メイドインアビス -燎灼たる奈落の残火- 作:ふぉーゆー
原作をご覧になられてから読んでいただくのがオススメです。
深淵 アビス。
覗き込めば、必ず何かを奪われる縦穴だ。
直径約1000メートル、深さはいまだに解明されていない。
アビスは特異な生態系を持ち、また現世人類のそれを遙かに超える技術で造られた人工物である「遺物」を数多く眠らせている
朝霧に包まれたオースの街。
その片隅で、まだ背丈も装備も足りない一人の少年が、
空を見上げていた。
笛持ちですらない、ただの――探窟を夢見る少年。
少年は知っている。
アビスが優しくないことを。
帰ってこない者が山ほどいることを。
「…行かなきゃ。」
誰に言うでもなく、そう呟いた声は震えていた。
恐怖だ。だが、それ以上に――渇きがあった。
知りたい。底を見たい。自分が何者になれるのか、確かめたい。…そして、命の恩人を見つけ出す。
――――――
とある島の、とある古びた民家。
「…近くの島に "アビス"って大穴があるらしい。
そこには、遺物っていう高値で売れる物があるそうだ。
それを見つければ、お前にたらふく飯を食わせてやれる。」
叔父のその言葉に俺は目を見開き、輝かせた。
俺はカンザー。幼い頃兄と共に父親から暴力を受け、
ゴミ山に捨てられ転がっていたところを叔父――プロメテウスに拾ってもらい、ある程度の生き方を学んだ。
大きなリュックを背負い、扉の前で振り返るプロメテウス。
「カンザー。俺は行ってくるぞ。しばらく一人にさせるが…お前なら大丈夫だ。必ず帰ってくる その時まで待っていてくれ。」
それから数年が経ち、カンザーはプロメテウスを追うため
南海ベオルスカの孤島 アビスがある街 オースを目指して船を出した。
――オース。
潮と鉄と、欲望の匂いが混じる場所。
探窟の知識も後ろ盾もない少年が立つには、あまりに重たい街だ。
カンザーはすぐに路頭に迷った。
路地裏。陽は届かず、足元にはゴミと遺棄された夢ばかり。
腹が鳴る。
みっともないほど、正直な音だ。
…当たり前だ。誰にも教わらず、誰にも守られず、それでもここに来た。
それだけで、もう十分に生き汚い。
通りを行く探窟家や住民たちは、カンザーを見て、見ないふりをする。
価値のないものを見る目だ。
「腹が減った…」
――運命か、悪意か。
屋台の裏で、食い残しを漁ろうとしたその時。
「おい、ガキ」
低く乾いた声。
振り向いた先にいたのは、古傷だらけの探窟家。
目が死んでいる。
「その身なり……孤児か?
アビスに来たなら覚悟はあるんだろうな」
男は笑う。
いや、値踏みしている。
「一層の入口まで荷物運びだ。
終わったら、残飯くらいはやる」
条件は最悪。
だが――拒否権はない。
カンザーは黙ってついていく。
「プロメテウス…必ず見つけ出す…」
――深界一層・アビスの淵。
「ここが…アビス!」
緑、滝。唸る原生生物。
カンザーは周りを見渡しながら歩いていく。
「ん…?あれ…?み、皆さん…?」
いつの間にかはぐれていた。
その瞬間、空から鳥の原生生物が飛びかかってくる。
「うわあああああ!!」
驚き腰を抜かすカンザー。
しかし、飛ぶ原生生物にロープが巻きつき、地面に落ちる。
「少年。大丈夫かね?」
黒い笛を首に掛けた、三つ編みの銀髪の女性がロープを回収しながら話しかけてきた。
「…誰…ですか?」
その声は低く、重い。
優しさも威圧も混じらない。ただの確認。
「私か?私はギャレット。しがない探窟家さ。」
カンザーを一瞥するギャレット。
