メイドインアビス -燎灼たる奈落の残火-   作:ふぉーゆー

3 / 11
監視基地にて待つ″動かざる者″。
彼女はカンザーたちを見定める。


不動の影

深界二層・逆さ森

 

 横に伸びる大きな幹を歩く。

 踏み外さぬよう、ゆっくりと。

 逆さに生える木に飛び移り、少し距離があるところには

 固定した頑丈なロープと登攀具を使い進んでいく。

 

 猿のような原生生物 インビョウがこちらを警戒している。

 ――吊り橋のような構造物を渡っていると監視基地(シーカーキャンプ)が見えてきた。

 

 「カンザー。念の為これに着替えな。

 そんな身なりじゃアレだし…私の予備の分 やるよ」

 差し出されたのは探窟服と探窟帽。

 そして――ギャレットが所属していた探窟隊の仲間の月笛。

 「生憎これしかない。あそこには防人…不動卿 オーゼンがいる。笛なしだと怪しまれるから首に掛けときな」

 

カンザーは即座に着替え、道を進む。

 

 ――監視基地 (シーカーキャンプ)

 「お師さま、探窟家が二人 接近しています。

 女性の黒笛と…月笛を掛けた少年です。」

 

 「少年が月笛?怪しいなあ…相当探窟の腕がいいのかねぇ…」

 ――

 カンザーとギャレットは降下してきたゴンドラに乗る。

 そして きしり、と音を立てて上昇を始める。

 

 「うっ…!?」

 顔色が一気に抜け、口元を抑えるカンザー。

 足元がふらつき視線が泳ぐ。

 

 上昇負荷。アビスの呪い。アビス内から帰還する際に必ず発生する謎の症状で、下に降りる分には何も起こらないが、

 一旦下に降りたのちに上に戻ろうとすると人体に異常が発生する。

 アビス内の同じ階層でも起こりやすさに差異はあり、基本的に中心部から離れた外周部に行くほど呪いが弱く、頻度も少なめとみられている。逆に言えば場所によっては、少し坂道や階段を登っただけでも発症する。

 

 ギャレットは即座にカンザーの背中を掴み、腰を落として支える。

 「二層の呪い 重い吐き気と頭痛、末端の痺れだ。

 吐きたいなら我慢すんな。でも…上を向くな。

 前だ 前を見ろ。」

 

 声は低く、短く。

 「それが″上昇負荷″だ、カンザー。」

 

 ゴンドラの手すりを掴み、呼吸のリズムを作る。

 

 「アビスはな、下りは歓迎する。

 でも――上ろうとすると体は呪いに蝕まれる」

 ゴンドラは容赦なく上がっていく。

 

 ギャレットはふと視線を上げる。

 あの場所にいる″動かざる化け物″。

 (…オーゼン)

 

 「いいか、カンザー」

 ギャレットは顔を近づけ、真剣に言う。

 「着いたら余計なことは喋るな。質問されたら私が答える」

 

 ゴンドラが減速する。

 監視基地が目の前に迫る。

 カン、と小さくなる着地音。

 

 「ようこそ、シーカーキャンプへ。

 ここまでの旅 ご苦労さまです。お師さまは中にてお待ちになっています」

 手を入口に差し向けるマルルク。

 青い髪にカチューシャを掛け、メイド服を着た中性的な子。

 

  中に入ると、黒い外套を羽織った 白笛を首元に掛けた大きな女性がカンザーを見下ろす。

 不動卿 動かざるオーゼン。

 30人以上乗ったゴンドラを引き上げた 十メートルもある岩を支えた などの逸話を残しており、

 五十年以上前から白笛としての名を馳せている。

 その圧倒的な存在感が周囲の空気を重くする。

 背を曲げ、観察し始めるオーゼン。

 

 「…君さ…本当に月笛なのかい?その割には若すぎるように見えるし…未熟さが目立つねぇ…」

 

 (白笛…!この人が不動卿 動かざるオーゼン…!)

 目を見開くカンザー。

 

 「ねぇ、そこの黒笛…彼は本当に月笛なのかい?

