メイドインアビス -燎灼たる奈落の残火-   作:ふぉーゆー

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燎灼の影・実戦訓練

――炎を纏う斧。

 握りつぶすような腕。

 首から下がる 歪で――白い笛。

 恐ろしく不気味で それでいてどこか懐かしい、

 ″燎灼卿(りょうしゃくきょう)″と呼ばれる男の影。

 

 はっ、と息を吸って目を覚ますギャレット。

 冷たい夜気。ランプはまだ小さく赤く息をしている。

 

 横を見る。

 カンザーが すーすーと無防備に眠っている。

 少年らしい寝顔。肩も細く、手も小さい。

 

 (……違う)

 夢の中の″それ″は、こんなものじゃなかった。

 (カンザーなわけがない……)

 額に手を当て、深く息を吐いた。

 (でも……似ていた)

 顔じゃない。

 声でもない。

 在り方だ。

 

 「安心してくれ、ギャレット。俺が君を守る」

 夢の中で、確かにそう言われた。

 守る側だったはずのギャレットが、だ。

 

 (……笑えない。

 私は何度も仲間を失ってきた。

 守れなかった。

 助けられなかった。

 だからこいつと出会うまでは独りで潜っていた。

 ……なのに)

 

 布越しに眠るカンザーの呼吸が伝わる。

 生きている証。

 弱くて、脆くて、それでも――前に進む意志のある塊。

 (この子が……″燎灼卿″?)

 

 ありえない。

 白笛は そんな簡単なものじゃない。

 人を削り、壊し、戻れなくして――それでも足りないほどの地獄だ。

 ……だけど。

 今日、あの斧が炎を上げた瞬間

 アビスが確かに応えた。

 

 ギャレットはそっと立ち上がり、外を見る。

 逆さ森の闇が静かに揺れている。

 (オーゼン……あんた、どこまで見てる?)

 低く呟いて拳を握る。

 (私は……また守れないかもしれない)

 (それでも)

 

 布に戻り、カンザーから少し距離を取って横になる。

 (せめて、壊れる瞬間までは――

 この子の″隣″にいよう)

 ――――――――

 翌朝。

 二層最深部、三層入口周辺――天上瀑布

 上へと流れ落ちる水。

 霧が舞い、視界は白く滲む。

 足場は不安定、風は強く、判断を誤れば即落下。

 ――実戦訓練にはちょうどいい。

 

 剣を抜くギャレット。

 二級遺物《因果の結束(リンク・トーション)》

 刀身は細い。

 だが、この剣は″斬る″ためのものじゃない。

 

 「よく見て、カンザー」

 自分の足元を軽く叩く。

 次の瞬間、剣の帯を近くの巨岩へと触れさせた。

 

 ――ズン。

 岩がわずかに揺れた。

 「今のは、私が踏み込むはずだった一歩分の力。

 この剣はね……二つの出来事を、無理やり同じ結果に縒り合わせる」

 剣を肩に担ぎ、続ける。

 「動くものと、動かないもの。

 速いものと、遅いもの。

 ″本来変わらない因果″を、無理やり一つにする遺物だ」

 

 視線をカンザーへ。

 

 カンザーはフレイムブレイブを握っていた。

 斧の刃先で 炎が小さく揺れている。

 呼吸に合わせて…まるで″生き物″みたいに。

 

 (……選ばれた、か)

 「怖い?」

 そう質問されるとカンザーは一瞬だけ黙ってから 首を横に振った。

 「……怖い。

 でも……使わなきゃ先に進めない」

 

 その言葉に ギャレットは小さく息を吐いた。

 (ああ…ほんと度し難い)

 「いい。じゃあやろう」

 剣を構え、瀑布の霧の中へ一歩踏み出す。

 

 「まずは基本だ。

斧は振り回すな。呼吸と一緒に″落とせ″」

 

