ダンジョンに炎柱がいるのは間違っているだろうか   作:kursk

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狡猾な鼠

その日も、アストレア・ファミリアの一日は鍛錬から始まった。

 

『星屑の庭』の中庭で、アリーゼと輝夜が二人がかりで杏寿郎を倒さんと次々に技を繰り出す。

杏寿郎は、そのすべてをねじ伏せて、弾き飛ばす。

朝の光が石畳を白く照らし、打ち合いの音が小気味よく響く。

三人の息は揃っていた。

先日の木竜討伐から日が浅いが、連携の精度は日ごとに増していた。

そして、実戦と訓練を繰り返すことで、三人のステイタスは飛躍的に伸びていた。

 

 

煉獄杏寿郎

Lv. 3

力  SS1051→SSS1195

耐久 A895→S973

器用 A821→S916

敏捷 S904→SS1021

魔力 B706→A815

 

「たった二週間で、熟練度トータル500オーバー。市内の巡回もしているから、他の冒険者ほどダンジョンで探索できないのに、ここにきてステイタスの伸びがますます大きくなっているわ」

 

アストレアはステイタスの紙を渡しながら、つぶやく。

 

「はい。アリーゼが加入してから、ステイタスがさらに伸びるようになりました」

 

杏寿郎は服を纏いながら、応じる。

 

「あとは、『偉業』さえ達成できれば、Lv. 4へのランクアップは確実よ。とはいっても、Lv. 3の『偉業』ともなると、かなり厳しいものになるでしょうね。焦って無茶をしないでね」

 

アストレアの声には、かすかに心配がにじんでいた。

杏寿郎は弱き者を守るという己の信念に忠実で、そのために強くなろうとしているが、ともすれば自分の安全を度外視する傾向があるのではないか――。

その不安を拭い去ることができないのである。

 

「もちろんです! 私は必ずアストレア様のもとに帰ってまいります!」

 

杏寿郎は振り向いて、アストレアを見つめた。

アリーゼと輝夜という年下の少女二人から頼られることは嬉しいし、全力で応えようとしている。

だが、精神的にもっともリラックスできるのは、アストレアとのひと時だと感じていた。

精神的にも肉体的にも疲れ切って帰ってきたときに、アストレアの慈愛に満ちた笑顔に接すると、張りつめていた神経を緩めることができる。

アストレアとの語らいは、絶望と悲嘆が空を覆う暗黒の時代にあって、杏寿郎が心の底から安息を感じることのできる数少ないひと時であった。

 

 

アリーゼも、最近加入したばかりの輝夜も、杏寿郎に追いつこうとして、かなりのペースでステイタスを上げていた。

 

アリーゼ・ローヴェル

Lv. 2

力  A871→S929

耐久 B769→A877

器用 A821→S916

敏捷 S919→SS1031

魔力 B718→A816

 

ゴジョウノ・輝夜

Lv. 2

力  B711→B792

耐久 D512→D587

器用 B721→B789

敏捷 A801→A887

魔力 C621→C679

 

もし次に3人で強敵と立ち向かうことがあれば、3人同時にランクアップする可能性さえあった。

 

アストレアは、3人のステイタスを写した羊皮紙を見ながら、思う。

いまは、まだ3人だから良い――。

アリーゼも輝夜も才能に溢れ、まさに成長期だ。

けれども、これからさらに眷属が増えて、全員ハイペースでランクアップし続けたら、オラリオ中から注目され、やっかみを買うことになる。

杏寿郎は団長として、その矢面に立たされるだろう。

子どもたちの成長は嬉しいし楽しみでもあるが、心配の種は尽きそうにない。

 

 

 

アストレアがファミリアのことで思いを巡らせていると――。

門を叩く音が聞こえた。

来客が来たようだった。

 

「はいはーい」

 

アリーゼが門に駆け寄り、(かんぬき)を開けた。

彼女が見下ろすと――文字通り見下ろすと、桃色の髪のパルゥムの少女が、腰に手を当てて立っていた。

大きな瞳がアリーゼを真っ直ぐに射抜く。

背丈はアリーゼの胸ほどしかなかった。

 

「やあ、こんにちは。あんたがアリーゼ・ローベル?」

 

