メイドインアビス -燎灼たる奈落の残火- 作:ふぉーゆー
それでも進み続けるのかーー
崖の淵にハーケンを打ち込み、ロープを巻き付け、下へと垂らす。
「しかし殺されてもいいなんて…随分な覚悟じゃねぇの」
「…礼を言いたいんです。たとえ性格が変わり果てても…俺を拾って育ててくれたので…その礼を」
ロープを掴み、ゆっくりと下っていく。
「そうかい…律儀だな。だが会うのは相当難しいと思うぞ」
「俺はプロメテウスがアビスを夢見て、楽しそうに語る顔が好きでした。
それを聞いているうちに俺も…アビスに興味を持ちました。遺物とはどういうモノなのか…奈落の底には何があるのか…知りたい。」
(こんなこいつの育ての親が…なんで禁忌に触れるようになったのかねえ…)
地に足をつけ、目を伏せるギャレット。
「興味と目標を持つことは悪いことじゃない。だが先ばっか見てると、いつか足元を掬われるからな。」
手をヒラヒラと振る。
「歩きながら話そう。私が知ってる『禁忌卿』について…な」
ギャレットが一歩前を歩き、
カンザーがその後ろからついていく。
「さっきも言った通り、私がいた隊は禁忌卿率いる《原罪の赫奕団(ブラッドグリード)》に潰された。苦労して深層まで辿り着いたところを後ろから襲われ、遺物や食料を強奪されたんだ。私は何とか逃げ切った後、現場に戻った。
…仲間たちの遺体は、恐らく原生生物の餌として放置され…事故死に見せかけて、奴らは証拠を消そうとしていた。」
拳を握り、震わせる。
(カンザーの話を聞く限り…心底腐りきった奴ではないのか…?欲望に呑まれたか…となると、間違いなく奴には何か大きな出来事があったはずだ)
目を伏せるギャレット。
「ギャレットさん…」
俯くカンザー。
(なぜプロメテウスはそんなことをするようになったんだろう…遺物を回収して帰るって言ってたのに、帰ってこなかった。
なぜそこまで変わってしまったんだ…)
段差を飛び降り、ギャレットを見る。
「…必ず…訳があるはずです。プロメテウスが何をしたいのか、暴きましょう!」
「私も直接問い詰めたいところだが…」
足を止める。
「ほれ、見ろ。二層の入口だ。」
ゆっくりと雲がたなびく。
一面の緑の中心部が口を開き、我々を誘惑しているようだ。
――深界二層・誘いの森。
「ここが二層、誘いの森だ。」とギャレット。
壁にハーケンを打ちつけ、ロープを結び下へと垂らす。
その動作を繰り返し、足場に着地する。
「よっ…と。 ん…?あれはなんだ…?」
カンザーは目を細め、建物と風車のようなものを見る。
「風乗りの風車だ。四千年以上前からあるらしい。昔はあれで上昇気流を捕らえてたんだってよ」
「原生生物が飛び交ってる。先へ進もう。」
ハァ、ハァと息を切らすカンザー。
「…休憩するか?」とギャレット。
「そうさせていただきます…」
「ほれ、水だ。」
差し出された杯を受け取り 飲み干す。
「腹減ったなー。狩るかぁ…」と伸びをするギャレット。
(な、なにを…??)