 剣で近くの岩と――

 滝から落ちてきた水塊を縒り合わせる。

次の瞬間。

 水の勢いが岩の″静止″に引きずられ、霧が一瞬だけ止まった。

 「今だ!」

 カンザーが斧を振り下ろす。

 

 ――ゴウッ

 炎が走った。

 刃が岩肌に触れた瞬間、

 炎が″斬った″のではない。

 ″そこに燃える結果があった″かのように、

 岩の表面が焼け焦げ、ひび割れる。

 

 「……っ!」

 カンザー自身が驚いた顔をする。

 

  「感じた?」

 「……うん。

 振った、っていうより……

 起きるべき結果に 斧が追いついた感じが……」

(…あんまりよく分かってない…なんて言えないな…)

 

 ギャレットは剣を下ろし、静かに言う。

 「フレイムブレイブは 力の遺物じゃない。

 ″覚悟を燃やす遺物″だ」

 「迷いがあれば、炎は暴れる。

 覚悟が定まれば――炎は従う」

 

 風が吹き、瀑布の霧が流れる。

 

 「次は動く相手だ。

 カンザー、燃やせ」

 

 (覚悟…)

 脳裏によぎる 笑いあったプロメテウスとの思い出。

――ゴウッ!!

 高く、高く炎が立ち昇る。

 いや、立ち昇ったなんて生易しいものじゃない。

 ――噴き上がった。

 覚悟に反応して、フレイムブレイブが吠えた。

 

 ――ブンッ!

 炎を纏った″飛ぶ斬撃″が、ギャレットの《因果の結束(リンク・トーション)》で縒り合わせた力場の光を――

 真正面から、結果ごと切り裂いた。

 

 力場は壊れていない。

 ″両断されたという結果″だけが残った。

 「………度し難いね、ほんとに」

 ギャレットがそう呟いた瞬間だった。

 

 ドクン――

 

 カンザーの身体が揺れる。

 次の瞬間、口元を抑え――

 

 血。

 鼻から、口から赤黒い血がぽたぽたと落ちる。

 

 「――っ!」

 即座に剣を振る。

 《因果の結束(リンク・トーション)》を

 ″カンザーの心拍″と″地面の静止″に縒り合わせる。

 

 暴れかけた鼓動が無理やり落ち着かせ、

 駆け寄り、身体を支える。

 「バカ!!

 誰がそこまで燃やせって言った!!」

 肩を掴むと カンザーは苦しそうに息をしながら、

 それでも――

 「……で、でも……

 迷ったら……炎が……」

 

 「うるさい!」

 

 思わず怒鳴っていたギャレット。

 「覚悟ってのはね、自分を壊すことじゃない!!

 生きて進むって決めることだ!!」

 歯を食いしばり、包帯を取り出す。

 口元を拭い 鼻血を止める。

 

 (代償……来たか)

 

 フレイムブレイブ。

 おそらくこれは――身体への直接負荷型。

 覚悟に応じて力を引き出す代わりに、

 器が追いつかなければ内側から焼く。

 (しかもあの出力……

 コントロールできてない。今のカンザーには早すぎる)

 

 ギャレットはカンザーの額に軽く拳を当てる。

 

 「いいか。

 今のは″成功″だ。

 でもな――」

 視線を合わせる。

 

  「次に同じことやったら

 私は訓練を止める。引きずってでも戻す」

 少しだけ 声を落とす。

 「……お前が死ぬのはまだ早い」

 

 ――ズズ…

 

 妙な音と気配

 2人同時に視線を真横の穴へ。

 三層から登ってきた赤い蛇状の巨大生物

 ベニクチナワが現れ、ゆっくり近づいてくる。

 

 「ベニクチナワ…なんでこんなところに…私らに気づいて来たのか」

 

 カンザーは立ち上がる。

 (深層の原生生物は狡猾でしたたか…ってオーゼンさんは言ってたな。

 …それを倒せないなら…プロメテウスに会えないどころか

 下へは行けない…)

 

 「…やってやる」

 フレイムブレイブを構える。

 

 (炎を安定させろ……感情を乱すな…)

 ――ゴウッと静かにフレイムブレイブから炎が上がる。

 

 ベニクチナワがグワァァァ!!と吠えながら口を開けて襲いかかってくる。

 ――ギンッ!!