蓮っ葉な話し方だった。

 

「そうだけど、あんた誰?」

 

アリーゼが即座に答えた。

 

「あたしはライラ。苗字はない。ファミリアに入れてほしいんだけど、神様と話せる?」

 

「え……?」

 

アリーゼが面食らっている間に、杏寿郎が歩み寄ってきた。

ライラは杏寿郎を見上げた。

 

「あなたがレンゴク・杏寿郎ね。噂通りのいい体格してる」

 

「おお、ありがとう。――君は?」

 

「ライラ。パルゥム。十三歳。恩恵なし。戦闘力は、まあ、お察しの通りよ。腕っ節じゃあんたたちの足元にも及ばないかな」

 

臆する素振りもなく、ライラは答えた。

縁側で太刀の手入れをしていた輝夜が作業を中断して、切れ長の瞳を細めた。

 

「団長、客か?」

 

ファミリア加入後、それまでの慇懃な態度は影を潜め、輝夜本来の話し方に戻っていた。

 

「加入希望だそうだ」

 

「……パルゥムが?」

 

「そ。パルゥムが。文句ある?」

 

ライラが割って入った。

輝夜の眉がわずかに上がる。警戒というより、興味に近い表情だった。

 

そうこうしているうちに、話し声に気が付いたアストレアも奥から現れた。

女神はライラの姿を見て、柔らかく微笑んだ。

 

「まあ、可愛いお客様。いらっしゃい」

 

「どうも。可愛いかどうかは別として、話を聞いてもらえる? あたし、自分を売り込みに来たんだ」

 

ライラの態度には、輝夜のような慇懃さも、アリーゼのような快活さもなかった。

あるのは、乾いた実務性。必要なことを、必要なだけ話す。感傷は省く。

貧民街で夜露を凌ぎながら育った目は、同年代の少女のそれよりもギラギラとしていた。

 

五人が応接間に腰を下ろした。

 

「それで、ライラさん。わたしの眷属になりたいということだけれど」

 

アストレアが穏やかに切り出した。

 

「単刀直入に言うぜ。あたしは直接的な戦闘は苦手だ。ダンジョンに潜っても、たいしてモンスターを倒せないだろう」

 

「……それは、ずいぶんと正直ね」

 

アストレアが小さく笑った。

 

「嘘ついても始まらないからなー。あたしの武器は、こっち」

 

ライラは懐から、分厚い束になった羊皮紙の切れ端を取り出して、テーブルの上に広げた。

びっしりと書き込まれた文字と記号と図表。

杏寿郎が目を落とし、眉をひそめた。

 

「これは……」

 

「あんたたちの戦績の分析。ランクアップの時期と条件の推定。ダンジョンの攻略履歴。闇派閥との接触記録。全部、酒場や賭場の噂、ギルドの掲示なんかから拾い集めたもんだよ」

 

杏寿郎の目が鋭くなった。

それらの情報は、一つ一つは些細なものだ。酒場の酔った冒険者の雑談、ギルドの掲示板、賭場での何気ない立ち話。

だが、それを体系的に集め、分析し、一枚の絵として再構成する。それは並大抵の能力ではなかった。

 

「まず結論から、言わせてもらうぞ。レンゴク・杏寿郎。あんた、眷属の成長速度を底上げするスキルか何か持ってるんじゃない?」

 

空気が凍った。

杏寿郎が目を見開く。アリーゼが息を呑んだ。輝夜の手が、反射的に太刀の柄に伸びた。

 

「なんでそれを――」

 

アリーゼが椅子から腰を浮かせた。

 

「落ち着きなよ。そんな簡単に考えを顔に出すようじゃあ、闇派閥相手は難しいぜー。それに、あたしは別に恩恵の中身を盗み見たわけじゃねー。外から観測できる情報だけで推論したんだ」

 

ライラは涼しい顔で羊皮紙の一枚を指差した。

 

「レンゴク・杏寿郎とアリーゼ・ローベルのランクアップ速度は明らかに常識外れなんだ。一人か二人なら、才能で片づけられたかもしれない。でも、ゴジョウノ・輝夜までもが、加入してひと月ちょっとで、どんどん攻略ペースを上げている。眷属三人が全員、異常なスピードで成長するとなりゃあ、一人一人の才能以外のもんを疑う」