――
「あの岩場の上…鳥みたいなのいるだろ?あれはナキカバネだ。」
ギャレットが自作のクロスボウを取り出し、返しがある太い矢にロープを括り付ける。
狙いを定め、放つ。
バシュン。
矢がナキカバネの首元に命中した。
「今だ!ロープを引くぞ!!」
全力でロープを引くカンザーとギャレット。
返しがナキカバネの首の肉につっかえ、一気にこちらに引き寄せられる。
地面に落ち叩きつけられたところで、ギャレットが大きなリュックの中から何かを取り出し、近づく。
「ごめんよぉ~…」
剣のような遺物を振りかざし、首を落とした。
ナキカバネが沈黙した瞬間、剣に付いた血を払う。
「いぇい!大成功!」
そう言ってなんの躊躇もなくピース。
「すごいです!!」
カンザーは目を輝かせて跳ねる。
それを見てギャレットは思わず吹き出した。
「ははっ、そんなに驚くことか?」
――肉を切り分け、内臓を捨てる。
火に薪をくべ、ギャレットが捌いたナキカバネの肉を
焼き石に並べ、オウバの葉を乗せ蒸し焼きにする。
最後に岩塩とトコシエコウの実で味付け。
「んん!肉に臭みがあるけど美味しい!味付けも完璧!」
「…美味しい!ツチバシとは全然違う!」
微笑むカンザー。
焚き火の明かりが揺れる。
「あの…ギャレットさん。白笛って数える程しかいないんですよね?一体何人くらいいるんですか?」
ぱち、と火が弾ける。
「正確な人数は誰にも分からないさ」
そう前置きしてから、指を一本ずつ折っていく。
「私が知っているのは…
まず…二層の監視基地《シーカーキャンプ》の防人、不動卿 動かざるオーゼン。正直一番怖いね」
二本目。
「五層の
焚き火の火を見る目がほんの一瞬だけ鋭くなる。
「探究心の塊。
人を人とも思わないタイプだね」
三本目。
「神秘卿――神秘のスラージョ」
「何処にいるのか、生きているのかも怪しい。
でも奴の噂は絶えない」
四本目。
「先導卿――選ばれしワクナ」
「高齢で乱暴な奴だそうだ。」
五本目。
「殲滅卿――殲滅のライザ」
「二度と帰ることの出来ない旅…絶界行《ラストダイブ》をした名前の通り物騒な奴だ。」
ここで一度、指を折るのをやめる。
「で…ここからが″厄介″だ」
カンザーを見るギャレット。
「組合に未登録の白笛たち」
低く、静かに。
「無双卿――無双の戦鬼 ウォーロード
終焉卿――絶望なるヴォイドラ
幽玄卿――深淵のヴェイル」
焚き火の向こうで影が揺れる。
「そして――」
「禁忌卿。禁忌のプロメテウス」
その名を口にした瞬間、森が一段と静かになった気がした。
「な?英雄も怪物も ごちゃ混ぜだ」
肉をひっくり返しながら言う。
「白笛ってのはな、カンザー。
″なりたい″って言ってなれるもんじゃない」
「…とりあえず今は食え。生き残れ。力をつけろ。」
――――
夜が更け…朝が来る。
(ん…?)
胸元に妙な感覚。
カンザーが足を絡め、ギャレットの胸に手を当て爆睡している。
――ドンッ!
「うおおおおおい!!」
ギャレットが反射的に突き飛ばした瞬間、
カンザーが派手に転がって――
「うわああああ!?」
ゴン、という鈍い音。
「…あ」
ギャレットは一瞬だけ固まってから頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと待て!なんでそうなる!!」
壁にぶつかってうずくまるカンザーを見下ろし、眉をひそめる。
頬をぽりぽり掻きながら、少しだけ視線を逸らす。
「寝相が悪いにも程があるだろ……
足絡めて、胸に手って……」
一拍。
「びっくりするだろ普通!!」
とは言いつつ、声のトーンはいつも通り明るい。
それから準備して 少し歩いて。
「わあー!大きな葉っぱ!!」
カンザーが目を輝かせて頭上を見上げる。
無数の巨大な葉が、連なり広がる。
やがて――視界ががらりと変わった。
逆さに生えた森。
上へ落ちる滝。
風が唸り、体が引っ張られる感覚。
二層最深部――逆さ森
「すごい…」と呟くカンザー。
その呟きにギャレットは小さく笑う。
強風に髪を揺らしながら、振り返る。
「怖いか?」
「いや…わくわくしてますよ」
にっと笑うカンザー。
逆さ森が二人を迎え入れる。
上も下も曖昧な世界で――
少年の旅は、確実に″次″へ進んでいた。