 歯を刃で受けるが、後ろへ押される。

 

 (動きを読め!動きの要を!先読みしろ!!)

 巨体の横へ回りこみ、刃を突き刺し、走る。

 ベニクチナワの傷口が広がっていき 傷が焼ける。

 

 ギャオオオオオオオ!!と悲鳴を上げるベニクチナワ。

 ――

 「…カンザー。刃物の武器を振るう時はな、力まず武器を引いて斬るイメージを持つんだ。」

 棒を握り、幼いカンザーに説明するプロメテウス。

 

 「…力入れた方がいいんじゃないの?」

 首を傾げるカンザー。

 ――バチン!!

 額から煙が上がり、プルプルと震えながら抑える。

 

 「バカ。それじゃ傷口は浅くなり、致命傷を与えれん。

 アビスの原生生物や探窟家は強い。戦闘が長引けばこちらが

 不利になり得る。

 なら――早めに致命傷を与えた方が有利になるだろ?」

 ――

 こんな時に記憶が蘇ってくるなんてな。

 「力まず…引くイメージ。」

フレイムブレイブを頭上に振り上げる。

 

  ――ゴウッ!!

 一瞬炎が強まる。

 「っ引く!!」

 ザンッ!!

 

 …一瞬だった。

 本当に、一瞬。

 炎が――

 いや、結果が先にあった。

 

 ベニクチナワの巨体が″斬られた″のではなく

 **両断された状態が確定した**みたいに、

 カンザーの数十倍はあるその身体が静かにずれ落ちた。

 次の瞬間、

 切り口から炎が噴き上がる。

 

 内蔵も骨も、悲鳴も 全てが炎に飲まれていく。

 

 ギャレットは言葉を失っていた。

 (斬った瞬間…鋭く激しく燃える炎が…

 傷口を広げてみせたのか)

 

 ベニクチナワの巨体が音を立てて地面に崩れ落ちる。

 霧の中、炎だけが静かに揺れている。

 

 「……は、はは……」

 乾いた笑いが勝手に漏れる。

 剣を握ったまま立ち尽くしているギャレット。

 (――今のは…白笛レベルの戦い方だ)

 ゆっくりと近づく。

 

 カンザーはまだ斧を構えたまま。

 呼吸は荒いが、先程みたいに血は出ていない。

 

 (制御……できてる)

 深く息を吐く。

 「……合格だ」

ぽん、とカンザーの肩を叩く。

 

 「三層の原生生物を 単独・正面・短期決着で仕留めた」

 視線を上げ、死骸を見るギャレット。

 「それも――

 感情を燃やさず、覚悟だけを燃やして だ」

 

 少しだけ声が低くなる。

 「……正直に言う」

 

 「今の一撃を見て、

 私は君を″守る側″でいられる気がしなくなった」

 フレイムブレイブを見る。

 もう炎は穏やかだ。

 まるで――

 役目を果たした後の獣みたいに。

 

 ギャレットは剣を収め、真っ直ぐに言った。

 「カンザー。

 ここから先は――

 私が教えられることの方が少なくなる」

 

 それでも 微笑む。

 

 「でもね。

 それでも私は…君の隣を歩く」

 

 霧の向こう。

 三層への道が、口を開けている。

 (…行くぞ)

 (この子が″燎灼卿″と呼ばれるその日まで。

 私は黒笛として、

 そして――生き残った探窟家として。)

 一歩 前へ。

 (アビスに連れてきて……この子の覚悟を知った以上、私も因縁のある禁忌卿を止めるのを手助けしないといけない。…恐ろしいけど…この子となら…上手くいく気がするよ)

 

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