 

輝夜は無表情のまま、しかし瞳だけを鋭くした。

図星だった。確かに、アストレア・ファミリアに入ってからの成長は、我ながら異常だという自覚はあった。

 

「で、共通項は何か。あたしは、杏寿郎のスキルなんじゃないかと当たりをつけたんだよ」

 

ライラは両手を広げた。

 

「あんたの近くにいる眷属が、揃って異常な速度で強くなる。偶然で片付けるには、サンプルが揃いすぎてるんだ。成長促進系のスキル。しかも、自分だけじゃなくて、同じファミリアの仲間にも効果が及ぶ。多分、条件がある。信頼関係とか、共闘とか、そういう絆みたいなものが――」

 

ライラはテーブルに身を乗り出した。

小さな身体が、栗色の瞳の熱量で大きく見えた。

 

「違う?」

 

長い沈黙が降りた。

 

杏寿郎は、ライラの顔を真っ直ぐに見た。

大きな栗色の瞳が、怯むことなく見返してくる。

小さな身体に、強靭な意志が宿っていた。

 

誰も返答しなかった。しかし、その沈黙自体がライラの推論の正しさを雄弁に物語っていた。

 

「――で、ここからが本題。あたしが、なんでわざわざその情報を調べたかって話よ」

 

ライラは続けた。

 

「聞こう」

 

「あたしは弱い。どのファミリアに行っても、戦えないパルゥムは門前払いだった」

 

ライラの声は淡泊だった。

愚痴でも恨みでもない。ただの事実の陳述だった。

しかし杏寿郎は、その淡泊さの下に、何度も跳ね返された者だけが持つ勁さと、何としても這い上がってやるという強い意志を感じ取った。

 

「『悪いけどね、うちは戦えない奴はいらないんだ』。何回聞いたか、もう数えてないんだ。事実だしね。怒ったって背は伸びない」

 

「ライラ……」

 

アリーゼが何か言おうとして、ライラが片手で制した。

 

「同情は要らないぜ。あたしが言いたいのはこういうこと。普通のファミリアじゃ、あたしみたいな非力なパルゥムは成長が遅い。経験値を稼ぐ戦闘が、そもそもまともにできないから。でも、あんたのスキルの恩恵を受けられるなら、話が変わる」

 

それは清々しいまでの打算だった。

そして、ライラには、それを隠す気は微塵もなかった。

 

「あんたたちの近くにいるだけで成長速度が跳ね上がるなら、あたしだって強くなれる。他のファミリアにいるよりもずっと速く。そうだろ? 正直に言うと、あたしがここに来たのは、正義に憧れたからじゃない。あんたたちの環境が、あたしにとって最も効率的な成長の場だと判断したから」

 

「ふうん。ずいぶん素直じゃない。でも、それで正義のファミリアに入れると思ってるの?」

 

アリーゼが腕を組んだ。

怒っているのではなかった。値踏みしているのだ。

 

「まあ、嘘ついて綺麗事並べたところで、あんたたちには分かっちゃうしな。女神様は嘘が見抜けるんだから」

 

ライラは肩をすくめた。

そして、声の調子がわずかに変わった。

 

「――でもね。あたしにも、やりたいことはある」

 

「やりたいこと?」

 

杏寿郎が問うた。

ライラは一瞬だけ視線を落とした。すぐに戻したが、杏寿郎はその一瞬を見逃さなかった。

 

「弱い奴が踏みにじられるのを、黙って見てるのが嫌なの」

 

淡々とした、乾いた声だった。

しかし、乾いているからこそ、その一語一語が硬い輪郭を持っていた。

感傷ではなかった。貧民街で、路地裏で、弱者として踏みにじられ続けた十年のうちに熟成された想いだった。

 

「あたしだって散々踏まれてきたからね。正義がどうとか、大層なことは言わない。ただ、最低限、目の前で子どもが殴られてるのに見て見ぬふりはしたくない」

 

輝夜が、わずかに目を細めた。

正義を冷笑しながらも正義に惹かれる自分と、正義はどうでもいいと言いながらも最低限の正義を求めるこの少女。

似ているようで違うが、根のどこかで通じるものを感じた。

 

