メイドインアビス -燎灼たる奈落の残火- 作:ふぉーゆー
翌朝――監視基地(シーカーキャンプ)
「いつまでもここに居座る訳にもいかないな」
「準備を済ませて出よう。オーゼンさんとマルルクに迷惑をかけてしまうからね」
リュックの荷物をまとめるカンザー。
「おや?もう行くのかい?」
背を曲げ壁に手をかけ現れるオーゼン。
「はい!…本当に…お世話になりました!!」
視線をマルルクへ。
「マルルクもありがとう…本当にいい経験になった」
「いえ、僕は何もしてませんよ…」
胸元で手を横に振るマルルク。
帽子を深々と被り、口角を上げる。
「さあ行こうか。ギャレット」
オーゼンとマルルクに再び礼をし、ゴンドラに乗る。
ゴンドラがきしりと音を立てて降下していく。
ギャレットは横目でカンザーを見る。
笑っている。
「…いい顔だよ。足元…気をつけてな」
霧がかった道を歩いていく。
――天上瀑布
流れ落ちる水の柱が、視界を覆う。
三層への縦穴。
風が下から吹き上げてくる。
「……ここからが三層だよ」
深界三層・大断層。
垂直の世界。
落ちれば終わり、登れば地獄。
原生生物より先に 地形そのものが牙を剥く階層。
カンザーが穴を覗き込む。
「……行こう」
ギャレットはロープを取り出し、手際よく点検する。
結び目、摩耗、張力。
異常なし。
視線を合わせる。
「落ちないことが最優先。
敵は無視できるなら無視。
追われたら――切り捨てるのは地形だ」
カンザーは真剣に頷く。
フレイムブレイブはまだ眠っているみたいに静かだ。
ギャレットは先にロープを固定し、縦穴へ身体を預ける。
風が唸る。
「行くよ、カンザー」
「うん」
世界が縦に伸びていく。
上では オーゼンの視線がまだ刺さっている気がした。
(三日間であの人は″ガキ″を
″奈落に挑む者″に変えた)
ロープが軋み、
風が鳴く。
岩壁にハーケンを打ち込み、ロープを垂らす。
その動作を何度も繰り返し、壁に空いた横穴に入る。
ヘッドライトを点灯させ、周囲を見渡す。
「何かの…巣か?」
「気をつけろよ」
コクリと頷き 慎重に下に続く穴へ身を投じる。
ツルッ
「うおおお!?」
ドシィン!!
「いてて…」
尻もちをついたカンザーを見下ろしながら
ギャレットはため息をつく。
チュー!!と原生生物の群れが広がり去っていく。
「ネリタンタンだな」
ライトに照らされた壁際。
チューッと鳴きながら散っていった小さな群れ。
基本は無害。
「三層じゃ珍しいくらい優しい原生生物だ。
可愛いし、肉も美味いけどな」
横穴は想像より奥へ続いている。
壁面は湿っており 足場は脆い。
その時。
――ズリ……
――ズ、ズズ……
奥の暗闇から何かが″擦れる音″。
ギャレットは即座に拳を上げて合図する。
「止まれ」
カンザーの動きがぴたりと止まる。
ライトの先
壁の影が――動いた。
ズズ……
その音と同時。
ピィィィィ!!
笛の音色。
「…救助要請だ!」とギャレット。
穴の奥。
突出した目。
鋭い牙。
マドカジャクが飛膜を広げ、探窟家に近寄る。
「いやあああ!!」
涙目で腕を身体の前で交差させ
悲鳴を上げる月笛の女性探窟家。
「ギャレット!!」
ギャレットは因果の結束(リンク・トーション)を抜き、
地面とマドカジャクを縒り合わせる。
カンザーはフレイムブレイブを振りかざし、首元を焼き切る。
悲鳴を上げながら燃えていくマドカジャク。
焦げた匂い。
月笛の女性はこちらをしばらく見つめ、呟く。
「……あ、……人間だ。……ねえ、私 もう食べられたのかな……?」
視線を探窟家に落とすギャレット。
震えは止まっていない。
「食べられたかもしれない、と思うほど……怖かったんだろ」
「もう大丈夫。君を襲った奴はもういないよ」
カンザーは探窟家の身体を支える。
「ふええ…良かった…退治してくれたんだ…」
「…あなたは何者?」
「…シリリア。他の皆は…ベニクチナワとかに食べられちゃって……。…これからどうしよう…」
「生き残った、か。運がいいね。」
壁にもたれるギャレット。
「この先一人は危険だろう…。地上に戻るにしても、奈落に潜るとしても。」
手を叩き、提案するカンザー。
「そうだ!一緒に来ないか!?俺たちはある人物を追って深層を目指してるんだ」
「ふええ…?」
「来るかい?」
手を差し伸ばす。
だが、彼女は一瞬ためらう。
「私…足手まといになっちゃう…」
「大丈夫。関係ないよな?ギャレット?」と視線を送る。
ハア、とため息をつくギャレット。
「足手まとい、ねぇ。
深淵で一人でいる者なんか最初から死んでるようなものだよ
私は構わない」
(なんか…根拠は無いけど…この人たちとなら…ずっと生きて楽しく冒険できる気がする…!そんな予感がする…!二人…いい人そうだし…一人は嫌だし……)