「笛持ちでもない…装備もなし。何しに来たんだ?少年。
名は?」
「…カンザーです。…恩人を探しに…アビスに来ました。」
「恩人?アビスにいるってことは…探窟家か?」
首を傾げるギャレット。
「はい…俺に飯を食わせるために、遺物を回収すると言って…そのまま…」とカンザー。
「ふーん。…カンザー。腹減ってないか?」
ロープできつく縛られる原生生物を抱えるギャレット。
グゥゥ…
はっ、と腹を抑えるカンザー。
「あっははは!!体は正直なこった!」
――原生生物を捌くギャレット。
「こいつはツチバシっつうんだ。でかいだろ?こいつの肉は実に美味でよ――」
「頭骨は火打ち石に使えたり調理器具にできたりするんだ。」
焚き火で肉を焼き、皿に盛られ、それを差し出される。
(いい香りだ…)
「ほら、食え。」
カンザーはそれを受け取り、肉を口に運ぶ。
「…美味しい…!こんな美味しいの…久々です!」
思わず笑みが零れる。
「だろ!?私もこいつの肉が一番好きなんだ。」
「ところでよぉ。恩人を探してるって言ってたな。」
「はい…」と呟くカンザー。
「名前はなんていうんだ?探窟家なら知ってる奴かもしれん」
肉をかきこむギャレット。
「プロメテウスです」
―カラン。
ギャレットのスプーンが落ちる。
「は…?プロメテウス…?」
「は、はい…」
ギャレットが額に手を当てる。
「マジか…予想以上の大物だな…」
ギャレットに駆け寄るカンザー。
「生きてるんですか!?」
「生きてるも何も…伝説級の白笛だよ」
「白笛…?」
ギャレットが枝の先で地面を削り、絵と文字を書きながら説明する。
「探窟家にはな、階級ってのがあるんだ。」
「探窟家のタマゴ…鈴付き。
見習いの赤笛。
一人前の蒼笛。
師範代の月笛。
達人級の黒笛。
…そしてその最上位に位置するのが白笛だ。」
「ギャレットさんのは黒いから達人なんですか?」
首を傾げるカンザー。
「そうだ。…そして白笛には二つ名がある。
君の恩人は『禁忌卿』禁忌のプロメテウスと呼ばれる白笛だ。」と指を立てるギャレット。
「しかしまた…なんでそんな奴が恩人なんだよ。どういう繋がりがあるんだ?」
「俺の叔父です」
カンザーは即答。
「叔父…ねぇ………はァ!?叔父!?!?」
立ち上がるギャレット。
「ま、マジかよ…」
「…なぜプロメテウスは禁忌卿と呼ばれているんですか?」
とカンザー。
「…その名の通りだよ。禁忌を犯し続け…盗掘や強奪を繰り返し…他の探窟隊を襲う下衆野郎だ。」
目を細めるギャレット。
「う、嘘だ!プロメテウスはそんな事する人じゃない!実際に…俺に飯を食わせるためにアビスに潜ったんだ!」と声を荒らげるカンザー。
「嘘じゃねぇよ。…私がいた探窟隊も奴に潰されたんだ」
「そ、そんな…」
膝をつくカンザー。
「で。その叔父に会いに行くのかい。殺されても知らねえぞ?」とカンザーを睨むギャレット。
「殺されるとしても…一度でもいいから、一目会いたいんです。」
(ああ…こいつ…覚悟を決めた目だ。)
「…面白い。でもよ。アビスの知識は何もないんだろ?」
「はい…」
俯くカンザー。
「…まあ、私も独り身だしなぁ。奴は憎いけど…暇だし手伝ってやるよ、カンザー。」
口角を上げるギャレット。
「本当ですか!?心強い!!助かります!!」
飛びつくカンザー。
「うわっ!!お前くっせえ!離れろ!!」
「仕方ないでしょう!誰も風呂なんて貸してくれなかったんですから!!」
「来るなああああ!!!」
初めての仲間。初めての旅が、ここから始まった。