皮と骨が変形する音が聞こえてきた。
ゴキリという音とともに何かが俺の足元に崩れ落ちる。それは一人の兵士だった。
喉の苦しさから解放される。彼女は俺に興味なさそうに背を向けてどこかへ行こうとしていた。
その背中が何かつぶやいた。
「大丈夫じゃないかしら、貴方が紳士でいる限り、正夢になることはないのだから」