 …正直に答えな」

 空気が一段重くなる。

 

 ギャレットは一歩前に出て、カンザーを半歩だけ背中に隠す。

 「お久しぶりです 不動卿。」

 (…嘘は…つけない。既に見透かされているね)

 「探窟の腕もまだまだ。知識も経験も、正直言って素人ですよ。その笛は…かつて私の仲間だった者の形見の品です」

 

 オーゼンの視線がゆっくりとギャレットからカンザーへ移る。

「借り物の笛なのかい…」

 ドサッ、と椅子に腰をかける。

 「…笛を持たずにここまで来たんだねぇ…

 ダメだなぁ…こんな所まで来ちゃいけないだろうに」

 

 額に手を当てるオーゼン。

 「クク…思い出すねぇ…赤笛のくせにアビスの底を目指すとかほざいていたガキと機械人形を…」

 

 「笛持ちでなければここから先は通せないよ。

 さっさと帰るんだね。」

 

 椅子から立ち上がり、ギャレットに距離を詰める。

 

 「君も連れてきちゃいけないと分かってただろうに…

 どういう罰が下されても知らないよ」

 

 ギャレットは一歩前に出る。

 詰め寄る視線を正面から受け止めて。

 

 「この子は笛を″持っていない″。

 正確には――まだ、だ」

 

 冷や汗をかくカンザーの気配が背中越しに伝わる。

 

 「でも」

 軽く笑ってみせる。

 明るく、無邪気に。

 

 「″連れてきちゃいけない″って、誰が決めたんです?」

 

 オーゼンの眉がわずかに動く。

 

 「私は黒笛だ。責任は全部私が持つ」

 黒笛を指で弾き カン、と鳴らす。

 「罰?上等ですよ」

 

 「仲間を皆殺しにされた身だ。今更失うものが増えるわけでもない」

 ……ほんの一瞬、声が低くなる。

 「ですがね」

 

 振り返り、カンザーを見る。

 震えている。

 それでも、立っている。

 

 「こいつは――

 ″知らずに来た″んじゃない」

 

 視線を再びオーゼンへ。

 「空腹も 孤独も 無知も抱えたまま、

 それでも″下を選んだ″」

 

 口角を上げるギャレット。

 「奈落の底を目指した赤笛のガキと機械人形?」

「ここに来たそいつらを止めなかったのは、あなた自身でしょう」

 

 静寂。

 空気が、ぴんと張り詰める。

 

 「笛がないから通せない?規則だから?」

 肩をすくめる。

 「なら私は、ここで引き返す」

 

 ――一瞬、マルルクが息を呑む。

 

  「この子を″地上に戻す″ために

 もう一度、上昇負荷を食らわせる」

 

 視線を逸らさずに続ける。

 

 「……それが″正しい″って言うなら、私は従います」

 「でも、その代わり」

 低く、真っ直ぐに。

 

 「この子は、あなたの目に一生残る。

 ″止められた少年″として」

 

 明るく笑うギャレット。

 「どうする?不動卿

 防人として裁くか――探窟家として見逃すか」

 

 ――オーゼンはしばらく黙り込み、口を開く。

 「そうだねぇ……でもさぁ、そいつ そのまま連れて行っても

 すぐ死ぬと思うんだ…」

 

  「守られてばっかじゃ…いずれ喰われるよ。

 アビスを甘く見ないことだねぇ…

 そもそもさぁ、なんで君はアビスに潜ってるのかなぁ?」

 

オーゼンの背筋が伸びる。

 

 「俺は…恩人を…ここまで育ててくれて、生き方を教えてくれた優しい叔父を…連れ戻したいんです」

 俯くカンザー。

 

  「…ふん、いいさ。連れて帰りなよ。

 戻れる保証はないけどねえ」

 

 オーゼンの視線が真っ直ぐ突き刺さる。

 「未熟で探窟の技術もなし…戦闘も護身も未経験」

 淡々とした断罪。

 

 「…どうやって生き残るのさ」

 

 カンザーの喉が小さく鳴る。

 「……俺は……」

 拳を震わせながら握る。

 「何も知らなかった……アビスのことも……上昇負荷も……

 原生生物も……」

 一瞬言葉が詰まる。

 