「でもね、それをやるには力がいる。知恵だけじゃ足りない。拳がなくちゃ、声は届かない。――だから、強くなりたいの」

 

「でもさ」

 

アリーゼが口を挟んだ。碧い瞳が真剣だった。

 

「戦えないって自分で言ったわよね。ダンジョンは危険なの。わたしたちだって、毎回命懸けよ。戦力にならない仲間を連れて行くのは、正直に言うと――」

 

「あんたたちの足手まといになるつもりはないぜ」

 

ライラは遮った。

 

「戦えないって言ったのは今の話。恩恵を受ければ身体能力は上がるし、最低限の白兵戦はできるようになる。ただ、あたしの本領はそこじゃないってこと」

 

ライラは自分の額を指で突いた。

 

「情報収集。作戦立案。攪乱。戦場を俯瞰して、最適な戦術を組み立てる。あんたたちに足りないのは、そこでしょ」

 

杏寿郎が、わずかに息を止めた。

これまでの戦いは、杏寿郎の直感とアリーゼの呼応、輝夜の判断力で乗り切ってきた。だが、それは三人の個人技の集合体であって、体系的な戦術とは言い難い。

 

「腕っ節の強い奴は三人揃ってる。でも、参謀がいない。情報を整理して、戦う前に勝ち筋を作る人間がいない。――違う?」

 

沈黙が、ライラの正しさを証明していた。

 

「……それを証明してみせるわ。今すぐ」

 

ライラは、懐からもう一束の羊皮紙を取り出した。

最初の束よりも薄いが、書き込みの密度は比較にならなかった。

テーブルの上に広げると、そこにはオラリオの市街図が描かれていた。

 

「闇派閥の話をするぜ」

 

ライラの声が、一段低くなった。

大きな栗色の瞳から、商談の愛想が消え、代わりに夜の色が差した。

これが、この少女の本当の目だと杏寿郎は思った。

暗がりに潜み、情報を嗅ぎ分ける、小さな夜目の獣の目だった。

 

「あんたたちが闇派閥と戦ってるのは知ってる。でも、どこまで把握してる? 拠点は? 連絡経路は? 幹部の顔は?」

 

「……断片的にしか掴めていない。闇派閥は地下に潜っており、尻尾を掴むのが難しい」

 

杏寿郎が正直に認めた。

 

「そうだろうな。あんたたちは正面から殴るのは得意だけど、相手を見つける手段を持ってない。向こうから来てくれるのを待つか、偶然出くわすか。――それじゃあ後手に回る」

 

ライラは地図の上に、赤い印をつけた。

 

「ここ二週間、あたしが集めた情報を総合するとね。闇派閥の下部組織が、定期的に密会していてる」

 

「集会?」

 

「二週間って……この日のためにずっと調べてたの?」

 

アリーゼが驚いた顔をした。

 

「当たり前でしょ。手ぶらで売り込みに来るわけないだろ。手土産は必要だぜー」

 

ライラは事もなげに答えた。

 

「市場の掲示板に、合言葉のような張り紙が定期的に出る。普通の人はただの落書きと思って見落とすんだけど、特定の組み合わせが多いから、これまでの張り紙を全部記録して、分析してみた」

 

ライラは羊皮紙の束から一枚を抜き出した。

そこには、掲示板の文言が日付ごとに記録され、共通する単語の組み合わせが色分けされていた。

 

「たとえば、『鉄のランプ三つ、麦藁のロバ二頭、東風の月』。この文言の組み合わせが、集会の日時と場所を示す暗号だと推測した。『鉄のランプ』の数が日付、三つなら三日後。『麦藁のロバ』は時刻、二頭なら深夜二刻。『東風の月』は場所、東区のどこか、たぶん廃倉庫」

 

「暗号を……解読したの?」

 

アリーゼが目を丸くした。

 

「解読っていうほど大層なもんじゃない。同じ時期に東区の廃倉庫の周辺で不審な人影が目撃されたっていう噂があったんで、掲示板の告知の日付を照合しただけ。複数の情報源が一点で交わるなら、偶然じゃない」

 

輝夜が、初めてライラに対して、値踏みではない真っ直ぐな視線を向けた。

搦め手を使う者として、ライラの情報の組み立て方に感嘆を覚えていた。

 