「…そう…なら良かった…」
差し伸ばされたカンザーの手を取るシリリア。
「歩けるか?」
「…うん、問題ない」
ギャレットが頷く。
「三層を抜けるなら菌糸帯は避けたいな。南壁沿いが無難だ」
松明の火が揺れ、湿った風が吹き抜ける。
ハーケンを横穴の外に打ち付け ロープを垂らし、
飛んでいるマドカジャクやベニクチナワに気をつけながら下っていく。
そして次に見つけた横穴へ。
奥に進み、下へと滑り落ちる。
「ん、これは…」
壁に突き刺さった船。
「船だな。…かなり昔のだ」
船壁に触れるギャレット。
錆びた外板、裂けた竜骨。
「なにかの巣になっているかもしれない。
近づかない方がいいな。シリリア、大丈夫か?」
「うん」
しっかりついてこれている。
流石は月笛といったところか。
視線を下へ落とす。
闇の底でぬらりと光を反射する巨大な盃。
「ダイラカズラだ」
ダイラカズラ。
群生するダイラカズラという全長八百メートル超の巨大な植物が盃のような形をしており、その捕食器から出る液体が溢れている。
カンザーの肩に手を置くギャレット。
「四層が近いということだ。つまり呪いの質も変わる。」
シリリアを見る。怯えてはいるが、目は逸らしていない。
「いい目だ。恐怖を見て前を向ける者は長生きする」
ギャレットがロープを確認しながら言う。
「下りは蔓(つる)を避けて右回り。風が逆だ」
湿った風が吹き上がり、ダイラカズラの縁がゆっくりと脈打つ。
長いロープを下り、ダイラカズラの盃に着地する。
「すっごい湿気…」
湯をかき分けるように歩く。
「一体何本生えてるんだ…」
少し下のダイラカズラの盃に飛び移る。
「よっ!」
シリリアも身のこなしはいい。
「ねえ、カンザー。
″ある人物″を追ってるって言ってたけど…」
顔に付いた湯を拭いながら首を傾げるシリリア。
「命の恩人で…アビスに心をやられた叔父だ。
彼を助けるために…っ」
バシャ、と液面に着地。
「こうして潜ってる。ギャレットも一緒にね」
ギャレットは歩き、液面がぴちゃりと音を立てて波打つ。
「いいか。四層ではな、未練、後悔、執着……全部、
原生生物を呼ぶ餌だ」
シリリアに目を向ける。
「君もだ。守られる側だと思わないことだね。ここじゃ、
覚悟の軽い者から溶ける」
シリリアは息を呑み、小さく頷いた。
「叔父を助けたい気持ちが本物なら」
ロープを確かめながら続けるギャレット。
「途中で″助けられない可能性″にも耐えろ。
それが出来なきゃ、アビスは君を試し続ける」
湯気の向こう側……
ぬるりと影が揺れた。
「さあ――」
「四層の洗礼だ。覚悟はいいか」
顔にボウリングの玉のような器官があり
全身が白く大きな針で覆われた姿をした生物…
タマウガチが現れる。
侵入者は容赦無く排除する非常に獰猛な性格であり、
動きは俊敏で足が浸かる深さの水場でも衰えない。
全身の針には猛毒があり、これを正面に向けて突進する。
さらにアビスの力場の流れを読み、相手の動きを先読みして襲ってくるために非常に厄介な生物であり、
多くの探窟家の命を奪ってきた。
「力場を読んで先読みしてくるぞ…厄介だ。
針には触れるなよ」
冷や汗をかくギャレット。
湿った盃の縁で、タマウガチと視線が噛み合う。
グッ――
身体が僅かに沈む。
(力場を読んだな)
「……来るよ」
低く告げた瞬間、
ドンッ!!
水面を裂いて白い影が突進する。
「カンザー!正面に立つな!!」
ギャレットは即座に判断する。
「シリリア、私の背から離れるな。
三歩分 左だ」
タマウガチの針が
ザザザッ!!と水を削る。
――速い。
「……力場を見るってのはね」
口角を上げる。
「裏をかかれた時に脆い」
タマウガチが再び構え、
次の突進を…″ギャレットの動きを予測して″踏み込む――
その瞬間。
「今だ!!カンザー!!」
ギャレットはわざと一拍遅れる。
力場が″避ける未来″を示した その逆。
タマウガチの突進角がわずかにズレた。
「――引いて、斬れ」
フレイムブレイブの炎が、
ゴウ……と静かに深く燃える。
カンザーの斧(フレイムブレイブ)が、
″押し返す″のではなく 吸い込むように引かれた。
ザンッ!!
白い針の一部が宙を舞い
焼けた音と共に液面へ落ちる。
「ギィィィィ!!」
タマウガチが悲鳴を上げ、体勢を崩す。
「毒針に触れるな!二撃目は――」
ギャレットが《因果の結束(リンク・トーション)》を振る。
水底の足場とタマウガチの脚が淡く光り、縒り合わされる。
動きが止まった。
「…今だ」
ギャレットは静かに言った。
試すように、確信を込めて。
「覚悟を力に変えな!カンザー!」
カンザーは斧を逆手に取り、跳び、振る。
「『奈落の運命《(ディスティニー・アビス)》』」