 だが――顔を上げた。

 「それでも……

 俺のために奈落に挑んだ人を……

 ″化け物になったかもしれない″って理由で……

 置いて帰ることは…できません」

 

 オーゼンの眉がわずかに動く。

 

 「……白笛にならなきゃ、肩を並べられないなら…

 なります」

 震える。

 でも、逃げない。

 

 「食われるなら…

 守られてるうちにじゃなくて…

 自分で前に出てから喰われたい」

 

 ギャレットは思わず口の端を上げた。

 

 オーゼンが ふっと息を吐く。

 「……ふぅん。

 じゃあ――″生き残る理由″は、あるってわけだ」

 

 視線が今度はギャレットに向く。

 「黒笛」

 

 ギャレットは肩をすくめる。

「言ったでしょう。

 地上で生きるより、下を選んだ子だと」

 

 一瞬の沈黙。

 

 そして――オーゼンは にぃっと笑った。

 「いいねぇ…昔を思い出すよ」

 「帰れとは言わない」

 

 白笛の女は、ゆっくりと言う。

 「でも″連れていく″なら――鍛えな」

 

 その一言が重く落ちる。

 

 「この先、守られるだけの子供は要らない。

 アビスは対等じゃなきゃ生かさない」

 

 カンザーを見る。

 

 「覚悟はあるかい?

 死にかけるよ。何度も」

 

 返事は、即答だった。

 

 「はい」

 

 ギャレットは静かに笑った。

 (ああ……)

 (もう、引き返せないな)

 

 オーゼンが背を向け、歩き出す。

 「マルルク。準備だ」

 

 「えっ……はいっ!」

 

 振り返らずに最後に一言。

 

 「今日からだよ、少年」

 「――アビスに″選ばれる側″になるのは」

 

 逆さ森の風が、基地を揺らす。

 

ギャレットはカンザーの隣に立ち、低く囁いた。

 「よく立った。……ここからが 本当の地獄だ」

 

 カンザーは視線を逸らさずギャレットに問う。

 

  「ギャレット。今これを聞くのはなんだけど…

 なんでこんな俺について来てくれるんだ?何故そこまでして尽くしてくれる?」

 

 ふっ、と笑い 目を伏せるギャレット。

 「いつかお前がプロメテウスと同じ怪物になった時…自分の手で止めるためさ。

 私はお前を認めているからこそ、お前がプロメテウスと同じ残虐な外道に堕ちることを許せないんだ。

 私は私を『監視者』という名目で自分を納得させてるけど、実際にはお前がそうならないことを誰よりも祈っているんだよ…。これが本音さ」

 

 それを聞き、微笑むカンザー。

 

 奥で足を止めるオーゼン。

 「今日は休みな。弱いままのガキを見捨てるほど私は薄情な人間じゃないからねぇ。

 明日、シーカーキャンプの奥…訓練にうってつけの場所がある」

 「ただし、黒笛。君はついて行っちゃダメだよ…

 少年一人で…そうだねえ…三日生き延びてみせな」

 

 固まるカンザー。

 だが。

 

 「やります…!」

 

 「やります、か」

 鼻で笑うオーゼン。

 「言うだけなら誰でもできるさ。

 生きて帰ってきて、初めて″やった″って言えるんだよ」

 

 「三日。逃げてもいい。泣き叫んでもいい。

 …生き延びな。

 それができなきゃ、君はアビスにいる資格すらない」

 

 オーゼンは一歩、また一歩と歩きながら…内心で舌打ちする。

 (……まったく。

 叔父を追って奈落に来る?

 度し難いほどあのガキ共と重なるねぇ…)

 くく、と喉で笑う。

 ――ライザの子。

 ――あの機械人形(オーバードの少年)。

 ――″それでも潜る″と目を逸らさなかった連中。

 

 「……嫌いじゃないよ、そういう目」

 聞こえないほど小さく、呟く。

 

 明日からは…生き延びる術を身につける訓練が始まる。

 カンザーは 覚悟を決めた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。