「……それで?」

 

「昨日、市場の掲示板に新しい告知が出てたぜ。『鉄のランプ二つ、麦藁のロバ三頭、西風の月』。つまり――明後日の深夜三刻。場所は西区の廃倉庫」

 

静寂が落ちた。

全員がライラの顔を見つめていた。

 

「本当なの……?」

 

アリーゼが囁いた。

 

「確証はない。あたしの推論が正しければ、の話。でもさ――」

 

ライラは肩をすくめた。

 

「外れたら外れたで、あんたたちが失うのは一晩の睡眠時間だけだぜ。当たったら、闇派閥の下部組織を丸ごと叩ける。期待値としては、悪くないだろ?」

 

杏寿郎は、ライラの地図と分析を黙って見つめていた。

闇派閥との戦いで、いつも歯痒く思っていたことがある。

最近は、戦えば危なげなく勝てる。だが、敵がどこにいるのかが分からない。

市民を守るために街を巡回しても、闇派閥はいつも先に姿を消す。

正面から戦う力はある。守る力はある。しかし、敵を戦場に引きずり出す手段がなかった。

 

ライラが差し出しているのは、まさにその手段だった。

 

「ライラ。ひとつ聞いていいか」

 

「なに」

 

「この情報を集める中で、危険な目には遭わなかったか」

 

ライラは一瞬、虚を突かれた顔をした。

スキルのことでも、戦術のことでも、見返りのことでもなく、自分の身の安全を、最初に聞いてきた。

 

「……別に。あたしは小さくて弱いから、誰も相手にしねーんだよ。酒場のテーブルの下に潜り込めば、透明人間の出来上がりだ。恩恵も魔法もいらない、ちっぽけな身体ひとつで事足りる。唯一の取り柄だな。一族の勇者(フィン・ディムナ)が聞いたら、何て思うかはしらないけど」

 

声は素っ気なかった。

だが、杏寿郎は気づいていた。目がわずかに泳いだことに。

嘘ではないが、全部でもなかった。何度か危ない橋を渡ったことを、ライラは伏せているのだろう。

 

杏寿郎は、それ以上追及しなかった。

代わりに、真っ直ぐにライラの目を見て言った。

 

「君を信じよう。明後日の夜、西区の廃倉庫を叩く」

 

「お兄様、本当にやるの!?」

 

アリーゼが身を乗り出した。

 

「ぜひともやってくれ。――あたしの分析が合ってたら、この先もあたしを使う気になるでしょ?」

 

ライラが不敵に笑った。

 

 

 

二日後。深夜。

不審者の目撃情報が定期的にある西地区の廃倉庫。

 

四人はライラの描いた地図を頼りに、その場所に向かった。

ライラはまだ恩恵を受けていない。今回は非戦闘員として後方に控え、誘導に徹する手筈だった。

 

「ここを右。その先に広場がある。集会をやるなら、その奥の倉庫しかない」

 

ライラの囁き声が、闇夜に紛れて三人に届いた。

 

杏寿郎が低く言った。

 

「輝夜。先行して偵察できるか」

 

「任せろ」

 

輝夜が闇に溶けた。足音はおろか、衣擦れの音すらしなかった。

数分後、輝夜が戻ってきた。

 

「二十名ほど集まっている。武装した構成員が十五、幹部らしき人物が二名。他に商人と思しき者が数人。ライラの推論通りだな。出入り口は三つ。正面、右奥、左奥。左奥は瓦礫で半分塞がっている」

 

「なら、正面からお兄様が突っ込んで、右奥をあたしが塞いで、左奥は輝夜が抑えれば――」

 

「それで逃げ場を潰せる」

 

ライラがアリーゼの言葉を引き取った。

 

「もうひとつ。幹部を生かして捕まえておけ。殺したら情報が死ぬ」

 

「無論だ」

 

杏寿郎が頷いた。

 

 

突入は、一瞬で終わった。

杏寿郎が正面から炎とともに飛び込んだ瞬間、地下水道の広場に集まっていた闇派閥の構成員たちは、恐慌に陥った。

深紅の炎が天井を舐め、暗闇が真昼のように照らし出される。

 

逃げようとした者たちが右奥の通路に殺到するが、そこにはアリーゼが立ち塞がっていた。

茜色の炎を纏った少女が、通路を壁から壁まで炎で封鎖する。

 

「こっちは通行止めよ!」

 

左奥の瓦礫を越えようとした者たちの前に、月白の太刀が閃いた。

 

「動かぬ方がよろしいかと」

 

輝夜の氷のような声が、闇に響いた。

 

戦闘は数分で終わった。

構成員は全員が取り押さえられ、幹部の二名と闇商人らしき者たちは杏寿郎が自ら無力化して拘束した。

一人の死者も出さなかった。

 

広場に残されていた文書や商品も押収された。

闇派閥の武器の調達先や、次の破壊活動と思しき計画の走り書き――。

これまで断片的にしか掴めなかった情報が、手に入った。

 

ライラは後方の広場で待機していた。

戦闘の轟音と炎の熱気が空気を伝って届く中、小さな身体を壁に預けて、じっと耳を澄ませていた。

怖くないと言えば嘘になる。恩恵もなく、武器もナイフ一本しかない。ただの小さなパルゥムが、闇派閥のすぐ傍にいる。

 

でも、不思議と足は震えなかった。

自分の頭が、この戦いを作った。

それが、小さな背筋を真っ直ぐに保っていた。

 

 

 

闇派閥一味をガネーシャ・ファミリアに送り届けてから、杏寿郎たちは夜明け前の『星屑の庭』に帰還した。

アストレアが温かい茶を淹れ、全員に配った。ライラは遠慮なく飲み干した。

 

「見事だった、ライラ。君の情報がなければ、今夜の戦果はあり得なかった」

 

杏寿郎が言った。

 

「これで、あたしの有用性がわかっただろ?」

 

ライラが顔を上げた。大きな栗色の瞳が、杏寿郎を見据える。

 

「あんたたちは強い。本当に強い。杏寿郎とアリーゼの炎と、輝夜の太刀。正面切っての戦いなら、並の闇派閥じゃ相手にならない。でもね――」

 

ライラは言葉を切った。

夜明けの風が吹き、亜麻色の髪を揺らした。

 

「力だけじゃ足りないんだ。この時代を生き延びるには」

 

杏寿郎は黙って聴いていた。

 

「闇派閥は正面から来ない。裏から来る。毒を盛り、罠を張り、嘘をばら撒き、味方を切り崩す。あんたたちが守りたい市民の中にだって、闇派閥の手先が紛れ込んでいるぜ。それを力だけで見分けられる?」

 

「……容易ではないな」

 

「今夜で分かったでしょ。あたしの分析がなかったら、あの密会は予定通り開かれて、闇派閥は武器を手に入れて、次の作戦が動き出してた。あんたたちがいくら強くても、見えない敵は殴れない」

 

ライラは立ち上がった。

杏寿郎の胸の高さにすら届かなかった。

小さなパルゥムの少女だ。

 

「――だから知恵がいる。情報を集めて、分析して、先手を打つ。汚れ仕事って言えば聞こえは悪いけど、敵の懐に入り込んで嗅ぎ回るのも、正義を実行するための仕事だと思うぜ」

 

ライラは三人を見渡した。

ライラは口元に、小さな笑みを浮かべた。

 

「あたしの正義は、本当にちっぽけなものだ。目の前で弱い奴が踏みにじられてるのを見て、黙ってないこと。ただそれだけ。英雄みたいな大きな正義じゃない。でもね、それを守るためにも、汚いところに手を突っ込める奴が必要でしょ。綺麗な炎で照らせない場所を、這いずり回って覗いてくる奴が」

 

杏寿郎がアストレアに目を向けて、頷いた。

アストレアは優しく微笑んだ。

月が沈み、空が白み始める中で、女神の微笑みは夜明けのようだった。

 

「恩恵を授けましょう、ライラ。わたしの四人目の星の子」

 

アリーゼが、ライラの前に膝をついた。

碧い瞳が、栗色の瞳と同じ高さになった。

 

「ようこそ、ライラ。あたしたちの頭脳になってちょうだい!」

 

「……あんた、ほんとにお人好しだな」

 

ライラはそう言って、笑いながらアリーゼの手を握った。

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